第4話 縛られた心



(腕を斬られた? だが……)



 その割には痛みは感じていない。



(俺自身には痛みはないのか?)



 何となくそう理解したが体の持ち主であるサコィは当然違ったのだろう。

 痛みと腕が飛ばされた事でバランスを欠いたのか、体が後方へと流されている。

 どうやら当たった魔法は今までとは明らかに威力が違う強力な魔法のようだった。

 放ったのは恐らく後方に控えていた老人だろう。


「グオオオォオ!」


 痛みの為かサコィの叫び声が上がる。



(しっかりしろサコィ。腕を持ってかれただけだ。次来んぞ!!)



 痛みを感じていない事が幸いしてか修二は冷静に判断が出来ていた。

 その声に反応したのかサコィは直ぐに態勢を立て直すと右後方へと距離を取る。

 切断された腕の切り口からは血は出ていなかった。

 血の代わりに傷口からは赤い泡がブクブクと溢れ出ており、その赤い泡が出血を抑えている様だ。

 どうやらこの身体は傷をある程度は治癒出来る様だ。腕を一本失っても失血死しないのは驚きではあるが今回は助かった。

 老人の攻撃により余裕を持てたのか、灰色ローブの男達はまた結集すると老人の前に立ち其々サコィに向け掌を翳す。

 老人の背には他の者達と違い五本の光剣が扇状に並んでいる。その内の一本だけ光量が減衰していた。

 それに対し他の灰色ローブの男達の光剣は一本数を減らして二本となっており、残った二本の内一本も微妙な差はあれど光量が減っている。

 その事を踏まえて考えるに、どうやら魔法を使うと光剣の光を消費すると思われる。


「◇*▽■$#△%●#」


 老人が何かを言うと四人の灰色ローブの男達が再びサコィに攻撃を再開した。

 だが距離があったおかげか、サコィは歩脚を上手く使い敏捷に風の弾幕を最低限の被弾で躱していく。

 と――一条の光が宙に迸る。

 客観的な視点で状況を見ていた修二には何が起きたかが分かった。

 老人から電撃の魔法が放たれたのだ。電撃……つまりは雷だ。当然その速度は目では追える訳もなく、身体が反応出来る速度を軽く上回っている。


「ギャン!!」


 避ける暇さえなく電撃がサコィの身体へと突き刺さった。

 サコィは鳴き声上げ身体の動きを止めた。痛みと共に麻痺の状態異常にでも掛かったのかサコィの身体がその場に崩れ落ちる。


「◇■▼○!」


 四人の灰色ローブの男達は再びサコィを囲み、至近距離から魔法の弾幕を張り続ける。

 魔法は容赦なくサコィの身体を穿っていく。

 左の鎌が途中から折れ飛んだ。蜘蛛の多脚も千切れはしてないものの何本か折れたようだ。


「■〇$▼×%◇」


 老人の声と同時に魔法が止み周囲に静寂が戻った。


「クォン……」


 既に動く事さえ出来なくなったサコィに向かって、老人がゆっくりと近づいて来る。

 そして手に持っていた赤い宝石が付いた首輪を上半身……人型の方の首に取り付けた。


「キャン!」


 首輪に付いている赤い宝石が鈍い光を放ち身体中に軽い刺激を与えた。



(大丈夫か! サコィ!?)



 痛みを受けない修二にはどれだけのダメージがサコィに入ったのか分からない。あくまでサコィの反応からその度合いを計っているのだ。


「クククッ、これでもう逆らえまいて。ふむ、中々いい具合に適合出来ている様じゃが、動きが単調すぎるきらいが有るの」


 老人の暗く湿ったような笑い声が耳についた。



(ふざけんじゃねぇよ! 何が動きが単調だ! あれだけの魔法を……って、話が分かるだと!?)



 修二は今まで意味不明の音だった声を言葉として聞き取れるようになった事に気がついた。


「この首輪は封考環と言うてな、お主の自意識を奪い儂の思うがままにお主を支配出来る魔導具よ」


 老人は自慢げな様子でそう語る。

 余程この封考環とやらに思い入れがあるのか、動かないサコィの様子を見て満足気に頷いている。



(要はファンタジー物の定番である奴隷の首輪的な奴だろうが! 捻りがねぇんだよ!)



 修二は冷静にツッコミを入れるも、頭ではこの状況からどう打開していくか考えていた。


「さてさて、そろそろ効いてくるはずじゃがな……」


 老人がそう呟いた時、徐々にサコィの意思が薄れていくように修二には感じられた。

 と、時を同じくして自分も何も考えられなくなっていく。

 


(成る程、確かにこりゃあ思考を封じる輪っかだわ。考えることが段々億劫になってくる感じだな)



 不意に何かの映像が浮かんでは消えていく。

 走馬灯なのか、はたまた明晰夢とやらか。



(……いや、違う!? これはサコィの記憶か?)



