第五話 始まりの予言

 フォカロムの街並みの先に、人魔海峡の終わりから、大西海につながる風景が一望できる。


 テラスから見下ろせば、幌付きの龍車が進む様子が、ミニチュアの玩具のように見える高さだ。

 飛翔魔術で見下ろすのとは違い、こうして人の創り出した建物から眺める、高所からの風景は力や技術も感じさせられるから好きだ。


 ロフォカロム侯爵家の、最上階に位置する、大広間に通され、一通り建物からの風景や街の歴史を聞かされた。

 この大広間は、舞踏会なんかのセレモニー用の部屋として造られたそうで、美しく精緻な組木の床が印象的だ。


 今までの、質素かつおごそかな雰囲気の内装とは打って変わり、装飾性の高い内壁や調度品が目をく。


─── だが、何より驚いたのは、硝子ガラスの質の高さ


 海側に面した壁面は、その多くが硝子張りになっていて、街と水平線を同時に収めた絵画のようだ。

 そこに使われている板硝子は、人界には見られない高い技術を感じさせる。


 これは魔界に来て、最初に驚いた事でもあるが、庶民の家にも板硝子が張られていた。

 そして、歪みやムラの無い板硝子は、こんなにもクッキリと外の景色を切り取るのかと、感動すら覚えてしまった。


「もしかして、気に入っちゃった?

ならさ、ここに住んじゃおうぜ、アル先輩☆」


「ははは。ごめんなさい」


「うはっw マジ即答☆」


 このようにロフォカロムは、上機嫌この上ない。

 いや、これが素なのかも知れないが、彼がここに通すのは相当機嫌が良い時だと、使用人から聞いた。


「……ロフォカロム。さっきから、アルフォンスのことを『先輩』呼ばわりしてるが、何なんだそれは?」


「だってよぉ、ロジオンに『炎帝』は譲っちまったろ? もう下になるしかねえじゃねえか。

─── あ、そうか! アルっちさぁ、おれの『翼帝』って肩書きいる?」


「いらねえ。第一、羽が生えてねえし、いらねえ」


「うはっw 二回も『いらねえ』だって☆

……な? 『王子』は嫌だって言うし、人前で呼べねえじゃん? だから『先輩』って呼ぶことにしたんよ。

魔術についても色々教わったし、それでいーじゃん☆」


 ロフォカロムの世界の中で、俺は彼の最大威力を誇る技を受け切った。

 そして、俺は彼の求める本気を出そうと思ったわけだが……。


 以前、マドーラとフローラに協力してもらっての実験では、その【火炎龍フラム・トゥルナド】を完璧に制御して、本当に俺の思い通りの効果を生み出してくれた。

 あれなら近くに民家とかあっても、イケるだろうと、胸を撫で下ろした次第だ。


 ……本気で魔力を注いだ魔術を撃つのは、何年ぶりの事か。

 正直、すっごく気持ちが良かった。


 ただ、いくらロフォカロムの隔離世界とは言え、俺の持てる最上級魔術を本気で使ったら、隔離世界ごと消滅しちゃうんじゃないかなってヘタレたの。

 と、言うわけで三ランクくらい落として、全力の上級魔術【赫灼点ヌェウクレイア】を撃ったら、マドーラとフローラが小さな声で『あ、無理☆』と言い残して蒸発しかけてしまった……。


 幸い、被害を考える必要がない世界だったから、その後は自力で本気のまま、術式を完成させてロフォカロムを消し飛ばすに至る。


 彼は俺の魔術に、感銘を受けてしまったそうで、色々とあの後質問攻めにあった。

 この部屋に来てからも魔術講座をせがまれ、流石に面倒なので、後でまとめて書き留めて渡すと約束したところだ。


 と、エリンがロジオンに尋ねる。


「……ロジオンの『炎帝』は、魔公爵が名付け親だったのね?」


「いや、元々はこいつが『炎帝』だったんだ。初めてあった時に、アルフォンスと同じように闘いを持ち掛けられてな ─── 」


 三百年以上前、自分の呪いを解くために、魔界ひとり旅をしていたロジオン。

 彼はここに招かれ、ロフォカロムと闘う事になったが、同じ属性だったために勝負は難航。


 技まで似ていたふたりの闘いに、最初はニンマリしてたロフォカロムも途中で飽きて、ぞんざいに『ハイハイ、おれの負け負け』と投げ出したそうだ。


「その時に『おれの肩書きをやるよ、大事にしろよ』とか言い出してな。断ったんだが、勝手に魔界の各方面に、正式に通達しちまったんだコイツは」


「でよ? おれ、肩書き無くなったじゃん?

