第十七話 生きろ
島の上空のある一点から、赤黒い炎のような魔力が、渦を巻いて広がって行く。
ティフォは異世界への時空の壁すらも突き抜けるであろう、強大な魔力を高速で循環させながら、両腕をハンネスに向かい突き出す ───
「……よ、止せ……ティフォ……何を……?」
「スゴイ、これはスゴイね……!
また気が変わっちゃったよ……。アレから殺そう……!」
「 ─── ⁉︎ だ、ダメだティフォッ、エリンとユニを連れて逃げろッ! 速くッ!」
かなりの距離がある。
今、アルフォンスにはティフォの元まで瞬時に移動できる程、力も精神力も残されては居なかった。
それでも、彼の耳にはティフォの声が届いていた。
「アルフォンス……我が婿殿。
其方の居らぬ世界など、妾には興味はない……」
「よ、止せ……止めてくれよティフォ……」
「…………大好きじゃ、アルフォンス。
其方の生を、妾は願う ─── !」
「待て……頼む、もう誰も失いたくな ─── 」
ハンネスには、ティフォの声は届いていない。
だが、アルフォンスの力無い呟きに全てを悟る。
震える腕を伸ばし、虚しく空を掴むアルフォンスの姿を足下に見てニヤリと笑い、ハンネスは……
─── ティフォへと最大級の斬撃を放った
夜空に巨大な光の壁が現れたかのように、ハンネスの斬撃は全てを断ち切りながら、その刃を広げつつ突き進む。
そしてティフォは、魔力と神気の全てを注ぎ込み、破壊の波動を解き放った ─── 。
その威力に大地は割れ、雲を掻き消し、島に残った全ての瓦礫を吹き飛ばしながら、ハンネスの斬撃をも掻き消して直進する。
ハンネスはその光に照らし出される中、愉悦の表情に顔を歪め、ただ真っ直ぐに破壊の光を眺めていた。
……直撃。
いや、その寸前に墨色のドレス姿が、ハンネスの前に躍り出て、手の平を突き出す。
─── フ……ッ‼︎
眉ひとつ動かさず、リディはその仕草だけでティフォの破壊の力を掻き消していた。
破壊への力のベクトルを失った光は、膨大な魔力の風となって、上空に吹き抜けてしまった。
「何処ぞの神か……は存じませんが……。
あなたには神である……覚悟が足りませんね。
─── 上位の神に、粗末な神の奇跡など、意味を成しません」
奇跡とは、神気によって具現化した神の意志そのものである。
この世界の神では無く、また、神になどなる気の無いティフォの奇跡は、リディには届かなかった。
神の神たる意思が力そのもの。
─── その仕組みも、今やティフォには理解する事は出来ないだろう
全ての力を使い果たし、ティフォの体は縮んで行くと、黒い触手の塊へと成り下がってしまった。
アルフォンスと出逢ったばかりの頃、いや、その時よりも矮小な存在へと……。
浮遊する力すら失い、ゆっくりと落下していく姿に、ハンネスは大声で
「 ─── アレが本当の姿か、なぁんだアルフォンス。君に加護を与えているものは、皆んなバッタ物か見世物の類いなのかい?」
「……ティフォ…………ティフォッ‼︎」
自分を無視して、必死にちっぽけな黒い魔物に心を割くアルフォンスの姿に、ハンネスは言い知れぬ怒りと快感を覚えていた。
そして、わざとアルフォンスの視界に入るように前に出ると、再び斬撃を放った ───
「 ─── や、止め……ッ‼︎」
斬撃は確実にティフォに向けられていた。
ゆっくりと落下していくティフォへと、全てを切り裂く斬撃が突き進む。
「……ティフォッ!」
「 ─── お、お姉ちゃん……ッ⁉︎」
エリンが飛びつき、触手の塊となったティフォを抱き締め、自らが盾になる。
更にその前を、落下していたポシェットから飛び出した黒い影が、一瞬にして巨大化して壁となった。
本来の姿に戻ったベヒーモスである。
彼は自らを盾にしながら、破壊光線を斬撃に放ち相殺を試みる。
だが、それは瞬時に切り払われ、逆にベヒーモスの体を直撃した……!
