第十五話  森の番人

「た、頼むッ! 見逃してくれって、頼むよ」


 エルフを襲ったのは、南アルザスに程近い小国ランデルに根城を置く、八人のゴロツキだった。

 ティフォが、彼らの血から記憶を読み取ったから間違いは無い、その情報が俺の頭に流れて来た。


 他のはだんまりを決め込んでいるが、リーダーっぽい奴は抵抗を諦めて、何度も頭を下げている。


「なるほどな……。南アルザスの農奴だったのが、脱走した受け入れ先がランデルのマフィアだったと。だからお前は今も必死で、仲間を守ろうとしている……」


「「「─── ッ⁉︎」」」


「な、なんでそれを……⁉︎」


「うん? まあ、魔術の一種だ。俺に嘘は通用しないから、そのつもりでな。

─── 今は皆んな気が立ってる、口をつぐんだりしても、どうなるか分からんよ?」


 うん、嘘だ。

 こうでも言って置けば、ティフォがくれたアドバンテージを、より有効に運用出来そうだしな。

 しばらくビビっててもらおう。


「……で、最近上納金のノルマが上がったってんで、奴隷狩りに手を染めたのか。

その割に、抵抗しそうな男のエルフと、売れそうにない老婆は即殺した。手口が鮮やか過ぎる。やり方を手引きした奴が居そうだ」


「い、居ねえ! そんなは居ねえ!

売れるのは労働力のある若えのか、生娘だからな!

なんだってんだ、亜人のひとりやふたり、殺した所で汚れた血が─── 」


─── パァン……ッ!


 全力のデコピンで撃ち抜かれた男の体が、後ろ手に縛られて正座をしたまま、仰向けに倒れた。

 ピクピクと歯を食いしばって痙攣、股間には失禁の染みがズボンに広がっているが、まあ死んではいないだろう、多分。


「居ねえ相手に『』たぁ大層な忠誠心じゃねぇか。語るに落ちまくりだ。

……亜人の血が汚れてると言うのなら、お前らの血はどうかな?

─── どれ、ひとつ確かめてやろうか」


 そう言ってバリアントダガーを手に立ち上がっただけで、男達は全員失神してしまった。

 久々の仕事だからと、バリアントの奴も狂気を出し過ぎたらしい。

 妖しく光るダガーの周囲に、悪霊の鬼火が甲高い嗤笑ししょうを上げて飛び交っている。


 ……どっちが悪者なんだか。


 彼らが犯罪者に落ちるまでの経緯は同情するが、命を命とも思わない点に、温情の余地はない。

 一応再犯防止の為に、凶悪な呪いでも掛けて置くか。


 ギルドで今までの余罪から組織の構図、客先まで洗いざらい喋らせて、厚生の道に進んでもらうとしよう。


「ん、オニイチャ、これどーする?」


「すまないがティフォ、シッピアのギルドに放り込んで来てくれないか? 報酬はお駄賃って事で」


「ん、いーよー♪」


 そう言うや否や、彼女は触手で男達を雁字搦がんじがらめにして、瞬間転位して行ってしまった。

 元々良く動いてくれるのには変わりはないのだけど、最近、お駄賃にハマっているのか、嬉しそうに請け負ってくれている。


 ちなみに男達の馬車の位置も判明していたので、そこにはソフィアと、スタルジャに向かってもらっている。

 エリンとユニは救助したエルフ達の世話をお願いした。

 怪我は魔術で全快しているが、死ぬって経験は、精神的なショックが大きいからなぁ。


「あ、あの……! あ、ありがとうございました……ま、魔王さま!」


 振り返ると、背後にはスタルジャ達が助け出した、エルフの娘エリアが立っていた。

 さっきまでは怯え切って、話せる状態じゃなかったが、男と老婆の無事を知ってだいぶ落ち着いたらしい。


「ああ、無事だったなら良かった。

……で、何で俺が魔王だと思うんだ君達は?」


「え? 違うん……ですか?

