ファイル002 激戦! ホストクラブ
ホストクラブ"ゴモラとソドム"に、二人連れの女性客・ゆかりと明菜がやって来た。
先客が帰る所だったらしい。見送りを指名したホストにエスコートされ、帰る様子……なのだが……。
「ねえ。ホントに、あたしがどこにいても助けてくれる?」
「無論さ! 俺はヒーローなのだから」
そう胸を叩いて豪語するホスト――と呼んで正しいのだろうか?――全身を銀色のヒーロースーツに包み込んだその男は、顔すらもわからない。
「ヒーローの前に、マリエちゃんの、が抜けてるけど?」
輝かんばかりのメイクとドレスで着飾ったマリエとやらが、むくれたように指摘。
銀色のヒーローは、頭を掻く仕草を見せた。古典的だし、そもそもヘルメット越しに頭を掻くという動作が、ゆかりと明菜にはわざとらしく映ったのだが。
「マリエさんがピンチの時には、このサイコシルバーが必ずや、駆け付けよう! 約束だ」
「サイコシルバー、だーいすき!」
唖然とする二人組を尻目に、サイコシルバーとマリエの逢瀬は終わった。
マリエがタクシーに消えるのを見届けたヒーローは、残心のつもりか、頭を垂れたまま動かない。
「なに、あれ?」
「あれかな。さっきのお客さんの趣味で着せられてるとか」
「趣味がニッチ過ぎない?」
「あの人、若作りすごかったし、貫禄ある美魔女って感じだったしね。もう普通のイケメンじゃ満足できない境地に達してるんじゃない?」
「この店、やめとく?」
「大丈夫だって。最大手のポータルサイトでいつもランキング上位に来る店だから。あのヒーローコスプレはきっと、さっきの美魔女にやらされた罰ゲームみたいなもんだって」
ここ"ゴモラとソドム"に来る事を楽しみにしていたゆかりが、やや尻込みがちとなった明菜を引きずり込むようにして入店。
果たして、ただの罰ゲームだろうという予想は覆された。所属ホストのリストを開いた瞬間、ゆかりと明菜は噴き出しそうになった。
綺麗な男、頑強そうな男、人懐っこそうな男、知的な面差しの男、少し陰のある男。
女性のあらゆる願望に応じられるよう居並ぶイケメン図鑑の中に、そいつはさも当たり前のように混ざっていた。
サイコシルバー。銀色のメットをかぶり、その素顔を伺い知る事はできない。
「これ、マジ?」
「はい。彼は当店ナンバー2ホスト・サイコシルバーですね」
絵に描いたような執事を思わせる中年の男が、ゆったりと、とんでもない事を言い放つ。
「ナンバー、ツー……」
「私、見なかった事にする。こっちの、
「私らなんて相手にされなさそう」
「いいえ、遠慮は無用です。レイクは少々特別でして。むしろ、当店にお越し頂いて日が浅い方をおもてなしさせて欲しい、と」
「えっ。じゃあ、遠慮無く指名する?」
「私は構わないよ」
「ただ、レイクは日の浅い方を好みますが……日の浅い方がレイクをお気に召すかは別問題、とだけ」
レイクの態度は、まさしく王様のそれであった。
カッシーナのソファにふんぞり返り、無礼に脚を組み、つまらなさそうに天井を仰いでいる。
「あー、テンションあがんね」
目の前に組まれたシャンパンタワーも、どこ吹く風と言った態度だ。
――なるほど、確かに初心者にコレはキツイ。客の片割れのうち、ホストクラブ自体が初めての明菜は苦い顔をした。
それを即座に察した"マサト"が恭しく対応してくれたので満足だったのだが。
明菜は王子様と会いに来たのであって、俺様オーラ全開の王様に用があったわけではない。
しかし。客の片割れのうち、今夜の事を主導していた方の女・ゆかりは、レイクの虚ろな表情に吸い寄せられるようだった。
「ねえ、レイクくんだっけ?」
意外にも、話し掛けられれば、レイクは真摯な瞳で見据えて来た。
ぞんざいに扱われる事を覚悟していたゆかりは、そのギャップに胸を打たれた。
大手有名店でナンバーワンの地位をほしいままにしているホストの、このもの悲しい雰囲気は何だろう?
