ラーメン

エアコン eakon

第1話

 激流に呑まれる。

 奔流に逆らうことは煩わしい。

 東京の中心に存在する大渦、山手線は日毎夜毎に人の荒波に溢れかえっている。

 苦しく退屈になることはない一日が終わろうとしている。だがすぐに終わる日などあってはならない。

 すなわち、これからラーメンを食べに行くのだ。理由は明白、仕事で上司に理不尽な叱咤を受けたからである。要は食への八つ当たり。

 勤め先のオフィスが所在する新宿を足早に去り電車に乗車する。目的地は池袋、時計回りに電車が数駅を過ぎると到着する。

 池袋はラーメン店の激戦区と言えるだろう。

 スマホでマップを開けば何店舗も赤い矢印が点灯する。

 え、これ上司の刺し跡じゃないよね? 俺が自制心の擬人化で良かったな! 理性を保てていなかったら実際にこうなってたぜと心の中でサムズアップ。親指の向きまでは説明出来ない。これからラーメン食べるからね、喋りすぎで口が疲れると本来の役割を果たせないからね、仕方ないね。

 胸中穏やかでないが、視線をスマホに戻し今夜の食事処に目星をつけ始める。

 やはり有名チェーン店の麺屋武蔵は外せない。スタスタ鳴り出しそうな軽快な足取りで店に向かう。裏路地に差し掛かると壁に背を預ける凶漢そうな男と目が合う。

 え、殺されない? むしろ目が合っただけで俺が自決するまである。コミュ障は世知辛い。

 当然だが何も無く入店。麺屋武蔵二天という店名らしい。麺屋武蔵は各々店名が違うのだ。さてさて何の食券を買うかなと一思案。初来店のため最終的にお店側イチオシの二天つけ麺をチョイス。

 つけ麺が卓に到着する。麺の上にて存在感を放つ鶏天と豚天。それぞれを大口で喰らう。

「うまい」

 誰にも聞こえることは無いその声はスっと溢れ出た。

 いやーこれはうまいですね、武蔵ちゃんと一緒に食べたい、あの頬が零れ落ちそうな笑みを見せ続けてほしい。店名に二天ってあるし実質武蔵ちゃんが教祖まである。抑止の輪から来ないかな、天秤の守り手。

 戯言はさておき、空腹そのままに完食。ボリューミーな一品だったが、まだまだ今日の空虚を埋めるほどではない。 俺ってば空虚と空腹を履き違えてませんかね.....。


 さぁ次なる目的地は何処にしましょうかね。再びスマホを覗き込み、そして決断する。

 らぁ麺 はやし田、君に決めた! なおバトルは始まらない。

 桔梗色の夕闇も相まって気分が高揚する。ほら俺ってばダークじゃん、雰囲気が。ただ根暗なだけでしたね.....。最近後輩に

「あの先輩には話しかけるなよ、なんか暗いし話しかけにくいし」

 などと言われていたのは気のせいだったはずでは.....。 気持ちが泥のように重くなり、蠢く。

 やっぱ俺ってば雰囲気ダークじゃん! 心までダークだったね! ダークというかブラック、ブラックイズクール!

 そんな猿芝居はさておき目的地に到着。

 こちらも券売機にて食券を購入するスタイルらしい。

 パーカーを着た男性の席から一席空け着席。時期柄ソーシャルディスタンスは大事です。もちろん先程の店でも距離はとってましたよ。

 車が夥しく行き交う通りを一歩中に入ったところに構えている店が目的地の、らぁ麺 はやし田だ。

 今回は醤油らぁ麺にしよう。油っこいつけ麺の後にさっぱりした醤油ラーメンをいただく。これ至福の時なり。まあどっちも油っけも塩っけも強いんですけどね。

 醤油らぁ麺を人目見て抱く想いを綴る。

「いやいや、メンマ大きいな」

 そう、メンマが丼の中でここにいるぞと言わんばかりの主張をしているのだ。それにラーメンが装われている器も特徴的だ。従来のラーメン丼ぶりよりもサラダボウルに近い。

 味はどうかなとメンマをパクリと齧る。甘いが、さっぱりとした醤油らぁめんのスープと溶け合い程よい甘みに変化する。麺もストレートでツルッツルッと口に吸い込まれていく。楽しい時間は早く過ぎ去るもので完食。醤油ラーメンでは自分史上トップクラスに美味しいですねこれ。

 今日のラーメン梯子旅ならぬラーメン店の開拓も終わり帰路に着こうとするその最中にふと気が付く。今日ってラーメン店の開拓をしに来たんだっけ?

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