第二話 家族

 ハリード自治区で、バグナス領の霧の谷で、アケル北部州の大樹海で、そして月『ネイの福音』の下、アルザスの草原で。


 それぞれ剣を交え、ちりへと還した魔公将達。

 魔族を知らぬ俺にとって、勇者伝を信じるがまま、己の正義で立ち合った。


 彼らの本当の想いは、全て魔王フォーネウスを継ぐ者のために ─── 。


─── 『我が王』と呼ばれ、違和感よりも、何故か胸を震わせる、言い知れない感情が湧いていた


 その感情が何なのか、それはここまで出逢った三人の七魔公爵との闘いと、そしてアマーリエに育てられたものだ。

 以前の俺なら、戸惑っていただろう。


 ……だが、今は何か収まるべき場所に収まったような。

 本来あるべき場所に、気がつけば進んで歩いていたような、そんな腑に落ちた安心感。

 それが何故か、つんと涙を呼ぶ鼻のひりつきを呼んでいた。


 多分、一般的な王としての知識とか、心構えのようなものではなく、彼らからもらったものは……


─── 魔族としての、本能のようなものだ


 力を求め、力を分かち合い、己の力が他の存在を守る。

 そう生きる為の覚悟のような感覚。



『……形を望む者よ。王無くして、民の安寧は御座いませぬ……。

人は先が作れぬ、人は運命が作れぬ、人は正しきが作れぬ……王無くして形は作れぬ』


『……ああ、我が主となるお方。王とは我らが民の道標。

人心は霧の如く、流れてしまう……。

霧は低き場所へ、霧は温もり無き場所へ、霧は悪しき怠惰の淵の底へ……王無くして人は立ち止まれぬ』


『……我れに死の喜びを与えし者よ。持たざる民は、死を終わりの虚無と、震えましょう……。

死は望みに熱を、死は時の流れに敬意を、死は生きる意味を……王無くして死は光を持たず』


『……力を知る者よ。覇道は王の為ならず、力は民をも滅ぼす、諸刃の剣となりましょう……。

力を持つ者の使命を、力を持つ事の虚しさを、力を捨てる強さを……王無くして力は力を持たず』



 祝福。

 それぞれの言葉ひとつひとつが、彼らの存在する意味を、それを手にする覚悟を訴えかけているようにも聞こえた。

 爺さんが彼らをしもべとしたがらなかった意味が少し分かる。


 彼らは純粋な力だ。


 ……でも、自分の存在する意味を、自分だけでは証明出来ない苦悩が、彼らの後ろに見え隠れする。

 

「どうすれば会える? どうすれば、お前達をここから出してやれるんだ?」


 ここに居る四人の魔公将は、確かに人格を持ち、情熱を灯す……人と変わらない。

 自分の存在に不安を抱えたまま、ずっとここで魔王に拾われる日を待つだけとは、いくらなんでも不憫ふびんじゃないか?


 それは彼らの解放を思っての言葉だった。



『『『 ─── クヌルギアの鍵を得、魔王城地下深く、聖地クヌルギアの主に力を示し、クヌルギアの祝福を……‼︎』』』


「それを手に入れれば、この『泉』で、お前達に会えるんだな?」


『『『 ─── クヌルギアの祝福を! 我が王の元に……‼︎』』』



 四人の悲痛な声が響く。

 どれだけ待ち望んでいるのか、確か魔王によっては彼らの人格をリセットして契約したりもするとか言ってたけど……。


 どれだけ、彼らはここに縛られて来たのだろうか。

 ……出来る事なら、それを終わりにしてやりたい。


「分かった。約束する! 俺がその祝福を得る事が出来たあかつきには、必ずそこにいると契約して、そこから解放してやる!

