犯行シーンはドラマチック

 たとえば、「ボーデンの強盗」という作品では、侵入経路から強盗の正体に近づく推理があります。

 丁寧に証拠をもとにした推理が提示されるのですが、その証拠や現場の状況といったデータのほとんどが推理の局面で初めて読者に紹介されます。

 データの提示と推理までの距離が短い。

 いわゆる「読者への挑戦状」がつけられない形式なのです。目指すところは「犯人当てのゲーム」ではないようです。

 対して「オスカー・ブロズキー事件」はどうでしょう。こちらも「犯人当てのゲーム」ではありません。なにしろ、冒頭に犯行の模様が描かれる「倒叙もの」なのですから。「オスカー・ブロズキー事件」は冒頭の描写のなかにデータが埋め込まれています。データの提示と推理までに距離があるのです。

 犯罪において、非常にドラマチックなのは犯行シーンです。従来の推理小説の多くは犯行シーンを描けませんでした。

 犯行シーンを取り去ることで「推理」させる手法をとっていました。「オスカー・ブロズキー事件」は別のアプローチで推理を成立させた点で、大変な価値があるとも言えるでしょう。

「ボーデンの強盗」と「オスカー・ブロズキー事件」はデータからの推理の丁寧さは共通しているものの、ドラマチックさでは「オスカー・ブロズキー事件」のほうが上回っている印象をいだきます。

 目をひくことをやっているのに、コール夫妻の作風を地味に感じたのは、データからの推理の丁寧さだけでなく、短編の構成のためなのかもしれません。

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