第六話 それぞれに出来る事

 ローオーズ領ホーリンズ。

 運河と水車、風車が象徴的な農産業の中枢のひとつに数えられるその街は、各地で収穫された作物が集まる倉庫が建ち並ぶ。

 その内のひとつ、街の中心地から離れた場所に建つ、一際大きな倉庫の扉が開かれた。


 中から出て来たのは、まだ肌にニキビの残る、色白の青年。

 大きくあくび混じりの伸びをして、眠そうな顔そのままの、間延びした声を漏らした。


「はぁ〜っと、やっと出番ですかぁ」


「カール団長……! 不用意にお一人で出られるのは、流石に不用心に過ぎますぞ!」


 カールを追って慌てて出て来たのは、彼と同じく白銀に青の装飾が施された軽鎧の、無骨な中年の男だった。


「えぇ……? それは心配し過ぎでしょう、ビエスコ補佐。計画通りに事が進んで、今対象は警備庁舎に虜の身、こんな街外れを気にする事すら出来ないんじゃないですかぁ? ふわぁ」


「そ、そう言う事ではありませんぞ! 任務地においては、常に周囲への……ぎゃーぎゃー」


 反論するビエスコの声を無視して、カールは欠伸をひとつ、とろんとした青い目を瞬かせて、白銀のオープンヘルムから溢れる癖の強い前髪をいじる。

 そうして、ビエスコの小言を眠そうに聞き流して、終わる頃ポツリと呟いた。


「─── はい、そろそろ出番ですね

かぁ〜、何ですかねあの禍々しい魔力は。早くお家に帰りたいものです」


「は? 出番……⁉︎ うっ、な、何だあの魔力は……!」


「歩く魔導災害、あんなもの野放しにしてたら、それこそアンデッドだの、魔物だのわんさか産んじゃいそうですねー。

─── 怖いですかビエスコ?」


 警備庁舎の方角から押し寄せる、ドス黒い魔力に肌をビリビリさせながら、眠そうだった眼をそちらに向けたままカールは問う。


「ハッ、悪魔の存在など、ラミリア様のしもべ、教団の剣、我ら極光星騎士団の前には塵芥ちりあくたも同然ッ‼︎」


「はぁー、本当によく噛まずにそうスラスラと口上宣われるもんです。まあ、あなたがややビビってるのは理解しました。……さて」


「─── なッ、ビビってなど……」


「第三師団、整列ッ!

よく聞けッ! 我々第三師団はこれより、異端者アルフォンス・ゴールマインの粛清しゅくせいを決行するッ!

相手は各地で魔族との怪しい動きを見せる者、その力を持ってして、獣人どもに不穏な魔術を普及する大罪人ッ!

このローオーズの地に、我ら極光星騎士団が足を踏み入れるのは初めての事だ。

勝手の違いもあろう……。

─── だが恐るるなかれッ!

我ら極光星騎士団はラミリア様の寵愛ちょうあいを受けた、選ばれし精鋭の聖なる刃であるッ!

神より授かりしこの聖剣が一振り、まさに魔を討つに相応しいッ!

粛清だッ! 我らが刃に敵う闇無しッ‼︎」


「「「ウオオオオォォォッ‼︎」」」


「私に続けッ! この地を清め、闇を払おう!