それまで待っ ─── 」



『『『『 ─── ウォオオオオォォォォッ‼』』』』』



 腰抜かすかと思った……。

 言い終わる前に、地面が激しく揺れる程の、大観衆の歓声みたいな盛り上がりが、地の底から突き抜けた ─── 。


「……え? ちょっ、四人の以外に、そんなにたくさんいたの⁉︎

いや、そこまで責任は ─── 」


 どう考えても、この声の数は数百はいってるだろ⁉

 全員と闘って契約とか、その後の相談とか、無理だボケ! と、言いたかったが、その言葉を遮り、他の歓声を押し退けて、悲痛な声が轟いた。



『アルファード様ッ! 某に罪滅ぼしの機会を……どうかッ‼︎ フォーネウス陛下の御無念を、このオルタナスに……ッ‼︎』


『貴方様の下にどうかこのエスキュラめをッ‼︎ フォーネウス陛下への御恩返しを……同じ魂の音がする、貴方様の下で……ッ‼︎』


『お父様への想い……ッ‼︎ お父様の願いを!

このパルスルが、アルファード殿下の栄光の下、必ずや!』


『 ─── あ、ボクです♪ プラグマゥ、プラグマゥ☆

どっちにも転べるんで、男体と女体、どっちのボクがいいか、決めといて下さいね♡』



 魔公将達の悲痛な声、俺は当然これだけは言って置かなきゃならない。


「 ─── テメェ、プラグマゥッ‼︎

セオドアの時のむさい面がチラつくから、そういう言い方やめろやッ‼︎」


 地の底から、おっさん達の宴会の大爆笑みたいなのがドワァと轟いて、解放する約束をかなり後悔してしまった……。


『それそれ♪ そーいう対等に扱ってくれる所が大好きなんですよ☆

─── 待ってますボクらの魔王様!』


「なんかちょっと感動してたのに、台無しじゃねーか!

ったく、首を洗って待ってろ。からかった分、連帯責任で全員殺ってやっからな‼︎」


 再び野太い『ウオォォッ‼︎』って歓声と、ゲラゲラ笑う声が混じった地響きが上がる。

 ああ、こいつら娯楽ないから、騒ぎたいだけか?



『 ─── お待ちしております殿下。

心より……あなた様を』



 最後にプラグマゥの声が聞こえて、俺の紋様の熱感と胸の奥の騒めきが消えた。

 ラミリアの気配が遠ざかる。


「……やらきゃいけない事、山積みだなぁ」


「クソ上……ラミリア様も、かなり注視してるみたいですからね。アルくんのこと」


「よく考えたら、プラグマゥに勝てたのも、俺の実力じゃないんだけどな……」


「アルファードくんのこと?

─── それなら、近いうちにアルはもう一度会うみたい」


 スタルジャが片耳をピクピクさせて、心の中の声に耳を済ませているようだ。


「今のはアマーリエの予言か?」


「うん。そうみたい。『元予言者の言葉だから、何となく程度に聞いとけよ〜』って、クロが言ってる」


 アマーリエも元気にしているらしい。

 実はあれ以来、スタルジャは少し酒が強くなった。

 とは言え、やっぱり大酒飲むと目が座って、変な絡み方してくるけど。

 その絡み方にも、なんだかアマーリエを思い出す風味が出て来てる気がする。


 魂が交わって、アマーリエの予知能力は大分薄れてしまったらしい。

 代わりに、スタルジャに少しだけ予知能力が備わったようだ。


「ハァ……。予知能力もついて、アマーリエの助言ももらえて、スタルジャってどんどん凄い事になってってないか?」


「え〜? まだまだだよ、勇者を殴れるくらいにはなりたいもん!

