第2話 化け物の身体
気付くと修二は自分が水の中に浮いている様に感じていた。
正確にはガラスか何かに囲まれた筒の様な物……水槽のような物の中にいるのだろう。
不思議と視線は前を向いている筈なのに、三百六十度全てを見回しているかの様に周囲の様子が感じとれる。
その視界に映るのは綺麗な円柱を描いている透明な容器の中に満たされた水。その中に自分は漂っている様だ。
疑問は多々浮かんでくるが、それ以前に自分がどうなったのか考えてみる。
(俺は一体……そうだ、サコィって子供の手を握って、光の中へ入った……よな?)
相変わらず曖昧な考えをしてるとつい苦笑してしまう。
苦笑ついでに水の中でどうやって呼吸をしているんだとも思った。
(まあ取り敢えずは……)
サコィという子供と合流しなければと考えた時、ガシャン! と、派手な音を立てながら、周囲のガラスの一部が破壊された瞬間を修二は目撃した。
ガラスの筒からは子供と思われる腕が突き出ており、円柱の前に立っていたと思わしき灰色のローブを纏っている男の胸を貫手で貫いていた。
「コヒュ……」
男から空気が漏れだしたかの様な音が聞こえた。
その四肢はビクリと痙攣するとあがらう力を失ったかの様に四肢を投げ出した。
人間の力では人一人の胴体部分を拳で貫く事など不可能だろう。人間の腕力にそれほどの膂力はない。
仮にそれだけの威力と速度が出せたとしても、自身の腕の方が持たないだろう。下手しなくても潰れるのは自分の腕の方だ。
距離感からして伸ばされた腕の長さは子供のそれとして、通常の長さを明らかに超えていた。
まるで肘関節を無くしてゴムの様にそのまま腕が伸びたと思える程、それは異様な光景だった。
そして何より重要なのは――
(うげぇ……)
修二は自身が感じた感触に気持ち悪くなり嘔吐感を覚えた。
そう、重要なのは、感触から人を殺したのが『自分』であるという事だ。
明らかにおかしい。自分が意識すらしていないのに腕が伸びて勝手に人を殺したのだ。
そもそもそこに人がいた事すら修二は把握していなかった。
思考があるのに勝手に動く身体……そんな身体を自分は持った覚えはない。
(お、落ち着け。取りあえず状況を……)
吐き気を堪えつつ、修二は冷静に且つ慎重に状況を把握しようと考えた時、再び自分の腕がガラスを割りながら容器の中に戻って来たのを見た。
(やっぱ勝手に動いてやがる。俺は動かしてねぇぞ)
そのまま身体ごと派手にガラスを突き破り、修二は円柱の外へと移動した。
どうやら腕だけでなく身体も勝手に動く様だ。
兎にも角にも自分の身体は無事に水に満たされた容器から脱出を果たしたのは間違いない。
修二の視界に飛び込んできたのは薄暗い部屋だった。
(な、何だ…此処は?)
そこは結構大きな部屋で……一昔前にTVで見た事がある研究施設の様な場所に思えた。
修二が入っていたガラスのような物で出来た円柱が周囲に幾つか建っており、そこから長い管……まるで植物の茎の様な物が幾筋も絡まって伸び、部屋の端側にある箱型の物へと繋がっている。
箱型は何かを調査する為の装置なのだろうか。
その箱型の傍には先程殺害した灰色ローブの男の仲間と思われる、同じようなローブを身に纏った男達が数人驚いた様子で立っていた。
「◇%●#!」
混乱しているのか何かを叫んでいる様だが、修二には何と言っているのか理解出来なかった。
いや言葉として理解できていないと言った方がいいだろう。
他の言語が理解出来ないのとは訳が違う。ただ単純に音としてしか捉える事が出来ないのだ。
そんな事なぞ関係ないとばかりに、自身の身体はその装置みたいな物へと歩を進めていく。
不意に視界にガラスの円柱に反射された自分の姿が見えた。
円柱は鏡の様に澄んでおり、隠しようもなく詳細な自分の姿を修二に見せた。
視界に飛び込んできた姿に修二は言葉を無くす。
そこに浮かび上がっていたのは――化け物だった。
紺瑠璃色と銀灰色のツートンカラーの毛並みを持つ狼男のような上半身に、下半身は艶のある濡羽色をした蜘蛛の様な化け物。
蟷螂の鎌のような1対の鋏角と思われる前腕と一対の蝕肢、四対の歩脚と更に一本鞭状の尾節…つまりは尻尾を持っている。
さらに背には蝙蝠のような一対の羽も付いていた。
ファンタジーでもそうそうお目にかかる事の無い様な奇妙な存在だった。
だが、一言でこの存在を言い表すならば……所謂『合成獣』と呼ばれる存在。ファンタジー風に言えばキメラ、キマイラと言う所だろうか。
体格は先の灰色ローブの男より一回り位小さく、下の蜘蛛を合わせて漸く身長が同じ位になるだろう。
そこまで考えて修二は思い至った。この体格は……子供のそれだと。
(まさか……サコィ……なのか?)
不意に勝手な想像が頭の中を駆け巡った。
(勝手に動いてんじゃなくて、動かしているのはサコィで、この身体はサコィの物であり、自分はそこに同居してる精神体みたいな存在なんじゃないか)
この自分の想像が恐らくは事実であろうと直感的に思い至った。現に何処かサコィと繋がりある様な感覚を修二は感じ取っているのだから。
(サコィ! 聞こえるかサコィ!)
修二は感覚を頼りにサコィへと呼びかけてみる。
だが修二の問いかけには反応はなく、その間にもサコィが動かしている体は蜘蛛の歩脚を使い素早く移動を開始する。
そのまま跳躍するように移動すると、鋏角ともいえる鎌状の前脚を振るい、先の惨劇で動きを止めていた別の灰色ローブを纏った男を切り裂く。
「▼◇○■……」
恐らく断末魔の声を上げたのだろう。そのまま男は血を噴き出しながら地面に転がった。
「グォォォ!」
サコィは一声吠えると右往左往している他の灰色ローブの男達を唯々怒りをまき散らすかのように斬り捨てていく。
そこからは蹂躙だった。
人の腕が宙を舞う。ある者は内臓を撒き散らしながら血の海に沈んだ。
ある者は刺突で……別の者は斬殺で……十把一絡げにサコィが死体の山を築いていく。
その内動くものは自分以外居なくなり静寂が場を満たした。地面は真っ赤な血で染まっている。
「グォ!」
サコィは一声鳴くと、その血だまりの中をゆっくりと歩を進め、部屋にある七つの円柱を次々と鎌で切り裂いてゆく。
三つは空だったのか部分的欠けただけで変化がなかったが、四つは割れたガラスの部分から水らしきものが溢れ出し、その後水圧で裂け目は広がり砕け、崩れる様に中にいた物体を排出した。
出てきたのは奇形となった生物……その中に人の姿を留めている者は一つとして存在していなかった。
(グロすぎるだろコレ! ってか、
そんな感想を抱いた修二に伝わってくるのはサコィの思い。悲しみ、哀しみ、怒り、安堵、喜び……様々な思いがごちゃ混ぜになっている感情。
助けたかった、解放してあげたい……そんな感情が伝わってくる。
「クォン……」
小さく鳴いたサコィの鳴き声は哀愁に溢れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます