煙草

和田千石

煙草

 男が仕事を終え家路につく頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。

 玄関のドアを開け帰宅した男は、家の照明を付け、壁にかけてあったリモコンを取り外した。


 このリモコンは、男の部屋にある家事用ロボットを動かすためのものだ。リモコンについているボタンを押すと、ロボットがそれぞれのボタンに対応した家事を行ってくれる。

 ロボットの外見は無機質な為、一人暮らしの寂しさを紛らわすことはできないが、面倒な家事をする手間が省けるだけでも十分価値のあるものだろう。


 料理のボタンを押すと、さっそくロボットが料理の準備に取り掛かった。何を料理するかは、AIがその日の男の体調や食事の栄養バランスを判断して作るようになっている。


 「今日も疲れたな。料理ができるのを待っている間、風呂に入るとしよう。その前に煙草でも吸おうか。」


 そう言いながら男がリモコンのボタンを押すと、料理を中断したロボットが1本の煙草を差し出してきた。


 この煙草は時代が進歩していく中で開発されたもので、従来の煙草とは違い全て紙で作られている。

 記事煙草と呼ばれているもので、先端部分に入っている特殊な紙に点火して吸うと、その紙に書いてある文章の内容を知ることができるようになっている。

 記事の内容はロボットが自動で受信したニュースでもいいし、または本人がインターネットから文章を抽出してロボットに送信すれば、ロボットが紙に印字して煙草を作ってくれる。

 性質は昔の煙草とは全く違うが、以前の煙草にあった毒性がないのが良いところだ。


 男は仕事で疲れていたため、今日はロボットが自動で作った煙草を吸うことにした。煙草に火をつけて吸い始めると、すぐに甘い煙が喉を通った。


 「疲れている心を落ち着かせるには良いニュースだな。」


 国民的人気タレントの結婚を知らせる記事だった。

 このように、喜ばしいニュースであれば甘く落ち着くような煙、逆に不吉なニュースであれば重く目が冴えるような煙を、特殊な紙とインクの作用で表現される。

 甘い煙に陶酔していたのも束の間、今度はめまいがするほどキツい煙が押し寄せてきた。


 「せっかく人が和んでいたのに...しかし、なんて卑劣な奴だろう。」


 今度は政治家の汚職事件の記事だったようだ。金を横領していたのが明らかになった今も、罪を認めようとせず横柄な態度を取り続けているらしい。


 心の中に怒りがふつふつと込み上げてきた。


 「今に見てろよ、何とかこいつに嫌がらせをして罪を認めさせてやる。」


 男はパソコンを立ち上げ汚職事件の記事を片端から漁り、ロボットに煙草を作らせては吸い続け、気が付けば風呂も夕食も忘れていた。


 記事煙草そのものに中毒性はないものの、スキャンダルが人々に火をつけてしまうのだけは、玉に瑕である。

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煙草 和田千石 @wada1059

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