　以前に少なくとも一度は収録全作品を読んでいるはずなのですが、「医師とその妻と時計」は新鮮に楽しめました。もしかすると途中で投げ出してしまったのかもしれません。確かに前半はちょっと長い気がします。目の見えない医者が登場してからがグイグイと引っ張られるように面白い。掘り出し物と言いたくなるような作品。

　乱歩によると、ヴァン・ダインの推賞作だそうですが、確かにちょっとヴァン・ダインっぽい。そして、なにより乱歩が好きそうなお話です。

　好みというキーワードが浮かぶと、「人を呪わば」が選出されたことに対する違和感のようなものが解消されました。「人を呪わば」はたくさんの人が高く評価しているわけでもなく、歴史的価値が高いわけでもなく、乱歩が好きだから選ばれているのだ、と。

　壁に孔をあけて、隣の部屋の容疑者の生活を覗き見る、そして、その行為を盗難事件の被害者ではなく、被害者の美しい妻と共有する。「人を呪わば」の内容は実に乱歩が好きそうなものです。

　事件関係者にいる美貌の人妻というモチーフ、「医師とその妻と時計」にも登場します。