袋小路で名探偵はなにを思う

 今回も引用からまいります。


「ぼくはまだ、完全犯罪の可能性を承認してはいないのだからね。第一、かりに完全犯罪が行われたとしても、そのばあい、きみはどうしてそれを知ることができるのかね? 完全犯罪なら、犯人は永久に発見されないはずだろう?」

(『世界推理短編傑作集3』「完全犯罪」 p,349より)


 この《ぼく》は、弁護士で助手的立場のヘアのこと、《きみ》は「世界で最も偉大な」探偵、ハリスン・トレヴァーです。

 この問いは至極もっともなものです。

 探偵の答えはこうです。さきほどの部分に地の文も挟まずにダイレクトにつながります。


「もしその男が多少とも芸術的誇りをもっていたら、死後に出版するために、くわしい記録を残しておくことにちがいない、と思うね。それに、きみは完全な探偵方法ということを忘れている」(p,349)


 記録を残す、というアイデアは面白いです。この記録が真犯人によるニセモノだったら、などと空想を膨らませていくと、後期クイーン問題のようで興味深いです。

 深入りすると、底なし沼のようなテーマである後期クイーン問題について、ざっくり簡単に触れておくと、「探偵の推理が真であるか確かめるすべがない」ということです。

 せっかく名前が出たので、クイーンとこの「完全犯罪」の関係についても書いておきましょう。

 乱歩が「世界短編傑作選」シリーズの収録作を選出するにあたり、参考にしたクイーン本ーー 101 Year's Entertainmentのラストを飾るのがこの「完全犯罪」。

 この配置なのは、扉裏で引用されている「推理小説で終わる推理小説」という要素が大きいのでしょう。この点は、巻末の「短編推理小説の流れ 3」で戸川安宣さんも言及しています。

 この作品に出てくるモチーフは、クイーンもある作品で取り上げているようにも感じます。気になるかたもいらっしゃるでしょうが、うかつに作品名を挙げると、ネタばらしになりかねません。

 注意喚起の警告文を挟んで作品名も挙げて紹介することにします。

 センシティブな部分のあとで、内容に言及しない記述に戻ります。


        !!!!!!!!注意!!!!!!!


 以下、「完全犯罪」とクイーンのある作品の内容について言及します。

 片方だけ未読の場合でも、趣向に感づいてしまう可能性もあるので、ご注意ください。




 クイーンのある作品とは、1940年代後半に発表されたものです。

 この作品では、敗北した名探偵の《その後》が描かれます。しくじった後に名探偵がどうするか。謎解きとは別に読みどころが用意されています。

 もう作品名を出してしまいますが『Cat of Many Tails』です。邦題は『九尾の猫』。

 推理小説とか、名探偵というものを突き詰めていくと、完全犯罪とか、やりこめられる名探偵といったものにたどりつかざるをえないのかもしれません。



!!!!!!センシティブな記述はここまで!!!!!!



 とはいえ、クイーンのアレと「完全犯罪」の展開は異なります。

 推測成分たっぷりで書かせてもらえれば、クイーンは完全犯罪というものについて、やはり否定されるべきという見解というか、モラルを持っていたように感じるのです。

 本当に個人的なイメージにもとづく感想ですが、このあたりの健全さみたいなものが、いかにもアメリカの作家だなぁ、と。

 かたや江戸川乱歩という人は、完全犯罪への憧憬のようなものを生涯、抱き続けていたのではないでしょうか。

 いけないものに抗いがたい魅力を感じていた。いや、いけないからものだからこそ魅力的と感じていたのではないか。そんなふうに思うのです。

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