─── ベヒーモスの姿が、黒い霧となって消えた
─── その直後、エリンの背中から血が噴き出し、グラリと落下を始める
─── そしてその手から溢れたティフォの姿は、真っ二つに両断されていた
エリンとティフォは海へと落下し、ゴランモールの消失が生んだ、渦の中へと消えてゆく。
ユニは、力無くうなだれたソフィアの身体を抱えたまま、呆然とその光景を眺めるしか出来なかった。
「ああ……それ、その顔だよ。
僕と同じだ、僕と同じ。この世で最も大切な人を奪われた、絶望的で破滅的で退廃的で……。
分かるだろアルフォンス、そこまでいくとね、それはもう……
ハンネスの声に、アルフォンスは反応すら返さなかった。
見開いた目には精彩がなく、立ち尽くす姿は寒そうで、心細そうで、座る事も倒れる事も忘れてしまったかのように ─── 。
その頭上から、ハンネスの
「アハハ、アハハハハハハハハハッ!
完璧だ、完璧過ぎて愛おしいよアルフォンス!
ああ、もう黙ってられないな! 本当はね、君の契約主から、リディの呪いで神性を奪う事だけが目的だったんだよ!
─── だって、契約のない適合者なんて何の役にも立たなくなるからね……アハハハハハハハハ!」
ハンネスの笑い声につられたのか、リディまでもが口元を押さえ、肩を震わせ始めた。
『歓喜』の感情を獲得した彼女の笑顔は、凶暴なまでの美しさと、怖気のする程の可憐さを纏っている。
だが、今ここでそれに気が付ける者は居なかった。
絶望に沈む者、呆然と我を失った者、狂喜の絶頂に打ち震える者しか居ないのだ。
「途中ね、本当に君を殺そうかと、何度も迷ったよ。でもね、君はやっぱり生かしておく方が気持ちよさそうだ!
……だって、この世界に僕と同じくらい不幸な奴がいて、もう何も出来ないんだよ? 最高じゃないか」
最早、誰も聞いてはいない。
それでもハンネスは語り続ける。
最初から彼の目には、他人など写ってはいなかったのだ。
今はその高ぶった制御欲求と承認欲求で黙って居られない……ただそれだけだった。
「ああ、そうそう。ソフィアだったっけ、君の元守護神。
死なせてあげようとしても無駄だよ、リディの呪いが生かし続けるからね。
だって死んだら次のが降臨するかも知れないでしょ?
─── じゃあね、精々死にゆく世界を見て、運命を憎んで
その言葉を最後に、この世界のオルネアの化身と、オルネアの聖騎士は唐突に姿を消した。
最早、彼らにとって、アルフォンス達は道端に転がる石同然の存在と成り果てたのだ。
あえて『生きろ』と、そう投げ掛けた言葉は、或いはハンネス自身が受けた過去の絶望の再現なのかも知れない。
小さく震える声で『お姉ちゃん』とユニが何度も呟いていた。
アルフォンスの目にも、ユニの目にも涙は溢れて来なかった。
─── 唐突で、余りに深い絶望は、時に人から涙さえ奪う
絶望に打ちひしがれたアルフォンスとユニ。
そして、目を開けたまま硝子人形のように空を見上げ続けるソフィアの姿が、荒れ果てた無人島の片隅に残された ───
※ ※ ※
─── アケル総督府エルサンティアナ広場上空
どうしよう。
凄い数だなぁ極光星騎士団。
下の人たちの方に行かれたら、守り切れないかも……。
確かほとんどの騎士が魔剣持ってるんだっけ。
斬られたら、勇者のあの剣みたいに、
回復魔術が効かないとなると、出来るだけ空に引きつけておきたいけど……。
『ふぁ〜、おはようスタ。んん? 賑やかだね〜』
「あ、ミィルおはよう。今はね、ちょっと戦争中なの。それにほら……あれ」
『あー、なんだっけアレ。アルフォンスが言ってたやつでしょ? 女騎士とかソゥバヒゲ親父と同じの。
……あれ全部スタが殺んの?』
「うん、殺んの。でもちょっと問題があってね」
ミィルにアケル人獣連合軍のことを話してみたら、黒髪をかき上げながらすっごく邪悪な微笑みを浮かべた。
「シリルのさぁ、怨み返しぃ?
赤紫の瞳がキラッと光って、その目を細めながら、不良みたいな言い方してる。
あ……私なんかエライ間違いを犯しちゃったかも知れない ─── 。
※
「アケルの野蛮な背教者どもを、この我々が粛清する栄誉を頂いた!
いいか! 我が第四師団は今日この日をもって、教団最強の剣となるのだ ─── !」
「「「うおおおおおおおッ‼︎」」」
総督府の明かりを前に、極光星騎士団の軍勢は空で立ち止まり、ふたつの隊に分かれて最後の意思統一と士気高揚がされていた。
「……オースティン団長、えっらい気合い入ってんなぁ」
「当たり前だ。『経典狂』ラブリン団長が配置換えになって、団長に抜擢されてから初めての戦だぞ?
あの人、今まで散々ラブリン団長に振り回されてたからな」
「あー、それもそうか。ラブリン団長の頃は、クッソ忙しかったし、よく置いてかれたもんだよなぁ。
今はヴァレリー枢機卿の護衛とか、出世したもんだ、あの人も」
第四師団団長オースティン・フロックスが口の両すみにあぶくを吹きながら、地位向上と名誉欲に裏付けられた演説をする。
その横で、第六師団団長フランクリン・アネモニーは持ち前の赤面症を発揮して騎士達を鼓舞していた。
「わりぇっ、我々第りょく師団はっ!
─── 正直、目立っておりゃんっ!
だ、だだ、だか! しょりぇっ、それももう終わりだッッ‼︎
諸君りゃは、今日……ラミリア様の剣として、この地の穢れをはりゃうっ!」
「「「お、おおーッ‼︎」」」
『これ絶対舌のどこか血が出てるな』と涙目になるフランクリンに、騎士団員達は『最後まで言えたね』とハラハラし過ぎて疲労した横隔膜を撫で下ろす。
「良い人なんだけどなぁ……気の毒になっちゃうよ、いつ見ても」
「いや、でもあの必死な感じのお陰で、俺たちの任務軽めだったんだ。恵まれてたんだよ俺たちは」
「 ─── でもこれで影の薄かったこの第六師団も有名になれる。アケル様々だよホント」
騎士達はそれぞれの団長に想いを馳せながら、しかし誰もが強く高揚していた。
─── 教皇から直々の出撃命令
彼らは枢機卿がその指揮権を持っているが、今回は教団の最高権力ヴィゴールから、この二個師団へと勅命が下されたのだ。
実際はアルザス帝国との密な協力関係を、世界にアピールするため。
極光星騎士団は軍ではない、あくまで教団の剣であり、邪な存在や背教者を処断する存在である。
このアケルの戦争は、宗教的な意味合いを大きく持たせ、侵略戦争の印象を薄める狙いから、帝国と教団はこう戦争に名をつけた─── 、
─── 『聖教戦争』
これ
これにより、帝国の遠征に極光星騎士団が加わる大義名分を主張した形となった。
「帝国軍はすでに包囲戦を始めて、その目を外側に向けさせている事だろう!
