第十四話 亜人の庭

 灰色がかった空に、ホオジロムシクイドリの甲高く、歯切れの良いさえずりが響き渡った。


 冬の間をシリルで過ごす彼らも、そろそろこのアルカメリアから旅立つ頃だ。

 この心地良く、耳にこそばゆい鳴声は、確かにシリルの冬によく耳にしていた。


 妖精と精霊の国と、このアルカメリアの空が繋がっているのだと、改めて認識させられる。

 そろそろ冬が来る、渡りの支度を始める鳥達の声にも、一種の活気が感じられた。


─── ギルド本部の前にも、旅支度を整えた一行の姿がある


 白い中折帽に、白い毛皮のコート。

 一見、不釣合いな出で立ちの彼にも、大分見慣れて来た。

 こども本部長ロジオンが、人魔海峡への船の手配に、一足先に旅立つのだ。


 ウィリアム会長の周辺国への調整が終わり、いよいよ彼の出番がやって来た。


「じゃあな、先に行って待ってるぜアルフォンス。道草食うなよ?」


「そっちこそな。それより、あんたが先に魔界に行っちまうんじゃないかって方が心配だが」


「ハッ! 言うじゃねぇか。ま、その通りだな、あんまし待たせっと、行っちまうからな」


 ロジオンの高笑い、いや、本当に行きかねないんだけどな。

 やっぱり勇者に怒りを持ってるみたいだし。


「……マドーラ、フローラ、ロジオンの事を頼んだぞ」


『『はーい、パパ!』』


 ふたりには用心棒兼、通信係として、ロジオンと同行してもらう事になっている。

 こちらでの生活が落ち着いた数日前、彼女達からの申告で、正式な契約を結ぶ事となった。


 最初は面倒く……彼女達には自由に暮らして欲しいと断ったのだが、たっての願いでもあったし、驚くべき能力を告白された。


─── 契約すれば、能力のコピーはもちろん、遠隔での会話や、彼女達のコントロールまで可能になるという


 つまり、いつでも俺の分身を送り込める事と同じだ。

 余りの内容に関心している内に、なし崩し的に契約を結ばされ、よく見れば四百二十二体の子マドーラ部隊全員とも契約する事になっていた。

 詐欺としか言いようがないが、今の俺は実に四百二十四体の魔導人形が、繋がっている事になっている。


 マドーラとフローラ自体、一体どんな技術で出来ているのかは、全く分からない。

 俺とソフィアで鑑定魔術を掛けても見たが、彼女達の鑑定結果は『特殊魔鋼』としか出でこなかった。


 これだけ意思を持って生きているのに、ステータスはおろか、能力の鑑定すら出ないという事は、単に無機物として魔術に判断されている。

 なぜ、彼女達が動いているのか、結局のところ、俺たちでは分からなかった。


「このふたりが用心棒ってのは、心強いばかりだが、よくアルフォンスから離れる気になったなぁ」


『『パパとはいつでも繋がれるもん♡』』


 五人娘達がにわかに殺気立っている。

 そこは俺も意外だったが、ふたりにとっての契約とは、別離不安を捨てられる程に深いものらしい。

 ある意味、やっちゃったのかなとも思う。


 そうこう話している間に、ロジオン率いる先行組の準備が整ったようだ。


「んじゃあ、行ってくる。留守は任したぜ」


「「「行ってらっしゃいませ」」」


 ギルド職員の幹部達が並んで礼をする。

 勇者ハンネスの動向、その企みは彼らにも伝えられた。