─── それにアル? 呼 び か た !」


「あ、すまん。


「えへへ〜♡ よろしい〜♪」


 だんだんと目覚めてから力が馴染んで、最近は寝ている間に俺達がしていた事とかが、思い出せているそうだ。

 その中で、俺がアマーリエの事を『マリー』と愛称で呼んでいたのが、かなりうらやましかったらしい。


 ティフォと呼び方が被っているのだけれど、そう呼びなさいと強要された。

 ちょっと捻った感じで、呼ばれたかったんだそうな。


「 ─── そう言えばティフォは、前からひとり『タージャ』って呼んでたよな? どうしてだ?」


 みんなが『スタ』とか『スタちゃん』って呼んでたのに、彼女だけはいつの頃からか『タージャ』と呼んでいた。


「んー? そう呼ぶ日が来るって、そうおもった、から?」


「それってもしかして、ティフォも予知してたって事か。

そう言えばたまに、予言めいた事を言い出したりするもんな……予知能力もあるのか?」


「ん、アマーリエほどじゃない。けど、少しなら、わかる」


 全く不思議じゃないから怖い。

 よくよく考えてみると、予知能力でも無けりゃ出来ない待ち伏せとか、イタズラするしな。

 ……もっと意義ある事に使えばいいのに。


「まあ、何にせよ収穫はあったなアルフォンス。

─── 少し顔つきが変わったぞ?」


 ロジオンが咥えた葉巻に、指先で火をつけた。

 やっぱり子供が葉巻とか、何度見てもドキッとするけど、俺より年上なんだよなぁ。

 今の『一仕事終えたぜ』みたいな表情とかも、渋い、参考にしたい。


「ああ。またここに来る目的が出来たし。

魔界のために頑張る覚悟がついたよ」


「なんだ。このままこっちで魔王になれば、城持ちだぜ? そこら辺は燃えて来ないのか」

 

「正直言って、そこは全然実感湧かないし、想像出来ないな……。家族で暮らせる場所があればいいし、持ち上げられるとかちょっと……」

 

 ロジオンは心底愉快そうに笑って、俺の腰をバンバン叩いて来た。

 こういう所は中身おっさんなんだなって思う。


「フッ、そういうとこ、魔王さんソックリだぜ?

─── さあ、とっとと街へ降りて、冷えた酒でも飲もう」


 ロジオンが歩き出す。

 最後にもう一度、目の前の巨大な窪地の風景を見る。


─── 俺は必ずもう一度ここへ帰って来る


 そう思うと、なんだかもう見知らぬ土地ではなくなった気がしていた。




 ※ ※ ※




 旅をしていると、時々気になる事がある。

 それはあるふたりの事だ。


「ん、エリン。その肉、なに?」


「ティフォ様、これはパルモル平野で獲れた、双頭ワシのモモ肉らしい。どうぞ」


「ん、ありがと。ガブガブ」


 とある森で野営をしていた時、エリンは自分の皿に取った塩焼きの鳥肉を、当然のようにティフォに回して、自分はまた取り分けに行った。

 ティフォは別に普段からエリンにたかっているわけじゃないし、偉そうにしているわけでもない。


 ティフォは『全怪物の王』で、獣人であるエリンの本能の奥にある、獣の心はどうしても平伏してしまうらしい。

 ただ、ユニはどうかと言えば、ティフォときゃっきゃと遊んでたり、いたずらし合ってる事もある。


 姉妹でも違いがあるのかと、そこも気になるけど、元々口数の少ないエリンと、想定の斜め上から会話を振ってくるティフォとが……ね。


─── ちゃんと仲良く出来てるのかな?