─── 第三師団、前進ッ‼︎」


 その白銀の隊列は市街を進むに連れ、他の倉庫に別れた騎士を集めながら、ホーリンズの街に白い線を描き出した─── 。




 ※ ※ ※




─── その数分前、ホーリンズ警備庁舎最上階、その一室


「……ひとつ聞こう、お前はブラドでは無いのか?」


「…………ち、違う。お、お前の言う、ソレは、オレのただの記憶……きゅ、休眠の……ゆ夢……」


 ニタニタと笑いながら、男は口の中に指を入れ、親指程の太さもある、細かく節のある白い何かを引きずり出して見せた。


「……む、蟲。宿主を……休眠させる……蟲。ち、ちち小さな……子供に戻して……て、抵抗力を……う奪う……。

き記憶も……意識も、眠らせる……蟲」


 男が掴む指を離すと、蟲はズルズルと体内に戻って行く。

 その光景にアルフォンスは眉ひとつ動かさず、ジッとただ男の顔を見ていた。


「……きゅ、休眠を解く……には、記憶に……つけた、か鍵……必要……。お、お前は、そ、それを……わざわざ、集めて……こ、ここに」


「─── この地の料理と、ここからの風景か」


「ひゃ、ひゃはははは……。そそうだ、お、オレと、お前がこ、ここに居る……のが、そ、そのしょ、証拠だ……」


「その言い方だと、ブラドだった時の意識は無かったって事か、なるほどね」


 ローオーズトーストの名前、庁舎から見た風景が、男の休眠を覚ました。

 もし、これが男の意思によってブラドが操られていたのなら、ここに来るまでの間にソフィアなりティフォなりが見抜いていただろう。

 思惑通りに動かされたアルフォンスは、しかしそれに怒る様子は無かった。


「うわー、一本とられたわぁ。

─── これでいいのか、シャリアーン?」


「……その名を……し知ってる、お前は、ややはり危険……」


「だからどうした。ここまで俺を連れて来る事に成功しても、お前が俺に何か出来るとは、到底思えない」


 この石造の要塞のような建物の壁も、窓の柵や鉄扉も、目の前の刺客にもなんら障害だとも思ってはいない。

 その事実を告げても、男はただ笑うだけだった。


「……お、オレの任務……お、お前をここに……連れて……来るだけ……。

オレ……死んでも……オレの一族……、ほ、他の氏族、だ出し抜い……た。ほ、誉れ……シャリアーン……でう、上になる……」


「シャリアーンの中でも、派閥争いか。どこも変わらないな。

─── 所で、お前には親や子供、家族がいないのか?」


「けはは、か、家族? し、氏族が……か家族。親……はシャ、シャリアーンの、と、頭領のみ」


「ふーん、ダルンの馬賊社会と似たようなもんか。家に縛られるとか、面倒くさいもんだな」


「……へッ、お、お前らの……ほ方が、あ、あわれ。か、家族……愛……? 狭い、家に、しし縛られて……る」


 身じろぎしたその首元で、ペンダントがシャリっと音を立てた。


「さあな? 縛られる奴もいれば、自由奔放な奴もいる。縛られる場所が狭いだけ、少し飛び出せば、そこは自分自身の世界だ。

どっちが哀れかは知らないし、お前と異種間議論をする気もない」


「……な、なら、何故……聞いた……?」


「いやな、お前にも家族がいて、死にたくないってのがあるなら、条件付きで見逃してやろうと思ったんだがな。お前の任務はここまでなんだろう?」


「条件……? し、しし、死など怖くない」


 アルフォンスはその答えを聞き、宙空に手をかざすと、鈴のような音を響かせて夜切が現れた。


「条件はひとつ、ブラドを救えってだけだ」


「……ぎゃは、ば馬鹿なこ事……を。ゆ、夢の中のもの……どどうやって、そ外に……出す?

