フジサンニ、ノボッタラ、サゾ、トークマデ、ミエマショウネ

 今回で「完全犯罪」はラストです。

 タイトルはこの短編に登場するトレヴァーの使用人タナカの言葉。困った問題に直面するとタナカが引き合いに出すことわざと作中ではなっていますが、こんな格言あったでしょうか。

 きっと作者の創作なのでしょうが、まだ西洋諸国にとって日本は神秘的で、正確な情報やイメージが伝わりきっていない状況がうかがいしれます。

 新本格(イネスやクリスピンらの活躍という意味ではなく)という言葉が生み出され、一大ムーブメントを起こし、翻訳が海外にも紹介されるなんて、当時からすれば考えられなかったことでしょう。

 このタナカ、実に重要な役割を演じます。彼の証言が完全犯罪のカギといってもいいかもしれません。

 どことなく怪しく神秘的な東洋人という当時の読者が抱いていたであろうイメージが効いてくるのです。

 現代の日本の読者と、当時のアメリカの読者とでは「完全犯罪」という短編に対する印象、特にタナカの証言に関する部分は大きく異なるように思います。




!!!!!!!注意!!!!!!!




 以下、ベン・レイ・レドマン「完全犯罪」の内容について言及します。未読のかたはご注意ください。




 タナカがある人物を見たと証言することで、犯人にアリバイが成立してしまいます。これは完全に犯人の計算外のこと。

 結果として完全犯罪を成立させたのは知性ではなく、予想外の出来事だったというのは、作者の皮肉なメッセージでしょう。

 謎の人物の正体も不明です。問題の人物が被害者と勘違いされることで、死亡時刻が大幅にずらされます。これで真犯人に思わぬアリバイが成立するわけです。

 重要なのは、謎の人物が被害者によく似ていたこと。

 ドッペルゲンガー的な要素、もう一人の自分といったあたりに乱歩は魅かれたのではないかと思うのです。

 完全犯罪の一部始終を書くはずの回想録が未完になるというトリッキーな設定にすることで、作中世界では完全犯罪として成立するも、メタレベル、作者と読者の間では内緒話のように完全犯罪が打ち明けられるというのも、乱歩好みに感じます。



!!!!!ネタばらしの部分、ここまで!!!!!


 

 単なるパロディや風刺ではなく、よく考えると、行き詰まったミステリの新しい方向性みたいなものの種がまかれているようにも思うのです。

 ずっと作者のベン・レイ・レドマンに対して「ミステリへの愛がないジャンルの破壊者」みたいな書き方をしてきましたが、この人はけっしてミステリが憎かったわけではないはずです。

 機械的トリックに頼る専門作家の無邪気さや、それを喜ぶ読者の無垢さのようなものに危機感のようなものを抱いていたのではなかろうか、とすら思うのです。

 サゾ、トークマデ、ミエテイタノデショウネ。


 次回からは、バークリーの「偶然の審判」です。

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