予言者アマーリエは、三百年後に魔王さまが私たちを救いに来てくださるって予言を……。

それにその髪色と瞳、角は無いみたいですけど、お話に聞いてた魔王さまの姿にそっくりです……」


 アマーリエ? アマーリエ……ああ、魔王城にいたって言う預言者の事か。

 父さんからも聞いてたし、ロジオンから聞いた姉さんの話の中でも出てきた、俺の事を予言してたって人物だな。


「……君達は魔族ではないだろう。なぜ勇者では無く、魔王が救いに来るんだ?」


「私たち風の境界フィナウ・グイの一族は、魔界で生まれたエルフだから……。

─── 貴方は魔王さまでは無いんですか?」


 まいったな、言っていいものやら。

 マドーラ達の時はバレてたから仕方がなかったし、ギルドでは必要があったから公表したけど、初めて会う彼らに正体を明かしていいものなのだろうか?


「……魔王では……無い」


「そう……ですか……」


 嘘はついてない。

 まだ魔王の資格すら揃って無いしな。


 ギルドで公表したのだって、聖魔大戦の裏を知ってる上部の者達限定だ。


 彼女の落ち込む顔に胸が痛むが、万が一俺の素性が広まったりしたら、人界はどう動くか分かったもんじゃ無い。

 エルフは人間族とは違うが、今はまだ信用に足るかどうかは別だ。


「君達は何故、こんな人里に近い所に出て来たんだ?

人間の中でも奴隷制度は禁止されているが、さっきみたいに悪い奴もいる。

─── 何かあったのか?」


「はい……あの、それは父とラーマの三人でお話しさせて頂きたいのですが……」


 とりあえず、彼らも昼食を食べ損ねていたようだし、ソフィアとスタルジャ、ティフォの帰りを待つ間に、食事の用意をしておく事にした。




 ※ 




「なるほどな、神獣の呪力の影響か……」


 年配男性エルフのイーノックが、苦しげに目元を窪ませて頷いた。

 聖戦士化して後光が射していても、長年の苦悩の跡は、深く顔に刻まれている。


─── 彼らの話はこうだ


 この緑の帯ランヤッドの奥地には、人魔海峡へと繋がる洞窟、心調絃風穴タンブル・オゴフと、それを守る彼らの里がある。


 聖魔大戦以前から、この地では一部の亜人と人間との諍いが絶えず、大戦直後にアルザスはこの緑の帯ランヤッドに侵攻した。

 特に戦闘能力の高いエルフの種族は、徹底的に攻め込まれ、森に点在していたエルフの四氏族が消滅したと言う。


 彼らの風の境界フィナウ・グイの一族は、唯一の生き残り。


 最後まで抵抗し続けた彼らに、帝国はプライドを掛けて最大戦力を注ぎ、更に海岸から心調絃風穴タンブル・オゴフを抜け、最後の決戦に持ち込んだ。


─── しかし、心調絃風穴タンブル・オゴフを守る彼らの守護である神獣が、それを跳ね除けた


 神獣は体の奥深くに魔剣の毒を捻じ込まれながらも、アルザス兵を撤退させる事に成功、強力な呪力で森を覆って結界代わりにして守りを固めた。

 それから三百年、風の境界フィナウ・グイの民は、神獣の呪力に守られて生きて来たそうだ。


 この南アルザスと、中央アルザスの境を走る緑の帯ランヤッドが手付かずで来れたのも、その呪力のお陰だろう。


 魔術で張った結界はその維持が必要になるが、呪術系統の術はそのコストが低い。

 傷を負った神獣なりの、苦肉の策だったのだろう。

 ただ、呪術は術者の感情や、周囲の環境で変化が起こりやすいのが弱点でもある ─── 。


「数ヶ月程前から、急に森に流れるマナの様子がおかしくなって、神獣さまの呪力に異変が……。

魔獣や魔物が活発化して、果てはアンデッドまで森の中に溢れかえるようになってしまったのです」


「守るタイプの呪力で、アンデッドが……?