あ、あれは記憶……た、ただの夢……た魂など……無い、幻」


 ブラドがただの夢の意識なら、この男を殺そうが、生かそうがどうしようもない。

 例えこの男を殺して、蘇生の魔術を掛けようが、この男が蘇るだけであろう。


 ブラドには人格があった。

 アルフォンス達と過ごす中に、笑い、恐れ、悲しむ、ひとりの人格が確かにあった。

 それなのに、あれはただの擬似的な人格だったと言うのか……。


 単なる意識の切れ端、そこに魂が無いと分かっていても、ブラドの存在を否定する事が出来ようはずもない。

 その揺らぎが、必死に押さえつけていた怒りのふたを、わずかずつ緩め始めていた。


「……家族の概念が違うのなら、お前のやった事がどれだけの哀しみを産むか、想像もつかないだろうな。

─── セオドアも、アースラも、もちろん俺達もあの子を愛していた」


「……ひゃは、そ、そうだ……そ、そんなに……あ会いたいなら……。さ、さっきから……頭の中で……うるさい……」


 男の目がぐるんと白眼になると、顔の右側の頬から額に掛けて、べこりと凹んだ。

 ボコボコと皮膚の下で何かが蠢き、その部分だけ幼子の肌の質感に変わり、その部分だけがブラドの物へと戻った。


「あ、アルおとーさん……ご、ごめんなさ……い」


「─── ! ブラド……」


 声は男のものでも、確かにそれはブラドだと確信が持てた。

 それはただ目元の部分ひとつだと言うのに、ブラドの人格がそこにあるのだと、改めて認識させられる確信。


「アルおとーさんも、セオもアースラも、うっ、皆んな……大好き……だよ」


「……あ、ああ。俺も、俺達も皆んなお前が大好きだぞブラド。さあ、一緒に帰ろ? な?」


「……無理……だよ。本当のぼくが……目覚めて、全部分かったんだ。

ぼくは……その内、忘れられちゃうんだ。ぼくは、ただの……夢だったんだよ」


「……そ、そうだ。……お前は、た、ただの夢だ……!」


 男が突如、ブラドの顔の部分を、爪で引き裂いた。


「ぎゃ……うっ……‼︎」


「何をするッ‼︎」


「こ、これは……お、オレの、記憶……。お、お前は……か、関係……無い。

そ、それに……お、オレを、き斬れば……こ、こいつも……死ぬ。ひゃはっ、ひゃはっ」


 その言葉に、我を忘れたアルフォンスの肩に、細い小剣の先が突き立てられた。

 じゅうと音を立て、赤く染めるはずの血が、ドス黒い泡を煙と共に立たせる。


 ……毒、散々森で放たれた、鎧の損傷だけを狙った毒が、丸腰のアルフォンスの肩に刺し込まれた。

 しかし、アルフォンスは顔色ひとつ変えずに、ただ目元のみのブラドを見つめていた。


「や、やめてッ! おとーさんに痛いことしないでぇ……」


「……ひはっ、あ、頭の中、お前の……さ叫びが……い、痛気持ちぃ……。

こ、こいつに……お、オレは……こ、殺せない……」


 救う事が出来ない、目の前の男を殺せば、ブラドが掻き消えてしまう。

 せめて何かをしてやれないかと、どれだけ考えようとしても、答えは出なかった。


「だめッ、おとーさん! おねがい、こいつを、ぼくをやっつけて!」


「ブラド……お前が消えてしまう……」


「ぼくはどうせ消えるよ、こいつの中で、すぐ……わすれられちゃうんだ。

だから、たたかって!」


 夜切を喚び掛けた手が、戸惑いで戻された。

 その仕草に男はニヤリと口元を歪ませて、アルフォンスの肩に突き立てた毒の小剣で、滅多刺しにせんと引き抜こうとする。


「……ぐ、ぎ……何だ、抜けな……い!」


 しかし、アルフォンスの肩の筋肉に締め上げられた小剣を抜く事が叶わず、男は別のナイフを取り出して腹部へと突き立てた。

 そんな隙だらけの動きを、読めないはずもないアルフォンスだが、身動きひとつせずされるがまま。

 白いシャツに、今度は赤い血が牡丹の花のように広がって行く。


 腹部に突き立てられたナイフにも、何らかの毒が仕込まれていたのだろう、アルフォンスの額から汗が噴き出すように流れ出した。

 しかし、顔色を変えたのはアルフォンスではなく、一撃を加えた男の方であった。


 今突き立てたナイフは、確実に重要な臓器を損壊させるはずだったと言うのに、刃先は腹部の筋肉に食い込んだ所で全く動かなくなったのだ。

 男の焦りが脳内の均衡を崩したのか、顔面がボコボコと音を立てて、縮んで行く。

 ……そして程なく、ブラドの顔へと変わった。


「……ブラド、何かしてやれる事は……ないか」


「ううん、もうね、いっぱいもらった……から。ぼくはだいじょうぶだよ、アルおとーさん」


「いや、だってまだ、お前にたくさんしてやれる事がさ……」


