第7話
リーダーの部屋は広い。
左右の壁に巨大な本棚が並び、書物が無数に収納されている。
政治、経済、軍事、格闘技など、ジャンルは様々だ。
正面の奥には机と椅子が設置されており、その前方に黒髪の男性が立っている。
外見年齢は三十代前半。
どこか気品のある顔立ちで、貴族のような風格がある。
黒いスーツと白い手袋を身に着け、身長と体格は昌克と同等か、それ以上。
凄まじい覇気も相まって、山脈の如き存在感だ。
「ご苦労だったな、昌克」
静かな口調だ。
表情も穏やかなので、相手は安心感を覚えるだろう。
「ありがとうございます」
労いの言葉に対して礼を述べると、昌克は楓の肩に軽く手を置き、続けた。
「
「分かった」
呟くと、男性は楓の方へ顔を向けた。
「初めまして。私が共存派リーダーの時雨だ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
「事情は泰明から聞いている。このアジトで君を保護させてもらう。このことは他のメンバーも了解しているから安心してくれ。君の個室も既に用意してある」
時雨は懐から小さな鍵を取り出しながら、続けた。
「これが鍵だ。個室の位置は後で昌克に案内させる。このアジトは広くて、案内なしだと間違いなく迷うからな」
言い終えるなり、時雨は歩み寄ってきた。
素人の楓でも分かるほどに隙がなく、足音もまったく立てていない。
リーダーなのだから当然だが、やはり只者ではないようだ。
静かな手つきで楓に鍵を渡すと、彼は再び口を開いた。
「それからもう一つ、泰明から頼まれたことがある。君が訓練を希望したら了承してほしいとね」
「父さんが……?」
困惑の声を上げる楓。
口にこそしなかったが、昌克も少し驚きの表情を見せている。
そんな両者に対し、時雨は言った。
「他者に守られるだけの状況を良しとする性格ではないので、自分も戦う力を得るために鍛えてほしいと頼んでくるはずだと言っていた」
最初から楓の考えは見抜かれていたらしい。
申し出るまでもなかったようだ。
「断る理由はないが、厳しい訓練を受ける覚悟が本当にあるのか?」
「はい!」
楓は即答した。
表情や口調に、何の迷いもない。
すると、昌克が時雨に向かって言った。
「楓ちゃんは口だけではありません。彼女の覚悟は既に確認しました。きっと訓練にもついていけます」
「昌克に……そこまで言わせるほどか」
そこで彼は考え込むように両目を閉じた。
数秒経過してから静かに開け、続ける。
「分かった。指導は昌克と泰明に頼もう」
「お任せてください!」
力強く返事をすると、昌克は楓に話しかけた。
「さっそくで悪いけど楓ちゃん。今から訓練用の部屋へ案内するよ。現時点での身体能力とか色々と確認しておきたいからね」
「分かりました」
言葉を交わしてお互いに頷き合うと、両者は時雨に一礼して部屋から出た。
間を置かず静かにドアを閉め、歩き始める昌克。
楓がついてきていることを肩越しに確認しながら、彼は言った。
「訓練室は何ヵ所もある。どの部屋も用途に合わせ、最新技術で設備が整えられているんだ」
「何ヵ所も……ですか?」
「一口に訓練と言っても色々あるってことさ。体術、腕力、瞬発力、反応速度、動体視力など、いちいち挙げていたらキリがないほどに鍛えるべき要素は数多い。単純にメンバーの数が多いから、一部屋じゃ足りないという事情もあるけどね」
「なるほど」
会話しながら歩き続ける昌克と楓。
やがて十字路に到達した。
「ここを左に行ったら、訓練室のドアが見えてくる」
言って左へ曲がる昌克を、楓は早足で追いかける。
そこは、今までの廊下とは明確に違っていた。
左右の壁に、黒いドアが等間隔で幾つも設置されている。
「全て訓練室なんですか?」
「ああ。どこも凄い設備だよ。そして僕達が今から使うのは、この部屋さ」
呟きつつ、昌克は表面に〚十二〛と刻まれたドアのノブを握った。
「今の時間帯なら、ここには誰もいない。だから安心して使えるわけだ。入るよ?」
昌克の言葉に頷くと、楓は彼と共に中へ入った。
直後に、彼女は心の中で叫んだ。
(広い……!)
電灯に照らされた訓練室は、高校の体育館よりも格段に広いだろう。
天井、壁、床などは全てコンクリートのようだ。
中央に、ロープで囲まれたリングがある。
左右の壁には大きな鏡。
太い鎖で吊るされたサンドバッグや、大小様々なダンベルまであった。
他にも多数の器具や機械が置かれているが、素人の楓では何に使うのか判断できない。
言えることは一つだ。
「本当に……凄い設備なんですね」
「ああ」
室内に入り、楓の隣で立ち止まって言う昌克。
「共存派の活動内容は多岐に渡るし、一般常識や最低限の倫理観も必須だけど、まず強いことが大前提だからね」
そこで彼は両腕を組み、続けた。
「さて、これから楓ちゃんの体力を測定するわけだけど、まずは走ってもらおうか」
「走る……ですか?」
「そうだよ。この部屋は一周二キロあるんだ。入口から右回りで走って、どれだけ動けるかを見せてほしい」
「分かりました」
迷いなく即答すると、楓は訓練室の入口へ向かった。
※※※
訓練場の頑丈な壁に沿って、右回りに走り続ける少女。
その姿を、昌克は驚きの表情で眺めている。
(既に十週目……二十キロも走っているのにどうして息切れしていないんだ……?)
楓の身体能力が、女子高生の平均よりも上という話は聞いた。
しかし、さすがに限度がある。
全力で二十キロ走り続けてまったく息切れせず、汗も流すことなく涼しい顔で動き回るとは、どう考えても異様な体力だ。
(あの様子だと、三十キロや四十キロに到達してもまだ余裕で走り続けるだろうね)
おまけに地下道を七キロも延々と歩き続け、ほぼ休憩なしで開始したのに、だ。
素人にできることではない。
(おかしい……何かおかしいぞ)
泰明に育てられたのだから、軟弱であるがないことは分かっていた。
それでも、この体力には疑問を感じてしまう。
(泰明が帰ってきたら、相談してみないとね)
考え込みながらも、昌克は楓から目を離さず、その走りを見守り続けた。
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