 と、少々疑問に思う時があるのだ。

 いや、別に絶対仲良くする必要は無いし、無理にコミュニケーションを取る事もあるまい。

 ただ、何となくふたりの関係が、ちょっとした事で一気に仲良くなりそうなのに、双方のコミュニケーションのクセで進んで無いのかなとか思う事がある。


 もちろん、これは『何とかする』って話じゃなくて、ふと頭をよぎる事があると言う程度だ。

 『気になる』と言うより『気づいた』って感じの話。


 それともうひとつ、最近エリンの様子が少し気になっている。


─── スタルジャ復帰以来、エリンがやや修練に対して前のめり過ぎる


 これも、声をかける程なのか、ちょっと掴みづらい。

 相変わらず、俺の夢の世界での特訓には参加しているし、朝も俺の日課についてくる。


 それに追加して、最近は夜もそっと抜けて、何処かで特訓しているようだ。


 何かを掴みたいと彼女が欲しているのなら、彼女の思う通りに努力して、掴み取るのを見守りたい。

 何か助けてあげられる事があるなら、何だってするつもりなんだけど、元々お姉さん肌のエリンはひとりで抱える傾向がある。


 ……最近、ちょっとやつれて来た気がして、どうしたものかと考えていた。

 今こうして、エリンの事とか、エリンとティフォの事を気にしている理由はもうひとつある。


 それは数日前の夜の事だ ─── 。




 ※ 




 皆が寝静まった頃、向こうの女性陣のテントのひとつから、誰かが出て行く音がした。

 俺は男テントの中で、丁度ロジオンのイヤにクリアな寝言で目が覚めたばかりだった。


(……ああ、これエリンだろうなぁ。少し貼ってる闘気と、息遣いが聞こえる)


 これで夜に気がついたのは何度目だったか。

 皆んなが寝てから隠れて修練してるって事は、気づかれたく無いからだろうしな……。


 でも、最近少しやつれているエリンを思うと、やっぱり放っては置けず、少し時間を置いて俺もテントから出る事にした ─── 。


「……あ」


「あ、オニイチャ」


 俺がテントに出ると、全く同じタイミングで、隣のテントから顔を出したティフォと目が合った。


─── ……ん、オニイチャもエリン、気になってた?……


─── ……うん……ちょっとな。ほら、あんまりエリンって、自分の事を話さないで頑張っちゃうだろ? でも、中々に聞けなくてさ……


 エリンは耳がいいから、ティフォとふたり念話で語りながら、エリンの気配を追った。


 そうしてすぐ、森の奥の小さな川の前で、結界を張ったエリンが水に膝まで入って、術式を練っているのを見つけた。

 結界は防音、遮光、魔力感知遮断が施されているようだ。

 ……やっぱり、見られたくないのかな。


 そう心が揺らいだ時、エリンの両手が魔術印を複数浮かべ、更に背後にも複雑に重なった魔術印を展開。

 膨大な数の術式を、何通り、何十通り、複雑に絡み過ぎて判別出来ないどころか、何度か暴発してエリン自体が弾け飛ばされた。


 その度に、即防御結界や、解呪で反応してはいるが、無傷では済んでいない。

 何度でも起き上がり、また膨大な術式の組み合わせを、高速で総当たりしていた ─── 。


─── ……【従動解放リンク】の試作か⁉︎ 

あんな連発してたら魔力が‼︎……


 赤豹姉妹が到達した魔術印の進化系【従動解放リンク】は、性質上どうしたって中級までしか扱えない魔術印の限界を、複数重ねてひとつにする事で、様々な効果を生む新技法だ。