 聖魔大戦の真実を、アルザス帝国とエル・ラト教団の根底を、大きく揺るがす事実は現段階では公には出来ない。


─── まだ、その話の確証となる出来事は、世の中に表出していないのだから


 この見送りに集まっている一部職員、そして冒険者の中でも信頼と実績のある一部を除いて、事実はまだ伏せられている。

 全てを公開するかどうかは、この先の流れによって、考えて行く事になるだろう。


 ……それだけ、問題の全容は衝撃的なものだ。


 多くを語れない俺達は、段々と小さくなって行く彼らの後姿を見送り、何事も無かったように元の生活へと戻った。




 ※ ※ ※




「あいよ、牛のキャバーウと、ブリックスリザードのキャバーウ・クビーデ。それとレンズ豆と羊肉のピラウな!」


 テーブルに置かれた皿を見て、流石に驚いてしまった。

 キャバーウとはこの地域で言う、肉をグリルしたもの全般の事らしいが、ちょっとした細身の剣みたいな串に、肉がいくつも連なって刺さった状態で湯気を立てている。

 牛肉のギャバーウは、一口大のヒレ肉を酸味のある果実を混ぜた調味液に浸け、串に刺して炭火で炙り焼きにしたもの。


 ブリックス・リザードのギャバーウ・クビーデは、この地域の湿地に生息する大トカゲ肉を、香辛料を混ぜ込んでミンチにしたものを串に付け焼いたもの。

 クビーデとはミンチを練って、平たく成形して焼いた物の事らしい。

 メルキアのメンテュールに良く似ているが、香辛料が違うのか、こちらの方がグッとクセの強い香気がある。

 

 どちらの料理もこれでもかと量があり、焼き立てのそれらは、ジュウジュウと澄んだ脂を表面に踊らせていた。


「メルキアにも、こんな感じの食べ物があったけど、これは凄いな……」


「むふふ、流石は主人様♪ メルキアとアルカメリアの肉料理のルーツは、南アルザス海の貿易の中心地カッカラだって言われてるんですよ〜」


 エッラがくねくねしながら取り分けてくれている。

 店内にいる他の冒険者達は、そんなエッラの姿にざわついていた。

 ……彼女の冒険者カーストは、大半の冒険者達にとって、恐ろしいヘイト以外のなにものでもないという。

 その彼女が敬語でクネクネする姿は、彼らの常識を、大きく覆すものなのだそうだ。


「なぁ……今日は俺のお祝いなんだよなァ?

なンだって親父どのと、俺のとで肉の量がこんなにちげえんだよ……」


 セオドアが諦め切った顔でそう呟くのを、エッラは当たり前のように聞き流していた。

 今日は彼のA級昇格の祝いに、この街で評判の伝統料理の店に来ていた。


 エッラの彼に対する待遇は激変したが、やはり冒険者カーストは健在で、俺がいるとハードな依怙贔屓を繰り出してくる。

 ……ほんと、聖戦士化したと言うのに、この闇の深さはなんなのか。



「なぁんだって、コイツ呼んだんだよ……」


「……俺は呼んでないぞ?」


「わたくしも呼んでいませんわ?」


「「「……(静かに首を振る五人娘)」」


「ワタクシ、自分で参りました♡」


「「「─── ⁉︎」」」


 天真爛漫……! この後光は何だ⁉︎

 この女、強い、色んな意味で強い……ッ‼︎


「うふふ、だって街の英雄のひとり、ミスターセオドアさんのお祝いですよ?

これを逃したら絶対後悔するじゃないですか、冒険者マニアのワタクシとしては!

