第二話 本能

─── エル・ラト教団本拠地、ルミエラ市国某所


「だからそれでは手温いと申し上げておるのですッ‼︎ 今や反帝国派の諸国は、我が教団の信徒達にとって、災厄のようなもの。中にはそれらの国々そのものが『魔族』だと怯える者までおるのですよ⁉︎」


「しかし、中央諸国公論会では、我が教団は中立を表明したも同然。反帝諸国を締め付けるのはその通りですが、事を急いては、むしろ教団の意志が揺らぐものとも取られかねませぬぞ……?」


 世界が今や帝国派と反帝国派とに二分されようかというこの最中、エル・ラト教内部では論争が起きていた。


 反帝国派の国々に対して、教団はどう扱うべきか?


 世界中に広まったエル・ラト教は、反帝国諸国にも、その拠点を多く抱えている。

 そうしてジワジワと、各国内部から力を蓄えて行く方針は、確かな実績を上げつつあったのだ。

 しかし、拡がり過ぎたがために、この情勢下では身動きが取りにくくなってしまった。


 ホドールでのアルフォンス抹殺から始まったアルザス帝国の動きは、世界各地で頻発する『黒舌くろじた』『魔族化騒動』により急速な混乱を招いている。


「魔族化は背教が招くと広めた事は、双刃の剣でございましたな……。大きく信仰を集められたものの、今度はせっかく築き上げて来た背教国への足掛かりを、手放さねばならなくなるとは」