 言わば同時にいくつもの魔術を連発している状態で、消耗は相当なものだろう。

 それどころか、組み合わせによっては、暴発を起こして思わぬ事故につながる危険性すらある。


 ユニが近くにいるのなら、まだ少しは安心出来るが、ひとりで隠れての試行錯誤となると話は別だ。


─── ……すごい……


─── ……え⁉︎ 感心してる場合じゃ……魔力切れでぶっ倒れてみろ、川に流される‼︎……


─── ……まってオニイチャ!……


 念話の声ではあるが、珍しく感情的な声を上げたティフォに驚いた。


 ティフォはエリンの背後に並び、それぞれ別の速さで回転する魔術印を指す。

 両手で連発する【従動解放リンク】のインパクトに気を取られて、彼女の背後のギミックに気がつかなかった。


─── ……重ねて発動じゃなくて、別々に回転する魔術印……だって?……


─── ……オニイチャ、エリンのこと、ティフォに任せて?……


 その提案と真摯な声に、思わずティフォに振り返る。

 彼女はエリンを見つめたまま、真剣な眼差しで見守っていた ─── 。




 ※ 




 てな事があって、ティフォにエリンを任せてから数日。

 相変わらずエリンは疲れを隠している感じだし、ティフォとの間に何か変化がある感じもない。

 ……それでもやはり、毎晩エリンが起き出している気配はするし、ティフォも追いかけているのは感じている。


 ちょっと心配だ。

 今夜辺り、隠れて様子を伺ってみるか……。



 ※ 



「 ─── クッ! う……あぁっ‼︎」


 【従動解放リンク】が暴発して、エリンが吹き飛ばされた。

 音を遮断していた結界も崩れ、エリンの呻き声が、川のせせらぎの中に聞こえる。


「……くそっ、どうして出来ない!

あたしは……あたしはッ‼︎」


 水面を叩いて苦しげな声を漏らすエリンに、思わず駆け寄ろうとした時だった ─── 。


「ん、エリン。何ができない?」


「…………ティ、ティフォ様……。いや、何も……何でもない……わ」


 泣き顔を隠すように、エリンは下を向いてそう答える。

 ティフォは水面スレスレに浮いて、そんなエリンをジッと見つめていた。


「ちょっと……試したいことがあっただけ。心配かけてゴメン。

大丈夫。そろそろ、あたしも寝 ─── 」


「ん、お姉ちゃん、だからか?」


「 ─── !」


 うつむいて背を向けたエリンの肩が、ピクリと大きく反応した。


「あたしは……別に……」


「いつまで、エリンはユニの『お姉ちゃん』だけでがんばる?」


 エリンは振り返り、ザブザブと腿の中程で白波を立てながら、ティフォに数歩近づいて叫んだ。


「 ─── 何でもできるティフォ様に、何が分かるのよ!

あたしは……あたしはユニみたいに器用に出来ないし、賢くなんか無い!

あたしが勇者に倒されて、あの子の心に傷をつけてしまった……あたしは、あたしはもっと頑張らないとユニに……っ‼︎」


「ユニができる事と、エリンができる事。

ぜんぶ別々じゃなきゃ、ダメ?」


「 …………?」


「ユニはすごい。あたしは、魔術印は、オニイチャがきゅーごしらえした、先のないものだと、思ってた……

─── まさか、わざとしっぱいした魔術印に、回避ふのーの付加こうか付けるとか、そんな手があるとは、おもわなかった」


「……そうよ。あの子は……天才なの。

だからあたしは……あの子を守れるように……」


「ユニが天才なのに、どーしてエリンがムリする?」


「それは……あたしの妹だから!」


 ティフォは浮くのをやめて水に浸かり、ザブザブとエリンに近づくと、エリンを指差した。


「ユニがそう望んだ? ううん、ちがう。それはエリンが『お姉ちゃん』でいようとしてる、それだけ。

それじゃ、ユニは、エリンの中で、いつまでもただの『妹』だよ?」


「 ─── !」


「ユニはすごい。あたしには、エリンの妹だからすごいんじゃない、ユニがすごいから、すごい。

ティフォは、何でもできるよ? だから、なんにもできない。

ムダなことしないから、ティフォはオニイチャを守れる強さ、もてなかった……」


「……ティフォ……さま?」


「ほんとーにダメなのは、あたし……。

エリンのすごいところ見てて、イヤっていうほど知った。あこがれた ─── !

だから、そんなすごいエリンが、自分はダメみたいに言うの、ききたくない!」


 ティフォの目に涙が浮かんでいる。

 彼女が人の為に感情をこんなに強く露わにしているのは初めての事だ。


 契約を通してなのか、大事なティフォだからか、その悲しみで胸が痛む……!


