【幕間Ⅷ】 舅の意気込み

─── これは、アルフォンスが母エルヴィラを救出した直後のお話


 私の名はオリアル・マルデル・クヌルギアス。


 第二百八十九代クヌルギア王、通称『魔王』その王太子にして、かつては正統なる後継者であった。

 魔王城の悲劇から三百年、いつの日か再開できる我が息子の運命に備え、肉体を失って尚、おめおめと生き延びて来た。


 すでに私には魔王たる資格は無し。

 あるのは、愛する者達と、魔界への憂いのみ。


─── その息子が、満を持して帰還した


 アルファード。

 我が息子の成長は、私の想像を遥かに超え、憂苦のつかえは大きく取り払われた。

 しかし、新たな懸念材料も、彼は持ち帰って来てしまったのだ。


─── 五人の婚約者達


 愛の形に決まりなどはない。

 魔界では人界のように、一夫一妻制を強いてはいないのだから。


 しかし、我が息子、そして魔界の未来にあだなす存在が混じっているのであれば、私は心を鬼にして排除しなければならないだろう。


─── 私は彼女達の人物像を、つぶさに観察する事を、心に誓ったのだ


 妻が生還し、喜びに浮かれているばかりでは、いつ、足下をすくわれるか分からぬのだから……。


 妻は魂が弱り切り、今は深く眠っている。

 今はまだ、私がしっかりとしていなければならない……!


─── 今、妻の処置を婚約者のひとり、獣人族の娘のユニとやらが行なっている


 妻の容態も気になる所だが、それを任せる以上、この娘を見極める必要があるようだ。


『─── ユニ……と言ったか。その魔術印は何かね……?』


「……今お母様に施しているのは【言霊倍化ガイル・プエル】なの。

本来なら、言霊の力を増幅させて、魔術の効果を上げる補助魔術。でも、今は弱り切った魂に元気を取り戻させる為に、皆んなのプラスの言葉が届くように応用してるの。

─── 大事な、とても大事な人だから」


 グッと来た─── !

 いや、まだだ、まだ信用するには早すぎる。


『う、うむ、ありがとう。それ以外にも色々と展開させているようだが……?』


「体力の低下を底上げする為に【肉体強靭コルアノード】と、緩やかに回復する【継続治癒パー・ラヒゥ】と……。

あとは前向きな気持ちになれるように【祝福ベンディス】を。

これなら、良い夢も見られるの」


 この若さで一体、いくつの属性の魔術を使いこなしていると言うのか!

 今挙げた魔術だけでも、火属性、水属性、光属性の中級から上級。


 それを詠唱も無しで、指先に描いた魔術印を操り、妻の回復を完全にバックアップしていた。


『─── 素晴らしい腕だ……。

回復系と補助系の魔術に、大いなる才を持っているようだが、これを一体どこで……?

いや、それ以前に獣人族は魔術が扱えぬはず、魔道具も使っていないようだが……』


 そう問うと、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んで、妻に術を施しながら答えた。


「アル様のおかげなの。アル様のお陰で、私たち獣人族は魔術も使えるようになって、全ての種族が今は手を取り合ってる……。

恩返しをしたいけど、戦闘ではお姉ちゃんには敵わないし、私なんかより強い人はいっぱいいるの。

─── だから、私は闘うみんなを守るために、使える魔術は何でも使える、サポーターになろうって思ったの」


『…………そうか。それは素晴らしい心掛けだ。

さぞや姉上も心強い事であろうな』


「くす、お姉ちゃんは凄く強いの、でもアル様やソフィアさんたちには遠く及ばない。

私たち姉妹は、必死なの。だから、お互いに支え合って頑張るしか無いって、よく言ってるの」


 グッと来たァ─── !