「「「………………」」」


 単に背教国だからと撤退すれば良いと言うものではない。

 それまで投資して来た資財、人財が無駄になるばかりか、そこで働いていた信徒達の引き上げ等で発する損失は莫大なものになるだろう。

 また、教団として世界を導く存在をアピールしておきながら、手の平を返したように敵対すれば、今後の信用にも関わる。


 魔族化は世界中で起きた、甚大な被害を生む非常事態である。

 だが、発生した範囲は広いものの、その規模も数もそれ程多くは無い。

 そして魔族化が起きた国々が、背教国ばかりかと言えば、実はそうではなかった。


 魔族化はランダムに起きていただけ。

 要は教団への求心力を起こすためのデマである。

 更に言ってしまえば、本当に巻き込まれた国の数は、それ程多くはなかった。


 つまり魔族化を理由に背教国を切り捨てるには、それらの国内で実感を伴う問題として、まだそれ程大きくは認識されていないのである。

 ここに来て、帝国と足並みをそろえるには、魔族化にまつわる『原因は背教』のデマが足かせとなっていた。

 まだ身の振りを確定するには、事態が良い意味で深刻化していない。


「……まあ、背教国への方針は、状況を見てからでも遅くはないでしょう。

─── 本日の議題は、そこではありませぬ」


 集まっていた高位聖職者達は、その言葉に我に返り、本題の中心となる人物へと注目した。


「畏れながら、新枢機卿にはやはりトニオ司教を立てるおつもりでしょうか? それをまずはお聞かせ願いたく存じますが」


「「「…………」」」


 枢機卿は教皇の示す方針から、実務を取りまとめる立場にある。

 今日ここに集められた高位聖職者達の本題は、ヴァレリーの教皇即位後、次の枢機卿を誰にするかであった。


 本来ならば、枢機卿の候補者は、それまでに実績のある司教達の中から、自然と上がってくるもの。

 しかし、組織で大きな力を持っていた候補者、デューイとアルマスのふたりの司教は、行方不明のまま。

 ……いや、おそらくは魔族化してしまったのだろう。

 教団内ではすでにふたりの名がタブーにすらなっている。


「 ─── ええ、その通りですよ。

私はトニオ司教とは古くからの付き合いで、彼の人となりをよく知っています。彼なら、大役もきっちりこなしてくれるものと信じていますから……」


 ヴァレリーが枢機卿に任命された時は、ホドール魔族化事件で、ヴィゴールが緊急措置として彼を任命した。

 実際、枢機卿となる人物の推挙には、教皇の発言が大きな影響を与えるものだ。


「なるほど……。それは彼の出身が、のラトワナ共和国だと、知っての事でございますね?」


「……ええ、そうですね。出身はそうであっても、彼が適任者である事には、変わりありませんから」


 そう笑顔で応じるも、ヴァレリーの表情は硬い。

 エル・ラト教では、その信徒の出身国は問われずに、広く門戸を開放している。

 とは言え、やはり権力の影響は強く、高位聖職者の席はアルザス出身者に傾いていた。


 トニオ司教は長くヴァレリーと共に、マールダー南方の布教に従事して来た、数少ない教団派である。

 そして、生まれは平民。

 それだけでも枢機卿選出では、大きなハンデを背負っている上、この世界情勢。

 教団の多くは、反帝国派諸国への弾圧に傾倒しているのだ。


「……聖下。ご存知の通り枢機卿職位は、実務に大きな力を持ちます。トニオ司教がいかに優れた教徒であったとしても、それを利用する者は多くなりましょう」


「そうですね。それも考えられますが、むしろ反帝国派の国々に、正しき道を歩めば正しき力を得られるという鑑になるのではありませんか?」


 一理ある。

 その場にいた者達は、ヴァレリーの言葉にそう思いつつも、深く溜息をついていた。

 もう、その程度のメリットでは、教団内の背教国へのヘイトを止められるはずがない


 悲しいかな、それをよく分かっているのもヴァレリーである。

 彼がトニオ司教の名を挙げたのは、彼への義理を通したに過ぎない。



「……あくまで、私の理想です。

トニオ司教に頑張って頂きたいのが本音ですが、信徒達の気が済まないことも理解しています」



「「「 ─── !」」」


 どよめきとも、感嘆ともつかないざわめきが、部屋を震わせた。


 ヴァレリーはしばし目を閉じて、眉間にシワを寄せた後、わずかに頭を下げるような仕草をして続ける。


「……新枢機卿には、コンスタンティン司教が適任でしょう。彼の医療普及の功績は、これからの情勢を思うに、大きな力となるはずです」


「「「おおッ‼︎」」」


 今度は確実に歓声と分かる声で溢れ返った。

 コンスタンティン司教とは、帝国派の中でデューイやアルマス程ではないにしろ、実力派のベテランである。


 ヴァレリー自身、教団派として特に帝国派に敵対していたわけではないが、帝国派の人間達は教団派を敵視していた。

 ……人は自分のしている事を尺度に、相手の考えを予測するもの。

 己の考えに沿わぬ者に対し、自分に敵意があると錯覚するものである

 これは群れで生きる生物の本能のようなものなのかも知れない。


 だからこそ、今ここで帝国派の中でも的確な人選をしてみせたヴァレリーに、敬意すら感じていたのだ。


 ヴァレリーが反対される事を分かっていながら、トニオ司教の名を挙げたのは、義理だての他にもう一つ理由がある。

 それは、ヴァレリーが情勢を冷静に理解した上ででも、トニオ司教に思い入れがある意思を示すというもの。

 しかし、その上で帝国派の人間を推薦すれば、帝国派の面々への義理立て。

 そうする事で、帝国派の者達は、これ以上トニオ司教に対して敵対行動には出にくくなる。


 もちろん、トニオ司教を引っ張り上げたいと言う想いは、確実に彼の願いだったのだが……。


「…………すみません、トニオ……」


 ヴァレリーの小さな呻きは、高位聖職者達の歓声の中に掻き消された。

 それはまるでこれから先に待ち受ける、背教国弾圧への傾倒に、彼が孤独な闘いを強いられる様を暗示しているかのように。




 ※ ※ ※




「…………殿下の魔力がこれ程巨大であったとは、このエイケン、いかに己の目が節穴であったか恥いるばかりに御座いますな……」


 黒い霧となって消えていく魔物達を前に、エイケンは肩を震わせて呟く。

 ここはクヌルギア内部、入口から四時間ほど進んだ洞窟内の、休憩ポイントの直前だ。

 門番のように立ちはだかっていた、魔物の群れが消え、だだっ広い空間が光と共に現れた。

 