─── それはつまり、神獣もアンデッド化仕掛けてるって事じゃないのか」


「「「…………」」」


 三人共、うつむいてしまった。


 エルフはプライドが高く、神聖に近い種族だ。

 その彼らがすがる神獣が、魂の汚れたアンデッドともなれば、言いにくいのも仕方がないか。


「……神獣さまは……神龍ディアグインさまは、当時、白銀の魔剣使いに刺され、その体深くに呪いを打ち込まれたですじゃ。

─── わしらの力ではその呪いを解く事叶わず、ただディアグインさまの時を止め、進行を遅らせるしか……」


 もしや、偽聖剣の負のエネルギーか?

 そうだとしたら母さんと同じ状態って事だな。


 偽聖剣ではなくて、ただの魔剣傷だとすれば、呪術付与した攻撃を受けたって所か。

 魔剣の一撃は幽星体アストラル・ボディを傷つけるが、まだ生きているって事は、傷自体はそれ程重症では無いのでだろう。


「それが最近、この森のマナに変化が起きて、神獣の呪いにも影響が出たと言うわけですね?」


「はい……。このまま神獣さまが心を失えば、この森も終わりですろう。わしらだけでなく、この森にすがって生きる獣人達も、アルザスの人間たちに捕らえられてしまいましょう……」


「私たちは神獣様を救える方法を、人間族が持っていないかを探しに行こうとしていました。

人間族の神官には効果の高い【浄化グランハ】の秘術を持つ者があると、聞いたことがあって……。

─── 今、集落の民たちも、神獣様の呪力が生んだ瘴気にやられて、皆んな衰弱する一方なんです!

そっちも普通の【浄化グランハ】じゃ効果が出なくて……ぐすっ」


 そう言う彼らの手が、カタカタと震えている。

 これは瘴気のせいじゃない、屈辱に震えているんだ。


─── かつて自分達を滅ぼしかけた相手に、救いを求めに行くのは、彼らにとってどれ程苦痛だろうか


 確かに【浄化グランハ】の魔術には、一部の呪いや瘴気を解消する効果が見込める。

 元々は悪霊に取り憑かれた者に使う、除霊や清めを目的としたものだ。

 ただ、それ程高度でも特殊でも無い、むしろエルフ達の方が詳しいはずだ。

 大昔は知らないが、少なくとも今の人間達には、高度な魔術の知識は見込めない。


 帝国と教団による人界の弱体化は、 実際かなり深刻に魔術体系を貶めているからな。

 この里に篭っている彼らが、その現状を知っているかと言えば、まあ知らないだろうけども……。


 元凶となった人間に頼ってでも、何とかしたいと思うあまり、どこかやけっぱちなのかも知れない。


「……神獣さまは、もう充分に苦しまれて来ました。それを人間に頼るのが危険な事は分かっています。さっきも襲われましたし。それに……。

─── もう手遅れかもしれません……

でも、このままじゃ私たちや神獣さまだけでなく、この森の亜人みんなが─── 」


 そう言って、エリアが嗚咽を漏らした。


 エルフ族は孤高の存在で、他の種族には興味が無いと聞いていたが、絶対的にそうでもないようだ。

 彼らは今、この地域の行く末を案じている。


 これは手を貸すしかないか。

 そう思った時、セオドアが口を開いた。


「この先、目的の港にゃあ、ここを抜けてくしかねぇンだろ。

なァ、親父どの何とかしてやってくンねぇか?」


「うふふ、セオがそんなこと言うなんて、珍しいこともあるものですわね〜♪」


「……ちッ、おんなじ場所に縛られてるとかよ、聞いててつまんねぇんだよ!