 ええ子やないか……。

 いや、いやいや、まだだ、まだ私はしっかりしなければ───


「でも、お父様も凄いサポーターなの」


『……へ?』


「ここで三百年も頑張って来て、アル様を奮い立たせたし、お母様をここまで支えて来たの」


『い……いや、私は妻には何も……。それにアルファードには殺せと……。あの子が奮い立ったとすれば、それはあの子の運命への姿勢……』


 そこまで言うと、娘はこちらに振り向き、やや垂れ気味の優しげな目を細めて微笑んだ。


「ううん。それでも途中で諦めずに、アル様とお母様を引き合わせたの。だから救われる道が開かれた。

……それに、アル様の事を思って、わざとさばさばしようとしてるの、私は分かってるの」


『─── ッ⁉︎』


「ありがとうなの。お父様が居てくれたから、アル様は笑っていられる未来を、少しでも多く得られたの」


─── 天使かッ⁉︎

……これは猫耳の生えた天使だな⁉︎


『……こ、こちらこそ、礼を言おう……。我が息子を支えてくれる其方の心、私はこれ程までに心強く思うものはない─── 』


 これ以上は泣いてしまいそうだ(涙は出ないけども)。

 私はツヴァイに後を頼み、その場から離れる事にした。




 ※ 




 廊下を出てしばらく、今度はユニの姉であろう人物と出くわした。

 彼女の横には、巨大な魔獣が数体横たわっていて、すでに血抜きの処理もされているようだった。


『エリン……だったか? その魔獣は一体……』


「皆んなの元気を出すためよ。肉は人のやる気を高める力があるから」


『─── この短時間で、これだけの数を獲って来たのか……⁉︎』


 いや、数だけではない。

 よく見れば単に大型と言うだけでは無く、魔界でも危険視される種類のものが含まれている。


 人界の魔獣や魔物は、魔界に比べれば脆弱なものが多いとされるが、これを単独で狩り集めるとなると……。


「こんなもの、ものの数には入らない。

私は早く、アル様達と肩を並べなければいけないの……。

これは修練でも何でもないわ、アル様に元気になってもらうため」


『う、うむ。私は肉体を失って久しいが、確かに食は人の力を高める。

ご苦労であったな、さぞかしアルファードも喜ぶであろう─── 』


 そう言うと、彼女はやや寂しげな顔で、口元に苦笑を浮かべた。


「アル様は……優しい。だから、辛い事も顔に出さない時がある。

─── あたしは、そう言う時にどうすればいいのか分からない……。だから少しでも元気を出させてあげたい……」


 グッと来ちゃった─── !

 いやいや、落ち着きなさい私、しっかりと彼女の人となりを見極めなくては……!


『ユニちゃ……いや、妹君からも話は聞いた。

君たち姉妹は、アルファードの事をよく支えようと頑張っていてくれているらしいな』


「ユニが……? ふふ、あの子と私はまだまだだから、死ぬ気で頑張らないとアル様のために役立てない。せめてスタルジャには追いつかなきゃ」


『スタルジャ……あのエルフの娘の事か』


「あの娘は凄い。精霊達の信頼を得て、人族なのにソフィアさんやティフォ様に、肩を並べようとしてる。

それだけじゃない、自分の辛い過去と向き合って来たから、その分みんなの心を誰よりも分かろうとしてくれる。

─── 強いっていうのは、こう言う事なんだって教えてもらった」


 信頼か……この娘達は、ともすればライバルの関係にあると言うのに、お互いを想い合っているようだ。

 獣人族は強靭な肉体に、折れる事のない闘争心が宿ると言われているが……。


 この屈強な娘の根底には、闘争心を凌駕する、心の強さへの理解があるのだな。


『ふむ、それを理解出来ていると言うのであれば、其方もすぐに強者となろう。

アルファードも幸せ者だな……』


 そう言うと、彼女はニコリと微笑んだ。

 妹の笑顔にも感じたが、この純真そのものの笑顔の破壊力は、一体なんなのか!


「あたし程度で幸せに感じてもらえるのなら、アル様はここに帰って来ただけでも、幸せを感じたはず」


『……?』


「あの記憶は確かに衝撃的……。でも、アル様を支えようとしたあなたやイングヴェイ、そして家族から愛されていた過去の一端も含まれていたわ。

あたしは、ここであなたが支えて来た時間は、何よりもアル様の道を照らすものだと思う」


『─── ! そ、そうだろうか……!』


 彼女は『そうだ』と深く頷いた後、急に頰を赤らめてモジモジとし出した。

 そして、上目遣いで私を見上げ、消え入りそうな声で問う。


「あ、あの……! あ、あなたを『お父様』と呼んでも……いい……です……か?」


 グッと来ちゃうんだもんねぇ─── !


 魔界に人界の獣人族を誘致しよう! もう、それしかない……!

 私を持ってるツヴァイまで、何故かズキュンってしてるのが、伝わるもんね!


『あ、ああ……いいとも……!』


 これ以上は顔が緩み切ってしまいそうだ(石なんだけども)。

 その場を去るツヴァイの、スキップ混じりの動きに、私はを耐えるのに必死であった─── 。




 ※ 




 翌日、妻が目を覚ました。


 会話は一言二言の簡素なものであったが、許されるのなら、もう飛び跳ねたいと思った(蛙なだけに、でも動けないけど)。


 愛する我が妻、永遠のアイドル、エルヴィラが弱々しくも微笑みかけてくれたのだ!

