第46話 才能と可能性
食事を終えた一同は再び砂浜に集合し、それぞれ訓練を開始する。
「千里! 違うって言ってますでしょう! それでは何時まで経っても、遠隔発動は出来ませんわよ!」
「そんな事言ったって・・・分からないんだもん!」
「仕方ないですわね・・・千里。わたくしに後ろから抱き着いて下さいまし」
千里は言われた通りにキャロルに抱きつく。豊満な胸がキャロルの背中におしつけられる。
「あーもう腹立つ胸ですわね! 自重してくださいまし!」
「無理言わないでよ・・・」
「とにかく、分かりやすく千里の魔力を使って、発動してみますわよ」
キャロルは両腕を前に出し遠方に火柱を出現させた。
「で、こうですわ」
キャロルは指を弾く、すると火柱は爆発し煙幕へと変化する。
「わかりまして?」
「うーん・・・なんとなく・・・?」
「ではやってみて下さいまし。透明の魔力を地点まで飛ばしそこで発動させるイメージですわ」
キャロルから離れ、千里は海に向かって両手を前に向け、魔力を上昇させる。
(透明の魔力を飛ばすイメージ・・・)
「えいっ!」
その掛け声から少しして海上に火柱が立つ。
「やった! やったよキャロルちゃん! 出来たよ! キャロルちゃん?」
キャロルは目を丸くし固まっている。
少し後ろで見ていた旋風が、慌ててキャロルの元へ駆け寄ってきた。
「キャロル。今のは・・・【クリアマジック】か!?」
「・・・ええ、間違いないですわ。千里は本当に魔術を不可視の状態で発動致しましたわ。クリアマジック自体は視覚幻術の一種でさほど難しい術では無いのですが、威力の低下が激しい事から、実戦ではあまり使われる事はありませんわ。しかし・・・千里の場合、強大な魔力を押さえ込んで、むしろ魔力の暴走抑制に繋がっていますわ」
「一石二鳥という訳だね」
「・・・どうしたの2人共? 私・・・何か失敗しちゃった・・・?」
「失敗ですわよ! 魔術自体を透明にしてどうしますの!」
「ええっ!?」
「今、貴方が行ったのは魔術の透明化。クリアマジックですわ。確かに使い道の多い術ですが、やはり遠隔発動のスピードには及びません。ですので遠隔発動の練習をしつつ、クリアマジックの使い道も模索して下さいまし」
「は~い・・・。」
大地は木陰で【憑依】と【同化】の訓練を行っていた。
「どうですか大地様。」
「うーん少しだけど、力がダイレクトに伝わる気がする。」
「まだ、本来の力が戻るまでは、あまり効果が無いようでございますね」
「ちょっと試してみるか」
大地は島に生えていたバナナから取った子株を地面に植える。
力を注ぎ込むと、見る見る巨大なバナナの木に成長し、たわわに実を実らせた。
そこへ、様子を見に旋風とキャロルが来る。
バナナを見るなり旋風の目が輝き、食べごろに色づいたバナナを指差す。
「大地! あのバナナ食べたいんだが!?」
「いいですよー」
大地がバナナの木に触れると、バナナが自然に落下してきた。
それを受け止め数本に千切り取り、旋風とキャロル、そして沙耶に手渡す。
旋風は受け取ったバナナを瞬時に凍らせ食べ始める。
あまりの美味しさに、頬に手を当て幸せそうな表情を浮かべる旋風。
「おっ。冷凍バナナですか、懐かしいですね~!」
「ふふ。だろ? ところで、大地は憑依と同化の訓練をしているんだね。憑依の方は専門外だから分からないけど、同化した際、集中して周囲の生命の鼓動を感じるようすにすれば、搾取の時の魔力の吸収量が増えるよ。今はそれを訓練した方がいいかな。君の力が制限されているからこそ、その感覚を掴み取るのに集中力がいるはず。今のうちにその感覚を鍛えるといい」
「了解です!」
大地は旋風に敬礼をする。
旋風と大地が会話をしている中、キャロルが沙耶に近づき、手に持っていたケースを手渡す。
「キャロル。これ何?」
「空けて下さいまし」
中には大量の弾丸が収納されており、それぞれに番号が振ってあった。
「それ数字は龍麟鉱のクラスを表す数字ですわ。本物は高価なので、訓練用に重さだけは素材の重さに合わせていますの。それを使って訓練して下さいまし。他に何か特殊弾や武器が必要であれば製作致しますわ」
「ありがとう。龍麟鉱の加工は私には出来ない、作って貰うと助かる。あと、電気で動くシューズを作って欲しい。なるべく高速移動。それと・・・双電刃もう一回作って欲しい。・・・壊してごめん」
「気にしないで下さいまし。分かりましたわ。なるべく期待に添えるよう努力致しますわ。大地にも手伝って貰いますわよ」
そう言いながら大地を見る。
「沙耶のなら大歓迎だ。色々と世話になっているから、恩返ししないとな!」
「恩に着なくていい。私が好きでやってる」
「それじゃあ俺も、好きでやってるって事で!」
「大地・・・」
「あーもう! 次行きますわよ氷雪会長!」
キャロルはやれやれと言った様子で歩き出す。
「次は楓か。うん。行こう」
旋風とキャロルは浜辺で、海水を持ち上げる訓練をしている楓に近づく。
「あ! キャロルお姉ちゃんに、氷雪会長さん!」