それによ、亜人どもにだって、子供くらい居るんだろうが」


 そう言って面倒臭そうに頭を掻き、顔を逸らす彼の仕草に、何だか癒されてしまう。


「心配するな、俺もそのつもりだ。皆んなもいいか?」


「「「はーい♪」」」


 皆んな良い返事だなぁと言いたい所だが、スタルジャだけは、やや微妙な表情で頷くだけだった。


 こっちは本家の森のエルフだもんな。

 ランドエルフとして、胸を張っていられるようにはなっても、どこか気まずさがあるのかも知れない。

 そんな事を思って見ていたら、彼女は慌てて首を振り『気にしないで』と口を動かした。


「─── 俺達もその風穴の先に用がある

浄化グランハ】なら俺も使えるから、君らの里に連れて行ってくれ。まずは君らの里の民の治療が必要だ。

……それと多分、その神獣の受けた呪いも、何とか出来るかもしれない。心当たりがある」


「「「─── ‼︎」」」


 途端にエリアに飛びつかれた。

 イーノックは涙ぐんで手を握り、ラーマは何やら『魔王しゃま、魔王しゃま』と拝んでいる。

 ラーマ婆だけは、どんだけ言っても『魔王しゃま』呼びを止めてくれないなぁ。


 こうして、ロジオンとの合流ルートが、エルフの里経由に決まった ─── 。




 ※ ※ ※




 エルフの里に向かい、歩く事二日目。

 スタルジャがやや遅れて、俯き気味なのが気になり、途中彼女の隣を歩く。


 これから向かうのは森のエルフの集落だ。

 マラルメ達白髪のエルフに蔑まれていたランドエルフの彼女には、気が重いのかも知れない。


「……やっぱり不安か? 森のエルフの里に行くのは」


「あ、ううん。そう言うんじゃないの。

─── ちょっと視線がね……」


 そう言う彼女としばらく歩いていたら、確かに時折エリアとイーノックが、チラチラと彼女の方を見ているのが分かった。

 特に蔑む感じでは無いし、やはり緑髪のエルフが珍しいのだろうか。


 地形が段々と変化して、足場の厳しいポイントに差し掛かった時、振り返って案内するイーノックが、またスタルジャを眺めているように見えた。


「……俺の連れに、何か文句でもあるのか?」


 思わずそう言うと、イーノックは慌てた様子で苦笑いをしながら、それを否定した。


「や、やだなぁ、そう言うつもりじゃないんですよ! なんて言うかその……つい、見てしまって、失礼でしたよね……申し訳ない」


「……いや、そ、その……別に怒ったりしてません……から」


 スタルジャも慌てたようにそう返すが、耳の先がちんまりと下を向いている。

 イーノックがガン見していたって訳じゃないのだが、指摘したら謝ったって事は、何か思うところがあって見ていたって事だろう。


(うーん、場合によっちゃあ、助けるのやめちゃうかコレ……)


 そんな風に思っていたら、スタルジャが俺の腕に腕を絡めて、小さく囁いた。


「アル、気にしないで?