ああ、あと何人かにも声は掛けておきました」


「そのお祝いの情報を一体何処から得たんだよ……」


「フフフ、まあ良いではないですかパパ上さま。彼女の発破のお陰で、セオもやる気を出したのですもの」


「流石はアースラさん、懐の深さは戦闘だけではないんですね♪」


「やる気ねぇ……。お、これ馬鹿ウマだぜ⁉︎」


 セオドアが待ち切れなかったのか、早くも牛のキャバーウにかぶりついていた。


「あ、ズルイよセオドア! 乾杯くらいしよーよ!」


「モグモグ……んお? ああ、そうだったな!」


 改めてセオドアの昇格を祝して、皆で乾杯。

 その後、俺達は沈黙する。


 穏やかに、ささやかに祝うつもりが、エッラの乱入で変な感じになったが、この静けさは雰囲気のせいじゃない。

 ……キャバーウが俺達を無口にさせていた。


 他国から伝わった料理にこのアルカメリア名産の香辛料を加え、冒険者が好むスタイルにアレンジを続け、新たな伝統料理になったと言うが……納得だ。


 まず牛のキャバーウは、ヒレ肉の柔らかい繊維の肉質もあるが、焼き締まった見た目に反して驚く程やわらかい。

 漬け汁に加えた果実がポイントだそうで、肉質が柔らかく解れやすくなり、噛んだ瞬間にスパイスの効いた肉汁が溢れ出す。


 高温の炭火で一気に表面を焼く事で、適度な焦げの香ばしさを加え、脂っぽさを飛ばしつつも肉汁を閉じ込めている。

 最初に鮮烈なスパイスの香りが鼻を抜け、独特な香味が肉の風味をふくよかに、噛むに連れて肉の甘味が現れる。

 味と食感の変化に飽きが来ない。


 さらに付け合わせに並んでいる、炭火で炙ったトマトを添えると、鮮烈な清々しさと複雑に絡んだ旨味が矛盾しながら一体化する。


「はぐぅ、だめ。これ麦酒止まらないわ!

他におかわり頼む人いるかしら?」


「「「はいっ、はいっ!」」」


「それでしたら、おすすめのお酒がありますよ?」


 エッラに勧められるまま、この地域の名産『スッツ』と言う酒を人数分頼む。

 無色透明な酒が、水で割った途端に白濁する、何とも珍妙なものだった。


 そのグラスに、もうひとつ水の入ったグラスが並べられる。


「キャバーウの香辛料によく合うんですよ。かなり酒精が強いので、一口含んだら水を追加して飲むのがアルカメリア流です」


「むっ、これは香りが強いな! 薬草みたいな風味だ」


「フェンネルです。最初は皆さん驚かれますけど、ハマる人はどハマりしますよ♪」


 フェンネルは薬にも使われる、芳香の強いセリ科の植物だ。

 それが口の中に残る、キャバーウの脂と香辛料のクセを、中和しながらスッキリとさせる。


 ブリックスリザードのキャバーウ・クビーデは、牛のキャバーウとはまた違う香辛料で香りづけされていた。

 噛んだ瞬間に深みのある香りが一気に広がり、やや苦味を感じさせる風味がある。

 それが練り込まれた生姜とニンニク、肉自体の甘みと香りとが合わさって、ガツンとした説得力がある。

 肉体労働の多い冒険者向けの、塩気の強い味付けが、また一層スッツの注がれたグラスを呼ぶ。


「ふぁ〜、これピラウと合わせるとたまらないですね♡」


「同じ米料理でも、鬼族の米とは大分形が違うな。アケルの米みたいに長細い」


「うん、アケルの北部米にちょっと似てるの。鬼族のお米も美味しかったけど、私はこーいうパラパラの方が好き♪」

 

