第23話 声

 十二時になり俺の体は男に戻った。


「俺は一体何処で寝ればいいんだ?」男の体に戻ったならファムと一緒に寝れば良いと思っていたのだが、ファムが女の子であることが解ったので、俺の部屋を譲ることになった。

 結局、直美の部屋の床に布団を引いて俺は眠ることにする。


「あのさ、疑問があるのだけれど」俺は直美のほうに目を向ける。


「なに?」直美は風呂上りの髪の毛を櫛でとかしている。 なんだかその仕草が色気を漂わせている。


「ファムが女だって解ったんだから、お前達が一緒の部屋に寝ればいいのではないの?」素朴な疑問をぶつけてみた。


「そ、そんなの嫌よ、魔王様と同じ部屋なんて、私緊張して眠れないわよ! ・・・・・・・・それに」直美が顔を真っ赤にしていることが鏡越しにわかった。


「それに?」その続きが俺には解らない。


「べ、別に何でもないわよ。なによ、わ、私と一緒じゃいやなの!」


「いや、別に嫌って訳じゃ・・・・・・・まあ、詩織さんと同じ部屋だったらそれこそ緊張して眠れないだろうから、直美だったら意識しなくて大丈夫だから」そこまで俺が言ったところで顔面に直美の回し蹴りが飛んできた。俺の体はそのまま布団の中に倒れこみ、深い眠りの底に落ちていった。


 

 暗闇の中から小さな声が聞こえる


『幸太郎・・・・・・・幸太郎・・・・・・・』誰かが俺の名前を呼んでいる。


「誰だ、俺の名前を呼ぶのは?」声のする方向に視線を送るが声の主の姿は見えない。


 遠くに一点の灯りが見える。 俺はその光を頼りに前に歩いていく。


「誰か、誰かいないのか?」

 一瞬にして回り光が溢れる。真っ赤な炎のような輝き。

 俺の目の前に広がるもの・・・・・・・・、それは地獄か!

 体が傷だらけになった人々が亡者のように歩いていく。


「な、なんだ?!」突然目の前に現れた光景に背筋が凍る。川の中にも無数の屍が浮遊している。骸にすがり泣き続ける子供達。

 空から一陣の閃光が地上に目掛けて真っ直ぐに落下してくる。


「あれは、一体・・・・・・・?」呆然とその光を俺は見つめている。それが落下した辺りから四方に向けて爆風が広がった。その勢いで先ほどの子供達も吹き飛んでいく。


「うわー!」両手で顔を覆い爆風を防ごうとしたが、俺の体には何も起こらなかった。

 この光景の中に俺の意識はあるが、存在しない状態なのだ。


「さっきの・・・・・・・子供達は?!」俺が目を向けた先には子供達の姿は無かった。

 空を見上げると大きな人影のようなものが見えた。先ほどの閃光はその者から発せられたものであることは容易に気づく。


『幸太郎・・・・・・・・本当に倒すべき相手が誰なのか・・・・・・考えるのよ』先ほどの声が俺の頭の中に響く。


「誰だ、誰なんだお前は?!」声のする方向を睨みつける。指輪に触れて変身しようと試みるが体は変化しない。 改めて自分の指を見るとそこには、いつもの指輪は影も形も無かった。


「な、なんだと?!」


『私の中に戻りなさい。私と一緒に戦うのよ』そこでその声の主が解った。


「お前は・・・・・・・?!」


「幸太郎君、起きて! 朝よ、朝!」体を揺さぶられ目を開ける。そこは先ほどの世界とは全く違う部屋の中であった。目の前には直美の顔があった。


「あ、おはよう・・・・・・」先ほどの光景は夢であったのか。しかし、夢にしてはあまりにもリアルすぎるものであった。現実と夢との区別がつかない。


「どうしたの、なにか嫌な夢でも見たの?」俺の顔を見て直美は少し心配そうな表情を見せた。


「あ、ああ、大丈夫だよ」目の辺りをこすると微かに涙の痕跡が残っているかのようであった。


「そう・・・・・・・遅刻しちゃうよ。急いで準備して」


「ああ」俺は起き上がると、自分の部屋に移動した。ファムに占領されてはいるが俺の衣服、学校の道具はあの部屋に置いたままであった。


「ファム・・・・・・・様、起きていますか? 開けますよ」ノックを二・三回しても返事が無いので部屋に入ることにする。自分の部屋だから当然、俺にはこの部屋へ入る権利があるはずだ。ゆっくり、ドアを開放して中に浸入する。