─── クヌルギアへの挑戦、いよいよ破壊神を倒して『クヌルギアの証』を狙う



 玉座の裏にある鏡に触れると、最初はただの冷たい硝子の手触りだったのが、ざわざわとそこを中心に波打ち始めた。

 そのままスウッとすり抜けて鏡に入り込むと、水の中を潜るような感覚に包まれ、クヌルギアの洞窟に立っていた。


床は平らにされているが、通路自体はネジで掘ったみたいに、細かい溝が刻まれた円形の空間がずっと続いていた。

 洞窟と呼ぶには何とも人工的な通路が、わずかに下に向かって傾斜しながら、大きく渦を描いて地下に伸びている。

 余りにその直径が大きく、進んでいる分には構造が分かりにくい。

 

 休憩ポイントというのは、その通路の途中途中にある、ホールのような開けた空間。

 そこだけは何故か魔物が立ち入らず、大昔から文字通り休憩所として利用されて来たそうだ。

 こんな空間を、この先も一定間隔で通る事になるらしい。


「街に溢れた魔物より、数段強かったね〜!」


「とか言いつつ、スタちゃん鼻歌まじりで処理してたじゃないですか〜☆」


 スタルジャとソフィアは、久々の戦闘が嬉しいのか、家政婦長のレッスンから逃れられて嬉しいのか、きゃいきゃいと楽しんでいる。

 姉さんから鍵の残りを受け取った事で、ふたりもまた大幅に強化されていたらしく、ここまで苦労らしい苦労は一切していない。


「まあまあエイケン。仕方がないさ。俺の中には今、七魔侯爵全員の権限と魔力が備わってる。歴代魔王候補じゃ、流石にそんな特殊な状況も無かっただろうし」


「いえ、その七魔侯爵全員の権限を預けられてる事が、まずおかしいのですが……。それに全員分の魔力の総数を、受け入れられる器も頭おかし……げふんっ! 歴代魔王候補どころか、すでに歴代魔王の中でもあり得ない状況でございますよ」


 クヌルギア入りしてすぐに、エイケンが困惑していた。

 最下層に向かうにつれて強くなっていく魔物のレベルが、彼の想定よりも、すでに入口付近でかなり深部のレベルになっていたからだ。


 『クヌルギアの魔物の力は、該当候補者の魔力量で


 彼は街に溢れ返った魔物のレベルと、俺の魔力量からかなり強化された魔物が出てくると予想していたのだが、大幅にというか、予想の範疇はんちゅうを激しく超えていたらしい。


「アルくんは不完全とは言え、人界の適合者ですからね〜♪ 魔力の器はお墨付きですよ☆」


「はぁ……。ワタシの積み重ねて来たクヌルギア辞典が役に立たぬとは……。殿下……立派になられて……ウグゥッ!」


「あ、凹んでたんじゃないんだね? エイケンさん感動してたんだね⁉︎」


 スタルジャが思わず突っ込んだのも分かる。

 入口辺りは『古代の巨城(エイシェント・パレス)』の深層にいた子カバくらいなものだと聞いていたのが、いきなり『あ、これ物語の終盤に出てくる強そうなやつだ!』みたいのがいっぱい現れた。

