第十五話 父、ふたり

 同じ神の現し身でありながら、彼女とソフィアの何が違うと言うのだろう。

 感情が無いとは聞いていても、何かそれだけでは説明のつかない、闇のようなものが感じられた。


─── 大魔導士リディ


 ソフィアと同じ顔、一部貴族の間では美の女神とも比喩される美貌のはずだ。

 しかし、魂のこもらぬ不出来な硝子人形のように『それ以上の美しさ』を感じさせない。


 ……ただ整っている、その虚ろな女神が、イロリナ達に掛けられた封印を覗き込む。


『……ダメ、ハンネス……。イロリナは、半分しか持ってない……』


『ハァッ? 半分……? 半分ってなんだよリディ‼︎』


『どういうわけか、二つに分かれてる。鍵の半分は……そこ』


 リディはスッと、こちらを指差し、眼を細める。


『─── アルファードくんかぁ……。

こんなに小さい子まで利用しようなんて、魔族も汚いなぁ……。

こうすれば手を出しにくいとでも思ったんだろ!』


『てめえハンネス! そんなんじゃ─── 』


『ハッハーッ! バレたらキツイであるなぁ!

使えるものは何でも使う、戦術に汚いなどと、勇者殿は随分と青いであるな♪

……それに、そんな子供が数え切れぬほどいる世界を、終わらせようという者の言葉とは思えんであるが……?』


 はったりだ、嫌に軽い言葉で煽ってるけど、クヌルギアの鍵を持ってるのは俺じゃない。

 その手に抱かれてるの中だ。


 でも、勇者はある種純粋な人物らしい、分かりやすいくらいキレている。


『─── 何やってんだよリディ!

早くこの封印を解く方法を見つけろ!』


『大丈夫。もう分かった。

─── そのアルファードが、鍵。

……でも、条件は成人する事』


『何ッ! ははっ、ここから逃す算段だったんだね?

ぼくがそれを許すとでも、思ったのかい剣聖!

彼が成人するまで待たされるのは、正直腹立たしくて仕方がないけど……。

─── なら、剣聖とアルファード、ふたりともその時が来るまで、動けなくすればいい……』


 口元を歪ませて振り返った先には、おぼろげな魔力の光に包まれる、義父さんの姿があった。


『─── ……二度も同じ手を食うとは、愚かであるな』


『な、何を言って─── 』


『陽の神、陰の神、火水土風……塵より創りて塵に帰す全ての神々に申す、現世に異なる霊あらば、異界に帰すが理なりて─── 』


『くっ、ハンネス、離れて……っ!』


─── 【封神(シェール・ドゥ)】!


 リディの足下とその周囲に、夥しい数の魔術印が浮かび、激しく回転を始めた─── 。


『リディ! くそッ、こんな大掛かりな術、いつの間に……⁉︎』


『吾輩、負けず嫌いなのである。

頰を切られた恥は、そのを持ってやり返すが、吾輩の流儀─── 』


 床に溢れた血は、剣で刻まれた傷跡に染み込み、床に魔術印が完成されている。

 ……イロリナ達の封印を仕込みながら、勇者相手に防戦に徹して、リディ封印の術式を描いていたとか……。

 剣士の為せる業じゃない。


 ハイエルフはエルフよりも更に神聖に近い、似て非なる種族だ。

 魔術体系ひとつとっても、かなり違うとは聞いてはいたけど……。


─── 義父さんは、魔術師としても超一流だったのか


 激しい地鳴りと共に、リディの体が光に包まれて消え去った。

 その瞬間、勇者は全身から膨大な魔力を吹き出し、がくりと膝をつく。


『オルネアからの加護は消えた。

ハンネス殿にあるのは、エルネアの加護のみ。

人の身で魔界を賄うだけの魔力を、その身に貯めるのは不可能であるよ』


『……う、ぐあああッ! なぜ、何故だ!

どうしてリディがオルネアだと、あんたが知ってるんだよ!』


『むしろ、気づかれぬと、どうして信じていたのやら。……あれ程の魔術の技量、人間族に持てるはずがなかろうに。

それにあの神気、隠し通せるものではないのである』


 苦し紛れに放つ、勇者の不可視の斬撃を凌いではいるものの、明らかに義父さんの分が悪い。

 だが、勇者にはこれ以上攻める事は出来ないだろう─── 。


『─── 無駄であるよ勇者殿!