 きっと、ユニちゃんの魔術も効いていたに違いないし、エリンの優しい気持ちが、作用したのだろう……そうに違いない。


 ……おっといかん、浮かれている場合ではない。

 オリアル・マルデル・クヌルギアスよ、お前は息子の為に、残りの三人を見極めるのだろ!


─── フワ……ッ


 ん? 何やら部屋の中を、微かな光が飛んでいる。

 それはエルヴィラの近くを愉しげに飛び、時折体に触れているようだ。


─── これは……精霊か?


 魂だけの存在となってから、こういった存在もより鮮明に見えるようになったが、この方星宮内で見かけるのは初めての事だ。

 安らかに眠る妻に、悪影響はないようだが、これは一体……?


 そう思って見ていたら、もう一体、またもう一体と増えて、妻の周りや私の周りを飛び回っている。

 気になった私はイングヴェイの……何番目だか忘れたが、彼に頼んで発生源を探る事にした。


『─── これは……其方の仕業であったか』


 方星宮最下層、妻が隔離されていた階層に、光の奔流ほんりゅうとも見まごう程の、精霊の渦が生じている。


 そこで舞うようにして、精霊達と戯れているのは、婚約者のひとりスタルジャだった。

 昨日、エリンちゃんから聞いていた通り、彼女は精霊達と近しい存在であるようだ。


「あ、お父様……おはようございます。あー、えっと、本日はお日柄も良く、お父様に置いてかれまして……? あれ?」


『……むしろ、今、私が置いていかれそうだ。ああ、いや、そう畏まらなくても良い。

─── それは一体何をしているのだ……?』


 そう言うと、長い耳の先まで真っ赤にして照れ笑いを浮かべ、バツが悪そうに口を開いた。


「うー、ごめんなさい。私、こういう時にちゃんと喋るの、慣れてなくて。

なんだかエリンが『緊張で言葉遣いを荒くしちゃった』って凹んでたから……。

あ、今は精霊さん達にお願いして、この建物内を良いエネルギーの通り道にしてもらってるんです」


『良いエネルギー?』


「この宮殿は地下にあるでしょう? 堅牢な守りで安心出来るけど……ちょっと足りないの。

お日様のエネルギー、風のエネルギー、空から注ぐ雨が連れてくる水のエネルギーとか」


『うむ……確かにそうかも知れないが……。それが何だと言うのかね?』


 そう彼女に問うと、はにかんだ表情で上の階層を見上げた。


「私にはユニちゃんみたいに、人を癒す力は無いし、エリンちゃんみたいに元気付ける力も無いから……。

だから、この建物内にいる人達に、良い事が起きるようにって、精霊さん達にお願いしていたんです」


『そうか……それはありがたい。精霊達とは話せるのかね? 何と言っている?』


「ここには悲しい想いが、詰まってるって……。でも、人を想い、支えようとするお父様の優しい心があるから、きっと直ぐに良いエネルギーが満ちて来るだろうって。みんな応援してくれてる」


『…………』


「あ、ごめんなさい。悲しい想いとか言っちゃった……」


『いや、気にする必要はない。精霊達の言う通りだ。これからはそのように、快方に向かうよう祈るばかりだ』


 と、彼女は突然私に深々と頭を下げた。

 どうしたのかと尋ねれば、彼女は目の端に涙を浮かべて言った。


「私、アルに助けてもらったんです。凄く悲しい毎日で、自分が狭い憎しみの世界にあったのを、彼が救い出してくれました。

だから、その彼を産んでくれたご両親も、私の運命の恩人なんです」


『あ……いや、私は何も……』


「いいえ、私は彼に一生をかけて、お礼をして行きたいんです。彼の大切な人は、やっぱり私にも大切で……。

それに、私もご両親にお会いできて、嬉しくなりました」

 

『それは……どうしてだね?』


「彼がきっと、これからもっと明るく笑えるようになるから。

過去の事とか、これからの事は大変だけど、でも、彼が愛されていたってよく分かったから。

だから、私も彼の帰るお家のために、がんばろうって─── 」


 グッと来たよのさァッ─── !


 ……たぁッ、危ない危ない!

 こんなんで信用していたら、アルファードに近づく女狐を見逃してしまうぞオリアル!


 ちゃんと見極めねば!