─── でも、ありがとう、嬉しかったよ」


 大きなクリッとした眼で、上目遣いに見上げる彼女の頰は上気して、恥ずかしそうに微笑んでいた。

 ……うーん、何だろうこの可愛い生き物は。


 イガイガしかけていた気分が解けて間も無く、イーノックがにこやかに振り返って、大きく手を広げた。


「皆さま、お疲れ様でした。

─── ここが我々風の境界フィナウ・グイの里です」


 そう言って彼が手をかざすと、目の前の空間が大きく波紋を立て、ただの暗い森に里の風景が姿を現した。


 高床式の木造住居と、大木の上に組んだ家屋の並ぶ樹上郷。

 アケルにも似たような生活をしている獣人の集落があったが、焼き板やタール塗りの建材では無く、白い漆喰のようなもので塗り固められた外観に独特な雰囲気がある。


 イーノックがエルフ語で、帰還と俺達の来訪を叫ぶと、各住宅から痩せ細ったエルフ達が姿を現した。


 白髪に近い白金の髪、背が高く線の細い整った容姿、機知をたたえた鋭い眼差し。

 そして先の尖った特徴的な耳は、正にエルフそのもの。

 ハイエルフだった義父さんや、スタルジャ達ランドエルフは見ていても、この目で森のエルフを見るのは初めての事だ。

 その彼らがよろめくように歩く理由は、このむせ返るような、黒く汚れた瘴気のせいか。


「─── イーノック……よくぞ無事に戻った」


「森の精霊神のお導きがあったとしか思えませぬ。

族長、主人さ……いや、彼らこそが我らの里をお救い下さる方々です」


「…………に、人間? あ、いや失礼。

余りにも強大な魔力と覇気に少々驚いた。其方だけでなく、同行の者達も中々どうして……

─── なっ、こ、これは神気ッ⁉︎」


 そう言って族長は額飾りの小さな宝石を揺らして、魔力のこもった眼で、俺達の事を真っ直ぐに見つめた。


 流石は霊的に高いエルフ族の長か、すぐに俺達の持つ力に気がついたようだ。

 覗き見されてるみたいでちょっとゾワゾワするけど、ソフィアとティフォは誤魔化すだろうし、入国審査みたいなものとして我慢しよう。


 そうしている間にも、里のエルフ達が集まり、すっかり囲まれてしまっていた。

 そのどれもが疲れ切った顔で、足つきも覚束ない不安気なものだった。


 族長はすうと深く息を吐くと、頭を下げた。

 眼の奥に不審の色を灯したまま、警戒されているのは確かだが、背に腹はかえられぬと言う感じだろうか。


「……このような秘境にまで御足労頂き、感謝に絶えぬ。

私はこの風の境界フィナウ・グイの族長ハローク」


「俺はアルフォンス・ゴールマイン、冒険者だ。イーノック達からの依頼を受け、この里の神獣を解放しに来た。

それと、この先の風穴を通る許可をもらいたい」


心調絃風穴タンブル・オゴフをか?