まあ、後は目立つの羽くらいだからさ、おれは『はね帝』でいいやーって言ったんだよ。

したっけさ、こいつ『せめて翼帝にしとけ』って。

さっすがロジオン、かっちょいいっしょ♪」


「……なんか、責任感じてな。思わず突っ込んじまったんだよ……。名付けたかったわけじゃあねえんだ。本当だ!

─── まさか、その後に魔界中の貴族から、名付けを頼まれる羽目になるなんて……!」


 ロジオンは帽子を目深に被り直し、耳まで真っ赤にしている。

 俺も里から出て初めて知ったが、肩書きとか二つ名って、カッコつけの口だけ冒険者とかダメな王様とかが好んでつけたがるモノらしい。


 ソフィアとかも二つ名に全然興味ないしね。


 正直言うと、俺も里から最初の村に着くまでの五ヶ月間は、自分の肩書きを妄想し続けた黒歴史があったりする。

 人に言う前に、そういうのが分かって、本当に助かったと思う。

 

「ってわけで、おれはアルっちのことを『先輩』って呼ぶことにしたってこと♪」


「「「 ─── チッ!」」」


 なぜか俺よりも、部屋にいた制服姿の使用人の面々の方が、腹立たしそうに舌打ちしたりしてる。

 いや、それは俺がイライラする所なんだけどと、もやもやしていたら、メイド服の女性がひとりロフォカロムに食ってかかった。


「だいたい、閣下は小ずるいんですよ!

私だってアルファード殿下に挑んでみたかったんです! 綺麗な焼き色をつけて欲しかったのは、私なんですからねっ!」


「いや、それはボクの台詞です!

抜かれたかった……あの雄々しい腕で、頭部を掴まれて、脊髄ごと引き抜かれて、豆もやしみたいになってみたかった……ッ‼︎」


「バカを言うでないお前ら! 殿下と閣下の御前ぞ⁉︎

それに順番的には、まずこの私だッ!

見よ、あのアルファード殿下のたくましい脚を! 

あれは情け容赦なく蹴りつけ、私の上半身をイソギンチャクのようにするための ─── 」


「「「ぼくが! わたしが! オラが!」」」


 なんでそんな、ハードな願望抱いてんだ、コイツら……。

 それにひとり、ガストンが混じってねえか?

 

  『魔族ってみんなこうなの?』とロジオンに恐る恐る聞いてみたが、彼は『コイツらだけだろ』と、暇そうに指のささくれを抜きながら吐き捨てた。


「 ─── すっげえ、超人気モンじゃん先輩☆

あ、そうそう。おれンち来たのって、なんか用事あったんっショ?