『ふむ……恐らく厳しい闘いとなるだろう。辛く困難な時もあるであろう……。

アルファードの事を、それでも支えてもらえるだろうか……?』


「もちろん‼︎ 彼となら辛くても、その先の楽しい事を信じて歩けますから。

それに、だからこそ、この宮殿に幸せが満ちるようにって妖精さんにお願いしたんです」


『ここの幸せ……? 君たちの幸せではなくてかね』


「例え私が途中で尽きても、彼に愛想をつかれても……。

彼が幸せになれる場所があるなら─── 」


 ちょ……っ!


 なん? この子なんなん? エルフって天界の良いとこだけ集めた生命体なの⁉︎

 あの長いお耳は、愛を集めるためなの?


 わっ、イングヴェイが激しく縦揺れを始めたよ⁉︎

 ヨゴレの彼には、この少女の純真さは毒だったんだ!


『い、いかんイングヴェイ、退避ッ退避ーッ』


 何度か柱に激突しながら、こけつまろびつ、我々は退却するしかなかった─── 。




 ※ ※ ※




 数日後、アルくんとイングヴェイ軍の、圧倒的な闘いを見て、オリアル、卒業しました。

 アルくんはまだ、クヌルギアの鍵の影響で、力の制御に苦労してるみたいだけど大丈夫大丈夫。


 そして、何よりみんなの心のこもった看病のおかげかな?

 エルヴィもどんどん元気になって、重湯からお粥に切り替わったんだ♪


 みんな色々やってくれて、私もな〜んかエルヴィにしてやれないかなって思って、倉庫に放ってたアーマード雨蛙ゴーレム出して来ちゃったもんね。


 ……そろそろ果物くらいなら、エルヴィも食べられるかな?


 そう思ったら、いてもたっても居られなくて、背中にカゴ、手には竹竿を持って柿もぎに出かける事にした。

 外に出るのはどれくらいぶりだろうか♪


『……ふんふ〜ん♫ おや?』


 玄関から、外へと続く無限階段まで差し掛かった時、小さな人影が現れた。


 赤い髪の女の子、最初見た時は際どい格好してたけど、今は旅の町娘って感じに落ち着いている。

 こうして見ると可愛らしいだけの子だけど……。


─── 異界の神だ


 うむ、オリアル・マルデル・クヌルギアスよ、お前、すっかり忘れていたな……?


 残りふたりの婚約者は、神だ。


 神は時に人の運命を利用する、畏れるべき存在なのだ……。

 もし、闘いとなれば勝てぬだろうが、アルファードの為、私がしっかりしなければ。

 さあ! 何を企む、異界の神よ!


「あら? おふたりともお出かけですか?」


『─── ぬっ⁉︎』


 お、オルネア……! いつの間に私の背後に立っていたと言うのだ……⁉︎


『……ソフィアだったか……? 私は妻に果物でもと。其方は何故ここに─── 』


「わあ、奇遇ですねお父様。私もそう思ってちょうど出て来たんです♪

確かここに来る時、森で柿の木を何本か見たので」


「ん、ティフォも……いきたい」


 何かあれよあれよと言う間に、気がつけば私はふたりの神に挟まれて、柿もぎに向かう事になってしまった。


 ……こう気さくな態度を取られると、どうにもやり難いが、相手は調律神オルネア。

 もしや、この異界の神と示し合わせ、私の身に何か企てているのではあるまいな……?


 よかろう、このオリアル、貴様らの化けの皮を剥ぎ、息子アルファードを守り抜いてみせようではないか!


「はぁ〜、お外の空気もやっぱりいいですね♪

……あら、ティフォちゃん、何か元気無いですけどどうしました?」


「ん……? ん……」


 そう、先程から赤髪の神は、俯いて何やら挙動がぎこちない。

 これは何か、良からぬ企てを───


「あ、さてはアルくんのお父様の前で、緊張しちゃってるんじゃないですか?」


「うー……(コクリ)」


『─── へ?』


 緊張? 何故? 異界の神が何に緊張してると言うのか……。

 そう思っていたら、異界の神は俯いたまま、何やら呻き声のように声を発した。


「……お、おー……お……」


『お? 何か言いたい事があるのかね……?』


「お……おお」


『はっきりと言いなさい。どうしたと─── 』


 その瞬間、彼女は潤んだ紅い瞳で私を見上げ、上気した顔で艶やかな唇を開いた。



「お…………おとーさん……」



─── ズッキュウゥゥーン……‼︎


 ちょ、やめ! やめだやめだ!


 ハァッ⁉︎ こんな可愛い娘を疑うとか、頭おかしいだろオリアルよぉッ‼︎


 思わずよろけた私を、背後から何かがそっと支えた。


「永らくゴーレムを使ってらっしゃらなかったんですね?