先に行っても断崖絶壁の海があるだけだが……何故?」


「……その先に港がある。今は正規のルートを帝国に閉鎖されていてな、困っているんだ。

何故そこに行くかと問われれば……魔界に行くつもりだ。最近のマナの異常化の調査に向かう」


「「「─── ッ⁉」」」


 集まっていたエルフ達が、全員息を呑んだ。


 魔界に行くとか言わない方が良いのは当然なんだけど、彼らが守る神獣のいる風穴を通るのに、何の理由も無しじゃ怪し過ぎる。

 彼らが帝国の敵に回る事はあっても、ギルドの敵に回る事はなさそうだから、ここは正直に事実を述べる方がいい。


 近くにいたエリアとラーマは、振り返って『やっぱり』と口を動かした。



─── 『ファニルと二ブルの星が並ぶ時、ファルブ山に光登り、むくろの魔王が風をもたらす』



 族長ハロークが朗々と謡うように、詩を詠み上げた。

 エルフ達がごくりと唾を飲む音が聞こえる。


「それは……何だ?」


「今から三百と数十年前、予言者がここに訪れた。

彼女は人界で生まれたエルフだったが、その目で見た未来を憂い、闇に堕ち、黒き波動を抑え切れずに、魔界へと渡った。

この里は人間以外の部外者を排斥しない。

─── 今のは一時我々の友となったアマーリエの、彼女がこの地に残した絶望と希望の予言なのだ」


 エリア達が言ってたやつだな。

 アマーリエは魔界のエルフじゃあなくて、人界のエルフだったのか。


 それも、闇に堕ちたエルフと言ったら、ダークエルフ以外にはない。

 スタルジャのダークエルフ化の時も焦ったものだが、ダークエルフとなったエルフのその後はとんと聞いた事がないだけに意外だった。


 そして、そのアマーリエの残したとされる、この地に残した予言と言うのが、なんとも気になる。


「絶望と希望の予言?」


「アマーリエは今の我々の事も予言していた。我らには何も出来ぬと、半分になるまで苦しみ抜かねば光は現れぬとも。

─── 其方は、骸の魔王か……?」


「残念ながら違うな、魔王じゃあない。

ただあんたらの瘴気の障りを消すのと、あんたらの大事な神獣の治療が、出来るかも知れないってだけだ。

……ひとつ聞かせてくれ、なら、半分になるまで、あんたらは何を思って生きて来た?」


 広場の脇を見下ろせば、広範囲に土を埋め直した跡に、光属性の封印が掛けられている。

 そのが埋葬されて、アンデッド化しないように処置したのだろう。


 エルフは死体が腐りにくい。

 それがアンデッド化すると、かなり強力な『エルフゾンビ』として蘇ってしまうと聞いた事がある。

 これだけの仲間との別れを、彼らはどう感じて、この地に残っているのかを聞きたかった。


「─── 異な事を……。思うもなにも、ただ苦しみ耐え抜いて来ただけだ

そこのイーノック親子と、巫師のラーマがこの状況に抗おうと騒ぐのを、許してやったのみ」


 ハロークは俺が『魔王』じゃないと知ると、途端に落ち窪んだ目元に深い影を落とし、声から力が失われた。


「……魔王で無くとも面妖な魔力の持主、素性は知れぬが【浄化グランハ】が出来ると言うのなら、我らが聖地に足を踏み入れる事は許そう。

─── だが、人間の力を借りる事に、苦しみはあっても、感謝など……いや、言うまい」


 そう言ってハロークは深い溜息をついて、よろよろと戻って行ってしまった。

 彼を蝕む瘴気も、かなり重い状況に及んでいるようだ。


 それに続けて、数人のエルフ達も立ち去ったが、まだ周りにはかなりの数のエルフ達が残っている。

 彼らも総じて弱っているが、その目にはすがるような強い想いが感じられた。

 思っていた以上に、瘴気の影響は強かったようだ。


 エルフであるイーノック達が、亜人狩りに負けたのは、相当に弱って居たからか ─── 。


「……申し訳ありませんアルフォンス様。

我らの中でもアマーリエの予言は、解釈が別れていて、ただ苦しみに耐えるのみだと言い張る者もあるのです」


 イーノックが苦し気にそう言うと、周囲のエルフ達も目を閉じて深く頷いた。


「予言か……星読みの類いは、あくまでその時の運命の先を覗き見るだけの事だ。

予言をそうかと信じれば、結局その通りの出来事が起こりやすくなる。

……人の思考は現実に干渉する、それが業だからな」


「…………はい、その通りです」


「そのアマーリエが、どれだけの者かは知らないし、その予言はどこから示された能力かも分からない。

─── ただ、俺にはその『苦しみ』ってのは、今までを変える事への、恐怖心と闘う事じゃないかって思うけどな」


「「「…………!」」」


 先に父さん達の話でちらりと触れていたからか、そのアマーリエと言う預言者がどうしようもない詐欺師の類いだとは思えない。


 彼女の残した予言は、エセ予言にありがちな『どうとも取れる文』なんて次元ではないと思える。

 起きる出来事の指摘が具体的だし、その未来に対して、人々が考える余地を意識しているように思えたからだ。



「エルフは高潔だと聞く、それは己の神聖の血を尊ぶからだとも。

ここを追い詰めたのは、確かに人間かも知れない。でも、人間という種族のみを恨んだ所で、何かが変わるわけでもない。

─── イーノック、あんた達が助けを求めて外に出たから、俺達は出逢った。

苦しみ抜くってのは、ただ耐える事じゃないからな、足掻いた先に何かを得るもんだ」


「…………はい」


「心配するな、一先ずこの瘴気くらいなら祓ってやる。神獣の状態を詳しく聞かせてくれ。場合によっては【浄化グランハ】じゃ神獣を救えないからな……」


 集落とその周辺に意識を向けて、術式をイメージに重ねる。


「─── 【聖域ノゥファ】」


 神獣の呪力を阻害すれば、ここに外敵が入り込む可能性もある。

 ただ、このままでは神獣の垂れ流す瘴気に、彼らが疲弊する一方だ。


 元となった、神獣とやらに掛かる偽聖剣の呪いは魔術では消せないが、それに引き寄せられた瘴気なら何とかなる。

 俺は呪力の渦の中に収まるように、瘴気と相反する属性の結界を張り、マナを正常化させた。


「「「お、おお……」」」


「む、無詠唱……! しかもたった一瞬で、これだけの範囲を……⁉︎」


「俺は聖者でも何でもない、ただ魔術に詳しいってだけだ。全てを救うなんて事は出来ないし、その気も無い。

瘴気が晴れた今、ゆっくりとだが全員回復もするだろう」


 あ、詠唱するフリすんの忘れてた……。

 頭の中で整理する事が多過ぎなんだよ最近。



─── バタムッ!