吾輩を殺せば、鍵の半分は永久に手に入る事はない。

魔王でもない、勇者でもない、聖剣すら持たぬ今の其方に、天界の門を開けるは不可能。

無益な闘いよりも、今は新たに抱えた義務に、頭を向けたがよろしいのではないか?』


『……義務?』


『左様、その魔力は魔界に配る為のもの、ひとりで抱えれば、数刻を待たずして死に至る毒。

本来あるべき形に習うが良かろう。魔界を守り、育まねば其方の命が危ぶまれる。

仮の魔王として研鑽を積み、魔界との繋がりを強くするしかあるまい。

─── そして……』


 義父さんは俺の方を指差して、高らかに宣言した。


『魔王の正統なる後継者、アルファード殿下が成人を迎えた時、再びここに現れよう。

その時、真なる魔王が選ばれるであろう。

─── それまでに精々、契約主の救助でも試みるがよいのである』


『ふざけるな! 今すぐお前を殺して、聖剣さえ取り戻せば……この魔王の力だけででも、世界の半分を殺してやる……!』


『……その中途半端な魔王の力、魔界を出て維持が出来るとでも?

魔界への供給が断たれ、即座に押し寄せる魔力で、其方は弾け飛ぶであるが……』


 これでは勇者は魔界から出られず、真の魔王にもなれず、魔界維持の為に生きなくてはならない。


 俺が成人して現れないと、姉さん達の結界も破れないし、リディが居なければ魔力を溜め込む事も出来ない……。

 こっちのネックを、相手への束縛に変えたのか!


『くそ……くそくそくそくそくそ……ッ!

─── なら、せめて……ッ‼︎』


『─── ッ⁉︎』


 勇者は自らの手を切り裂き、その血を振り撒いた。

 それは空中で半透明の黒い蛇となって、義父さんをすり抜け、一直線に……。



─── 俺の胸元を貫いた



『なッ⁉︎ 血迷ったであるか勇者ッ‼︎

─── アルファード殿下を殺せば、イロリナ殿下の封印は永久に……!』


『ふ……ふふ、二度も出し抜かれて、ぼくだって頭に来てるんだよ……。

─── 殺しはしないよ、古い魔王の編み出した呪術さ』


『く……うぅ……あ……ぅ』


『アルファード殿下ッ⁉︎』


 義父さんが青ざめて駆け寄る、胸の上に抱きしめられた父は、勇者に聞かれぬように小さく呻くように俺に声を掛けていた。


『その子は必ず、成人した時にここへ来る。

その保証は無いじゃないか、一応の保険だよ。

成人した時、忘れずにここへ来るように、番人を入れてあげたんだ』


『─── それだけではなかろうッ‼︎

この術式は何だッ! 何故これ程に苦しんでるであるか‼︎』


 勇者は口元を歪め、白い頰を上気させて答えた。


『生かさず殺さず、その子が成人した時に、あまり強くなられてても困るんだよね……。

その蛇は体内で、毒を出し続けるんだよ、死なない程度に。

─── そしてその子の行動は、逐一ぼくに伝えられる』


『……クッ、ひ、卑怯な! それが勇者の考える事であるかッ‼︎』


『剣聖……あなたに言われたくないな。それにこれはあなたの言葉だよ“使えるものは何でも使う、戦術に汚いなどとは青い”ってね』


『勇者ァッ……てめえ……ッ‼︎』


 ランバルドの怒声に、勇者は両耳を押さえて震え出す。

 髪をぐちゃぐちゃに掻き回し、呼吸荒くランバルドを睨み返した。


『……ああッ、もうッ‼︎

勇者、勇者とその名で呼ぶなぁッ‼︎

ぼくは何だ⁉︎ オルフェダリア家の為に売られ、なりたくもない勇者にされて、愛するカルラも奪われた……ッ‼︎

勇者なんてアルザスの作った、見せかけの看板みたいなもんじゃないか!』


『『『…………!』』』


『リディと契約させられた時、本当は全部知ったんだよ……勇者なんて言葉は無かった。

調律者は単なる調整役で、人々を救う存在なんかじゃない!

