雪を溶く熱。

 雨が降っていた。

 雨は美冬の領域に入ると姿を変え、降下速度を落としていく。

 夏の暖かな雨の全てが揺れ惑い、冷たく、白く、転じていく。

 廃墟となったビル街に、雨が雪に変わり、吹雪になって降り注いでいた。


 かつての首都、東京は白銀の世界になり、凍てつく冬の都市に変貌していた。

 静かな、何もかもが止まってしまった都市には、人の姿はどこにも見えない。

 領域災害により住民の全ては避難し、廃墟となった街並みと雪だけが残された。

 新雪の処女雪だけが残る東京――美冬の領域に、黒い人影が入り込んでいく。


 黒い男が肺に吸い込んだ空気を大きく吐き、蒸気のような薄い煙を上げて進む。

 男は夏の雪が好きだった。冬の支配者が引き起こす力を、男だけが好いていた。

 懐かしむように雪を踏みしめ、雪が圧縮される音を聞いて頬を柔らかくさせる。

 この音と共に歩いた彼女の笑顔が、追想の幻視と共に男の瞼の裏に蘇る。

 真白の雪が降り積もる中、男は口元に笑みを浮かべながら足跡を残していった。


 汗に濡れ、雪を積もらせながら歩く男の身体を、時折奇妙な影が覆った。

 影が男の姿を覆う度に、身体に残る汗と雪が涸れ、消えていく。

 影が踊る度に男は呼吸を荒げ、息を整えるために深呼吸して白い息を吐き出す。

 そうして雪の音を聴きながら進んでいた男の体が、突然、氷に覆われていく。

 枯れ木のような腕が凍りつき始めた男は、静かに、深く息を吸って集中した。

 雪の中、しわがれた声が響く。


「――涸れろ」


 シン、と静かな間隙があり、直後、男の身体を覆っていた氷が空に消えた。

 影が一直線に伸び、雪が溶けるように消え、僅かな水煙だけを残して消失する。

 影に侵された雪原が消え、無骨な黒いアスファルトの道が剥き出しになった。

 処女雪が散り消され、苦痛の涙めいた水の残滓だけが街路に残る。

 領域を浸食した男が、これまで以上に荒く息を吸い、激しく吐き出し続ける。

 男は消耗してしまった生命を取り戻す為に、息吹を行う。


「コォ――……ヒュ――……」


 体内に呼気を送り込み、吐き出す合間に気を錬磨させる。

 この日のために習得した技術を使い、男は体に活を入れた。

 口元から白い吐息と赤い線を垂らしながら、呼吸を整える。

 震える手を抱拳し、苦痛に歪む口角を無理やり上げて笑みの形を作る。

 男は挑むように黒い道を歩み、土色が見える懐かしい公園に入った。

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