三
領域災害と呼ばれた、東京を覆う寒波の発生源。
その中心地は小さな公園だった。
闇に閉ざされた公園の中から、冷たい風が吹き始める。
風の中心には氷の中に閉じ込められた女の子――美冬がいた。
黒い男――秋人の力で抑えていた力が、凍てつかせる美冬の領域が広がった。
塵ひとつの存在も許さぬ、澄んだ凍土の嵐が巻き起こる。
水分を極限まで涸らした秋人の体が、氷に覆われていく。
秋人の吐息の白さも既に無く、痛んだ臓器の血も既に渇ききった。
しわがれた老人のような声で、秋人は呟いた。
「ただいま、美冬。遅れてごめん」
秋人はこれまで何度も挑戦したが、ここまでは辿り着けなかった。
霊峰の修行で人体を極限まで苛め抜き、特殊な呼吸で力を増して挑んだ。
これが最後の挑戦だろう。美冬の領域から逃れる体力など、既にない。
上半身は凍てつくに任せ、影の力で足の氷だけを消して美冬に近寄る。
死地において、秋人は体の苦しみを忘れ、胸中は歓喜に溢れていた。
この風、この空気、清浄な凍気のすべてが愛おしい。
目を氷で覆わせて閉じ、闇の中で美冬との出会いからの全てを追想した。
人の接近を許さぬ美冬の力の全てを受け入れ、秋人は前へ、前へと進んだ。
冷たい氷に触れ、視界を失った秋人の心に、美冬の笑顔が映った。
深呼吸をする。内臓が凍てついていく。肺の機能だけを守り、残した。
「コォ――……」
最期の内息の力を影に伝えると、足元の影が静かに膨れ上がっていく。
空気の流れが僅かに和らぎ薄れる中で、美冬の氷を黒い影が覆い尽くした。
全てを美冬に捧げた秋人の影が氷を包み込み、ゆっくりと消していく。
氷が小さくなり、周囲を包み込んでいた吹雪が静まる。
秋人は影だけを残し、公園の隅へとおぼつかない足取りで離れていった。
氷中の美冬が動き始めると吹雪は消え、静かに舞い散る雪だけが残った。
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