人間消失

 では、クイーンいわく「探偵小説の理論と実践の、ほぼ完璧な手引き書」である「妖魔の森の家」の内容をざっと紹介しましょう。

 探偵は海外古典ミステリファンにはおなじみ、ヘンリ・メリヴェール卿(H・M)。といっても、実は本作が初登場らしい。

 ちょっと意外です。というのも、名探偵として知られている人物が同席していれば、過去にトリックを用いて騒ぎを起こした人物がもう一度、なにか仕掛けてくるのではないか、という魂胆をもってメリヴェール卿は担ぎ出されるからです。この狙いのためには読者もメリヴェール卿が名探偵であることを認識していたほうが効果的と思うのです。

 話を戻して、あらすじを。

 外科医の青年ウィリアム・セイジと婚約者のイーヴ・ドレインはメリヴェール卿をピクニックに誘い出そうとします。ピクニックにはヴィッキー・アダムスも来るというのです。

 少女時代にヴィッキーは別荘から謎の消失をしていました。扉も窓もすべて鍵のかかった状態の建物から姿を消していたのです。イーヴたちは事件のあった妖魔の森と呼ばれる場所にある別荘に向かいます。道中でヴィッキーは自分には「物質的な性質をなくして精神的なものになる能力」があると語ります。そして、別荘で再びヴィッキーが姿を消し……

 と、こんな感じ。

 密室ものの傑作として名前が挙がることも多い作品。もちろん、異論はありません。

 密室ミステリというと、鍵のかかった部屋に死体が転がっているが、室外から鍵をかけたとは思えない状況というものが代表的なシチュエーション。「妖魔の森の家」は密室ミステリでも人間消失ものに分類されます。わざわざ人間消失ものだと書いたのは、これが人間消失ものだという頭で読んだほうが楽しめると感じるからです。

 密室ミステリというのは「どうやって外から鍵をかけるか」というだけの味気ないものではないのです。



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