第16話 手合わせ

 まったくの嘘ではないけれど、とっさに口にしてしまった言葉について、少しばかり後悔していた。

 少しだけ。


「アホじゃないの」


 それに対して、。お嬢様らしくない返事が帰ってきた。

 まあ、この件に関しては否定できない。


「百歩譲ってあなたがうちのお母様の事を気に入っているからと言って、どうしてそれが生徒会に入る理由になるのかわかりません」


 そうですね。

 私も全くわかりません。


「好きな人のことって何でも知りたくなるじゃありませんか。だから、教授の娘さんがどういう人物なのか、そばにいて知りたいと思ったんです」


 これって告白じゃないか。

 会長もこころなしか顔を赤らめている、訳ではなかった。

 あれは多分怒っている。


 会長のこの美貌なら、異性だけではなく同性にもモテるだろう。

 取り巻きの女生徒が群がっている様子を想像する。

 まったく違和感がなかった。


「いけませんか? お姉さま」


 なのでそんな言葉を口走っていた。やばい、とてつもなくうっかりさんだ。


「それはちょっと」


 隣でアキが眉をひそめている。あれは呆れたときの顔である。

 同じ学年なのに、お姉さま扱いはまずかっただろう。

 反省している。

 

「つまり、あなたは生徒会のそのものではなく、私に興味があると」

「あ、まあそうです」


 そう言い切ってから、しまったと思った。このレベルのお嬢様なら、そばに優秀な人材がたくさんいるに違いない。その程度の志望動機では、お祈りメールお対象にしかならないだろう。


「特技とかは無いのですか」


 それでも、興味は持ってくれたらしい。ここでアピールすれば、挽回は可能だろう。頑張ろう。


「特技ですか」


 魔法が使えます。

 と言えないのは残念である。これ以上はない特技なのに。


 会長が聞きたいのはたぶん、会長の役に立つ知識や技術のことだろう。モノマネができますとか言っても、完コピレベルでないと意味がない。いやまず、モノマネなんてできないけれど。


 知識と言っても、この会長をサポートできるようにも思えない。

 それに特別使える知識が多いわけでもなかった。異世界に転生すれば役に立つくらいの知識だけだ。あとサバイバルとか? あんまり役に立ちそうになかった。


「そうですね」


 一番無難なのは格闘技だろうか。武器も使えるけど高校生には過ぎたる力だ。空手や合気道など武術もそれなりに学んでいるから、そこは使えるかも知れない。


「格闘技を少々やってます」


 孤児院では対外試合はやっていないし、昇段試験とか受けさせてもらえなかったから、正直その程度のレベルなのか証明できるものはなにもない。それでも、講師からはかなり筋が良いと褒められていた。攻撃ではリアに及ばないけど、守りに関しては自身がある。

 まあ、それでも、隣で暇そうにしているアキほどではないのだけれど。


「必要ないかと思いますが、護衛ぐらいにはなると思いますよ。あ、昇段試験とか受けてないんで、証明はできませんけど」


 たぶん、このお嬢様もそれなりに腕がある。お嬢様らしく表面上はスキを見せて入るけど、攻撃をしたところで、会長まで届かないだろう。


「それは面白いですね。では、試験をしましょう」


 明日の放課後、格闘場で会長の護衛とお手合わせすることになった。学校の中で私闘のようなことをしてもいいのかと聞いたら、私を誰だと思っているのですかとやり返された。

 知ってる。生徒会長だ。


「本気を出したらダメですよ」


 アキが心配しているのは、相手の護衛のことだろう。大丈夫。本気を出さず善戦するくらいで問題ない。

 あの会長は、面白いことに食いつくタイプのようだから。


「あと魔法は禁止ですからね」

「バレなきゃいい。バフくらいなら問題ないだろ」


 魔法でバフ、つまりステータス上昇効を引き出しておけば、魔法だとはわかるまい。流石にお嬢様の護衛を倒してしまっては、色々問題が起こるだろうから、いい感じで負ければ十分だろう。


「私達は、規格外の存在だということを少し認識すべきですよ。あまり目立つことはしないようにお願いしますね」


 いや、もう遅い気がする。


 翌日の放課後。

 格技場に向かうと、いつの間にかリアが着いて来ていた。


「なんだか面白いことをするんだってね」

「誰に聞いたの」

「噂になっているんだよ」


 格技場はギャラリーで溢れかえっていた。

 どうしてこうなった。

 そこまでこの学校は娯楽に飢えているのだろうか。お嬢様の道楽についてはよくわからなかった。観戦はお嬢様の嗜みなのか。高校生だけでなく、中等部の生徒もいるみたいだ。


 格技場の正面に会長は居た。

 とても偉そうだった。

 あ、偉いのか。


「ごきげんよう。準備はよろしいかしら。制服のままで問題ありませんか」

「あ、はい。いつでもどうぞ」


 本気の魔法を出す時は、魔法少女の衣装に変身する必要があったけれど、今回は必要ない。それにあのコスチュームは痛すぎる。


「それで、お相手の方は」


 それらしい人物が見当たらない。遅れてくるなんて、宮本武蔵かよ。


「私達と同じ一年生なのですけれど。せっかくなので、戦闘服に着替えて来ると言っていましたから、ああ、どうやら来たようですね」


 対戦相手が、やってきた。

 メイド服の美少女だった。

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