ずんどこ言っちゃってよ! もー、なんでも聞く聞く♪」


「……ん? やっと話が進められそうか。

ロフォカロム、ちょっとお前には、話しておかねばならんことがある。場所を変えられるか?」


 ロジオンはそう言って、チラリと俺の方を見る。

 これは事前に決めていた事だ。


─── 三百年前に起きた、前魔王フォーネウス崩御の真実を、ロフォカロムに伝える


 これはロジオンが、サシで話したいと申し出ていて、俺もそれを承諾していた。

 ……ロフォカロムは、俺の爺さんとも、かなり懇意にしていたらしい。

 だから、慎重に話して聞かせてやりたいのだという。


 ロフォカロムは『なになにー☆』と、ロジオンにまとわりつきながら、ふたりで大広間を出て行った ─── 。




 ※ ※ ※




「 ─── ほお、あのロウソクはね野郎は、アルくんにそんなことを、してやがりましたか……」


 即座に仕込み杖を抜こうとする彼女の手を上から握り、背中に腕を回して動きを封じる。

 うん、だいぶソフィアのパターンも、分かるようになって来た。

 密着したソフィアと顔が近づいて、小さく『あ』って甘い声を出されて俺が悶絶しかけたが、勝負は引き分けだ。


 ロジオンとロフォカロムを待つ間、俺とロフォカロムの闘いについて聞かれ、軽く話した途端にこれだ。


「どうどう、ソフィどうどう。ただの白昼夢みたいなもんだから、ね?

ほら、かすり傷ひとつないだろ?」


「私を出し抜いて、アルくんをやろうとするとは、いい度胸じゃないですか ─── 。

『アルくんが何かされる前に殺る』のが、私のモットーなんですよ……」


「そのモットー貫いてたら、ただの通り魔だぞ⁉︎

それにこっちも収穫があったから、許してやってくれ」


 そんな騒動をしていたら、左腕の感覚が完全に戻って来た。

 俺の魔力制御でぶっ壊れていた、マドーラとフローラが、自己修復を終えたらしい。


『『おはパパァー☆』』


『ごめんね、ごめんね! ちょっと焼き切れちゃってたのー☆』


『でも治ったヨー☆ ごめんネ、ごめんネ!

パパの本気、べらぼー過ぎだったヨ♪』


 ふたりの声に、ソフィアも毒気が抜かれたのか、使用人達を震え上がらせていた殺気が、ようやく収まった。


「いや、ふたりのお陰で、久々に本気の魔術が使えて、すごく気持ち良かったよ!

中級魔術までは大丈夫って感じなら、これからもお願いしようかな?」


『『〜〜〜ッ♡』』


 彼女達の『制御』とは、俺の手加減の利かないポンコツ魔術に、彼女達自身が術式の一部となってコントロールしやすくするという事らしい。

 術式には『これだけの魔力をつぎ込む』とか、魔力を流す量の指定も含まれている。

 ただ、注ぎ込む量は、術者次第で追加する事も出来てしまう。


 俺の内側には、勇者としての魔力の器と、魔王としての魔力の器がある。

 そして魔王としての魔力は膨大だが、アルファードが抑えてくれているし、俺自身深層心理で抑制していた。


─── だから、魔術を使おうとすると、そこが術式に刺激されて、魔力が一気に溢れてしまう


 マドーラ達は、その魔力の通り道を細くして、俺の想定内の範囲に抑えてくれた。

 ……ただ、押し寄せる魔力の負荷を、彼女達が受けているわけで、上級魔術を使った時の負荷には耐え切れなかった。


「俺は心の奥底で、自分の魔王としての力を恐れてる……。何が起こるか分からないし、過去の魔王城の悲劇を、幼い俺は目撃していたからな」


「「「…………」」」


「魔王としての力を解放したら、また狙われるかもしれないし、誰かを巻き込むかも知れない。

それが俺の精神的外傷トラウマの要因、そして、リディの奇跡に負けた、覚悟の弱さなんだと思う」


 ここまでが、自分の精神世界でアルファードと会えたのと、スタルジャの精神世界を見て来て辿り着いた答え。

 後はそれと向き合うための、効果的な意識の改革が必要になるのだと思う。


「覚悟……。それは、私も同じかも知れませんね」


「ソフィも、本気を出すのが怖かったりするのか?」


 すると、彼女は寂しそうに苦笑して、静かに首を振った。


「少し、ちがいます……。

私の場合は、守護神としての ─── 」



─── ドーン……ッ



 突然、轟音と共に屋敷が揺れた。


「……この感じ、ロフォカロムか⁉︎」


「ん、こーしゃく、マジ切れ」


 慌ただしく使用人達が駆けていく。

 窓から屋敷を確認すると、だいぶ離れた部屋から、炎の柱が噴き出していた ───




 ※ ※ ※




「落ち着けッ! お前が今動いたら、話がややこしくなるんだロフォカロム!」


 超高熱の炎の渦が、激しく渦巻く部屋の中で、ロジオンはロフォカロムの腕を掴んでいた。


「 ─── 離せ……ロジオン」


「魔王と七魔侯爵は『触らず』だ! それはお前が一番よく分かってるはずだろう。

ハンネスの野郎は、曲がりなりにもエルネアの加護を受けた、仮の魔王だぞ!