 突然、扉が勢い良く開いて、再び族長のハロークが飛び出して来た。


「な、何だ! 一体、何をしたのだッ⁉︎」


「うるせえなぁ、あんたらが瘴気で死にかけてっから、とりあえず神獣の作る呪力の結界内に、光の聖域作って清浄化しただけだ。

これで瘴気は消えたし、アンデッドも近寄れねえだろ。

─── まだなんか文句あんのか?」


「…………な、な、なな……」


 真っ直ぐににらみつけると、ハロークは後退りして狼狽うろたえている。

 へーんだ、高飛車な態度にこっちはイラついてんだよ、そこで震えて見てやがれ。


 帝国に恨みがあんのは分かるけどさ。

 俺は関係ねえっつうの……。


「んじゃあ、瘴気にやられた体の浄化、受けたい人ーっ!」


─── バタン、バタバタバタンッ!


「「「はいッ! はいはいッ!」」」


 一斉に里中の扉が開いて、エルフ達が手を挙げた。

 この里に来て、初めて溌剌としたエルフの声を聞いた気がする。


 思わずポカンとしていると、『エルフって、耳がいいから……』とスタルジャの溜息交じりの呟きが虚しく響く。


「 ─── って言うか、族長! なんであんたが一番大きくアピールしてんだよ⁉︎」


「え、だって、こんなスッゴイ結界も、こんな機能的で美しい術式なんて見た事ないもん! そんな術者の【浄化グランハ】ですぞ? 受けたいに決まっておりましょうがッ‼︎ デュフフ!」


 何だこの変わり身の速さは⁉︎

 スタルジャがまた小さく『エルフって魔術オタだし……』と呟く。


 大勢のエルフ達が、一斉にハイハイ手を挙げながら押し寄せてくる様は、どこかの街でインチキ手品師に群がる子供達を思い出させるものがあった ─── 。




 ※ ※ ※




「あの……何だかすみません……」


 そう言ってエリアが酒を注いでくれた。

 あれから容態と態度を急転させた彼らは、お礼にと宴を開いてくれたのだが、この氏族……酒に弱い。


 広場のあちこちで、魔術談義をする呂律の回らない、へべれけエルフ。

 笑い上戸エルフ、泣上戸エルフ、クダ巻きエルフに、脱ぎエルフに寝落ちエルフ……。


 今まで体が弱ってて、ずっと塞ぎ込んでたらしいから、久々の酒でこうなるのも仕方ないのかもなぁ。

 ラーマ婆とイーノックは、特に饒舌に喋りまくってから潰れ、すでに自宅に運ばれて行った。


「いや、気にしてない。皆んなも色々溜まってたんだろ。解釈の問題とはいえ、予言に三百年も縛られてたようなもんだしな」


「純粋なんです。馬鹿がつくほど……」


 そう言ってエリアは、恥ずかしそうに耳を垂れ下げ、俯いてしまった。


「だからこそじゃないか? 一族の事を思えば、出過ぎた真似をすると危険を招く。

かと言って何もしなければ、ただただ不安が募る。そりゃあ予言にすがりつく。

……頑固ではあるけど、家族への想いが強いのもエルフじゃないか」


「ふふふ、そうですね。アルフォンス様は不思議です。すっごくエルフのことを分かってるみたい♪」


「連れにもエルフが居るしな。分かってるってわけじゃないけど、俺はハイエルフの養父に育てられたんだよ」


「あ! だからラーマの昔話が分かってたんですね? 