─── だが我々に道は必要無し! これより直接総督府を叩き、密林国アケルの機能を破壊するッ‼︎」
「「「うおおおおおおおーッ‼︎」」」
第四師団、第六師団の精鋭、総勢一万五千の士気は嫌が応にも暴騰している。
オースティンとフランクリンは、互いに
「「突撃 ─── ッ‼︎(とちゅげき)」」
総督府への奇襲、そしてアケル人獣連合軍の背後から叩き、帝国軍と挟撃を掛ける。
その戦略が今、ふたりの剣が振り下ろされると同時に始まった。
ピタリと速度を合わせた飛翔魔術による進軍は、その速度をグングンと上げて行き、総督府へと一気に急降下を始める。
─── その時、突如薄緑色に光る竜巻が空に発生して、彼らは上空へと突き上げられた
その範囲は余りにも巨大で、ほぼ全ての聖騎士が雲の上まで、高速で振り回されながら放り投げられる。
それだけでも、かなりな数の騎士達が遠心力で意識を失い、また絶命していた。
雲の上で竜巻から解放された彼らは、続けて雲海に叩きつけられる。
空には雲の高さに合わせて、強力な結界が張られ、下に進む事が許されなかった。
石床の如き強度の結界に落下し、そこでもまた多くの騎士達が命を落とす。
「 ─── な、なんだこれはッ⁉︎
い、一体何が起こっている……⁉︎」
それでも流石は鍛え上げられた極光星騎士団である。
大半の騎士達は竜巻をレジストし、飛翔魔術をコントロールして、結界の床へと着地していた。
「オースティン団長、あ、アケルの獣人達は、妙な魔術を使うと帝国から報告がありましたが……。まさかこれが……?」
「あの風魔術は超上級クラスだぞ! 獣人どもにそんな技量があってたまるかッ‼︎」
そう怒鳴りながら、オースティンは足下の結界に、解呪の魔術を片っ端から試み、やがて諦めたのか剣の先で叩いた。
だが、鈍い音がするばかりで、剣先が通りそうな気配は無い。
「それにこの結界を見ろ……。解呪も何も受け付けず、この人数を空の上に受け止めているだと?
こんな魔術、ローデルハットの宮廷魔術師だって不可能な ─── 」
騎士達が混乱しざわめいている中、更に高い空から月を背に、白い何かがスゥッと降り、彼らの前に立った。
「……ごめんね。あなた達は、ここから下には降ろしてあげられないの」
静かな少女の声は、言霊の力を乗せているのか、そこにいる全ての者達の耳に届いた。
白いリネンのチュニックに、パンツスタイルの何処にでも居そうな町娘風の服装と、まず戦に出るような格好では無い。
しかし、ある一点において、彼女は戦闘員であると誰もが直感していた。
─── 緑がかった明るいブラウンの髪に、長く尖った耳
エルフである。
それも銀髪では無く、緑髪のエルフの目撃情報は、とある人物の仲間だと彼らの中では有名であった。
「……き、貴様はもしや、S級冒険者『ルーキー』アルフォンス・ゴールマインの一味か⁉︎」
「へえ〜、良く知ってるね。そだよ、私はアルフォンス・ゴールマインの代理人」
「貴様の名も控えておるッ! A級冒険者スタルジャだなッ⁉︎
─── アルフォンス・ゴールマインには抹殺命令が出ている!
獣人達の先導、貴様がここにいると言うことは、やはり奴が噛んでいたか……」
騎士達に緊張が走る。
スタルジャの情報は、ギルドに忍ばせた者達から上がっているとは言え、その詳細までは不明なままであった。
しかし、A級冒険者ともなれば、一騎当千の実力者である事は明白である。
その上、今の竜巻と結界の術者が彼女だとすれば、驚異的な実力の持主であると予想された。
─── そして何より
神聖が高く、人間族より精霊に近い彼らは、ほとんど表には出てこないが、その魔力と魔術技術は非常に高い。
かつて亜人排斥において、最も脅威とされた種族であった。
「……ならば貴様を捕らえ、アルフォンス・ゴールマインを引きずり出すまでだ!