─── 勇者は……ぼくは……作られた英雄なんだ』


 アルザスの国策、全てをそのせいにするには、人が生きるに必要な悪を否定し切れない。

 それは国という大きな生き物ともなれば、その必要悪だって、自ずと大きな規模を求められる。


 ……綺麗事だけで回る程、社会はそんなに甘くなんかない。

 そして、世界がそれにすがるほど、文明に歪みが起きていたのだろう。


 縋り付いた答えはどうあれ、このハンネスという少年も、その必要悪に押し潰された犠牲者のひとりなのだ─── 。


『ハンネス……確かに“勇者”は作られたものかも知れない。

でもね、貴方が行く先々で魔物から人々を救ったのは事実だし、人々が貴方の存在に希望を持ったのも事実なのよ。

……それだけは忘れないで』


 テレーズの言葉を、勇者はただ憤りに喘いだ表情のまま、聞いていた。


─── イロリナ様、イングヴェイ代理人……


 その時、部屋に使い魔が現れ、何者かの声を繋げた。

 義父さんは、荒い呼吸を繰り返す俺を抱きかかえたまま、平静を装った声で応答する。


『……どうしたであるか』


─── 申し上げます、人魔海峡にアルザスの艦隊が現れました。

如何いたしましょう……


『こんな時に……。あい分かった、吾輩がひとりで出るである。

皆は特に何もする必要はない、普段通りにしてれば良い』


─── ……かしこまりました


『人へ復讐をしたい気持ちも分かるが、今は事を動かせぬ、どうか堪えて欲しいのである』


─── ……ッ‼︎ おおせの……通りに……!


 崩御は伏せられているとは言え、魔王と王太子夫妻が凶刃に倒れた事は、相当に腹に据えかねているのだろう。

 使い魔の向こうの声は震えていた。


 義父さんは使い魔が消えるのを確認してから、勇者に向き直った。


『……一先ず、ここまでの話はお預けなのである。今はアルザスの犬どもを追い払うのが先決である。

─── アルファード殿下とエルヴィラ王太子妃殿下を、ここには置いていくわけにはいかぬ、連れて行くがよろしいな……?』


『…………ああ、構わないよ。

ぼくがあわてる必要は、もうなくなってしまったからね。

それより、その艦隊、ぼくに任せてくれないかなぁ』


 勇者はとある方向を見ながら、拳を握り締めて問う。

 エルネアの加護は、魔界領内の異変を、正確に察知させているようだ。


『…………何故』


『ささやかな復讐だよ、ぼくの気持ちは、何ひとつ治っちゃいないんだ』


『……好きにするがよいである。

今後の事はどうするつもりであるか? 其方が魔王の代役として、ここに留まるつもりは、あるのであるか?』


『─── ハァ……やるよ

やらなきゃぼくは、死ぬんでしょ?

面倒臭い事になっちゃったけどね、ぼくの中には歴代魔王の智恵が入って来るんだ。

まあ、上手くやるしかないじゃないか……。

後に壊す世界を守るのは、なんとも複雑だけどね』


『ふむ、調律神の加護とは、本当に便利なものであるな……。

ならば任せよう、困った事があれば、そこに封印された三人に聞けば良い。

肉体の時間は止まっておるが、思念はそのままであるからな』


『ふふ、敵の心配? 人界の裏切者の相談なんて、彼らは乗ってくれるのかなぁ。

……まあいいや、これ以上あなたを見ていたら、殺したくなってしまう。ぼくはもう行くよ』


 勇者はふっと消え、部屋には俺の荒い呼吸だけが響いていた─── 。




 ※ 




 球体が光を失い、再び黒いモヤが中に渦巻き出していた。

 部屋には怒りとも哀しみともつかない、一種独特な、興奮にも似た空気が流れている。


「─── 俺はその後、どうなったんだ……?

今のは聖魔大戦中……三百年も前の話なんだろ?

