1ー0 神に等しい者


「人間でも『コクモノ』でも、関係ないわ!同じ世界に生きる者同士として、皆仲良くすべきだと思うの!」

「ハ、ハイ、仰ル通リデス……マダ納得シタ訳ジャネェケド……」

「良かった!皆、分かってくれたのね!ふふっ、皆が仲良くなってくれて、私も嬉しいわ!」

「そ、それは良かったですね……まだ仲良くなったつもりはないんだけど……」


 満面の笑顔で無邪気に振る舞う、透き通るような水色ショートヘアの小柄な少女。

 彼女が演説する前には、『セデ村』の村人たちと、それと長らく敵対関係にある大柄な人型の怪物、『コクモノ』と呼ばれる者たちが、全員正座になって文句を垂れつつも静聴していた。

 この『小世界』には、まるで墨でもぶちまけたかのような、真っ黒に染まった草原が浩浩と広がっている。

 別名、『黒の地』。草花も森林も黒一色の不気味な領域は、その『コクモノ』の棲みかとされていた。

 人間よりも遥かに大きい体格に、強靭な肉体、巨大な爪、鋭利な牙……まるで猛獣のような特徴を持ち合わせた人型の怪物たち。

 『世界粉砕』という世界災害発生より以前、このセデ村はとして、コクモノと戦い続けてきたという経歴がある。現代でも、その経歴に従って対立を続けており、両者の間には深い溝が出来ていたのだが……不可思議なことに、あの少女の演説で一気に収束へ向かっていた。


「なんか、すみません……『リネット』さん。うちのシーナが勝手なことしちゃって」


 そう言って、保護者のように謝罪を口にした青年は、小さく頭を下げながら苦笑いを浮かべる。

 男性、のように見えるが、艷やかな茶髪のロングヘアであるのが目に入ると女性に見えなくもない……中性的な見た目の青年は、ツムギという名だった。


「い、いえ、そんな……!本当なら、村長である私が先導しなければならないのに……シーナさんが全部やって下さって……」

「行動力が人並外れていますからねぇ、シーナは。ただ、それだけじゃないみたいですけれど」

「え?」

「『ここの人達は喧嘩するつもりはない』……そう言って、皆の前に飛び出して行ったんですよ。俺からはあまり踏み込んだことは言えませんけれど……もしかするとリネットさんなら、その言葉の意味が分かるんじゃないですか?」

「……!」


 優しい笑みを浮かべながらそう言ったツムギは、声を上げて、演説を続けるシーナへと呼び掛けた。


「シーナー!あまり長居したら邪魔になっちゃいそうだし、そろそろ行くよー!」

「ん!えぇ、そうね、そうしましょうか!少し名残惜しいけれど……もしまた会う時があったら、今度は皆から色々な話を聞いてみたいわ!」

「イヤイヤ、シーナサンヨ。セデ村ノ連中ナンカヨリモ、俺ラノ方ガ、面白イ話ガ出来ルゼ?」

「馬鹿言っちゃいけねぇよ。『コクモノ』みたいな野蛮な奴等から出る言葉なんて聞くもんじゃねぇって。それよりセデ村には、かの第三皇女様も絶賛する特産物がありましてですな……」

「テメェッ!誰ガ野蛮人ダッ!頭カラ貪リ喰ッテヤロウカッ!?」

「んだとこの野郎ッ!てめぇこそ、この槍で串刺しにしてやろうかッ!?」

「ふふっ。エルミリオもダンも楽しそう!やっぱりみんなって、とっても仲が良いのね!」

「良クネェッ!!」

「良くないッ!!」

「あらっ?」


 ドッと人々から笑い声が上がる。

 純粋に不思議そうな顔をしながら首を傾げるシーナが、いつの間にやら群衆の中心に立っているということは、傍から見ても直ぐに理解出来た。


「スゴい、もう打ち解けてる……私も、エルから名前を聞くのは相当時間が掛かったのに……」

「エル……?それって、あの『コクモノ』の頭領の……?」

「え……!?あっ、い、いえいえ!何でもありません!そ、それより!お二人とも、行ってしまうんですか?折角ですから、もう少しゆっくりしていかれても……」

「あー……ありがとうございます、気持ちだけ受け取っておきますね。だけど、あまりのんびりしている訳にはいかないんです。俺たちには、やらなきゃならないことがあるので」