─── 民が巻き込まれる……それこそ、魔王さんの望まなかったことだろうが」


 ロフォカロムは目を見開き、ロジオンの胸倉を掴んだ。


「……黙れッ! お前だって人間族だろ?

人界の奴に、おれたちの気持ちが分かるわけねえだろうがァッ‼︎」


 燃え盛る拳で殴るのを、ロジオンは避けもせずに頰で受け止めた。

 帽子が宙を舞い、彼の体は部屋の反対側の壁へと、机や椅子を巻き込んで打ち付けられる。


 だが、すぐに立ち上がり、口の端から血を流しながら、ロフォカロムを見据えた ─── 。


「 ─── ああ……そうだよ、オレは家族なんかじゃなかったんだ」


「……ロジオン……。てめぇ……」


 ロジオンの体から、炎が舞い上がり、ロフォカロムの炎を退かせる。


「そうやって信じなかったのが、オレの最初の間違いだった……。

オレはあの時、家族を信じて、魔界に留まるべきだったんだよ! そうすりゃあ、魔王さんも死なずに済んだかも知れねえ、オリアルもエルヴィラも、イロリナだって救えたかも知れねえんだ!」


「 ─── !」


「アルファードだってそうだ。あいつひとりに、こんなクソ重てえもん、背負わせずに済んだのかも知れねえ。

……オレはもう間違えたくねえんだよ、家族のために」


 ロフォカロムは眉間に深くシワを刻み、唇を噛み締めてうつむく。

 ……ロジオンの悲哀の声が、俺の胸にも痛い程に、刻み込まれた。


 結局、ここにいるロジオンにもロフォカロムにも、そして俺にも、そんな事は出来るはずもなかっただろう。

 ここにある怒りの正体は、何も出来なかった事への自己嫌悪。


「 ─── ロフォカロム、だからオレはお前を行かせんッ!

下手に動けば、それこそ反撃の機会を永久に失いかねんのだ!

お前じゃハンネスとリディは討ち取れない。今のオレや、アルファードでも無理だろう……。

……だが、お前と、お前たち魔公爵。そして、お前たちの家族の協力があれば、勝てる」


「……おれたちの……家族だと?」


 ロフォカロムの憤怒の炎で吹き飛ばされた壁面、そこから覗く屋敷の門の方を、ロジオンは指差した。


「あれが……お前の家族だろ」


「 ─── あ、あいつら……」


 侯爵邸の門の前には、この騒動に駆けつけた、フォカロムの人々が押し寄せていた。

 口々に領主の名を叫び、悲痛な声を上げて、固く閉ざされた門を越えようとしている。


「お前が領主として、どうなのかは知らん。

だが、お前が彼らにとって、どれ程の存在かは、あれを見れば分かる。

─── お前個人の命をかければ、済む話じゃないんだロフォカロム」


「…………分かった。済まねえ、ロジオン……」


「ハッ! 普段から、それぐらい落ち着いてりゃあ、もっと箔がつくんだがな」


「うっせーっ、子供に言われたかねーよ!」


 ロフォカロムのそれこそ子供のような毒づきに、ロジオンが吹き出すと、彼も笑い出した。


「ロフォカロム閣下。これからは、あんたら七魔侯爵の力が必要になる。

─── オレたちに力を貸してくれ」


「へへっ、言っただろ?