「楓。そろそろ私の事も・・・旋風お姉ちゃんと呼んでくれないか?」
「えっと・・・でも、みんなそう呼んでいますし・・・」
旋風は腰を落とし、楓の両手を握りながら、目を輝かせて言う。
「私は楓から・・・お姉ちゃんて呼ばれたいんだ!」
「えっと・・・それじゃあ・・・つ・・・旋風お姉ちゃん?」
膝に矢を受けたように、その場にへたり込む旋風。
「う・・・嬉しい・・・。」
「・・・ちょっと何やってますの氷雪会長」
「いや、すまん。嬉しくてついな」
「さ、楓。海水を可能な限り持ち上げてくださいます?」
「うん。やってみるね」
楓は海の方を向き両手を前に出す。
「うぬぬぬ・・・えいっ!」
掛け声と共に、まるで海をそのまま切り取ったかのように、四角くくりぬかれた海水が宙に浮かぶ。
その中では先ほどまで海中で泳いでいたであろう魚が、何も知らず泳ぎ続けている。
「これは驚いたな・・・もしかしたら【ビッグベアー】アリーナにも匹敵する実力だぞ・・・レプリカコアでは無く本物の上位コアを持てば・・・。試しに私のクラス3のコアを・・・」
「もう・・・無理・・・! ぷはぁ!」
海水は勢い良く、元の海へ戻り辺りには水しぶきが上がる。
「どう・・・でした・・・?」
振り返った楓の鼻からは、血が滴り落ちていた。
「すみません。無理をさせてしまいましたわね・・・。素晴らしいですわ楓」
キャロルはポケットからハンカチを取り出し、楓の鼻血を丁寧にふき取る。
「そ・・・そんな高そうなハンカチ・・・勿体無いです! 海水で洗ってきます!」
「・・・楓。飾るだけの高価な陶器に意味が無いように。このハンカチも使わねば価値はありませんわ。高い分だけ肌触りが良いでしょう? このハンカチの価値はそこにありますの。 本質を見失なってはいけませんわ」
「キャロル姉ちゃん・・・ありがとうございます!」
拭き終わったハンカチを丁寧にたたみ、ポケットへしまうキャロル。
「一度に大量の物を持ち上げるのはやはり負荷がかかりますわね。ある程度の重さの物を回数持ち上げる事で能力を鍛えて下さいまし」
「はーい!」
(もしかしてこの子・・・)
キャロルはある事に思い当たる。
「楓」
「はい?」
「貴方もしかして・・・自分を浮かす事が出来るんじゃありまして?」
「どうでしょう? やった事ないけど・・・ちょっとやってみますね」
目を瞑る楓。
するとゆっくりだが確実に、楓の体が宙に浮きはじめた。
「やはり・・・出来てしまいますのね・・・」
「驚いたな・・・念動使いの中でも一握りしか使えないという浮遊術か。視覚で確認できる他人を浮かせるのは簡単だが、対象が自身となると途端に難易度が上がるからな。コツを掴めない者は一生掛かっても習得出来ないと聞く。キャロル、君は使えないのか?」
「出来ますが、少し時間のかかる上にわたくしの魔力では長く持続は出来ませんので、実践レベルでは使えませんわ。・・・楓。浮遊術は使える術ですので、是非完璧に習得して下さいまし。そうですわね・・・鏡などを使って練習するとはかどりますわ」
「わかりました! やってみます!」
「では、無理をなさらぬよう、訓練に励んで下さいまし」
「はーい!」
「さて・・・わたくしも自分の訓練に取り掛からないとですわね」
キャロルはそう言って一つ、伸びをする。
「キャロル。君は本当に素晴らしい、人を育てる才能を持っているな」
「・・・私の欲した才能は、神代校長やかつての英雄達のような、皆をその手で救える才能ですの。それに比べれば、つまらない才能ですわ」
「そうか・・・。しかしなキャロル。私にはそのつまらない才能が、羨ましくて仕方がない。この力のおかげで【雪女】だとか【氷の女王】といって恐れられ、心を開き話せる友達もろくに居ない。戦うしか能の無い私の唯一の居場所は戦場のみ。だから、仲間に囲まれ、人を育てる才能や指揮管としての持った君が本当に羨ましい」
旋風は自分の手を見つめる。
「・・・私の将来の夢は保育士になって、子供に囲まれて過ごす事だったんだ。・・・笑うかい?」
「・・・いえ。しかし意外でしたわ」
「でも、このご時世。そうも言ってられないからね。戦うしか脳のない私に出来るのは、ひたすらドラゴンを狩る事のみ。それでも・・・どんだけ頑張っても救えるのは一握り。でも君の才能ならその何十倍もの命を救う事が出来る。それほどの才能を、つまらない才能だなんて言わないでくれ。」
旋風はそういい残して去って行った。
「・・・」
(わたくしにだって、分かってますわよ・・・。本当につまらないのはわたくしの意地だって事位・・・。でも・・・まだ幼い頃、命を賭けてわたくしを助けてくれた、神代校長のあの勇姿に胸を打たれ、憧れてしまったものは仕様がないじゃありませんの)
キャロルはふと空を見上げる。そこには、夏の青く澄み切った空が見渡す限り広がっていた。
「僅かな可能性に賭けているのは、わたくしの方なのかもしれませんわね・・・」
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