「やらなきゃならないこと……?」


 ツムギが口にした意味深な言葉に、思わず興味を惹かれるが……それを尋ねる前に、シーナが群衆の中から抜け出してきて、無邪気な笑顔で彼の元に駆け寄って来る。


「お待たせ、ツムギ!」

「おかえり、シーナ。じゃあ、行こうか」

「えぇ!みんなー!縁があったらまた会いましょうねーっ!」

「オォッ、オトトイ来ヤガレッ!」

「楽しかったぜっ!二度と経験したくねぇけどなっ!」


 滞在時間は、およそ十時間程度。

 そんな短い期間の中で人々の心をガッチリと掴んだ彼らは、多くの見送りの声を背中に受けながら、セデ村から立ち去ろうとする。

 しかし。

 彼らの歩む方向を目の当たりにした瞬間……先程までの歓声が、一気に動揺と恐怖の色に染まり始めたのだ。


「……って、えぇっ!?」

「オッ、オイオイッ!?何ヤッテンダアイツラッ!?」

「ちょっ、ちょっと待って下さいお二人ともッ!!は……ッ!!」


 彼らの向かう先にあるのは……『台海』と呼ばれる、灰色の大海原だった。

 人々は誰一人として、その『台海』へと出ようとしない……いいや、、というのが正解だろう。

 何故なら、『台海』には……かの、が待ち構えているからだ。


『────オォォォォォオオオオォォォォォォォッ!!』


 それはまるで、侵入者を阻む門番のように。

 彼らの目の前に、途轍もない地響きと共に『台海』から這い出てきたのは……灰色の、竜らしき形状をした巨人だ。

 その山のように大きな体躯は、セデ村一つ丸呑みしてしまいそうな程に大きい。


「早く戻って来て下さいッ!!そこから先は、人々の侵入を阻む『台海だいかい』────かの『三元域さんげんいき』が住まう支配領域ですッ!!無闇に立ち入っては……本当にッ、本当に死んでしまいますッ!!」


 『台海のエァヨセ』。

 『三元域』の一域を司る、であり……またの名を、『父なる海』。

 世界を取り囲む形で広がっている、広大な灰色の大海原……その全てが、『台海のエアョセ』そのものとされている。

 かの者の支配領域に足を踏み入れようとしたら最後、災害も同意義な大いなる力に容赦なく呑み込まれてしまい……永遠に帰らぬ者となってしまうだろう。

 人々はそのあまりにも膨大かつ強大な存在に圧倒され、外側へ出ることは叶わず……次第に、かの者たちを『神々』として崇め、尊重するようになっていた。


「……シーナ、下がっていて」

『グルルォォォォオオオォォォォォッ!!』


 台海の使者は全身を反り、大気を痙攣させる程の咆哮を放つ。

 直後。

 ツムギの足元の地面が溶け落ちるように泥濘ぬかるみになったかと思ったら……そこから、幾本もの水気を帯びた透明な触手が突出。

 それらは一切の躊躇もなく……。


 ────彼の全身を、無惨に貫いてしまった。


「あ……ッ!!」


 誰の目から見ても、明らかに致命傷だった。

 『神々』と人間……分かり切っていた顛末を前にして、人々は沈黙と絶望に沈むしかなかった。

 しかし。

 村人たちは、直ぐに思い出すことになる。

 そもそも、彼らは小世界の外側から────つまり、『台海』を渡って、この小世界にやって来たのだということを。


「…………この仕打ちはあんまりだよ、『お父さん』。俺だけなら別にいいけれど……シーナまで巻き込むつもり……?」


 ツムギは、使者の方へと、ゆっくりと開いた手を掲げる。

 その手中から淡い光が放たれたと思った、次の瞬間。

 彼の足元で幾つかの木の芽が芽吹き、それらは時を駆けるように、一本の大樹へと急成長を遂げていく。

 それは、まるで一本の巨大な槍となって、空気を裂き、使者へと飛来。そして、目の前に立ち塞がる巨体を貫くと……。


「もし、シーナを傷つけたら……いくら、あなたといえども────哭かすぞ?」


 使者の内側から食い破るように────その巨体を、粉々に吹き飛ばしたのだ。

 その凄まじいまでの衝撃は、爆風となって世界全域へと響き渡り、『神』の敗北という事実を村人たちにハッキリと知らしめた。


「うわぁぁっ!?」

「ナンダァッ!?何ガ起コッテンダッ!?」

「う、そ……!『台海』を……『三元域』を……打ち倒した!?」


 そして、衝撃と爆風が止んだ頃には、台海の使者は跡形もなく消え去っており……台海の前には、ずぶ濡れになりながらも興奮した様子ではしゃぐシーナと、彼女をやんわりと宥めるツムギの姿があった。