 体の主導権を争っているのだろうか、こちらに伸ばそうとする手が、行きつ戻りつして震えている。

 その手を両手で包むと、手首から先だけが、あの小さく柔らかなブラドのものへと変化した。


「─── アルおーさん

おねがい……ぼくを殺して?」


「……出来ない……」


 目を伏せるアルフォンスの手を、ブラドは強く握り返した。


「……セオがね、いってたんだ。アルおとーさんはすごく強いんだぞって。

優しくて、強くて……みんなを守るために生まれてきたんだぞって……」


「………………」


「ぼくはね、そんなすごい人を、ってよべてね、すごくうれしかったんだよ?」


「……くっ…………」


 アルフォンスの伏せた目で、まつ毛が小刻みに揺れている。

 プラドはそれを少し哀しそうに微笑んで、その手を頰に当てて擦りよせた。


「こいつの……本当のぼくの記憶、見たんだ。これから世界がね、めちゃくちゃになるかもしれない……」


「…………」


「ぼくにだってわかるよ。アルおとーさんは、ひつようなんだって……。みんなを守れる人なんだって。だから─── 」



─── ぼくに、アルおとーさんのおうえん、させて



 ブラドはそう言って微笑むと、アルフォンスの肩に突き立てられた、腐食の毒剣に目元を押し当てた─── 。


「「ぎゃああああぁぁッ‼︎」」


 男の悲鳴と、ブラドの悲鳴が重なり、閉鎖的な部屋の中を渦巻いた。

 ブラドから意識を取り戻した男の顔が、再び大人の顔へと戻るも、目元の黒い泡ぶくに焼かれ続けたまま。

 眼球の流れ落ちた眼窩から、毒の危険を察知した、白い蟲がモゾモゾと逃げ出している。


「がああああぁぁッ‼︎ ……く、くうぁぁッ!」


「おとーさんッ‼︎ 殺して! 早く! ぼくじゃもうおさえきれないよ……ぅぅああッ」


 男の声、でも確かなブラドの言葉、その違いが分かってしまう事が胸を締め付ける。


 アルフォンスは目を閉じて、夜切を抜き、震える手で上段に構えた。

 腹部に受けた毒の影響か、その硬く閉じたまぶたの端から、血混じりの涙を溢れさせて。


 この愛らしい、己を父と呼ぶ幼子が、一瞬でも苦しまぬよう……。

 守るべき者の為に積んできた、渾身の力をもって、夜切を振り下ろした─── 。


─── ドサ……グシャ……


 縦ふたつに分かれた肉体が、別々の方向に倒れ、絨毯越しに大理石にぶつかる音が響く。

 男の体のほとんどを構成していた、膨大な数の蟲達が放り出され、もがき苦しむ。


 朱の中に目立つ、その白い生物の姿も、突如部屋に立ち込めた黒い霧に隠された。


─── 怒り、哀しみ、凄絶なアルフォンスの負の感情が、ドス黒い魔力となって部屋を闇に染めて行く


「うあああああああああああああッ‼︎」


 慟哭とも怒号ともつかない渾身の咆哮ほうこうが、感情と魔力とを乗せて魔術化し、天井の一部を吹き飛ばした。

 その膨大な魔力は、重厚な石造りの壁すらも押し通り、ホーリンズの街へと雪崩れ込む。


─── バガァン……ッ‼︎ 


 突如、部屋の鉄扉が斜めに割れ、床を削りながら崩れ落ちた。

 解放された出入り口からは、アルフォンスの黒い魔力が一気に流れ出て行く。


「─── 親父どのッ‼︎ ブラドッ‼︎ 無事か⁉︎」


 アルフォンスは天を仰いだまま反応をせず、声を掛けたセオドアを見ようともしない。

 そこにあるのは夥しい血と、その中に蠢く小さな白い蟲、床に転がる肉片─── 。


 その凄惨な死の海の中に立つアルフォンスの足元に、天井に空いた大穴から射し込む光を、鈍く反射する物があった。


─── セイジンキキョウを象った、小さなペンダント


「……ど、どういう事だよ……どういう事だッ‼︎

ソレは……ソレは……ブラドなの……か⁉︎」


 セオドアの震える声に、アルフォンスは天を仰いでいた顔を静かに向け、一言だけ呟いた。


─── そうだ……だよ




 ※ 




─── セオドアがアルフォンスの元に到着する、その数分前


 何なの? 待ってろって言うからこの部屋に入ったのに、誰も来ないどころか、さっきから庁舎を慌てて出て行く人間の足音ばっかなの。

 しかも外から鍵掛けられたんだけど……。


 何か変な予感もするの、だってさっきから変な波長の魔力がグイグイ来てる。

 多分アル様のだけど、あまり感じた事のない、不安になるような匂いがするの。

 いつも繋げてくれるソフィアさんの念話も、いつの間にか途切れたまま……。


 私は常識的だからいいけど、お姉ちゃんかティフォ様辺りはそろそろ、て言うかこの足音は多分─── 。


─── バガァン……ッ! ユニ、いる?


