第三話 思春期か?

 ヴァンパイアはアンデッド系でも、最上位に位置づけられる存在。

 その肉体は何度破壊されても蘇り、魂を消し去るか、魂の器を霊的に破壊しなければ死を与える事は出来ないと言われている。


 息を吐くように魔力を操り、単純に高い身体能力は、人を玩具のように容易く引き千切る。

 特にその真祖ともなれば、人の手で倒す事など不可能とされる、悪魔のような存在だ。


─── その悪魔の街で、が猛威を振るっている


 闇と光の精霊を思うままに操り、強力な魔術で雷を降らせ、焼き払い、凍りつかせた。

 極限まで強化された肉体で、切り裂き、砕き、引き千切る。


 通常の武器では、傷を負わせる事すら難しいヴァンパイア達が、粘土細工の様に石畳の床に散らばっては再生の黒い霧を立ち上らせていていた。


「あれ、スタルジャ……なんだよな?」


「はい。別人格、いえ、彼女の中に巣食う負の心が、ミィルちゃんの魔力で顕在化しているだけでしょう……。

気が済めば元に戻ると思いますけど、あの感情は凄まじく強いですね……」


 そう言われてみれば、ミィルの気配が完全にスタルジャと一体化しているようだ。

 ミィル自体も俺の影響で禍々しさを持っているし、最近スタルジャはそのミィルの影響で、肉食にもなったりしてたけど……。


 目の前で人間に母親をなぶり殺され、集落を焼かれ、人質として生きた時間はそう簡単に薄まるものではないと思ってはいた。

 しかし、一時的とは言え、この変化は……。


「─── ダークエルフ……霊的に高い純粋なエルフが、闇に呑まれた時に転生する、破壊の存在……か」


「ん、タージャはこれくらいやっても、バチあたらない。いつもいい子すぎ、たまにはワルになって、自分をたしかめるの、ひつよー」


「…………思春期かよ」


 低層の街に棲む『黒札』と呼ばれるヴァンパイア達が、後から後から現れては、スタルジャに立ち向かい散らされて行く。

 肉片から再生しようとする者を、踏み潰しながら、黒い霧に覆われたヴァンパイアの街に、ダークエルフのわらい声が木霊する。


「─── ん? あれは……」


 スタルジャの足下へ、四〜五才くらいの男の子が、駆け寄って行く。

 とは言っても、それは明らかにヴァンパイアであり、普通の人の子供とは別物で、殺意を持っている以上は魔物と同じだ。


─── しかし、スタルジャは一瞬、躊躇ちゅうちょを見せた


 その隙を突いて、一斉にヴァンパイアの群れが飛び掛かり、彼女を押さえ込みに掛かる。

 そこにあぶれた残りの者達は、即座にこちらへと標的を変えて、牙を剥き出しに襲い掛かって来た。


 スタルジャのいた場所には、ヴァンパイアが群れを成し、姿を見る事すら出来ない。

 俺は手に夜切を喚び寄せると、妖刀の心と繋がり闘気と魔力を練り上げ、迫り来る怪物の群れに狙いを定めた─── 。




 ※ 




─── うーん、これ一体どうなってるのかな?


 アルにヴァンパイア達の殺意が向いた途端、視界が真っ暗になって、気がついたらここにいた。


 真っ暗な部屋には、高い場所に小さな小窓があって、そこから外の明かりが見える。

 それなのに、部屋には窓からの光で照らされるわけでもなく、ただ真っ暗だった。


 精霊に語り掛けてみても、何の反応もない。


 多分これは、夢の中というか、私の心象風景みたいなものなのかな……?