「あ、あの……ツムギ、さん……あなたは、一体……?」


 誰もが、目の前で起こった事態を受け止め切れず、唖然と立ち尽くす中……リネットが、恐る恐るといった様子で、少しだけ距離を開けた場所から声を掛ける。

 その問い掛けにツムギは、何やら申し訳なさそうに頬をかきながら苦笑を浮かべた。


「驚かせてごめんなさい、リネットさん。これでも、串刺しにされても、全身をバラバラにされても死なない、不死身の身でして────『台樹だいじゅ非人ヒト』って呼ばれているんです」

「台樹の、非人…………ひッ、『非人』、様……ッ!?ま、まままままさかッ!!かの『三元域』の“ご子息”とされる、あの非人様ですかッ!?そ、そんなッ、えっと、えとえとッ、こ、これまでの非礼を、なんとお詫びすれば……ッ!?」


 これまで、『三元域』という崇高の存在と言葉を交わしたことなんて、一度もない……いいや、そもそもそんな経験談自体、誰の口からも聞いたことがない。

 唐突な恐怖心と緊張感に苛まれて、頭も目もぐるぐると回っていたリネットは、あたふたとぎこちなく跪こうとするが、それを見ていたツムギが慌てて辞めさせる。 


「い、いやいや!俺も、自分を『神』だなんて思っていませんから!だから、あまり気にしないで下さいね?」

「そ、そう、ですか……だ、だとしたら、どうしてそんなお人が、小世界を巡る旅なんてしていらっしゃるのですか……?」


 すると、ツムギは一瞬だけで神妙な表情を浮かべる。

 まるで答えるのに少しだけ戸惑っているかのように、楽しそうに笑うシーナの顔を何度か横目で見てから、簡潔に、こう答えるのだった。


「────こちらのシーナを、殺す為です」


 ピタッと、リネットの表情が凍り付く。

 赤の他人同士が言えば、冗談だろう、と笑い飛ばすことが出来るが……彼らの場合は、それとは異なる。

 こんなに仲睦まじい様子で過ごす彼らが、、なんて……予測出来る筈がなかったから。


「…………え?こ、殺…………えっ?」


 辛うじて口にした言葉も、あまりの動揺にろれつが回らず、会話に介することも出来ない。

 そんなリネットに助け舟を出すように、当事者であるシーナが、満面の笑みになって事の詳細を告げるのだった。


「私たちは、私の死に場所を探して、色々な世界を旅しているの。もし、いい死に場所を見つけたら、私たちに教えてくれると助かるわっ!」




─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─




 人類に恒久なる泰平が約束された世界は────突如として、した。


 かつて『マクスチェア王族』によって治められていた、『ペデスタル』と呼ばれる世界は、なんの予兆もなく粉々に分解してしまったのだ。

 それらの破片は大海に点々とする島々のように、各々が一つの『小世界』として成立していった。

 何故、『ペデスタル』が粉砕したのか……未だに、その事実は誰も知らない。

 ただ、少なくともこの世界は、最早復興や繁栄どころか、存続すら危ういことは誰もが知る確かな事実だった。


 そう遠くもない未来に────『ペデスタル』は、完全に消滅する……。


 法も秩序も崩壊し、いつ消えて無くなるかも分からない世界で……生きる必要性を見出だせなくなった人々は、次第に死ぬ為の準備に尽力するようになっていた。

 生を営むことは、意味を成さない。

 ならば、死を迎える為に、何をすべきなのか。

 生きることよりも、死への過程が重要視されつつある世界に、今、二人の青年が足を踏み入れた。


 ────自らの死に場所を、『ペデスタル』の何処かに求めて……。

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