第23話 深層心理-刻まれた因果-
カリウスは夢を見ていた。物心ついた頃からよく見る夢である。
それは光と闇のうねりが点滅して跳ねるように頭の中を突き刺す、過激かつ無音の世界。
天変地異の如く、鮮烈かつ凄惨な光景が眼前で繰り広げられている。
様々な聖遺物を持った十代程の男女が敵味方に分かれ、赤茶けた大地で血を流して争っているのだ。
理性を持った生物達の行動にしてはあまりにも歪かつ、吐き気を催すやりとりだった。
熾烈極める戦いには、なんとカリウスも参加している。しかし敵にやられたのか、出血が酷い状態にあった。膝をつき、動くことすら厳しい。
状況は劣勢。相手は趣味の悪い派手なドレスを着た女だけなのだが、彼女が相当な実力者だった。その女一人に挑んでいった味方が次々と倒れていった。
戦局が動く。
女の身体が見る見るうちに変貌していく。
変化したのだ。人間の姿形の欠片もない、悪夢を形どったような異形の化け物となった。
まず左手の鋭い爪で味方女性を惨殺。彼女を庇おうとした男は、丸太のように太くなった右手で吹き飛ばされた。恐るべき速さで二人の仲間を失ってしまったのだ。
自軍に残るは手負いのカリウスと、外側に刃がついた円盤型聖遺物を手に持ついかつい小太りの男ともう一人、黒い服を着た女性との三人になってしまった。
小太り男の方はは鮮明に見えるのに黒い服を着た女性の方は何故だか、いつも顔から上がぼやけて見えているのだ。そして戦えないのは彼女も同様。足に怪我をしてその場から動けずに座り込んでいる。
疲労困憊で聖遺物を使える状態ですらない。カリウスの聖遺物は、奴らとの近接戦闘で飛ばされてしまったのか、かなり遠くの場所へ落ちてあるのが確認できる。
けども、怪我の状態が酷く満足に動けない。
絶体絶命。
唯一の戦力である小太り男が、外側に刃がついた円盤型聖遺物を手に持ち反撃するべく突撃を試みたが、敵との距離を縮めていた最中に、なんと死んだはずの仲間に足を引っ張られ倒れてしまう。
敵方の仕業である。派手なドレスを着た女は、死者を操る杖型聖遺物の使い手らしかった。
彼は味方の死体らにあっという間に囲まれ、かつての仲間らに凄まじい力での暴行を加えられてしまっていた。
命尽く直前、彼が最後の力を振り絞って投げた円盤型聖遺物が、化け物と化した味方の男の胸を貫通する。
異形は苦しむ間もなく倒れた。目にも止まらぬ速さだった。
そして状況は二体一。満足に動けない二人に対して、傷一つ負っていない敵。
結果はわかりきったことであろう。
だが――
それでもカリウスは諦めていない。最終手段を使用する気であったからだ。
服の中から取り出したのは、幾何学模様が刻まれた小さな黒い玉。
本当にどうしようもない状況で使おうとしていた、奥の手の聖遺物だ。
使用するに絶好の機会。力強く玉を握ったカリウスは痛覚をむりやりに無視し肉体の臨界点を突破し、身体を再始動。
ふらつきながらも、いざ敵へ向かおうとしたその時――黒い服の女性が腰を掴んできた。止めようとしているのか、がっちり掴む。
それもそのはず。この聖遺物の使用には、カリウスの命を引き換えに発動するらしいのだ。
しかし具体的にどういった効力があるのか、夢の中の自分には詳しくわからない。
戦いを終わらせることができるのは確かだと、それだけは理解していた。
決意はやはり固く、その力いっぱい握る手を優しく振り払った。
ここまでは毎度毎度と同じ展開。変わり映えのしない、見飽きてしまった悲劇。
カリウスはこの夢に対し、エリアル創世記への知識があるうえ聖遺物を持った聖人と化したせいで、まるで自分が世界管理者試験へ参加しているような夢を見ているのであろうと仮説を立てていたが、今日は一味違った。
長い間変化がなかった夢に、一つの進展があったのだ。
毎回ぼやけて見えていた女性の顔の全貌が、一瞬だけ明らかになったのである。
それがなんと、間違いなくエレナだったのだ。
何故、エレナ? と、強い疑問が生じるが悲劇は止まらない。カリウスは、雄叫びをあげながら敵へ向かっていく。
異形の化け物と化した女は歪んだ笑みを浮かべている。
手に持っている杖型聖遺物を振り上げれば、従えた死体らがすぐにでも殺しにかかる。
彼女からしてみれば、もう自身の勝利は目前であると思ったであろう。
だが、その決めつけが甘い。
手に持った物体――黒い玉を一瞥すると、瞳に衝撃の色を映し激しく狼狽した。
慌てて杖を振ろうとするがもう遅い。
カリウスが黒い玉を地面に向かって投げる。
すると白い闇が発生。瞬く間に空間を塗り替えたのだ。
同時に自分の存在が消失していく。決死の特攻は成功したが、何もかも無になっていく。
そして終幕。
相変わらず、全ては明らかにならないままである。
黒い夢が途切れる。カリウスの意識は覚醒していった。
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