 学校の道具と、制服を取るために机の辺りに移動した。


「ううん・・・・・・・」なんだか、妙に色っぽい声が聞こえる。どうやらファムが発した声のようだ。 俺は何気なくベッドに目を送る。そこには・・・・・・一糸纏わぬファムが眠っている。


「な、なんで裸なんだよ!」俺は目を覆いながら部屋を出ようとしたが、足元に配された電気のコードに足を取られて倒れた。


「う、うわー!」なぜか、ファムの眠る体の上に覆いかぶさるようなかたちになってしまった。目の前には、ファムの二つの胸があった。こんな至近距離で見るのは初めてであった。俺は変身した自分の体も極力見ないように心がけていたのだ。

 ファムの両手が俺の頭部に絡みつき、彼女の胸の中に抱きしめられる。


「ちょ、ちょっと!」俺は顔が真っ赤になった。 思いのほかファムの力が強くて脱出することが出来ない。


「もう、幸太郎君本当に早くしないと学校が・・・・・」直美が部屋のドアを開き、中の惨劇を見て言葉を失った。


「ん、なんじゃこれは・・・・・・お、男の幸太郎か。夜這いでもしに来たのか?」ファムは動じることも無く、淡々と言葉を発した。


「い、いや、これは不可抗力なのだが・・・・・・・」俺の言葉はもはや誰も聞いていないであろう。


「この変質者!」直美の回し蹴りが俺の顔面を襲う。 俺の体が宙に美しい曲線を描いて翻った。


「子作りしたいなら朝ではなく、夜に来い! いつでもワシは待っておるぞ!」ファムは屈託の無い笑顔で微笑みながら言い放った。とてもこの方が魔王とは思えない。彼女は掛け布団を被り再び眠りに入った。


「誰が子作りなんてするか! ・・・・・・なあ、直美!」俺は直美に同意を求めた。


「知らない!!」直美は頬を膨らませながら後ろ蹴りを俺の腹に食らわしてから部屋を飛び出していった。


「朝から賑やかね」詩織さんが部屋を覗き込んだ。


「し、詩織さん・・・・・・」腹を押さえながら俺は立ち上がり、制服と鞄を掴みファムを起こさないように外に飛び出した。


「愛美は先に行くね!」愛美ちゃんは魔法衣に変身して、テレポートした。その手順は手馴れたものであった。


「本当に、魔法の安売りみたいね」詩織さんも呆れ顔で家を出て行った。残された俺は服も学生服に着替えて飛び出した。


「全く、俺も愛美ちゃんみたいな能力が欲しいよ」精一杯の力を振り絞って街中を走り続ける。時計を見ると学校の始業時間には既に間に合わないようだ。 無駄な足掻きはやめて諦めて歩いて行く事にした。 

 呼吸を整えるように深呼吸をする。人間腹を据えると遅刻で教師に搾られる位のことなんとも思わないようになるものだ。


「勅使河原君」急に名前を呼ばれたので振り返る。そこには神戸が立っていた。


「おう、神戸おはよう、お前も遅刻か?」軽く手を挙げ挨拶をした。


「あなたは結構神経が図太いのね。昨日あんなことがあったのに・・・・・・」神戸は溜息をついた。「まさか、貴方がモンゴリーの分身だなんて思いもよらなかったわ」


「・・・・・・・」俺はあまりその事は考えないようにしていた。昨日、その事実を聞かされて今まで生きてきた俺の人生を否定されているような気持ちになった。


「貴方には、モンゴリーの記憶は受け継がれてはいないの? どうしてモンゴリーは私達、魔界を裏切るような真似をしたのかしら。・・・・・・・彼女に一体なにがあったのか」神戸は考える人の銅像を連想させるように顎に手をあてた。まあ、どんなに悩んだところで答えを導き出すことは不可能な様子であった。


「俺は何者なんだ? 人間では無いのか」考えないようにしていた疑問が溢れ出てきた。 両掌を開き見つめるが少し前の体と変わったところは無い。


「そうね・・・・・・どちらかというと魔界人に近いと思うのだけど、あなたの風貌はどう見ても地上人よね。魔界にも天上にも、貴方のように男の風貌をしたものはいないから」そう言われれば、魔界、天上界共に男女の区別は無いと聞いた。ただモンゴリーの分身である俺の体が男の体になったのは疑問が残る。ただ、変身した時に性別が代わってしまうのは、この名残であろうか。


「それはそうと話は変わるのだけど・・・・・・・」いいながら神戸が俺のほうに振り返った。


「なんだよ?」


「私と付き合ってくれないかしら?」


「何?」俺は突然も申し出に硬直した。

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