『もー、なんでも聞く聞く♪』ってよォ。任せとけ、いつでもおれァ、動いてやるぜ」


 ここに来た目的は、無事果たせそうだ。


 外からはまだ、領主を心配する人々の喧騒が、聴こえてくる。

 なんだかんだ、やっぱり良い所なんだなぁとジーンとしていたら、ロフォカロムが俺に振り向いた。


「あ、そうそう。これを先に言わなきゃな♪

─── おかえり、アルファード殿下」


「 ─── ! 

…………ああ、ただいま……!」


 その後は公爵邸の門が開かれ、駆けつけた人々を招いて、宴が催された。

 なんだか、魔界が俺の中で、少し身近になった気がした ───




 ※ ※ ※




「 ─── と、まあ。これから先輩たちが行くとこは、その三つだねー☆」


 夜、街の人々との宴の途中、俺達はロフォカロムに呼び出されて、別室に移動した。

 何かと思えば、改まった感じで魔界の説明と、これから行く三つの行先の説明をスルスルと始めた。


 水の都セパル、オアシスの街パルモル。

 そして、アスタリア高原。


 アスタリア高原は、予言者アマーリエの住んでいた、小さな村があると両親から聞いていたが……。


「……ロフォカロム。なんでお前がオレたちの、旅の行程と目的地を知ってる?

急にこの話を始めたのは、なぜだ」


 ロジオンが困惑気味に尋ねる。

 いや、俺だってそうだ。


 過去の話はしたし、今回は『情報収集して備える』と話しはしたけど、もうひとつの目的はまだ話していない。


 ロフォカロムは『やっぱそうかー☆』と、ニカっと笑った後、真っ直ぐに俺を見つめて口を開いた。


「 ─── 『闘え』そして『私の足跡を話せ』」


「「「…………ッ⁉」」」


 部屋が静まり返る。

 階下の広間からは、未だに宴会を続けるフォカロムの街の人々の騒ぎが、響いているのが聴こえて来た。


 思わず息を飲む俺達に、ロフォカロムはニッと微笑んで俺を見る。


「先輩が生まれるだいぶ前にさ、フラッとウチに来たんだよ。がさ♪

─── ここに魔王の後継者が来るから闘えって、んでもってアイツの住んでた場所を教えてやれって☆」


「な……なんで闘う必要があるんだよ?」


「さあ? 知らねえ。

『覚悟を持たせることになる』とか、ナントカいってたっけか?」


「 ─── !」



─── 二度目の航海、その時に偽りの光は現れず。巨鳥の巣に、始まりは温められている



 『始まりは温められている』とは、もしかしてロフォカロムの炎の事を指していたのだろうか?

 それとも……?


「……もしかしたら、アルくんの『魔王』としての、覚悟のことでしょうか……?」


 唇に指を当てて、考え込んでいるソフィアに、皆が振り返る。

 階下からは、何やら一段と大きな笑い声が聞こえて、余計にこの部屋の静けさが強調されていた。


「俺の……覚悟?」


「はい。勇者としてのアルくんは、ゆっくりとですけど、まだまだ強くなれます。

でも、魔王としてのアルくんは……

─── 覚悟さえつけば、爆発的、瞬間的に、強くなれる可能性がありますから」


「俺が……本気を出せない事か」


 アルファードの頃に刻まれた、力ある者の悲劇は、今の俺を縛り付けている。

 ……だが、ロフォカロムとの闘いの中で、俺は段階的にではあるけど、本気で奇跡や魔術を放つ事が出来た。


「先ほど聞いた限りでは、アルくんの本気を出すことへの足かせが、多少は軽くなったのではないかと」


「……た、確かにそれは……ある」


 今はまだ中級魔術までだけど、マドーラ達の力を借りれば、本気を出せる事が分かった。

 奇跡に関しては、最大出力だと、どれぐらいの規模になるのかも理解できた。


 これは魔公爵ロフォカロムの、強大な力と、あの世界があってこその収穫だ。


「なになに♪ おれってば、先輩の役に立っちゃった? ヤバくね、おれヤバくね☆」


「黙りなさい、はねロウソク。……私はまだ許してはいませんよ?」


「……うっ」


 ソフィアの殺気に、ロフォカロムが縮こまる。


 あれ? そう言えばフォカロムの街に着いた時、ソフィアは俺に『今どんな気持ちか』と聞いて来たけど、こういう覚悟の事だったのか?