グレッグ司教、そして第三師団団長セバスティアンの仇、この第四師団が果たす!
─── 抜剣ッ! この女狐は大罪者の首へと繋がる、心せよッ‼︎」
オースティンの勇ましい声に、困惑していた聖騎士達の表情が引き締まる。
一斉に聖剣を構え、肉体強化の魔術詠唱がざわざわとさざめく。
それを腕組みしながら眺めていたスタルジャは、フッと苦笑して口を開いた。
「 ─── 知ってる? 私ね『草原から来た死神将軍』なんだってさ」
彼女の周りには、精霊の光が無数に姿を現し、戯れるように周囲を周り始める。
※
「 ─── な、お、おい! こりゃあ何だ?
ゆ、夢でも見てんじゃねえのか……」
「せ、精霊? いや、こりゃあ妖精達じゃねえのかもしかして……」
獣人と人間族の兵士は、その光景に見惚れていた。
戦闘中だと言うのに、それは余りにも無防備な事であるが、帝国軍も同じく沈黙し立ち尽くしている。
アケル人獣連合軍の隊に、突如として膨大な数の光り輝く小さな者達が姿を現し、加勢する意思を示すかのように帝国軍を
─── 妖精族
精霊の上位者にあたる彼らは、その可愛らしい見た目とは裏腹に、自然そのものの力を持つと言われる存在である。
しかし、彼らの存在は肉体を持たず、高位霊的な存在であるために、まず人に目撃される事は無かった。
その妖精達が今、アケル軍の兵士達それぞれに付くかのように、大挙してそこに浮いている。
『 ─── オウオウお前らァッ!
このあたしが新妖精女王のミィルちゃん様だッ!』
突如彼らの先頭に、一際大きな妖精が姿を現した。
妖精達は一斉に目を伏せて、胸に右腕をあてる仕草をし、敬意を表しているようだ。
紫がかった黒髪に、赤紫の宝石のような瞳、そして透き通るような白い肌。
世界のどんな名工の手によっても、これ程美しい人形は作れないであろうと、誰もが見惚れる程整った顔立ち。
しかし、その妖精女王ミィルを名乗る小さな少女は、鋭い八重歯をのぞかせて邪悪な笑みを浮かべ、血のように赤い目玉模様が左右についた漆黒の羽をパタパタとさせている。
─── 悪者にしか見えない
妖精達はその存在に忠誠を誓わされたのであろう、ジッとその声に耳を傾けていた。
『テメェらをわざわざシリルから召集したのは他でもねえッ!
─── 見ろよ、うようよ居んだろアルザスの犬どもがよぉ⁉︎』
ミィルはそこで思い切り息を吸い込み、更に大きな声でがなる。
『アルザスのクソどもには、上等こかれたよなぁ? ええオイ。
この土地の人族にゃあ貸しも無けりゃあ借りもねえがよ、うちらの想いと同じってんならやるっきゃねえよなぁ……。
このミィル様が、テメエらに許可してやんよ……。
─── 妖精の恨み、きっちり返してやれやあッ! テメエら気合い入ってんかコラァッ!』
『『『
完全にアケル軍が置いてけぼりにされている中、妖精達は歓喜に打ち震え、右腕で胸を叩き続けていた。
『ハッ、この馬鹿野郎どもが……。
でもよ……嫌いじゃないぜ、そういう妖精根性。
特別だ、今日はお前らに祝福を与えてやんよ』
そう言ってミィルが腕をかざして一振りすると、それまで白く輝いていた妖精達は、突如として衣服が黒く染まり、羽が漆黒に変貌して行く。
そして、禍々しい魔力がそれぞれから噴き出して、人々は恐怖に硬直した。
「お、おい! み、味方だよな、味方なんだよなコイツら……オレもう恐えよ」
「……せ、精霊ガグナ様だ。きっとありゃあ精霊ガグナ様に決まってる……!」
ひとりの獣人が怯えながら手を合せ、獣人達の神話の名を
『ああン? 精霊だあ? そんな中途半端なモンと一緒にすンじゃねぇよ。土手っ腹に風穴開けんぞテメエ……!』
「「「ひいっ!」」」
と、遥か上空に不自然に集まっている雲に、稲光のような光が複数回瞬いた。
『おっと、どうやら上でもおっぱじまったみてえじゃねえか。クククク……!
