第31話 結界
直美と二人電車に乗ってファミリーランドにやってきた。ここは俺達が生まれる前からあった古い遊園地である。近くに出来た大型テーマパークに客を取られもはやゴーストタウンを連想させる。
「こんなに小さかったんだ・・・・・・・」直美は懐かしそうな顔で古いメリーゴーランドを見つめた。今でもかろうじて動いてはいるが誰も乗っている様子は無い。
「ねえ、乗ろうよ」直美が手を引きチケットの自動販売機にお札を入れた。入れ替わりに短冊のような紙が出てきた。それをメリーゴーランドの操作室のようなところにいた爺さんに渡して直美はお姫様のように足を揃えて馬の上に腰掛けた。俺も彼女が座ったのを確認してから馬にまたがった。
「動きます」無愛想な声で放送が流れる。愛嬌もクソも無いアナウンス。めったに客も来ないのでろくな接客マニュアルもないのであろう。
「きゃあ」彼女はメリーゴーランドが動き出した反動で落ちそうになり、バーにしがみ付いた。
「あははははは」その様子を見て自然に笑い声を発してしまう。直美が顔を真っ赤にしながら俺を睨みつけた。相変わらずバーに腕を巻きつけて少し硬直しているようであった。
俺は馬から飛び降りると直美のところに駆け寄って、彼女の座る後ろに飛び乗った。
「ちょ、ちょっと危ない!」直美は驚きで目を見開いた。通常こんなことをすると放送で注意されたり機械を止められたりするのであろうが、操作している爺さんは監視もろくにしていないようである。
「お姫様、私がお助けいたします」俺はおどけて見せた。
「えっ?!」直美は体制を崩して落馬しそうになった。
「危ない!」直美の体を受け止めた。俺はなぜか直美をお姫様抱っこしているような状態なっていた。
「あ、有難う・・・・・・でも」直美の顔が真っ赤に染まる。「恥ずかしい!!」直美は両手で顔を覆って隠した。
「機械が止まります。有難うございました」またまた無愛想な声が響く。俺は直美を抱き上げたまま馬を下りた。
「あの・・・・・・幸太郎君・・・・・・」直美は小さな声で切り出した。
「なに?」
「私、自分で立てるよ」
「ああ、そうだな。御免」直美の体をゆっくりと下ろした。直美は軽く咳払いをすると俺に背を向けて無言で歩き出した。
なんだかその仕草が可愛くて俺は笑みがこぼれた。
「直美、トウモロコシ食べないか?」ポケットの中からサイフを出して、直美の返事を確認しないうちに二本購入した。
「有難う、美味しそう!」言いながら直美はトウモロコシを受け取った。
「そういえば、昔小さい時にここに来た覚えがあるような、確か・・・・・・男の子と一緒に・・・・・・同じようトウモロコシを」辺りの風景を見てなんだか記憶が蘇る。幼稚園位の頃に、両親に連れられてここに来たことがある。その時、一緒に同じ年頃の少年と一緒に遊んだような気がする。トウモロコシを片手にもって・・・・・・。
「ひ、ひどい・・・・・・ひどいよ」直美が急に目を見開き怒ったような顔をした。
「どうしたんだよ、いきなり?!」直美の反応に驚く。
「その男の子って、多分・・・・・・私のことだよね」直美は少し俯いてガッカリしたような顔をした。
「えっ、そんな、まさか、あの男の子は・・・・・・・直美だったのか?」直美の言葉で記憶が蘇ってきた。髪を短く切り肌を真っ黒に焼き、木登り、泳ぎも達者な男の子。俺はその男の子を『ミー君』と呼んでいた。
「あは、あはははは!」俺は思いっきり笑いが込上げてきた。
「な、なによ突然?!」彼女は驚いたように声を上げた。
「いや、御免御免、まさかミー君が直美だったなんて」笑いが止まらなかった。
「もう、知らない!」直美は怒っているようであった。
「そうか、俺はやっと会いたかった友達に会えたんだ。有難うな、直美」空を見上げながら俺は直美にお礼を言った。
「ううん、よく解らないけれど・・・・・・・」直美は少し複雑な顔をしていた。
「楽しそうね」突然聞きなれた声が聞こえた。振り返るとモンゴリーの姿があった。周りには他の人影は無かった。彼女は今日も黒いセクシーなライダースーツに身を包んでいた。
俺達はトウモロコシを放り投げて構える。
「モンゴリー、諦めて。幸太郎君は私が守る!」そう言うと直美は指輪に触れた。彼女の衣服は消滅し裸体が現れた。髪をピンクに染めたかと思うと、可愛い魔法衣に姿を変えた。
「健気ね・・・・・・・、私はもう彼を吸収することは諦めたわ」そう言うと、モンゴリーは胸元のファスナーを下ろした。その中には大きな二つの脹らみが納められていた。
「な、なにを?!」俺は彼女の突然の行動に目を覆った。
モンゴリーの体が強烈な光を放つ。
「私の中に戻せないのなら、あなたの中に私が入るわ」そう告げると彼女の体は固体を捨て、光の粒になって俺の体に入り込んできた。
「こ、幸太郎君!!」ナオミが悲鳴にも似た声で俺の名前を叫んだ。
俺の頭の中にモンゴリーの思考が流れ込んでくる。彼女の記憶の全てが・・・・・・。
しばらくの沈黙を置いて、俺の両目から激しい涙が流れ出した。俺はそれを止める術を知らなかった。
「モンゴリー・・・・・・・お前は、なんて不器用なんだ・・・・・・」彼女と一体になった俺にはモンゴリーの今までの行動が全て理解出来るようになった。