 階下からは、また人々の笑い声が聞こえて、ふと、俺はある事に気がついた。


「……いや、今自覚したよ。確かに彼と闘って、魔王としての力を出す事に、少し前進出来た気がする……。

─── それに、さっきから聞こえる宴会の声でさ、街の人の顔が思い浮かぶくらいには、ここの土地への思い入れが出来てるんだ」


 激昂で壁面が吹き飛んだ、領主の館の異変に心配して集まった人々は、誰もが彼を守ろうと必死だった。

 実際、ロフォカロムが勝てない相手に、彼らがいくら束になっても、敵う事はないであろうに……。


「礼を言うよ、ロフォカロム。俺と闘ってくれて、俺にこの街を見せてくれて、何かが少しに落ちた気がする。

─── ありがとう、出逢えてよかった」


「……ちょっ、おっ、おぅふ……っ!

ど、どういた、いたたまし……ま、魔王さま!」

 

「ははは、まだ魔王じゃねえよ。少なくとも、その資格を持てるようには、頑張るけどさ」


 ロフォカロムは顔を真っ赤にして、なんかバタバタしてる。

 ロジオンが笑ってるのに気がついて、我に返ったのか、悔しそうにそっぽを向いて吐き捨てた。


「……たくっ、アマーリエのやつ、なにが『クソ生意気なボンボン』だよ……っ!」


「 ─── へ?」


「アマーリエが初めてここに来た時さぁ、先輩が来るって予言したっていったろ?