 それまで饒舌じょうぜつだったエイケンが無口になってたしね……。

 小さく『わし、役立たず』って、地の喋りで呟いてるのが聞こえた時は、どう声をかけたものか悩んだ。


「いやいや、エイケンの情報は確実に助かってるよ! 種類は強いのばっかで、パワーアップもしてるみたいだけど、エイケンの知識の通りに対処すれば楽勝だしな」


 本心だ。

 魔物は生物由来の魔獣と違って、その見た目と能力とが、全く合っていないものも多い。

 初見の魔物との闘いは、普通ならかなり慎重を要する、危険な戦いになる。

 エイケンの知識は、それらを網羅していたから、こちらはグッと危険性を下げて対応出来ていた。


「ぬゅふふ……そ、そうで御座いますか☆ ぬゅふふふふ☆」


 白髪オールバックのパリッとした髪型、優雅に整えられた口ひげ。

 瞳のないただ金色の眼球は、魔神種ヴェルディダードらしく、ちと邪悪。

 そのエイケンが控え目に言って、だいぶ気持ち悪い照れ笑いをしていた。

 褒めるのが難しい老人だなコレ。


「でもエイケンさんも、ここまでにかなり肌の色艶よくなりましたね〜♪ アルくんの魔力分配の影響ですかね〜?」


「はい、ソフィア様。もうのっけから、膨大な魔力の魔物ばかりで御座いましたから。殿下のお側に居られる者の、役得で御座いますな♪」


 そう、クヌルギアの魔物は魔石を落とさずに、魔力をそのままくれるのだが、その量が半端ない。

 魔力分配されているエイケンはもちろんだが、契約で繋がっているソフィアとスタルジャも、魔力が充実して薄ら耀いているくらいだ。


 こんな場所で三百年も狩りを続けたハンネスが、あれだけ強くなっていたのも納得だ。

 ただ、エイケン曰く、ハンネスが潜っていた時は、それこそ普通のクヌルギアの環境だったらしい。


「まだまだ始まったばかりなんだよな。少しはハンネスの三百年分に追いつけるだろうか?」


「スタート地点からの魔物のレベルも、進む度に上がっていくレベルの速さも、ハンネスの頃とは別次元で御座います。正直、塔の入口辺りではどんな状況なのか、想像もつきませんが……。単純な魔力量ならば、この分で行けば、一度の踏破で追いつくかと♪」


「え、そんなになの⁉︎」


 通常、破壊神に辿り着くまでに掛かる時間は10〜14日程掛かるそうだ。

 それで勇者の三百年分に届くとか、今のクヌルギアがどれだけ異常なのか、少しだけ分かったような……。


「無論、破壊神を倒した場合の、力の増幅も考えた上で御座います。まあ、おそらく殿下であれば、今回の挑戦で即、破壊神とも渡り合えるとワタシは予想して御座います〜」


 爺さんの時は、破壊神を倒すのに、11回挑戦したらしい。

 初撃破の時は、二日に渡る長期戦だったという。


「これ程のクヌルギアの高騰は流石に初めてで御座いますが、三代前のゴフェル様の時も、驚いたもので御座いました」


 魔王ゴフェル。

 歴代魔王の中でも生粋の戦闘狂だったらしい。

 おそらくまだ存命であろうとの事だが、ここ八百年以上、彼の姿を見た者はいないそうだ。


「普段は物静かなお方で御座いましたが、こと、戦闘となるとそれはもうお楽しみ遊ばせられて御座いました。ゴフェル様の現役魔王時代は、何度となくこのクヌルギアに、ワタシもお供させていただきました」


「普段は物静か……ね。どうにも父さんと爺さんの印象からは想像がつかないな」


「ゴフェル様も戦いの最中では賑やかで御座いましたよ? 戦闘中は高笑いを欠かさぬお方で御座いましたから」


 ……悪者かな?

 そう言えば中身はマドーラだったからアレだけど、彼女がコピーしていた二十五代前の魔王イシュタルも戦闘狂な雰囲気はあったような。


「魔王ってそういう戦闘好きって多いものなのか?」


「いえ、稀にお生まれになられたようですが、そう言った記録は残っておりませんな。むしろ、クヌルギアス家は代々何かしらに強い趣向を持っておられて、戦闘に余り興味が無い方が多かったと伝え聞いて御座います」


