私と貴方はシーラカンス

いある

第1話 

 昼下がり。天気はとってもいいです。最高だと言い換えてもいい。雲一つない晴天。そんな表現を運動会の挨拶以外で使う日が来るとは思いませんでした。手に握っているのは携帯。最新式のスマートフォンです。でもどうせすぐに旧型になる。そういう定めを背負った悲しき端末です。この端末には現在目の前の水族館のホームページが映し出されています。パノラマ的な水槽の画像が大きく張られた人目を惹くデザイン。うん、デザイナーの腕は確かなようですね。内装にも期待できそうです。まぁ内装なんかに興味を示しているのは僕だけでしょうけどね。辺りを見渡してみればいるのは親子連れや恋人たち。休日の昼下がりに一人でやってくる男性など寂し気に映ることでしょう。でもこれもしかたのないことなんです。友人の一人にちょっと忙しくなりそうだから代わりに行って来てくれ、なんて言われてしまったのですから。そうして受け取ったチケットを『やっぱやーめた』なんてできるほど僕は傲慢でもありませんし、肝が据わっているわけではありません。入り口に向けて階段を一歩一歩上っていきます。不思議と体は軽いような気がします。別に浮かれているというわけではありませんよ。…いえ、少しは浮かれています。シーラカンスの展示なんてそうそうみられるものではありませんので。受付のお姉さんににっこりしながらチケットを手渡します。お姉さんもにっこりしてくれました。ちょっとうれしいです。

 左手に見えるお土産ショップにあるイルカのおもちゃも気になりますが…今はそれよりシーラカンスです。イルカより、アシカより、シーラカンスです。薄いフレームの眼鏡をくいっと押し上げながら噂の水槽を探そう…とも思ったのですが、そんなことをするよりも早く、人だかりを発見しました。間違いなくシーラカンスです。

 人が、多いです。

 来るならもっと早く来るべきだったと今更ながらに後悔します。そりゃそうですよね、お昼なんて人が多いに決まっています。そう思って僕は露骨に肩を落としました。もちろん比喩表現です。本当に肩をドロップしているわけではありません。凄惨な事件現場が出来上がってしまうことになりますから、そんなことしてはいけません。

「見たかったなぁ…」

 この調子では何時間並ぶことになるか分かりません。困ったことになりました。人からチケットをもらわないと水族館なんて来ることはありません。貴重な機会をふいにしてしまうことは避けたいのです。

 あぁ、僕は友人になんと説明すればよいのでしょう。きっと『おいおい』なんて苦笑されてしまうに違いありません。普段から少し変なところで抜けている僕ですから、きっとそんな風に笑われてしまうこと間違いなしです。

 僕は頭を抱えました。

 おっと、これももちろん比喩ですよ。

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