 契約して身体に住まわせていた精霊とも、繋がりがなくなっているのだから、これは私の精神世界なんだろうけど。


─── よっ! うんしょ……


 精霊術が使えないから、仕方なく私は小窓の縁に飛びついて、よじ登って覗き込んでみた。

 その小窓からの風景に、私は目が回りそうな感覚を覚えて、思わず落ちそうになった。


 今自分は窓から外を見ているはずなのに、そこから見える景色は、空の真上から見下ろす視点になってたのだから。


─── そして、そこから見えたのは、泣く事すら出来ずにうずくまる子供と、男達に足蹴にされている女の人の姿だった


 その光景に私は悲鳴にもならない叫び声を上げる事しかできなかった。

 喉が張り裂けそうになるくらい、ありったけの力で大声を出しているのに、何の音も出はしない。


 強張った体がずり落ち、床に転げた。


─── あの泣いている子供は……

そして、蹴られていたのは…………


 すぐに飛び起きて、もう一度窓によじ登って、外の景色を見る。

 でも、そこにある光景は、もう別のものに切り替わっていた。


 焼かれる集落、毒で虫の息のランドエルフの皆んなを、馬族が間引いて行く。

 私は離れた丘の上で、縄で繋がれてそれを見せられている。


─── もう……やめて……やだ、ヤダよぉ……


 これは私の辛い過去、それをただ見せられているんだ……!

 どうして? やっとあの土地からも離れられたのに……新しい幸せを掴めそうなのに……。


─── どうして私は、この過去を捨てられないの……?


 泣きたいのに、どうしようもなく胸と喉が痛むのに、何故か涙は出なかった。

 代わりに私の体から黒い影が伸びて、小窓を少しだけ小さくした。


 ……そっか。

 こうやって、運命を恨む気持ちで、この部屋は埋められていったんだ。


─── もう少しで、あの小窓も埋められるのかな……そしたらもう見ないで済む。そしたらもう、見ないで済む……


 でも、真っ黒の部屋になったら、私はずっとここにひとりになっちゃうのかなぁ……。


─── もう、ひとりは……いやだな


 その言葉がきっかけで、ある人の顔が頭に浮かんだ。


「……アルぅ…………たすけて……」


 自分の口から出たその言葉は、他の言葉よりも、少しだけ私に実感をもたせた。


─── 私がまだ、この世に在るという実感を




 ※ 




─── 【斬る】ッ‼︎


 夜切のつばが小さく鳴って、黒い煙幕を一斉に焚いたような黒い霧の塊が、視界を覆うように発生した。

 切り裂かれたヴァンパイアの肉壁が、黒い霧の渦に変わった刹那、スタルジャのいた辺りから肌を切るような冷気が押し寄せた。


「─── 【冬の女帝イ・シュレム】……こんな大物まで喚び出せるのか、スタルジャは……」


 目の前には、天を突くような巨大な氷の柱が、突如として出現していた。

 その柱の奥に、氷の精霊の最上位の存在が、愉しげに微笑むイメージが重なる。

 氷の眷属であろう精霊達が、歓喜の詩を詠み上げながら、大気を覆い尽くそうとしているようだ。


 広場の植物達が、急速な凍結と乾燥に、きらめきながら崩れ落ちて行く。


─── ここに押し寄せていたヴァンパイア達は、全て凍てついた氷像と化し、静寂に包まれていた


 空気中の水分が氷晶となり、キラキラと陽の光を反射させて、上空から舞い降りる。


 霜が降りたように一面が白くぼやけた世界の中、氷の柱からは青い光の粒が抜け出て集合を始めると、それが人の姿を成し、瞬時に褐色のスタルジャへと変貌した。


 彼女は周囲のヴァンパイアの様子を見て、ニイっとわらうと、腕をスッと振り払う。


─── パァ……ンッ


 乾いた音を立て、氷像のヴァンパイア達が、粉々に砕け散る。

 曲がりなりにも真祖たる強者を、一瞬にしてこれだけの数を、氷漬けにするとは……。


─── しかし、流石は相手も不死の王たる存在達である


 粉々の氷と散った先から、陽の暖かさに液化し、再生の黒い霧を一斉に上げ出した。


「あははははっ! まだ死なないのか、虫ケラみたいに這いつくばって、まだ生にすがりつこうとするのか……

─── なら、虫になっちまえよ……クズども」


 スタルジャの体から、強力な精霊の反応が現れると、地面を蠢くヴァンパイアの肉片に変化が起きた。

 肉片が集められ、それを突如現れた石が覆い、甲虫の形を創り出す。


 やがて不死の王達は、フンコロガシの形の動く石像の群れへと姿を変え、弱々しく辺りを徘徊した。


「─── 石化……いや、石像に肉片を埋め込んで『魔導被造物』に仕立てたのか……!」


「あー、なるほど。これなら不死の体でも、どうしようもありませんね。

石が風化して、全部の肉片が出てこないと、復活できません。黒いスタちゃんは、黒くてイイですね〜♪」


 『魔導被造物』は魔術的儀式や、術式、錬金術なんかで創り出された、人工的な生命体の事だ。

 ゴーレムなんかがその代表格だが、実際にゴーレムを創り出すには、とんでもなく細かい術式の構築が必要になる。


─── それを一瞬で、これだけの数を同時に創るとは……


 ここまで来ると、精霊神もしくは妖精の女王クラスの技量が必要になるだろうが……。

 ミィルの力でも使われてんのかな。


─── バシュッ! バシュバシュッ!