「あー、アルもそんなに戦うの好きじゃないよね」


 スタルジャの言う通り、血生臭い青春を過ごして来た割に、俺は別に戦闘が好きってわけじゃない。

 意義のある力が拮抗した戦いなら、そりゃ興奮はするけど、どちらかと言えば力比べみたいなもので殺したいとかじゃあない。


「ゴフェル様の場合は、武術に対する想いが、強かったので御座います。このクヌルギアで力を蓄える事も、心ゆくまで楽しんでおられました」


 以前、アスタリア高地でヒルデが『クヌルギアを愛して籠られた二百八十七代目なら、まだご健在かも知れませんわ』とか言っていたが、どうやらその人物のようだ。


 ゴフェルは魔王の世代交代をする時、クヌルギアの鍵を失うと、ナナワルトルの塔に入れなくなる事を嫌がった。

 そして、後継者と共にクヌルギア入りして、塔の中で継承をしたらしい。

 そこで一生を戦いの中で過ごす事にしたそうだ。


「その後、ゴフェルさんはどうなったの? アルのお爺ちゃんとかも破壊神の所に通っていたんでしょ?」


「フフフ、それはワタシの口からは申し上げられないので御座います。

クヌルギアの真実を継承するのも、魔王の御役目に御座いますから、殿下ご自身でお確かめになられるもので御座います故」


 そう、破壊神が何者なのか、何故、このクヌルギアを代々俺の一族が守って来たのか、まだ聞かされていない。

 それを知る事も継承するための、重要な段階なのだそうだ。


「三代前は武術マニアですか〜。ではその他の魔王さんたちは、どんな趣向をお持ちだったのでしょう?」


 ソフィアが尋ねると、エイケンは嬉しそうに目を細めて、思い描いた歴代魔王達に向かってなのか軽く会釈をする。


「四代前のアムト様は『魔物の生態』好き。

三代前のゴフェル様は『武術』好き。

二代前のアルゴル様は『庭づくり』好き。

先代のフォーネウスは『話し』好き。

……に御座いましたです、はい♪」


 爺さん、確かに喋るの楽しそうだったもんな。

 二代前の『庭づくり』って、あの中庭の風景を作ったのはその人物なのだろうか?

 それらを楽しそうに話すエイケンは、ある意味クヌルギアス家マニアなんじゃないかとも思ってしまった。


「じゃあ、俺って何好きって事になるのかなぁ」


「「「ごはん」」」


 三人が俺を同時に指差して即答してから、お互いにうんうんと頷き合ってる。

 ……確かに料理は作るのも食べるのも好きだけどね。

 こうサクッと『ごはん』て言われると、ちょっと我慢が利かない奴みたいに言われているようで、否定したくなるのはなんだろうな……。

 俺が魔王になれたとして、後世で『魔王アルファードは“ごはん”大好きだった』とか言われちゃうの?


 と、何となく聞きにくかった事だけど、何かの参考になるかも知れないから、ここでエイケンに聞いておこう。


「…………ハンネスはどうだった? 思い出すのは嫌かも知れないが、彼はここでどう過ごしていたのか教えてくれないか?」


「ふむ……ハンネスですか。アレは無趣味でしたなぁ。打ち込んでいるものは御座いましたが」


 ハンネスはほとんど魔王城にはおらず、魔導人形オートマタで魔力分配を代行させてはいたが、力が不安定過ぎて、玉座から遠く離れる事も出来なかったそうだ。

 ただ例外として、クヌルギア内であれば、高い魔力に包まれて安定するため、黙々とクヌルギアで狩りをして魔力を蓄えていたという。


「数ヶ月に一度、クヌルギアから戻ると、リディとイロリナ様方の封印を解こうと、書庫にこもって御座いました。そうして疲れ切ると、日がな一日、窓辺から外を眺めているばかりで……」


 意外にも彼は、城の使用人達に強く出る事はなかったそうだ。

 だから何か被害を被ったのかと言えばそうではない。

 誰とも口を聞こうとはせず、姿を現してもぼんやりと窓辺に佇むだけ。



─── だが、それがエイケン達には、余計に辛かったという



 ハンネスは王では無い。

 それどころか主人である爺さんを殺した張本人で、魔力分配があるせいで敵討ちも出来ず、かと言って強く出てこないために恨みを意志の力に変える事も出来ず。


「アレには王の器など、その片鱗も御座いませんでした……。その『持たざる者』が、我が主人の座するべき玉座で、無為に過ごしているのは何よりの苦痛で御座いましたなぁ……」


 人に仕える者のプライド。

 代々それを背負って生きて来た男の横顔に、言いようのないものが込み上げていた。


 王である誇り、仕える者の誇りか。

 気がつけば俺はエイケンの手を取っていた。


「今まで本当にありがとうエイケン。これから俺は、貴方のプライドを受けるに相応しい者になれるよう、この運命に打ち勝つ。

……どうか共に進んで欲しい」


「アル……ファード殿下……ッ!」


 そうだ。

 俺はソフィア達と歩む為にも、彼を始め、俺の代々のルーツと支え合って来た魔界の民を救う為にもやらなきゃいけない。


─── ギリリ……ッ


 破壊神。

 深淵の神アスタラ。


 その存在を思い浮かべた時、再び俺の中で憎悪にも似た何かが燃え上がる。

 ダイク、ガストン……彼らへの弔いだけでは片付けられない、未知の衝動が沸き起こっていた。



─── 魔王後継者の本能



 これはそういうものなのかも知れないと、男泣きに泣くエイケンの肩を抱きながら、そう感じていた。

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