 ユニはアケルの旅の時、よく干し魚を炊き込んだ米料理を頼んでたなぁ。

 鬼族の米は甘味と粘り気が強くて、それだけでも美味しいけど、確かにこっちのパサパサしてる方が炊き込んだ出汁がストレートに来る気がする。


 そのちょっとまとまり感の無い食感、見た目より薄い味付けのピラウだが、これがキャバーウの膨よかな味と香りに良く合う。

 添え物の小鉢に入った、ヨーグルトベースのソースをつけると、更に酸味と甘味が足されてグッと引き締まる。


 冒険者向けにアレンジされて来たと言うだけあって、仕込みはじっくり繊細に、調理は注文からすぐに提供できる手軽なスタイルだ。

 長い串で出て来るのは、時間短縮にもなれば、見た目にガッツリとした迫力がある。


「私、以前この街に来た時は、一度もアルカメリア料理を口にしてなかったんですね……。

ハア……もったいないことをしました♡」


「そう言えばソフィア様は、ソロ時代はいつもギルドの食堂か、お部屋でお食べになられてましたものね。

こんなに幸せそうな顔をされるとは、ワタクシ感無量です。やはり、これも主人様の愛でしょうか」


 エッラとソフィアがうっとりとするのを尻目に、男の客達がざわざわしていた。



─── ……マジか、ソフィア様はあんな顔でお食事を……うふぅ……


─── 尊い……尊い……


─── おれ、あの串で刺されて、静かに最期を迎えたい……


─── ……だ、ダメ元で……今度お誘いしてみようかな……


─── ばか! 死にてぇのかお前……『ルーキー』に呪殺されるぞ⁉︎


─── その前に、ソフィア様ご本人にミンチにされるわ……。試しに話しかけてみろ、ワラジ虫でも見るみてえな目であしらわれっから



 なんかけったいな事を言ってる奴もいるが、彼女の変化は、概ね前向きに捉えられていると言う事か。


 よく見れば店には龍人達も混じって、人間の冒険者達と談笑してる姿がちらほら。

 戦闘能力が高く、一万年前に別れた別系統の魔術系統も持っているため、今は冒険者パーティから引っ張りだこだと言う。


 彼らは早くも、アルカメリアの空気に馴染んで来ているようだ。


「いやぁ〜、皆さんお待たせしました!

セオさん、A級昇格おめでとう!」


「あ〜ッ‼︎ 先輩ヒドイですよ、本当に先に始めちゃってるじゃないですか!」


 マッコイとエッラの後輩ミーナがやって来た。

 マッコイはえらく上機嫌、ミーナはエッラにむくれている。


「ミーナちゃん、どうかしたの?」


「あ、聞いてくださいよスタルジャさん! 

先輩ったら、仕事全部私に押し付けて、自分だけ先に行っちゃったんですよ⁉︎

なんか小さいメモ書きひとつ残して!」


「だって、居ても立っても居られなかったんだも〜ん☆」


「こ……このばば……! いや、先輩のバカぁ、後輩が可愛くないんですか⁉︎」


「─── もっと可愛い人がいるんですよ……」


 エッラはそう言いながら、俺に流し目を送りかけて『今ばばぁって言ったか⁉︎』と、ミーナに飛び掛かった。


 マッコイは全くそんな事は他所に、セオドアと親しげに話し、握手を交わしている。

 彼らはいくつかの依頼に同行し、最近仲良くなった。

 お互いの通好みな戦闘スタイルが、かなりウマが合うようで、他の冒険者達からも一目置かれているようだ。


「マッコイの旦那、えらくご機嫌じゃねぇか。なんかいい事でもあったのかよ?」


「ああ、セオさん。いやね、いい事と言うか、どちらかと言えば面倒事なんだけどねぇ。

アルさん達と本部長の合流ルートに、ちょっと変更が出そうなんだ」


「ん? なんかあったのか?」


「それがねぇ、アルさん達は合流ポイントのフィョル港まで『栄光の道』を辿るつもりでしょ?

ちょっと今、アルザス近辺の道に検問が敷かれてるのとね、道の先にあるホドールって街の辺りが閉鎖されちゃったみたいなんだよ」


 帝国側はギルドの魔界調査を許可したものの、どうやらこちらの人選や戦力が気になって仕方がないのではと、上層部では噂になっているそうだ。


 それだけギルドを大きく受け止めている証拠でもあるが、今俺がそこで検問にでも引っ掛かるのは、かなり具合が悪い。

 ……俺、一応お尋ね者らしいからな。


 それにしても道に検問は分かるが、始点に重なる街を閉鎖とは厳重だなぁ。


「それで、なんで旦那はご機嫌なンだよ? いい話じゃないどころか、面倒クセェことになってンじゃねーか……」


「ああ、ごめん不謹慎だよねぇ。でもさ、その警戒態勢はさ、ギルドの出方を見てるってだけじゃなくて、もう一つ理由があるみたいなんだよ」


 マッコイがやや興奮気味に話した内容は、要約すればこうだ。



─── シリルが帝国からの融和政策を蹴って、シリル以南の『栄光の道』の一大整備に着手した


─── この計画にはダルングスグル共和国と、密林国アケルが出資し、協定を結び結束を固めている



「シリルの動きにはね、中央諸国からも三ヶ国ほどが噛んでるらしいんだ♪

何でも新型兵器の輸入の権利を元に、シリルに出資する合意を交わしたらしいんだよ!