ゆかりの中で、レイクにまつわる色々な物語が紡がれては消えて行く。小説家には垂涎ものの境地と言えよう。
ふと、レイクは別の席を流し見た。決して自分の客には悟られないさりげなさで。
しかし、サイコシルバーと真正面から目が合った。まるで、レイクがこの瞬間に盗み見て来る事を知っていたかのように。
事実、彼がサイコシルバーの席を見ると、必ずサイコシルバーもこちらを見て来ていた。
一緒に仕事をするようになって一ヶ月程度だが、今のところ確率は百パーセントである。
――薄気味悪いな。
あんな、顔も見えないコスプレを、オーナーが認めているのがまず不自然極まりない。
しかし、冷静にホストとしての手腕を分析すると、けったいな見た目を覆す程にデキる男だとわかった。
基本的にはレイクとは正反対の、紳士的だがコミカルさも交えた年上系男子と言った属性だ。
しかし客が打ち解けて来て、レイク曰くの"めんどくせえ性質"を露にして来た段階での対応が神がかっていた。
客がその時々で求める、千差万別の態度。それを、気味が悪いほどの的確さで選び取り、必ず気に入られるのだ。
まるで、心を読んでいるかのように。
だが。
――あんなイロモノに、オレの売り上げは抜かせない。
密かに燃やした対抗心が、未知への恐れを凌駕する。
しかし。サイコシルバーは、レイクとまともに戦う気など更々無かった。
「レイクさん……本名・
レイクは、何も返せなかった。
腸が煮えたぎる心地ではあったが、反論は無意味と即座に頭を切り替えた。
「結局、そうかよ。人の事を探って、蹴落とす。それでこの店のナンバーワンに繰り上げってか?」
一瞬でも、このコスプレ野郎をライバル視した自分を、レイクは情けなくすら思った。
生きるため、何か、金になる事をしなければならなかった。
そして今の地位がある。
少しばかり、ルールを破ろうとも。
「少し、違うんですけどね。俺の真の目的は」
「オレさ。見てくればかりじゃねえんだよね」
もう、まともに応じる気もない。レイクは、空手の構えを見せた。
見る者に心得があれば、有段者にしか出来ない身のこなしだとわかるだろう。
「俺は、あなたを救いに来た」
段位を取れば法的にはナイフと同じ扱いを受ける。だからレイクは、あえて段位を取っていない。
「消えろ。死ぬぜ」
「あなたの本当の罪は、未成年でホストをやっている事ではないですよね」
構えが、目に見えてきて揺らいだ。
サイコシルバーが、何を指しているのか、一から勘ぐるのはもはや無駄。
――こいつは、知っている? オレがしてきた、本当の、
マリエは、自分の所有していた店を唖然と眺めていた。正確には、人も物も押収された、脱け殻の店を。
店の売りものは、性風俗。
当然、違法な類の。
名ばかりのオーナーを身代わりに、マリエ自身はどうにか難を逃れたが……これから足が付かない保障はどこにもない。
しかし。
これまではお目こぼしを頂いて、平穏無事にやってこられたはずだ。足元を掬われる要素も無かったはず。それが今になって、どうして。
「確かに性風俗は必要悪。あなたが、そう考えている通りかもしれません」
この場にそぐわぬ、ゆったりと洗練された男の声が、マリエに襲い掛かった。
襲い掛かった、とマリエが感じたのは、その声から与えられた衝撃が強かったから。
「サイコ、シルバー?」
「しかし、必要悪にも秩序が無ければいけない。あなたはそれを、破ってしまった」
サイコシルバーは、淡々と、静かに、マリエに向かって歩み寄る。
みなまで言われずとも、マリエは全てを悟った。
「あたしの事、助けてくれるって言ったよね」
ピンチの時、必ず駆け付けてくれる。そう約束したのに。
事実として、サイコシルバーがマリエにもたらしたものは、破局だけだった。
けれど。
「はい。俺はマリエさんを、助けに来ました」
「ぇ……?」
「マリエさんは素敵な人だ。こんな事からは足を洗って、表の世界で輝きましょうよ!」
何の冗談か、ヒーロースーツで全身を隠した男が、マリエの双肩に手を置いて、目線を合わせて諭した。
「マリエさんがそうなる為なら、俺は手段を選びません。たとえ、マリエさんを敵に回してでもマリエさんの事を助けてみせる!」
「あ……ぁ……」
ぽろぽろと、マリエの頬を、涙が伝う。
「あーん! あたし、誰かにこんなコト、止めてほしかったのよぅ!」
自分を百パーセント理解してくれるヒーローにしがみつき、マリエは泣いた。
しかし。
「でも、でもね! あたし、こんなんじゃ満足しない!」
「ふむ?」
「今回は不覚を取ったけど、また闇の世界に返り咲いてやるわ! それまでせいぜいあたしを待ってなさい、サイコシルバー!」
おーっほっほっほ、と、現実にあり得ない高笑いをまき散らし、マリエはサイコシルバーの胸から飛び立って行った。
「コレがやりたかったんだよなぁ、あの人……。困ったものだ」
銀色のヒーローは、わざとらしく頭を掻く仕草をした。
誰も見ていないのに。
苦学生だったレイクは、漠然と“金を稼ごう”と必死だった。
その結果、自分の才能に対して最も金銭効率が良かったのがホストクラブ。
弟や妹にみじめな思いをさせまいと、余分な金を求めて飛び込んだ。
マリエと名乗る常連客が指名を沢山くれて、それを足掛かりにナンバーワンの道へと踏み出すことが出来た。
けれど、代償は大きかった。
未成年でありながらホストクラブで相応の地位を築いてしまった事。
そしてそれ以上に、脅迫者としてと言うより、男女としてと言うより、もっと得体の知れない関係性によって、レイクはマリエに脅される格好となっていた。
レイクは、ホストクラブの経験が浅い女性を積極的に篭絡して、高い酒を買わせる。場合によっては、あらゆる手管でプライベートでも貢がせる。
結婚をちらつかせるために、役立たずの両親を利用したこともある。
そうして、首が回らない程の借金を重ねたレイクの客に、働き口としてマリエの風俗店へ斡旋する。
そういう騙され方をするようなウブな女は貴重で、自分の逆境を覆そうと必死な姿も煽情的。客の反応は上々。
とはマリエの弁だ。
唾棄すべき、夜の街の悪を成敗した。
そして、それに加担させられて苦悩していた一人の若者を、サイコシルバーは救った。
かつてレイクと名乗っていた少年は今、その腕っぷしとコミュ力を買われて、南郷組の構成員――闇金の取り立て要因――として立派に働いている。
女を陥れる卑劣な道から解放された彼の顔は、晴れ晴れとしていた。
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