 修二の思考がそう呟いた時、頭の中に様々な情景が浮かんできた。



 場面が変わる――



 暗い部屋に襤褸を着た子供が座っていた。

 年の頃は十歳くらいだろうか。栄養が行き届いていないのか見える手足は柳の様に細く髪は油でへたっており艶もなかった。

 直感で分かる。これはサコィだ。これが本来のサコィの姿形なんだろう。

 隣座る少々年上の少女から何か慰められているようだ。



 場面が変わる――



 数人の男女が部屋から連れ出されていく場面。

 慰めていた少女も部屋から連れ出されていく。

 泣きながら縋り付くサコィを灰色ローブの男が容赦なく蹴飛ばす。



 場面が変わる――



 部屋の隅で体育座りで俯くサコィに赤毛の少年が色々話して励ましている姿。



 場面が変わる――



 扉が開かれ無表情のまま灰色ローブの男に連れ出されるサコィ。

 大声でサコィに声を掛ける少年が殴られた。



 場面が変わる――



 今いる部屋だった。

 八つ並んだ円柱の中に奇形となった少女の姿が見え絶叫するサコィ。

 他の円柱にも見知った顔がいたのだろう。ついには泣き出すサコィ。

 何も入っていない円柱に、引き摺られながら暴れるサコィを笑いながら放り込む灰色ローブの男。

 水の様な液体が入れられ溺れるサコィに上から影が落ちてくる。

 何かの生物の一部と蜘蛛、蝙蝠、スライムらしきモノ、そして揺れる人魂みたいなモノ。

 泣きながら震えながらも懸命にそれら逃げようとするサコィ。

 だが、子供とはいえ狭い円柱の中だ。逃げられるはずもない。

 もう、サコィなのか修二なのかも分からない。

 身体中が痛い。喰われているのを感じる。

 サコィが上げたのか修二が上げたのか、恐怖により口から絶叫が迸る。



 場面が変わる――



 水の中に揺蕩っている自分。視線を下に向けると見知った鎌を持った蜘蛛の身体が見える。

 視線を前に向けるとにやけ顔の黒ローブの老人の姿が……



 ブラックアウト――



 走馬灯のように様々な感情がぐるぐると廻る。

 これはサコィが感じてきた感情の波だ。

 それを理解した修二は困惑から徐々に怒りが湧いてくる。



(何なんだよ! サコィが何をしたってんだ! 何でそんな顔で笑ってられるんだ!)



 何処にでもある話かもしれない。でも、それでも……現実であればそれは納得出来る訳もなく。



(ふざけんじゃねぇぞ!!!)



 微かにサコィの意識がこっちを向いた気がした。



(人体実験? 生物の融合? そんな理不尽がまかり通ってたまるかよ! この怒りは偽善かもしんねぇ。けどな、んな事はどうでもいいんだよ! 振った正義感? ただの自己満足? 結構じゃねぇか! 他人にどうこう言われようが関係ねぇ!)



 とめどない怒りが修二の心を黒く染めていく。



(癇に触るんだよ!)



 やり場のない怒りに思考を加速していく。



(ここは俺がいた世界とは違うんだろうよ。あぁ奴隷が普通にいる世界かもしんねぇ。だがな、俺の目の前で、目に映ってる間はそんな事を許せる程俺は人間が出来てねぇんだよ! 殴られたら殴り返すのが俺だ! 俺の前でてめぇらの道理は通用しねえし、させねぇ! 俺は俺らしく生きて来たしこれからもそう生きていく!)



 思いは一つ。その一つを手にすれば願いは叶えられるはずだ



(だから……だから……)



 その余りの理不尽さに修二の何かが切れる音が聞こえた。



(サコィ! 俺に……身体の主権を寄越しやがれぇ!!)



 修二の叫びが精神世界を覆いつくす。



(倒れ伏す俺に向かって恍惚な表情で語ってくるこのにやけ顔に! 糞ローブ野郎に一発ぶちかましてやんよ!)



 その修二の意思を感じてか、サコィの身体がピクリと動いた。



(いつまでも自慢げにうだうだとくっちゃべってんじゃねぇぞ!!)



「グルォォォォ!!」


 修二の魂からの叫びに反応し下半身の蜘蛛が上下に割れる。いや、ギザギザの牙が並んだ大きな口を開けた。



 “喰らえ!”



 強烈なイメージが脳裏を焼いた。そしてそれは現実のものとなる。


「な……?」


 それが老人の最後の言葉になった。

 バクリ! という擬音が聞こえるかの様に……蜘蛛の口が老人の身体を食い千切った。

 後には腹部から下の……垂れる内臓と血を噴き上げる老人の下半身だけが残ったのだった。

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