─── いやぁ、シリルって大きい割に大人しかったからさぁ、帝国の意向を蹴って前に出るとか胸熱じゃない?」


 おお! 本当にやったのか妖精王‼︎

 しかもその段階って事は、もうシリルは軍備をかなりの段階まで整え切ったのだろう。

 アケルが貿易のために、栄光の道整備に乗るのは当然だと言える。

 ……だが、ダルンはお世辞にも、裕福な国とは言えない。


 そのダルンが乗り気になるだけの、経済的な利益を上げる見通しが整ったって事でもある。


 『栄光の道』は帝国主催の貿易路整備で、その道を利用している国々には、使用料を支払わせている。

 それ程大きな額では無いが、貿易に掛かるその他の関税と合わせれば、懐の痛い者も多い。


 使用料は道の整備費に充てられていて、今まで帝国以外の国が、率先して整備開発に乗り出した事は無かった。

 シリルの動きは、不満のある国々や団体を刺激し、帝国の使用料税率に影響を与えるかも知れない。


 そして、シリルがやっているのは、道の保安と、中継地点の街造り。

 今までだだっ広い割に、拠点の少ないダルンは、それだけで商人達の悩みどころだった。

 これは金が集まる可能性が大いにある。


「それは熱いな! 中央諸国でのパワーバランスが変わるかも知れない。ははは、流石は妖精王ゲオルグだな」


「ふふふ〜、それだけじゃないでしょアルさん♪ 私、聞いちゃったんだからね〜☆」


 なんかマッコイがむふふと、中年らしからぬ気色悪い笑みを浮かべる。


「─── この計画はアルさんの発案なんでしょ?」


「い、いや、違……!」


「隠したって無駄だよ〜。それにね、アケルが乗ったのも、隣だからってだけじゃなくて、パジャル大統領がアルさんの為にって大乗り気だったんだってさ〜。

獣人族の各有力種族も、お祭り騒ぎだって」


「パジャル大統領が⁉︎」


「ダルンだってそうだよ。最近一部の馬族が、ガラの悪い馬族を平定したらしいんだ。

その馬族の族長と、エルフ連合が組んで、政府の後押ししてるんだって。

マラルメ、ノゥトハーク、月夜の風狼家。後はロゥトのパガエデだったかな?