どうしてその俺が、今ここにいるんだ……。

俺の記憶があるのは、五歳からだ。聖王歴で言えば二百九十年も空白がある」


 聖王歴は聖魔大戦終結から二年後、アルザス王国がアルザス帝国へと名を変えた時から始まった暦だ。

 今は聖王歴三百六年、最低でも記憶の映像から、それくらいは経っている事になる。


『あの後、イングヴェイは私とエルヴィラをこの地に隠し、お前を連れて樹海の奥へと去って行った……。

もし万が一、勇者が魔界を出て来た場合、私の持つ鍵の半分を死守するために……。

─── そして、お前に掛けられた呪いを、解く為に』


「俺の呪い……。俺にはその記憶が無いんだ……」


 そう、義父さんからも、そんな話は聞いた事がない。


『お前に何故記憶が無いのかは分からん……。

私はここでイングヴェイの置いて行った、彼の分身と共に、時が来るのを待っていただけだからな……。

ただ、イングヴェイはあの直後、お前に掛けられた呪いの、唯一の弱点を見つけていた』


 その声に被るように、球体からは義父さんの話す声が聞こえて来た。

 場所はどこかの森の中のようだ。




 ※ 




『─── 分かったのである、アルファード殿下の呪いを解く方法が……』


『何ッ! ほ、本当かイングヴェイ!』


『呪い自体を解呪する事は、不可能なのである』


『…………何だ……降り出しに戻っただけではないか……』


 落胆の声に、義父さんは静かに首を振る。


『まあ、話は最後まで聞くものである。

あの呪いは非常に強力な念が込められた、魔力で擬似的に創造された、蛇が元なのである』


『……それが……どうだと言うのだ』


『呪術とは念や感情を元に、術式を練り上げたもの、元々解呪の難しい分野であるが……。

共通した弱点が存在するのである』


『……弱点……? 聞いた事がないな……』


『思念や感情は、段々と薄れて行ってしまうものなのであるよ。

耐え切ればやがては、術式を固定している思念が消えて、成立しなくなるのである』


 うん、確かにそうだ。

 呪術は目的を果たせば消えるが、その目的意識を失う事でも、あっさりと解けてしまう性質がある。

 だが、俺に掛けられた呪術は魔王謹製の強力な呪いだし、成人が条件となっている以上、それより長く思念が残りつづけるのは明白だ。


『─── ざっと三百年程であるな、この呪いの期限は』


『……それでは意味が無いではないか……。成人を迎えた時には、呪いによって勇者の元へと連れて行かれるのだ。

あと十四年しかないのだぞ?

─── この調子では、その十四年間、生き長らえるのがと言う事でさえ疑問だ……』


『ふむ、確かにそのままであれば、十四年しか無いであるが……。

─── 呪いだけ三百年時を過ごしたら、どうであるか?』


『……んん? 呪いだけ切り離すとでも言うのか? それが出来るなら、解呪など簡単に出来ているはずではないか……。

話が見えん、どう解呪すると言うのだ……』


 義父さんは腕組みをして、深い溜息をついた。


『イロリナ殿下に施した封印と、近いものを使うのである。

アルファード殿下の肉体の時間だけ止めてしまえば、擬似生命体の蛇の過ごす時間は別なのであるよ……』


『─── ‼︎ そ、そんな事が出来るのか!』


『ただ単に肉体の時間を止める封印なら、それ程難しくはないのである。

……その間に勇者が老衰でもしてくれたら、非常に楽チンなのであるが……。

─── 中途半端とは言え、魔王の加護を受けた以上は、寿命は全くあてにならんのである』


『三百年後に……呪いが解けた状態で、そこから十四年後か。

色々と不安要素はあるが、このまま十四年後に絶対に勝てぬアルファードを送るよりは、まだ希望はある……な』


『ふむ、その前に勇者がリディとイロリナ殿下の封印を解いてしまったら。

向こうの方が、状況を整える時間がある分、絶望的なのではあるが』


 二人はしばし無言で考えているようだった。


『……あの子は、強い。

勇者が凶刃を振るったあの時も、あの子は泣かなかった。

それだけではない……陛下が亡くなられる直前に、呪いよけのついた盾を持って来ていた』


『ふむ、あれが無ければ、エルヴィラ殿下は即死だったやも知れぬな……』


『そして、私がこの姿で初めて、エルヴィラの元にいた時、あの子はこう言ったのだ。

……“ぱぱ、まま、でる?”と。

あの時、私を父だと見抜いた事に驚いて、彼の言葉は、単に外で遊びたいだけなのかと思っていた。

……だが、あの子は勇者が加護を受けるのを、もしかしたら察知していたのではないか……。

─── “ここから逃げろ”と、言いたかったのではないかと、思えてならないのだ』


『…………』


『親馬鹿と思われても仕方がないが、父上も私たちも、あの子の素質には何度も驚かされて来たのだ。

あの子にも魔王の血は流れている。

言葉には出来ずとも、あの子は先の運命を見据えているのではないか……と』


『いや、親馬鹿とは思わんであるよ。

呪いを受けてから一度も、アルファード殿下は泣いていないのである……。あの歳にあの呪い、さぞかし苦痛であろうに……。

─── 彼は何も諦めていないのではないかと、呪いを検めながら、何度もそう思ったのである』


 義父さんが真っ直ぐに、父の目を見つめている。

 球体の中央に移るその眼には、強い意志の光が宿っていた。


『剣聖イングヴェイ・ゴールマイン

私には今、なにも返せるものが無い……だが、その恥を忍んで、貴方にお願いしたい。

─── 私の息子を、頼む……! あの子に、生きる術を与えてやって欲しい……!』


 その言葉に、俺は胸が締め付けられていた。



─── コイツに、生きる術を与えてやって欲しい



 義父さんが無くなる直前に、ラプセルの住人達に言い遺したあの言葉と、全く同じじゃないか。

 義父さんのあの言葉は、俺の本当の父から受け継いだ願いを、次の強者へと託したものだったのか……!