無理をなさらないで下さい、私、お手伝いしますから」


 エメラルドグリーンの瞳を、少し眩しそうに目を細めて、調律神オルネアが微笑んだ。


 これが……本当に調律神オルネアなの……か?

 よもや『愛の女神』では無いのか……?


 危ない危ない、この娘は紛れもなくあのオルネアなのだ。

 勇者に加護を与えた、リディと同じ現し身、世界の運命に手を加える最強の守護神。


─── 勇者は……壊れた。アルファードには、何を望むと言うのだ


 本来神に隙などあるまい、何を企てているかは分からぬが、むしろここで行動を共にすれば何か尻尾を出すかもしれんな。


『い、いや、心配ない。少し外界の光が眩しくてな、つまずきかけただけの事。私の事は構わずとも良い……』


「あ、ほらティフォちゃん、あそこに柿がなってますよー♪

お父様も早く早くー☆」


『聞いて……ない』


 あまりの天真爛漫さに泡を食っていたら、私の手をティフォがおずおずと握って来た。


「おとーさん、いこ?」


『─── うん』


 かつてエルヴィラが、我がクヌルギア王家に嫁いだ時、私は彼女にこう言った。


─── 可愛いは正義


 まさか妻と我が子ふたり以外に、この言葉を思い浮かべる事となるとは……。

 気がつけばティフォちゃんを肩車して、柿もぎを楽しんでいた。


「きゃっ! 毛虫……!」


─── ……カカカカカカカ……!


 オルネアがまた何やら奇跡を使って、わずかな難を豪快に切り抜けていた。

 何だろう、やる気の空回り? 神の奇跡のムダ遣いではないかと、ちょっと気になる。


「はぁ〜♪ こっちは大分採れましたよ、そっちはどうですかー?」


「ん、ソフィ。こっちもたくさん、たのしー」


 ははは、そうだろう、そうだろう。


『って、ソフィアくん。君のそれ、渋柿じゃないか……?』


「へ? 渋……?」


『知らなかったんだね、柿には甘い甘柿と、酷く渋い渋柿があってね。たいていは、こういう風に四角くてどっしりしたのが甘いんだ。

その先が細いタイプのは、高確率で渋いんだよ』


「はわわ⁉︎ ……こ、こんなに採っちゃいました。何かこっちの方がスタイリッシュだったので……」


 オルネアが地に項垂れて膝をついている。

 その光景に唖然としていると、ティフォちゃんが話しかけた。


「ん、ソフィ、さっきから、妙にはなれて採ってた」


「だってぇ〜、お父様の前でいいかっこしたいじゃないですかぁ……。あっちの方がたくさん見えましたもん……」


 何だこれは……涙目で渋柿に謝っている姿に、神の威光など微塵も感じられないが……?


『─── だ、大丈夫。干し柿にすればまた美味しくなるから、無駄ではないよ……』


「ふぐぅ〜、本当ですかぁ……良かったぁ」


『ほ、ほら、こっちの甘いのをひとつ剥いてあげるから、元気出して』


 流石はイングヴェイのゴーレム、かつての私の刃物捌きと、なんら遜色なく動く。

 サッと切り分けた実をひとつ、涙目のオルネアに渡すと、パァッと表情が明るくなった。


「おいひぃです〜、これ、ほんとおいひぃです〜♪」


「あ、おとーさん、ティフォもティフォも」


『はいはい』


 そのまま休憩にして、三人で秋の森を見上げながら、だらーんと足を伸ばして座っていた。


「お母様、喜びますかね〜♪」


『ははは、エルヴィラは柿が好きでね。きっと喜ぶよ』


「オニイチャたちも、よろこぶ?」


『うん、ふたりとも一所懸命採ったからね、みんな喜ぶさ』


 ふたりの女神が顔を合わせて、ウフフと笑っている。


─── 何となく、アルくんがこのふたりを選んだ理由が分かった気がする


 これは放っておけないよね……。

 他の三人も純粋でいい子達ばかりだけど、このふたりは何て言うのか『無垢』だ。


 このふたりがいたら、アルくんは変な方向には絶対に落ちて行けないだろうなぁ。


『ソフィア、ティフォちゃん。

アルくんをよろしく頼むねぇ』


「「はい!」」


 一気に五人も娘が増えてしまったなぁ。


 この中に早く、娘のイロリナも戻してやらなきゃね……。

 私はこの家族の幸せに、どれだけの事が出来るだろうか?


 久しぶりに眺める空は、秋の深まりを告げる、高く澄んだ青色が眩しかった─── 。

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