プロパーでないから

 さて、「安全マッチ」ですが、面白いか面白くないかでいえば、間違いなく面白い。少なくとも、私にとっては。

 ただ、ミステリかどうかでいえば、ミステリではな、いえ、ミステリです。案外なんて書くと天国のチェーホフや血縁のかたがたやロシア文学研究者やファンのかたがたに大変、失礼かと思いますが、きっちりとしたミステリなのです。それもひねりとウィットのある優れたミステリ。

 もちろん、チェーホフはミステリだけを書いた人ではなく、ミステリが好きで好きで仕方なくて自分でも書かずにはいられなかったファンライターではないのでしょうが。

 チェーホフの人物を見つめる眼の鋭さや、創造した人物を掘り下げる技術をもってすれば、本気でミステリに取り組んだ場合、どれだけの傑作ができるかは興味があります。あんまりリアルに寄り添うと、なかなかうまくいかないのがミステリの難しさや面白さではあるのでしょうが。ギリギリ地に足がついているのかいないのか、という現実とのわずかな浮遊感みたいなものはミステリの面白さでしょう。

 なにをやってもいいわけではないけれども、納得や説得がある限りは、なにをしようとしてもよい、というのが私のミステリに対する考えです。

 エドガー・アラン・ポオがミステリの始祖、史上初めて長編ミステリがウィルキー・コリンズの『月長石』、さかのぼってスフィンクスなどに謎と解明の物語の種があり、『カンディード』のなかにあるエピソードの一つが謎と合理的な解決の源泉、という見解ですが、案外、この問いは立てられていなかったような気がします。

 それは、誰が世界最初のミステリ作家なのか。

 これは興味深いテーマです。

 異論はあるでしょうが、ポオはただのミステリ作家ではない、というのが私の見方です。怪奇幻想作家、詩人、なんといってもポオは文学の大地に根を張っている才人(奇人?)だと思うのです。

 語弊はあるかと思いますが、ミステリだけを書いている作家の稚気というか、遊び心のようなマインドはポオには欠けている気がするのです。

 ちょっと偉そうなことを書いて「安全マッチ」に話を戻しますが、この作品、ちょっと異色なのです。『世界短編傑作集』全五巻の収録作品を選ぶにあたって、乱歩はいくつかの過去のランキングを指標にしています。一巻の巻頭にある【序】で書かれていますが、アメリカ版EQMM誌が1950年に行った投票、その四年前にクイーンが試案として出したベストテン、乱歩が独自に集計した十五種の英米の著名な傑作集に収められた作品のデータがそれです。この三つのほかに乱歩自身の二種のベストテンが挙げられています。二種というのは、(A)謎の構成に重きをおくもの、と、(B)奇妙な味に重きをおくもの、です。

 実は、これらの指標のなかに「安全マッチ」の名前はないのです。

 幅広く、文学の畑からも作品を選ぼうとした乱歩の考えがうかがいしれます。 

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