…………さあ、喰っちまおうぜ、アルザス人をよぉ。
────── ぶっ殺せぇぇッ‼︎』
『『『ウオオオオォォォッ‼︎』』』
アケル軍人をすり抜けながら、妖精達の突撃が開始された。
本来妖精とは非常に悪戯好きで、自由奔放なお転婆さんである。
しかし、まず知られていないが、怒りの感情が一定域を超えた彼らは、総じてカタギでは無くなってしまう。
妖精界では『ぷんぷんの向こう側』と呼ばれるガチギレ状態がこれに当たる。
速くも帝国軍の前線が、悲鳴と共に下がり始めた。
と、ミィルは邪悪な笑みを消し、ニコニコと可憐な微笑みでアケル陣営に振り返る。
『 ─── あんたたち、エリンとユニの同郷だし、アルフォンスの仲間だから、力貸したげるね〜♪』
そう言って指を弾いた時、帝国軍の足下に伸びる影から黒い何かが起き上がり、それぞれの帝国兵に抱き着いて消えた。
直後、白銀の鎧は
その逆に、アケル陣営の兵士達は、黄金色のオーラに包まれていた。
『ほい。これで武器も魔術も通るからね☆
じゃあ皆んな、がんばってね〜♪』
そう言い残して、ミィルは帝国軍の真ん中へと飛び込んで行った。
黄金色のオーラに包まれたアケル軍の兵士達は、その体に溢れかえる力と、未体験の万能感に打ち震えている。
─── 妖精女王の祝福
最早帝国軍の銃声や硝煙の臭いも、なんら恐怖では無くなっていた。
いや、その銃弾は妖精達の力なのか、軌道がめちゃくちゃになり、こちらに届く事すら無い。
爆炎と閃光、ありとあらゆる魔術が帝国軍の中で起こっている中、空からは血に塗れた肉塊と、白い鎧の一部らしき破片がスコールのように降り始める。
雲の上では、今も雷光のような光と、遠雷に似た衝撃音が響いていた。
「……我々にはアルフォンス様の加護が付いている! 最早恐いものは何も無しッ‼︎
─── 全軍突撃ーッ‼︎」
「「「ウオオオオォォォッ‼︎」」」
※
─── 総督府近くにある建物内
銃を背負った帝国兵と魔術兵の一団が、足音を忍ばせ、各階の安全を確保しながら階段を登って行く。
「流石にもう残っているアケル人は居ないようだな」
「この位置なら総督府も、広場の将官も狙える。全くアケルの未開人は、市街戦で抑えるべき拠点も頭に無いとはおめでたいものだ」
そう言ってクックと声を潜めて笑うと、彼らはいよいよ最上階への階段の踊り場まで差し掛かった。
『あ〜☆ ねえねえ、それがさっきからパンパンうるさかったオモチャ〜?』
思わず構えた先頭の軍人は、階段の先に立つ少女の姿を見て、胸を撫で下ろした。
「……こんな所で何をしている。ここは危険だ。早くお家に帰りなさい。
君のような幼い子まで殺したくはない」
そう言って階段の端に寄って道を開ける。
しかし、少女はニコニコと微笑みながら、小首を傾げた。
黒く長い艶やかな髪がサラリと流れ、白と黒の清楚な雰囲気の質の良い服が、ふわりと揺れている。
『うーん、でもあんまり鉄の質が良くないね〜♪
爆発力で弾を飛ばす仕組みなんでしょ? 何回も使ったら変形しちゃいそう……。
そんなんじゃ、詰まりでもしたら危ないよ☆』
その声に今度は全員が振り返った。
上にいる少女と全く同じ抑揚の無い奇妙なイントネーションの声が、階下から近づきながら掛けられたのだ。
しかも、初めて見たであろう武器の性質を言い当てている。