─── この名前、心当たりあるんじゃない?」


「ぱ、パガエデまで有名になってんの⁉︎

いや、もう何から驚けばいいのか分からん。

と言うか、えぇ……俺の名前、出ちゃってんの……?」


「アハハ、今はまだ伏せられてるけど、中央アケルのミシェルと、バグナスのガストンふたりからは、そう言う報告を受けてるよ。

ダルンはギルドが薄い場所だったから、うちらとしてもこれは期待しちゃうんだよ。

─── もう間も無く、公然の事業として、世界に情報公開されるからね♪

いやあアルさん、有名人になっちゃうねぇ☆」


 そう言ってマッコイは『あの石像の迷宮に潜ったのが懐かしいよぉ』と膝を叩いて高笑いしてる。

 俺は名前が表に出る事で、まぁた変な暗殺者とか差し向けられないか、先行きが不安でしょうがないんだが……。


「そんなこんなでさ、帝国は自分達が運営してた栄光の道のお株を奪われたカタチになって、シリル付近がお祭り騒ぎになってるのが気に入らなくてピリピリなんだよ〜☆

ザマァないったら、ないよね〜‼︎」


「なるほど。それで治安維持を名目に、検問を仕掛けて、同時に周辺国に威嚇ですか。

うーん、相変わらずケツの穴の小さい国ですね……」


「ソフィ、女の子がケツの穴とか、大きな声で言っちゃダメなんだよ〜♪」


 ソフィアをたしなめてるスタルジャも、どこか嬉しそうだ。

 そりゃあダルンとシリルの、その後の活躍が聞けたし、パガエデの名前まで出てんだもんな。

 それに帝国関連への好感度は、アネスの過去とか、魔女狩りの話からだだ下がりだったし。


「わぁ〜、アケルがダルンと組む日が来るとは思わなかったの!」


「ダルンって言ったら、話が合うようで合わないって、お爺様たちも言ってたものね。

それにシリルか……。魔術を得られた今なら、あたしたち獣人族も、相性がいいかも知れないわね」


「そうそう、ダルングスグルのバルド族とか馬族関係は、国民性が切った張ったなとこあるからねぇ。

今までの歴史でも、アケルとダルンは近いのに手を組んで来なかったんだから、年甲斐も無くワクワクしちゃうよぉ〜♪」


「マッコイ監査課長? それってもしかして、まだ極秘情報じゃないんですか」


 エッラの突っ込みに、一瞬でマッコイの笑顔が無になり、目が遠くなる。


「……だ、大丈夫。もう、報道されるのも時間の問題だからね……うん。

そ、それに酒の席の話でしょ? ど、どうせ誰も聞いてな─── 」


─── 『『『うぉおおおおっ⁉︎』』』


 冒険者達の歓声が、たどたどしいマッコイの声をかき消した。

 皆が口々に『ザマァねえ』だの『シリルグッジョブ』だの騒いでは、酒の追加注文に殺到している。


「─── 旦那ァ、こりゃまた檻に入れられンじゃねぇか?」


「アワワ……寂しいのはもう、イヤァ……。

で、でもね、でもね? 今シリル以南の三ヶ国が、希望に溢れてる。

世界が動き出してるんだよ。これがアルさんの歩いて来た道だって思うとね、黙ってらんないでしょ……?」


 エッラの目が怪しく光り、マッコイの顔が紫色っぽくなった時、急に辺りの空気に変化が起こった。


─── 甘やかな花の芳香


 柑橘系の花の香りのような、清々しい空気が店内に広がっている。


「はぅ〜、流石はアルくんです……はぅぅ♡」


 ソフィアが両手を頰に当て、とろけたような表情で、少し床から浮いていた。

 この香りは彼女の神気が、作り出しているのだろうか?


