探偵役もずれている
この「二壜のソース」は探偵役のリンリイと語り手のスミザーズという典型的な「ホームズ・ワトソン形式」をとっています。巻末の「短編推理小説の流れ」で戸川さんが指摘しているように、冒頭、ホームズとワトソンの出会いを想起させるような二人の出会いについて少し触れられます。といっても、「二壜のソース」の場合、かの有名な「アフガニスタンにおられましたね」みたいなエピソードはありません。
登場の時点では、リンリイという語り手の同居人になる人物が頭脳明晰な人物ということはハッキリとは描かれません。オックスフォードを出たばかりという学歴が披露されるだけ。チェスの達人とか、考えていることが先読みされるので霊感があるのじゃないのか、みたいなことは触れられますが、その程度。
むしろ、商人である語り手、スミザーズのほうがリンリイの学歴というか社会的立場を利用して、うまいこと部屋を借りようという知恵というか、世知に長けたところをみせるくらい。
リンリイは明確な名探偵として読者の前に姿を現すわけではないことも、この作品で気にとめておいてよいポイントかもしれません。本格として成立させられるのに、どこかずれていると前に触れましたが、探偵の描かれ方もどこかズレがあるのです。
これは解決にいたってもそうで、リンリイが真犯人と犯罪計画を明かすシーンはありません。
ただ「話はいろいろある。が、聞かないほうがいいようなことばかりなんだ」(p.187)というだけなのです。
確かに「聞かないほうがいいような」事件です。そして、実際にワトソン役のスミザーズも読者までも解決を「聞く」ことはありません。
事件の性質がすべてを語らせなかったということもあるでしょう。ましてや、事件のキーポイントであるソースがスミザーズの売り物であるということを考えれば、リンリイが同居人に語りたがらなかったのも理解できます。
そんなので答えが読者にわかるのか、という声も聞こえてきそうです。安心してください、おそらくはわかります。作者はそういうように書いているからです。そして、もしかしたら、すべて説明されないのに想像ができてしまう私たちの心が一番、怖いのかもしれません。
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