「幸太郎君、大丈夫なの・・・・・・・」ナオミが心配そうに俺を見つめる。
「大丈夫だ。ただ・・・・・・・ナオミ、御免」俺は指に装着していた指輪に触れた。俺の衣服は魔法衣に変り少女の姿に変身した。魔法衣はいつもより激しい光を発していた。
軽くしゃがんでから、ジャンプを繰り返してナオミの前から俺は姿を消した。
「コウタロウ君?! 一体どうしたの!」ナオミは混乱したような声を上げていた。彼女には俺に追いつける能力は無い。俺はモンゴリーと合体したことにより、超越した力を手に入れた。すでに俺は勅使河原 幸太郎ではなくなっていた。
「詩織姉さん!」ナオミが半狂乱で家に帰ってきた。
「どうしたの、変身したままで一体なにがあったの?!」詩織は驚きで目を見開いた。
「幸太郎君が、幸太郎君が!」ナオミは詩織の体にすがりつくと泣き崩れた。そのまま、彼女は変身を解いて直美の姿に戻った。
「落ち着いて説明しなさい。幸太郎君がどうしたの?」詩織は直美の肩を掴み少し距離を置いて問いただした。
リビングに移動すると、直美はファミリーランドでの一部始終を詩織に説明した。
「それは盲点だったわ。まさかモンゴリーのほうが、幸太郎君の中に入り込むなんて・・・・・・・でも、それなら主導権は幸太郎君にあるはずなのに、どうしてかしら」詩織は首を傾げながら少し眉をしかめた。
「やはり、モンゴリーが魔界に逆らうように行動していたのは何か理由があったと考えるのが普通ね。それに勅使河原君が納得、もしくは共感したということかな」リビングには神戸 美琴ことエリザもいた。彼女の他にも、愛美、ソーシャそしてファムも同席していた。
「どちらにしても、今夜戦う事には変わりはあるまい」ファムが威厳のある声で呟いた。
皆その意見に賛同するように頷いた。
「ただいま」直美達の両親が帰ってきた。二人揃って朝から出かけていたようである。
「お邪魔しています」神戸 美琴は立ち上がりお辞儀をした。その動きにシンクロでもしたように、家の中に地響きが響いた。
「な、なに?!」直美は驚きのあまり座っていた椅子から転げ落ちそうになった。
「きゃー!! 助けて!」愛美はソファーにしがみつき悲鳴を上げていた。
「愛美大丈夫か?!」父親は慌てて愛美の体を守るように抱きしめた。
詩織達は冷静に対処して表に飛び出そうとする。
「だ、駄目、開かない!」リビングのサッシを開こうとするが動かない。神戸 美琴も協力するが、それは全く動く素振りを見せない。
「あ、あれは・・・・・・なに女の子が宙に浮いている?!」直美の母が窓越しの空を見上げて指差した。その先には、魔法衣に身を包んだコウが両手をかざして家の周りにバリアのようなものを発生させていた。
「コウ君! 何をしているの?!」詩織はテレパシーでコウに問いかけた。
「今晩の戦いは・・・・・・俺一人で戦います。詩織さん達は・・・・・・・申し訳ないですが、明日までこの家の中に封印させてもらいます」コウの声が、皆の頭の中に聞こえる。
「どうして! 一緒に戦うって約束したじゃない! 一人で行かないって言ってくれたじゃない!!」直美は上空のコウを見つめて叫んだ。
「な、直美どうした?」母親が直美の様子を見て驚いたような表情をした。
「ママ、パパ、愛美を見て!」愛美が大きな声で叫んだ。二人が愛美を見つめると彼女の瞳が赤色に輝いた。その途端二人は力が抜けたようにその場に膝をついた。愛美には人の心を操ったり、記憶を消したりする能力があった。彼女は二人を混乱させないように力を発揮したのだ。
「直美・・・・・・約束を破って御免、でもこれしか方法がないんだ」寂しそうなコウの声が頭の中に響く。
「やめなさい!一人で戦うよりも皆で協力したほうが勝率は上がるはずよ! それは貴方も解っているはずでしょ!」詩織が大きな声を上げる。その声は詩織にしては珍しいくらい激しいものであった。
「勅使河原君! 私も一緒に戦うわ! だからこの結界を解除して!!」神戸美琴も叫んだ。
「エリザ・・・・・・・それは出来ないんだ。それに君は僕に力を継承したから、もう戦うことはできないはずだ」コウは小さな声で返答する。
(エリザ? 勅使河原君が私のことを・・・・・・・)神戸美琴はコウにエリザと呼ばれることに違和感を憶えた。
「コウ君! やめて! 一人で戦わないで!! 私達も一緒に」
「御免・・・・・・直美」直美の言葉を制してコウは陳謝した。そこで彼の思考は聞こえなくなった。
「駄目! やはり開きません!」ソーシャがもう一度サッシを開こうとしたがビクともしない。ファムが掌をかざしガラスを粉砕しようとするが、彼女の攻撃がガラスに当たる直前にその力は無力化された。
「ちっ! やはりこの体では無理か!!」ファムは悔しそうな顔で奥歯を噛締めた。
「いえ、この結界は相当なもの。モンゴリーを取り込んだことでコウ君の力はかなり強力になったようだわ」詩織は冷静に状況を分析した。
「コウタロウ君・・・・・・どうして・・・・・・・」直美は項垂れて床に座り込んだ。彼女の膝の上の数滴の水滴がこぼれその素肌を濡らした。
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