「ごめん、エリン。じつは、まいばん見てた。何度も何度もしっぱいして、あきらめないエリンを、ずっと見てた」


「…………ティフォ……さま……」


「最初は、見ててわかったこと教えて、エリンをラクにしてやればいー、そうおもってた。

でも、できなかった。とんでもない数のじっけん、むぼーなチャレンジを、だんだんつきつめていくエリンにみとれてた ─── 」


 ティフォがエリンの両手を取る。

 エリンの方が背が高いのに、何故だか今は同じ大きさに見えていた。


「声をかけられなかったのは、たぶん、もうひとつある。

エリンのがんばりは、ユニのためだけなんかじゃない、エリンは自分を見つけようとしてた。

それがすっごく、キレイかった!」


「自分を……見つけ……る……? あたしが……」


「妹のため、それはウソじゃない。でも、エリンは自分でも気づいてない、カッコイイところがある。

今、目の前のもくひょーのために、すべてをかけてる。そこに、自分をみとめてあげるやさしさ持てば、さいきょーなのに」


「さいきょー?」


「だれかのために、やろーとすれば、ほんとの自分のきもち、分からなくなるよ?

自分のためにやれ? その力をだれかのために使えばいー。

─── 誰かの力をかりる、そのためなら、そんなことだって、カンタンになるから」


「…………あっ」


「ふふん、やっと分かったな?

ユニは妹、それはじじつ。でも、エリンを強くする、ひとりの確個とした、存在。

なら、知恵をかりろ、わざをぬすめ、その得たすべてで、だいじなユニまもれ」


「ユニは……ユニ……。

─── そうだ……あたしたちは、戦友になるって、自分であの子に言ったのに……」


 ティフォがニコリと微笑む。

 普段のジト目ではない、時折見せる花の咲き誇るような、常世のものとは思えぬ慈愛に満ちた美しい笑顔。


「エリン。あたしも強くなりたい。

おしえて、今、エリンのやろーとしてること」


「ティフォ様……! はいっ!」


「あーダメダメ、ぜんぜんダメだキサマ!」


「 ─── へ?」


 突然ティフォがうつむいて、目元を前髪で隠しながらがなる。

 エリンは目をぱちくり、盗み見してる俺も目をぱちくりだ。


「ティフォは『全怪物の王』のけんのー持ってる。エリンにだって、ひびくかも、しんない。

─── でも、一度だって、エリンたちに、そーなって欲しいって、思ったことナイ!」


「え、王になってくれないの?」


「ちがわい! エリンはともだち!

だいじな家族! やっとできた、家族!

─── ティフォ『さま』いうな!」


 エリンはキョトンとして、うつむいて鼻息の荒いティフォをしばらくパチクリして見つめると、突然大声で笑い出した。


「ん、笑ったな、エリン。やろーってのか!

─── ぐえっ」


 喚こうとしたティフォを、エリンは抱き締めて、身震いするように身を押し付け、何度も頬ずりをする。

 涙ぐんでいたティフォの顔が、みるみる真っ赤になって、少し恥ずかしそうに口元を微笑ませていた。


 そして、それはエリンも同じだった。


「うん、分かったわ!

─── 大好きよ、ティフォ! あなたが居てくれて嬉しい……‼︎」


「あ、はぅあぅ……///

……え、ええ、エリー。ティフォも、だだだ大好き」


 ふたりはきゃっきゃと抱き合いながらはしゃぎ、バランスを崩して水中に倒れた。

 でも、やっぱりケタケタ笑って、またすぐに抱き合って、くすぐったそうに何かを囁きあっている。


 あ、もう見てらんない。

 視界がボヤけてあかん……!


 あんなストレートに愛情表現を見せるエリンの姿、ユニ相手でも見た事ねえ……。

 鼻すする音がバレないように、骸骨兜だけ被って、遮音性能最大にしたままテントに帰って行くしかなかった。


 途中、何本かぶつかって木を倒しちゃった気もするけど、許して欲しい。

 何よりエリンが、ティフォが、互いを家族だと認め合うその光景が、いつまでも俺の胸を震わせていた。


 自分も、そんな彼女達の家族の一員なのだと思うと、誇らしくて嬉しくて ─── 。




 ※ 



 