 鉄の扉がイカの干物をあぶったみたいな形で、目の前の床を転がった。

 うん、お姉ちゃん、扉壊して私を見てから、それを聞いても意味がないと思うよ?


「─── おかしい。人の気配が建物からすっかり消えた

それに上の階から魔力の波が凄い。

アル様達は心配いらないけど、ブラドとセオドア夫婦は……」


「うん、確かアル様とブラドは、上の階に連れられて行ったの。セオドアとアースラはちらっとだけど、東側の廊下に連れられて行くのをみたよ?」


「なら、セオドアとアースラの方ね。

アル様が居るなら、ブラドの心配は無いはずよ」


 ふたり廊下を駆け出すと、細切れになった鉄の扉が散らばってる部屋があった。

 あれはどう考えてもソフィアさんなの。

 匂いを嗅ぐと、ソフィアさんのいい匂いは、階段に向かってるから、多分アル様を探しに行ったんだと思う。

 そうこうしていたら、お姉ちゃんも私も、その場で急停止する事になった。


─── 体が押し潰されそうな、感じた事もないような魔力が上から突き抜けて来た


 物凄く強くて濃厚な、怒りと哀しみの匂い、すぐにアル様のだってお姉ちゃんも分かったみたい。


「─── この魔力の匂い……アル様に何かあったかにゃ⁉︎」


「……分からない。けど、凄く悲しそうなの。上には多分ソフィアさんが向かってるし、あの人も尋常じゃなく強いからきっと大丈夫。

─── えっと、それにね……」


 アル様の魔力の匂いに混ざって、色んな匂いが流れてくる、気配は無いけど何かが迫っているのかも知れない……。

 上に行くための階段は今、目の前にある。

 けど、私たちが行くべきなのは、どっちなんだろう。


─── アル様達はまだ、私達に正体を明かしてくれていない


 でもね、流石にこれだけ毎日、近くで過ごしていれば分かる。


 スタちゃんも規格外な存在だけど、ティフォ様とソフィアさんは、人ならざる高位な存在だって。

 特にアル様とあのふたりは、何か凄い運命に抗うために、必要とし合って一緒にいる。


 私とお姉ちゃんは、アル様と一緒にいられた時間が短いのもあるけど、多分後10倍は強くならないと肩は並べられない。

 アケルをタイロンと三人で旅をして、自分でも強くなったって自負があるから、却ってそれが嫌という程分かってしまうの。


─── 話してくれないのは、仲間はずれじゃなくて、優しさなんだと思う


 アケルでお別れする直前、アル様は『自分の運命を確かめてからちゃんと考えたい』と言った。

 私達を巻き込みたくないって、本当にそう思ってるのも分かる。


 あの人は優しい、それはただ物腰が柔らかいんじゃ無くて、ちゃんと考えた上で支えてくれる優しさ。


─── だから悔しい、私達は背中を預けるには、まだランク外なんだって


「……私達はアル様達の足元を確保だよ! 大きな事はアル様達に任せて、今はセオドア夫婦の救出と、敵の牽制か逃げ道の確保ニャッ‼︎」


「─── ふふ、あんたも成長したわねユニ

うん、そうしよっか! 今はあたし達が出来る事をやろう‼︎」


 拳を合わせて気合い一発、ふたりで頷き合って、廊下をまた進み始めた。

 と、その時、カチャリと音がして、普通に扉を開けて出てくるティフォ様の姿が目の前に。


「ティフォ様! ご無事だったかニャ⁉︎ 

ティフォ様の所は鍵を閉められてなかった……の?」


「ん、カギは、かかってたよ? 開けた」


「「開けた」」


「ん、開けって、ゆって開けたら開いた」


「「言ったら開いた」」


 ダメ、論理的に考えたら、この人のスケールに押し潰されるの。


「さっき、アル様の凄く怒ってるのと、哀しんでる魔力が来たの。何かあったのかなぁ……。

