空気、読めよな【なずみのホラー便 第60弾】

なずみ智子

空気、読めよな

 花も恥じらうお年頃な女子高生・エア(ちなみに名前を漢字で書くと、空気「air」ではなくて恵愛)に、約十六年の人生において、なかなかにラッキーな恋のチャンスがやってきた。


 同じ高校の一学年上の先輩であり、エアの憧れの人・原先輩と最寄り駅のホームで二人っきりになることができたのだ。

 「顔が良い」と学外でも噂になるほどのイケメンな彼と、他の者もいる時に会話したことは数回あったが、一対一で話すのは今日が初めてである。


 エアの心臓はドキンドキンと甘酸っぱい匂いのする音を立てていた。

 けれども、そんな彼女の体内では、とある”生理現象の兆し”も不穏な音を立てんとしていた。


――どうしよう……急に、おならがしたくなっちゃった。それもなかなかに”大きいの”を……なんでだろう? ついさっき、下校前におしっこするために学校のトイレに行った時にはお腹の具合は普通だったのに……なんだか、お腹の中で何かが蠢いているみたい。このままじゃ家のトイレまで持ちそうにないかも。駅にもトイレあるけど、原先輩の前でトイレに行くなんて恥ずかしいし、何よりせっかく二人きりになれたのに、このチャンスを逃したくないよ。



 しかし、エアは突然であり盛大な放屁の欲求に耐えつつも、原先輩とにこやかに話を続けることが可能であった。

 ピンチはピンチであるも、空前絶後の大ピンチというほどではなかった。

 なぜなら、それは――



――おならが出ちゃうのは確実みたい。でも幸か不幸か、これはおそらく”陽(よう)タイプ”のおならね。音はそれなりに出ちゃうかもしれないけど、臭いはない。つまり、腸内に入ってしまった空気を放出するだけの、カラッと乾いたタイプのおならよ。反対にジワッと湿った”陰(いん)タイプ”のおならは臭いもなかなかに凄まじいだし、たまに”実”まで出ちゃったんじゃないかって、憎たらしい錯覚すら覚えるだもん。



 人間として生を受けて約十六年のエアは、放屁なんてものは過去に数える気も起こらないほどに経験済みである。

 それらの経験より、自身が今からぶっ放すであろうおならを二パターンのうちのどちらであるのかを瞬時に予測し、分析していた。

 さらに状況的にも、彼女に”追い風”は吹き始めてもいた。



――もうすぐ、この駅を快速電車が通過するわ。この駅に止まることのない電車が、その”救いの音”を持ってして、私のおならの音なんてかき消してくれるはずよ……よーし、それなら……



 ”もう少しだけ外に出るのを我慢して”と自身の肛門に言い聞かせたエアは、原先輩となおも笑顔で話を続けつつも、さりげなく自分の尻を線路側へと向けた。

 この方向転換によって、エアがホーム側に尻を向けたままであるよりも、放屁の音がかき消される可能性は格段に高くなったと言えよう。



 ついに快速電車がやってきた。

 長いようで短いその通過時間、エアはタイミングを逃すことなく肛門を緩めることに見事に成功した。



 エアの予測&分析通り、おならは”陽タイプ”であった。

 ぶっ放した張本人であるエアの鼻腔に臭いが届けられていないということは、原先輩の鼻腔にだって届いてはいないだろう。

 なお、彼女の予測に反していたことといえば、”尺が相当に長かったうえに、腸内にたまっていた空気の量も相当であったらしく”……エアは、風にはためくスカートの中でパンツが”内側から”ブワワワッと膨らんだのを感じたぐらいだ。



 放屁は無事に成功し、お腹の中がやけにすっきりとしたエアであったも、彼女と向かい合っている原先輩は真っ青な顔になっていた。

 エアは、これほど青い顔で歯の根までもが合わなくなっている原先輩を見るのは初めてであった。

 ”ま、まさか、私がおならしたこと、原先輩にバレちゃったの?!”と、エアの顔は羞恥でカアッと赤くなった。

 けれども、仮に目の前にいる女が電車の通過音に紛らわせて放屁したことに彼が気付いたとしても、”恐怖で”真っ青になることはないだろう。

 原先輩は震える指先で、エアを……いや、”エアの背後”を指差した。


 ハッと振り返ったエアの目に、自身の背後にプカプカと浮かんでいた”黄色い液体”が、衝撃ならび恐怖とともに飛び込んできた!


 

 普通の液体は空中に浮かんだりはしない。

 さらに、空中で人型を取ったりもしない。

 プカプカと浮かぶ”これ”は液体というより、人型のアメーバもどきだ。

 500mlのペットボトルと同じぐらいの背丈と横幅のそのアメーバもどきには、なんと顔らしきもの――目や鼻、口と思われる”へこみ”――までもが確認できた。

 

 人型の黄色いアメーバもどきは、原先輩と同一の顔色になってしまったエアへ向かって、恭しく頭を下げた。

 それも両手をきちんと体の前で揃えて……

 さらに奴は喋り出した。

 口らしき”へこみ”から、ホーム全体に響き渡るほどに明朗快活な声で……



「私をあなたの腸内から放出してくださいましたこと、心より感謝いたします! 見ての通り、私は未知なる生命体といいますか……まあ、その辺のところはお察しくださいませ。私は数刻前、あなたが尿をブシャアーー! と放出している場に居合わせまして……その時、あなたの肛門に吸い寄せられるように潜り込んでしまったのです。あなたが一人になった時に、あなたの腸内から放出を呼びかけるつもりでありました。けれども私の要望をいち早く汲み取っていただき、ブブブブブーーッ!!! と勢い良く、私を放出してくださるとは、なんたる優しいお心づかいの親切な方なのでしょうか? そんなあなたに対して、お礼も言わずにこっそり立ち去ることは礼儀に反すると思いましたため、こうしてお礼を申し上げます。誠にありがとうございました!!!」




――fin (/ω\)モウ、ヤメテ…――

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空気、読めよな【なずみのホラー便 第60弾】 なずみ智子 @nazumi_tomoko

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