何か嫌なものを感じた隊長は、サッと手を挙げて指示を出し、ふたりの少女に銃口を向けた。
白と黒のそれぞれ上下互い違いの服装の少女ふたりは、全く同じ顔をしていた。
『『危ないよ〜♪ こんな狭い所で使ったら、跳ね返って自分に当たっちゃう☆』』
「何者だ君達は……?」
少女達は完璧に揃った声で答える。
『『子マドーラちゃんたちだよ〜♪ パパからのお願いで、アケルを守ってるの〜☆』』
「そうか……それは残念だ。
─── そうなると君達を殺さなくてはいけなくなってしまうな。
帰るなら今のうちだ、さあ行きなさい」
『『ええ〜? 壊れちゃうのはそっちなのに?』』
それから間も無く、建物内に銃声が幾重にも発せられたが、やがてすぐに静まり返った。
※
「あ、ミィルお帰り。下はどうだった?」
『もうおわったよ〜☆ こっちももう終わりそうだね。
─── 予定通り、わざと逃走するやつらは追い討ちしないで、見張りつけて流したよ〜』
「ありがと! シリルの妖精さんたち、喜んでた?」
『そりゃあもう、数千年振りに燃え上がってたからね、しばらくは止まんないんじゃない?
……にしてもさぁ、スタ。また強くなったんじゃない?』
「あはは。ミィルにそう言われると自信つくかも♪
アルの背中支えるなら、もっともっと強くなんなきゃだけどね〜」
そう言いながら、クイっと指先を曲げた瞬間に、残っていた極光星騎士団の数人が真っ白に凍りつくと、見えない何かに叩き潰された。
命を失った途端に、その肉体だった物は、結界の床をすり抜けて落ちていってしまう。
教団の剣、極光星騎士団およそ一万五千が空に散った瞬間は、その原因となった精霊術師にすら最期を見られる事はなかった。
『アルフォンスの背中を支えるねえ。中々に重労働だわそれ♪ でも、それぐらいじゃなきゃ、面白くないよねーっ☆』
「あ、分かる? 分かってくれる?
ソフィみたいに、アルと運命までバッチリ結びついてないからさぁ。私はもっともっと頑張んないと負けちゃうもん……」
『ソフィかぁ、女神オルネアはダテじゃないよね。ありゃあ強いし、背中守るってか、隣で一緒に闘う感じだね〜』
「うん。私とは役割が違うって感じ。
─── 今頃もうアル達も終わってるかな?」
『終わってるっしょ〜♪ あのメンバーで勝てない相手なんか居ないんじゃない?
もし負けてたら、あたしがアルフォンスの守護神になっちゃるわ〜☆』
そう言ってふたりは笑い声を上げた。
下からは微かに
ミィルは何か考え事でもしてるのか、珍しく真面目な表情でうつむき、唇に指を当てていた。
『……そっか。そうすればアルフォンスとずっと一緒にいられるなぁ。不老不死にして、ずっと隣に……フフ♡』
「え? ちょっとミィル、もしかしてあなたもアルのことが ─── 」
『ふえっ⁉︎ ななな、何も言ってないよ!
き、聞き違いでしょ!
そそそそ、そんなことあるわけにゃ……痛ッ』
壮絶に舌を噛み、顔を真っ赤にして震えるミィルに、スタルジャは苦笑しながら背中をトントンする。
『…………ま、あたしが契約するなんて事は起きないでしょ。
あのふたりの契約は、ものっすごく強くて、切り離すなんて出来そうにないしね』
ふたりは頷き合い、雲海の向こうに佇む細い三日月をしばらく眺めていた。
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