今多分ソフィアさんが向かってる、私はお姉ちゃんとセオドア夫妻を探すの」


「ん、それがいー。オニイチャは、しんぱいいらない、アレはしんでもしなない、もんだいがデカイほど、びんびんビッグになるオトコ」


 紅い眼を細めて、なんか遠くを見てるけど、本当にお人形さんみたいに綺麗な人だな。

 台詞はあんまりだけど。

 それにデンと構えててかっこいい、見た感じ私より少し年下なのに、この貫禄はなんだろう……。


「ティフォ様は? アル様の元へいくのかしら?」


「ん? いかないよ。あたしは、ちょっと輪投げしてくる」 


「「輪投げ」」


 唖然とする私達を他所に、ティフォ様はすぅっと姿を消して何処かへ行ってしまった。


 輪投げ? ああ、だめなのユニ、論理的にあの人を考えちゃダメなの。

 気を取り直してしばらく進むと、ガンガン扉を叩く音が聞こえて来た。

 この声はアースラ。


 でも何だろう、ちょっと匂いが違う?

 アースラかと確認すれば、そうだと答えるから本人なんだろうけど……うーん?


「扉を壊すから、アースラ少し離れてて欲しいの」


─── バギャンッ‼︎


 お姉ちゃんのと同じように、扉がイカの干物を炙った感じで部屋に転がり落ちると、ムッとアースラの匂いが出て来た。

 ……何だろうこの匂い、どっかで嗅いだ事あるような……?


「セオドアは⁉︎ ブラドは無事なのですか⁉︎」


「ええ、ブラドは無事だと思うわ。アル様と一緒だからね。

セオドアは……この廊下の先かしら?」


「おふたりが来る少し前に、彼が廊下を走って行く音がしましたのよ。ではもう彼もブラドの所に……?」


「うん? あたし達は一本道の廊下を、階段を通り過ぎてから来た。でも、鉢合わせなかったわね。行き違ったのかしら」


「わたくしは、このまま上に向かいますわ!」


 そう言って、アースラは部屋から飛び出して行った。


「残りはスタだけか。ユニ、この廊下の先も一応見ておくわよ。

スタならとっくに何とかしてるだろうけど、一応建物の構造も見ておきたいし」


「うん」


 また廊下を走り始めてすぐ、ドロドロに溶けて、まだ熱気の凄い扉の痕跡のある部屋を通り過ぎた。

 スタちゃんの匂いと魔力、すでに姿は無かった。


 それにしても皆んな、それぞれ鉄の扉を個性的な開け方するなと感心していたら、斜めに真っ二つにされた扉のある部屋に辿り着いた。

 強引に斬り裂いたような、斬れ味の悪そうなこの跡は、多分セオドア。

 部屋を覗いたけど、アースラの言った通り、もうここにはいない。


「ねえユニ、あなた、セオドアの通り過ぎた匂い、感じた?

あたし達が通る前に、階段を上って行ったはず……だよね」


 お姉ちゃんが、廊下からそう言うのが聞こえた。

 でも、私はセオドアがいたはずの、部屋の匂いに気をとられていた。


「お姉ちゃん……この匂い……」


「うん? セオドアの匂いがどうかした……これは⁉︎」


 さっきのアースラの時は、よく分からなかったけど、セオドアの匂いでよく分かった。

 だってこの匂いは私達にゆかりがあるもの、それなら先に廊下を通ったセオドアの匂いに気がつかなかったのも分かるの。


「セオドアは……それにアースラも種類は違うけど、多分─── 」


 そう言いかけた時、廊下の大理石を踏みしめる、大勢の鉄靴の音が響いて来た。


 その直後、遠くで大きな地鳴り、そして上の階からも大きな振動が伝わって来る。

 私とお姉ちゃんは、顔を見合わせて階段へと向かい、駆け出していた。

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