─── うほぉおおおお……


 その神気に当てられて、冒険者達もとろけた顔になっている。

 箝口令かんこうれいを敷くまでも無い、みんなしばらくぽやぽやしてそうだ。


 ……何にせよ、栄光の道ルートで北上は無理か。

 少し情報を集める必要があるだろう。


─── そうして、ギルドの情報に目を通したり、準備をしている内に、すぐに出発の日は訪れた




 ※ ※ ※




 森に入って最初に気がついたのは、何故かこの辺り一帯の魔物は、話が通じないって事だ。


「……なぁんかね、みんな正気を失ってるってゆーか。いやーな感情にのっとられてるみたい。魔物も魔獣も精霊も、たぶん人もあんまり長くいないほーがいいんじゃない?」


「嫌な感情……。確かにこの森は、嫌な空気が流れてるわね。呪い、呪術……いいえ、どこか【狂戦士化グワルゴフ】の魔術に似た波動だわ」


 森の情報を精霊から読み取った、ミィルの言葉にエリンが耳をピクピクさせて同意している。


 流石は妖精女王と密林の赤豹族、俺にはなぁんも感じられない。

 どうやら俺や女神達にも感じられない程の、微弱な何かが森に充満していて、特に魔物が影響を受けているらしい。


「ティフォは何か感じるか?」


「んー? 森のことはよくわかんない。でも、なんか十時の方向で、人が襲われてるみたいだよ?」


「─── ⁉︎ そーいうのは早く言えって‼︎」


 アルカメリアを出発して五日目、中央アルザスと南アルザス領の境界に辿り着いた。

 中央以北のアルザスは発展した都市部だが、南アルザスは森に囲まれた、シリルとアケルの中間くらいな開発度合いの土地だ。


 栄光の道はマッコイの情報通り、帝国兵の警戒が強く、南下して迂回するルートを進んでいる。

 南アルザス入口の街シッピア、そのギルド支部で更に詳細な情報を得た結果、この手入れの行き届いていない森のルートを選択した。


 緑の帯ランヤッドと呼ばれるこの東西に伸びる森は、別名、亜人の庭デミ・デノル・ガルド


─── 中央諸国で住処を追われた、亜人種族の隠れ住む地域だ


 シッピアギルドで頼まれた事がひとつ。

 近年、ここで奴隷商の亜人種狩りが、多発しているらしい。

 もしそういう現場を目撃した時は、出来れば救助、通報して欲しいと頼まれていた。


 奴隷は世界的に禁止されている。

 でも、それは表向きなもので、罰則を設けて禁止している国は少ない。

 今まで通って来た国々では、見かける事はなかったが、普通に奴隷を売買している国もあるそうだ。


「……いた! お姉ちゃん、あっち」


「─── 殺す……」


 赤豹姉妹がいつになく燃えている。

 彼女達は売られかけた過去があるし、頭に血がのぼるのも、仕方が無いだろう。

 先行してどんどん先に行ってしまった。


 その後を追っていたら、どうやら襲撃に遭ったであろう現場に差し掛かった。


 すでに奴隷狩りは、現場から逃走しているようだ。

 襲われた者達は、昼食を摂ろうとしていたのだろう、倒れた鍋の中身で消えた焚火がシュウシュウと音を立てている。


「─── ⁉︎ ご、ごめんアル、私も犯人を追うね!」


「ああ、ここは任せろ。気をつけてな!」


 スタルジャが身体強化を上げ、森の中へと飛ぶように去って行った。

 辺りには彼女の鋭い殺気が残されている。


 この現場を見たら、彼女だって頭に血がのぼるはずだ。


─── そこにはふたりのエルフが倒れていた


 ひとりは年配の男性、もうひとりは老婆。

 そのどちらも白金の髪に、長く尖った耳を持つ、エルフ族の姿だった。


 奴隷にする価値が無いと思われたのだろう、男は首を矢で貫かれ、老婆は手斧のような物で頭蓋を破られて即死している。

 焚火の近くには三人分の食事の用意と、争ったような形跡があるから、もうひとりは交戦の上で連れ去られたのだろうか。


─── 【蘇生アネィブ】【属性反転グルスドラー】!


 青白い魔法陣に囲われ、ふたりのエルフはグール化した後、光に包まれて起き上がる。


「ぐっ……あ、主人様……っ! 娘は、エリアは⁉︎」


 死の直前の苦痛と恐怖を引きずっているのか、男は顔を歪めて頭を抱えた。

 それでも開口一番、俺を主人様と呼ぶ辺り、やっぱり俺の蘇生魔術は見直す所があるんじゃないかと思っちゃう。


「大丈夫だ、今、仲間が追跡している。間も無く助けられるはずだ。ここに居たのは三人だけか?」


「……は、はい」


 男は激しく動揺していて、顔色が酷い。

 いきなり死んで、蘇生とグール化した直後なのだから無理もないが、それ以上に娘の事が気にかかるようだ。


 ソフィアが男に安息の奇跡を掛け、恐怖心を和らげていると、老婆が起き上がって俺の顔をジッと見つめている。

 ああ、髑髏どくろ兜のままだったわ、そりゃガン見するよね。


「心配ない。俺たちはギルドから来た冒険者だ。人攫いを見かけたら撃退するように言われてる。あんたらの仲間だ」


 兜を脱いで老婆にそう言うと、ほのかに緑色のさした灰色の瞳を不安げに揺らして、彼女は魔力を込めた目で俺を見つめた。


 鑑定魔術か? いや、占術に近い術式が動いてる。……俺を探ってるのか?

 エルフってのは元来プライドと警戒心が強いって言うけど、この局面で疑われるのも嬉しくないなぁ、仕方ないけどさぁ。


「お……おお……っ‼︎」


 と、突然老婆は目に涙を浮かべて、俺の手にすがりつき、呻き声を上げながらひざまずいた。

 どうやら敵ではないと理解してくれたようだが、今度は熱心に俺の手に額を擦り付けてくる。


「……もう大丈夫だから安心しろ。

こっちは通りすがりのついでだから、気にする必要は─── 」


「─── おお……しゃま……っ! お会いしとうございました……うぅっ」


 ……今、この老婆は、なんて言った⁉

 彼女の言葉に、男のエルフは驚愕の表情で固まると、慌てて平伏してしまった。


 老婆の嗚咽が響く最中、エリンから念話が飛び込んで来た。

 どうやら向こうも犯人をとっ捕まえ、娘を保護したらしい。


 状況が読めずに立ち尽くす俺達。

 森には老婆の啜り泣きだけが、ただただ木霊していた─── 。

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