そん時は『どうせクソ生意気なボンボンだからやっちまえ』つってたんだよ……」


 なんだろう、父さんの記憶映像で見ただけなのに、その台詞を言うアマーリエの姿がまざまざと浮かぶなぁ。


「でよ? 先輩が生まれて少ししてからかな、魔王城いって来たって、また急に現れてさぁ。

─── 『やっぱ、怪我させたらぶっ飛ばす。でも、闘えよ! わかったかコラァッ!』

……って息巻いて、壁ぶち破って帰ってったのよ。

わっけわっかんねえよな、アイツ!」


 ああ、二歳の俺と顔を合わせた後か。

 ロフォカロムからすれば、壁壊されたり怒鳴られたり、いい迷惑だわなぁ。


「アマーリエは、アスタリア高原って所に、いるのかしら?」


「……いや、ごめん、わっかんねえや。

六十年位前に、近くのナントカって貴族と、大ゲンカしたって話しは聞いたっけなぁ……。

そっから、音沙汰ないわ」


「ずいぶんと前なのね……。それにしても、ここまで予言の通りに事が運んでるって、なんだか怖いわね」


 エリンがうすら寒そうに、肩をすくめてこっちに振り向いた。

 うん、どうにも風の境界フィナウ・グイ以来、アマーリエの残した予言には、聞く度に鳥肌が立つ。


「まあ……アマーリエの予言については、ここで考えても仕方がないだろう。

とにかく、先の目的地『水の都セパル』に進むのみだ」


「そうそう♪ おれから話せるのは、もうなんもねーし。

それよか、そろそろ下の宴に顔出さねえと、暴動になりそうじゃね?」


 ……そうだった。


 急に呼び出されてここに来たが、抜ける時はブーイングが起こってたくらいだ。

 それなら早く戻るかと、出口に歩き出した時

、再びロフォカロムに呼び止められた。


「あ、先輩には、他に話があんだ♪ ちょっとだけ残ってくんない?」


 皆に先に行くように言って、俺はその場にロフォカロムと留まる。

 彼は皆が居なくなると、やや緊張した面持ちで、話を切り出した ─── 。




 ※ ※ ※




「ロジオンから聞いたよ、先輩の記憶のこと。どうしてそうなったかもさ」


「……そうか」


 ロフォカロムは人差し指を立てて、小さな炎を生み出すと、愛しげにそれを見つめた。


「おれの炎が、霊体由来のもんだってのは、見抜いてたんだよな?」


「ああ。魔力も莫大だが、引き起こす媒体になってるのは、魂の揺らめきみたいなもんだろ?」


「さすがだね♪ その通りだよ先輩☆

だからこそ、先輩のアホみたいに強え炎の魔術を受けて、魂でわかったんだ……。

─── あれは小さい先輩の『哀しみ』だな」


「…………!」


 鼓動がひとつ、強く打つ。

 脳裏には精神世界で会った、アルファードの感情の無い顔がよぎった。


「先輩の闘い自体に、それほど迷いはなかったけど、そこが気になっててさ。

ロジオンから、先輩の記憶のこととか聞いて、話さなきゃって思ったんだ」


「…………」


「ただの火炎魔術なのに、なんで真っ黒けなのかって、それこそが家族を奪われた先輩の心。

憎しみは強いけど、それは立ちはだかったおれにじゃないし……先輩にでもない。

ガキはガキらしく、単純に『なんでこんな』って、強く哀しんでんだよ」


 急に背中に気怠い疲労感を覚えた。

 気が抜けた時の、やっと自分の体の声に気づく感じ。


─── ああ、俺やっぱりまだ不安だったんだな


 精神世界でアルファードと会って、俺が取ってつけた人格じゃないと分かっても、アルファードが俺の存在をどう思ってるのかは分からずじまいだ。

 ロフォカロムの口から『哀しみ』と聞いた時、俺はアルファードに対して、人生を奪ってしまったのかと不安になっていた。


「それにさ、少しだけど伝わって来たよ。

小さい先輩は、今の先輩に頼りたがってる」


「アルファードが俺に……?」


「そ。だって、先輩はほとんど魔王の力出してないのに、もうおれより強いじゃん?

ふつーは、そんなんありえねーからね?」


「いや、現実世界でやったら、まだ分かんないだろ……」


 死の心配がない状態で闘うのは、かなり現実世界での様相とは違ってくる。

 それに多分、ロフォカロムだって現実なら、更に強大な力を出せただろう。

 物理的な法則、精霊達のアシスト、要因は様々ある。


「実際の勝ち負けは、どーでもいーの♪

今でも十分、小さい先輩を背負える力、持ってんだよ☆」


「……そう、なのか」


「きっと、人界にいたお師さんたちが、すごかったのな。

てか、そうとう先輩も苦労して来たんじゃねーのって思うよ。

─── これなら、小さい先輩とも、きっとすぐっしょ♪」


「…………手を……組む」


─── 目から鱗だった


 俺とアルファードのどっちがオリジナルかとか、そんな所からようやく抜けたばかりの俺には、その発想はなかった。

 ロフォカロムは人懐っこい笑顔で、うんうんとうなずいている。


「難しく考え過ぎっしょ♪

ちょっと前の自分のこと、ダサイって思ったり、スゲーって思ったりはみんなあんじゃない?

どっちも自分で、どっちにも後からはなれないじゃん。それが結局は自分ってことっしょ☆」


 ロフォカロムが自己啓発本でも出してたら、即買いしてたと思う。

 ……それくらい、衝撃だった。


「そ、そうだな! 未来の自分だって、どんな奴かなんて分からないんだし、別人みたいなもんだもんな!」


「……あ、むつかしい話しはパスで」


 よし、こいつは多分、自己啓発本出す事にはならないな。


 でも、口から出まかせじゃない。

 本当にそう思ってるから、今の言葉を余計な考えなく言ったのだと、むしろ響いた。


「ありがとうロフォカロム。話を聞けて本当に良かったよ……なんて言うか、安心できた」


「でへへ♪ そんなー、それほどでもー☆」


 スキップしながら宴の場に向かう、見た目三十代はアレだが、彼には大きな借りが出来たようだ。

 俺の中では、今なにかが、確かな熱をともらせていた。


─── 巨鳥の巣に、始まりは温められている


 ロフォカロムの背中に揺れる、大きな翼を見ながら、俺はアマーリエの予言の確かさを噛み締めていた。

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