ラーマったら、酔っ払って途中から古代エルフ語でしゃべってて、迷惑じゃないかなぁって父と心配してたんですよ」


 老人特有の聞き辛さと、独特な訛りのせいで、ほとんど聞き流してたけどな。


 と言うか、スタルジャと初めて話した時に分かった事だけど、俺の古代エルフ語も、大概ヘンな訛りで言い回しがおかしいらしいから、ラーマ婆の方が正しいのかも知らんけど。

 

「色々話してくれたけど、エルフの輪廻の話は、為になったよ。ちゃんと聞いたのは初めてだったからなぁ」


緑葉の輪転ダウッド・フォニウですか。私も幼い頃から良く聞かされてました」



─── エルフの魂は、死んでも直ぐには、輪廻しない


─── 一族や家族の近くの葉となり、何度も枯れては落ち、また生える


─── そうして魂に、大地のエネルギーを溜めながら、一族の安寧を願う


─── それを十〜二十回繰り返した時、大地を離れ、愛する者に最期の力を貸して天に戻る


─── 全ての役目を終えた魂は、幽世かくりよにそびえる、光り輝く一本の大樹セフィロトの中で、ひとつになり、世界を天から見守り続ける



 義父さんも最期に似たような事を言ってたけど、あの時はそれどころじゃなかったからな。

 こうしてる今も、どこかで見守ってくれているのかも知れないと、少し胸が温かくなった。


「あ、あの……。それと……ラーマ婆と父が……その、へんなこと言ってたと思うんですけど……。

─── き、気にしないで下さいね⁉︎」


「変な事……? あ、ああ、君を娶れって何度も迫られたな……。君こそ気にしないでくれ、急に現れたむさい男と結婚だなんて、シャレにならないよな」


「─── ! あのッ、あ、いや、その、べ、別にイヤってわけじゃ……」


 必死にフォローしようとしてくれるとか、優しい子だなぁ、見たところスタルジャと同じ年くらいかな?

 とか思ったけど、スタルジャだって九十歳超えてんだから、エルフは分かんねえな。


 ……あ、そう言う俺も、封印期間入れたら三百二十六歳だったっけか。

 それに俺魔族だったんだし、一体寿命ってどれくらいなんだろう。

 バタバタしてて、父さん達に聞きそびれてたよ。


 それによっては、人生設計変わるしな、魔界に行って姉さんに逢えたら聞いてみるか。


「なになに〜、エリアったら、アルフォンスさんにアピールしちゃってるのぉ〜?」


「ち、ちがッ! もう、あっち行ってよエミル姉さん!

それにアルフォンスさんには、もう五人も婚約者がいるのよ? そんな迷惑なこと、私なんかが出来るわけないじゃない……」


「う、スゴッ⁉︎ ご、五人も婚約者って……オークじゃないんだから……!」


「……おい」


「そ、それにあんなに綺麗なエルフの人が一緒だもん、私なんかが相手にされるわけ─── 」


「そう、それそれ、それよ! ねえ、アルフォンスさん、あの超美人のエルフ、一体何者なの?

魔力も馬鹿高いし、精霊引き連れてるし、あの髪の色すっごい綺麗じゃん‼︎」


 少し離れた所で聞いていたのだろう、スタルジャが『ブッ』と酒を噴いて、激しくむせていた。


「あ、それ、俺も知りたい! 何族なんですかあの人は! あんな綺麗な髪色見た事ないですよ、どこに行けば緑の髪のエルフ一族に会えるんですか⁉︎」


「なんだ、お前もかよ! おれだって気になってたんだ! これが終わったら、緑髪の嫁探して旅に出ようかって思ってたんだぞ」


「おまっ! 一族捨てんのかよ⁉︎ いや、オレだって行きてえけど!」


「「「ギャアギャア」」」


 急に野太い声がたかって来て、エリアはそのすきにササーっと逃げて行ってしまった。


 かつて森を捨てたエルフは、ダルンの地で草原のエルフとなり、やがて緑髪のエルフが生まれた。

 ランドエルフはその魔力の低さから、草原のエルフに蔑まれたわけだが、もしかして本家森のエルフからすると魅力的に映るのだろうか?


 思わぬ形で、スタルジャの劣等感が、ものの見事に解消されたな……。


 見るとスタルジャはすでに酒で赤くなっていた顔を、気の毒になるぐらい真っ赤にして、カップに顔を隠して耳を前に垂れ下げていた。

 ……あんなにエルフ耳って曲がるのか。


 その後、泥酔した彼女に『私、綺麗?』って、延々と絡まれた。

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