 ダグ爺、軍神ダーグゼインは、義父さんの守護神だったと言う。

 そのダグ爺が、義父さんの言葉の意味を、分からないわけがない。



─── あの修行は、言葉の取り違いなんかじゃ無かった

全ては、俺に託された、ふたりの父親の想いだったんだ……!



『この世の存続の為、我が親友フォーネウスの、愛する者達の為

このイングヴェイ、生涯を懸けて、お受けいたそう』




 ※ 




 部屋に浮かんでいた球体から光が消え、スウッと消えて行ってしまった。

 いつしかスタルジャが隣に座っていて、俺の手を強く握ってくれていた事に、今更のように気がついた。


『イングヴェイはこの後、自らの魂を切り分け、そこに掛けた術式を委譲した。

イロリナ達への結界、私たちへの術式の全てを分け、自らに何があっても良いようにと備えた……。

─── 彼には感謝しても仕切れない、莫大な恩があるのだ……』


 確かに義父さんが居なければ、今ここに俺がいる事も無かっただろう。

 とっくの昔に、世界は滅んでいたかも知れない。


 育ててもらった恩以上に、今は返す事の出来ない大恩を知ってしまった……。

 義父さんの背中が、また大きくなった気がする。


『彼の……イングヴェイの最期は、どのようなものであったか……?』


「義父さんは……東の果ての辺境に、俺を連れて辿り着いたんだ。

そこは強力な結界に守られて、軍神、炎槌、癒神、闇神、あとヴァンパイアの御曹司がいてね……。

義父さんは里について、それから少しして……病で亡くなったよ。最期は……賑やかだった、里の皆んなが居てくれたしな。

─── 俺は義父さんの言葉で託されて、里の皆んなに鍛え上げられた」


『……何と……それ程の神々の下で、生きて来たのか……!』


 修行は辛かったし、壊れもしたけど……嫌な日々だったと思った事は無かった。

 そして、全てが分かった今は、あの日々が正に生きる術を与えてくれた時間だったんだと、温かく誇らしい気持ちだ……。


『─── アルファード。

お前に……我らの運命を託す。

その覚悟はあるか─── ?』


 隣に座っていたソフィアを見る。

 少し青ざめた彼女の唇が、微かに揺れていた。


 俺は目を閉じて、思いを馳せる。

 色々な人達の顔が浮かんでは消え、俺を象って来た全ての事を、再度胸に刻み込む。


 ……そして俺は、父に俺の意思を告げた。



─── もちろんだ。俺はその為に、ここまで生きて来たのだから



 俺が何者なのか、何のために生き、何を成すべき人間なのか理解できた。

 正直、やっぱり世界を救うだとか、顔も知らない人々の為ってのは、実感が湧かない。


 ただ、俺を守り、俺に想いを託して来た人達の存在は、今はもう俺の一部になっている。


─── シュウゥゥゥ……


 俺の覚悟が決まった時、背中の紋様が熱を発した。

 そして、額の両脇に燻り続けていた痛みが、刺すような痛みに変わった瞬間……。



─── 俺の頭に紫水晶の、大きく曲がった角が姿を現した



「「「─── ‼︎」」」


 部屋には、皆んなの息を呑む音が、空気を揺らすように響いた。


「俺は魔族、魔王フォーネウスの孫。

父オリアルと母エルヴィラの息子。

そして、剣聖の意思を継ぐ者……。

─── 魔界は俺が取り戻す!」


 ずっと忘れていた角。

 ソフィアかラミリアか、俺の存在を隠すため、紋様で消されていた魔族の証。


 体の奥底に、大きな何かが、脈動するのを感じた。

 途端に魔力の貯蔵庫が次々に解放され、全身に感じた事のない、高揚感が満たされて来る。

 

 真っ直ぐに見つめる父の蛙姿に、一瞬、俺によく似た男の顔が見えた気がした。


『─── ……その覚悟、しかと受け取った……!

お前に全て託そう、アルファード。まず手始めに、私とお前の母エルヴィラを……』


 父の声が淡々と響き、そしてこう告げた。

 


─── 殺せ……

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