ゆめはまことになるか

 乱歩が「夜鶯荘」を気に入っていたことは、「私自身の選んだベスト表二種」を見ることで、よくわかります。前述の三つのベスト表に続き、乱歩は「私の二種のベスト・テン」として、(A)謎の構成に重きをおくものと(B)奇妙な味に重きをおく場合として、二十作品の名前を挙げています。このなかに「夜鶯荘」も入っています。引用して、ご紹介しましょう。



 (B)奇妙な味に重きをおく場合(だいたい発表年代順)


1  ポオ「盗まれた手紙」

2  バー「放心家組合」

3  ドイル「赤髪連盟」

4  チェスタトン「奇妙な足音」

5  ダンセイニ「二壜のソース」

6  ウォルポール「銀の仮面」

7  バーク「オッターモール氏の手」

8  クリスティ「夜鶯荘」

9  バークリー「偶然の審判」

10 ウールリッチ(アイリッシュ)「爪」


『世界短編傑作集1』(江戸川乱歩編・創元推理文庫)p9より



 ランキングではなく、「だいたい発表年代順」という点を考慮すれば、「夜鶯荘」が乱歩の選ぶベスト短編であった可能性も、理屈としては否定できないわけです。

 では、乱歩は「夜鶯荘」のどこを評価したのか。どうも怪奇幻想の味わいの部分だったように感じるのです。

 夫の死体のそばにいる前の婚約者という夢が物語の始まりになる「夜鶯荘」。「夢」や「幻想」は乱歩を語るうえで、重要なキーワードでしょう。

【うつし世はゆめ よるの夢こそまこと】

 乱歩の座右の銘にも、夢は出てきます。「うつし世」、すなわち、現実。「夜鶯荘」のヒロイン、アリクスにとっては今の夫との結婚生活が「うつし世」で夢であり、「よるの夢」、死んだ夫のそばに前の恋人がいる夢こそが「まこと」、すなわち、真実。

 はたして、「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」になるのか。「夜鶯荘」を乱歩の信念というか理想を物語に落とし込んだような物語としてとらえれば、高評価も納得がいくのです。



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