「あれ? どうしたのアル。なんで兜だけ被ってるの?」


 翌朝、朝食のためにシチューを煮込んでいる所に、スタルジャがやって来て、俺の風体に突っ込んだ。


「いや、ははは。ちょっと蚊に刺されたみたいでね、お見せできない顔なんだよね〜」


「ふ〜ん、常時結界で守られてるのに?」


「た、たまにはね♪」


 言えるかい。

 エリンとティフォの昨夜の姿で泣きはらし、両まぶたがホラーなレベルでボッコん腫れてるとか。

 不思議がっていたスタルジャも、兜には見慣れているせいか、すぐにそれを忘れて、朝食作りを手伝い始めてくれた。


 やがて、ひとりまたりとりと起き出して、朝に弱いロジオンを起こしに行く頃には、皆んなそろってワイワイやっている。


「ん、おはよー、エリー」


「おはようティフォ、昨日はよく眠れた?」


「んふふ、あんまし、寝れんかった」


「あははっ、あたしもー♪ 興奮しちゃってさぁ〜」


 寝起きデロデロなロジオンを背負って戻って来た時に見たその光景に、俺は再び兜の遮音機能を最大にする事になったのは言うまでもない。


 仲良き事はいい事だ。

 だって家族だもん。


 血を分けてるから家族なんじゃない、その人らしくいられるように支えるから家族なんだ。

 そんな簡単で、でも大事な事に気がつけた出来事だった ─── 。


 因みに、エリンがティフォにストレートな愛情表現を見せるようになってから、ユニが『お姉ちゃんを盗られた』って相談に来た時は困った。




 ※ ※ ※




─── ブヒィッ、ブヒィッ、ブヒィッ!



 魔界旅も順調に、そろそろ次の魔公爵領に差し掛かろうかという時だった。

 けたたましく鳴る左腕の籠手に、かなりビックリしつつ、それが何の音か気がつくのに時間が掛かった。


「うわっ! 何だこれ……って、ああ、子マドーラからの通信かぁ」


「前にも言ったとは思うが、そのお知らせ音は何とかならんのか?」


 マドーラとフローラの籠手が、勝手に色んな設定しちゃってるから、何がどうなるか分からねえんだよなぁ。

 ロジオンの迷惑そうな顔を尻目に、通信を繋ぐ。

 と、えらく慌ただしい背景の音と共に、懐かしい声が聴こえて来た。


「申し上げる申し上げる! アルフォンス、俺だガストンだ!」


「……多分間違いだと思います。じゃあ……」


「あ、スンマセン……って、んな事あるかぁッ!

お前まだ、赤豹族の祝言の時の事、根に持ってんだろアルフォンス‼︎」


「そう言えば、そんな事もあったな……!」


「あ、違う。それは忘れよう、謝るから、その節はどうも ─── 」


 この変わり身の速さと、低姿勢への切り替えの速さは、間違いなくガストンだ。

 いや、子マドーラ通信で、偽物とかあり得ないんだけどな。


「冗談だよ、久しぶりだなガストン! 

─── 元気だったか!」


「ああ、今のところはな! 積もる話をしてぇトコなんだけどよ、すまねえ急ぎでな。

そこにロジオン本部長は?」


「ああ、居るけどどうした?」


 ガストンが一瞬無言になる。

 そして、深く呼吸をした後、勤めて冷静な声でそれは伝えられた ─── 。


「アケルがヤバイんだ、直ぐに応援に来て欲しい」


「アケルが? 今、魔界にいるんだぜ俺達。

そりゃあ転位魔術で直ぐ行けるけど……一体どうしたんだ」


 ガストンの言葉に、全員の足が止まった。

 何かが起きる時ってのは、どうしてこう急なんだろうな。



─── 密林国アケルが、タッセル軍とアルザス帝国軍に強襲され、戦争が勃発した



 それが世界の様相を一変させる出来事になるとは、そして、壮絶な悲劇の始まりになるとは、この時は夢にも思わなかった……。


 聖王暦三百七年、春まだ浅い日の事だった。

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