 黒スタルジャは、追い討ちを掛けるように、前腕程もありそうな釘を魔術で射出して、虫の石像を地面に打ち付けている。

 ……これでももちろん、ヴァンパイアは死にはしないが、この姿にされて自由も奪われたら、もうどうしようもないだろう。


 ただ石に閉じ込めるだけじゃなく、あえて動けるゴーレム化までしておきながら、自由を奪うとは鬼の所業である。

 スタルジャは怒らせないようにしようと、心に強く誓った瞬間だ。


─── その瞬間、新手の気配に気付いた俺は、咄嗟とっさにスタルジャを背後から抱き止めていた


 彼女の先に、遠巻きから怯えてこちらを伺う、他の住人達がいる。

 スタルジャは羽交い締めにされながら、そちらに向けて手を伸ばし、体内の精霊を複数同時に動かそうとしていた。

 俺は彼女の体に腕を回し、強く抱きしめて体を街の外側へ向けさせた。


「止めろスタルジャ! これ以上は……」


「離せ……気安く触るな人間! もうひとりのスタルジャはお前に惚れてるかも知れないが、オレはお前のことなど……!」


「あー、そうかも知れないが、今はそうじゃねぇ。ゆっくり振り返って上を見ろ……」


「─── っ⁉︎」


 中央の高台の上から、今までのヴァンパイアとは比べ物にならない強者の一団が、こちらに向けて弓を構えている。

 あれはただの弓じゃない、おそらく何らかの呪物である事は、この距離からでも分かる。

 ……彼女は確実に狙いを定められていた。


「……お、おい、人間。どういう事だ……」


「下であれだけ騒げば、元締めが動くだろ。射ろうと思えばいつでも出来たはずだが、そうしないのはまだ警戒の段階って事……」


「─── そうじゃねえ!

何でお前がオレの盾になってんだ!」


「ああん? 大事な女の盾になって、何が不自然なんだよ」


「ば……ばかゆってんじゃ……ね、ねえ!

お、お前の大事なスタルジャは、オレじゃねぇだろ!」


「は? お前スタルジャだろ、日焼けした健康的な肌も、魅力あり過ぎて目の毒なんだよ。

─── いいから今は大人しくしてろ」


「な、魅力……ちょっ、ばっ……」


 急にスタルジャから強張りが消えるのが分かり、そっと腕を離すと彼女はうつむいてブツブツいいながら、つま先でグリグリと地面に円を描いている。

 拗ねたのだろうか、そんなに暴れたかったのか? 後で美味い飯でも食わせてなだめておこう。


「暴れたければ後でにしてくれ、取り敢えず俺が話をつける」


「…………お、ぉぅ」


 何だ本当に大人しくなったな。

 戦闘狂になったのかと冷や冷やしたが、純粋で素直なスタルジャのままで、内心胸を撫で下ろしていた。

 ティフォが口をパクパクさせて『ちょろい』みたいな事を言っているみたいだが、うん、聞き分けのいい子でよかった。


「─── 抵抗する気は無い。

これは防衛するための戦闘行為だ、この街に危害を加えるつもりも無い。

我が名はアルフォンス・ゴールマイン。バグナスギルド所属の冒険者だ。

この街へは、ツェペアトロフ家宛ての届け物に来た、御目通り願いたい」


 両手を上げてそう伝えると、高台から馬車がゆっくと大きく迂回しながら降りて来た。

 馬車を引く馬は、魔獣か使い魔か、青い炎を纏ったひづめで宙を踏みしめて進んでいる。

 二頭立ての馬車には御者がおらず、代わりに馬を先導するように、執事と思しき整った身なりの男が宙を歩いて来る。


「これは大変失礼いたしました、冒険者アルフォンス様。まさか結界を破壊して参られるとは、我々も想定しておりませんでした。

何分、小さな領地でございますので、念には念を入れておる次第、弓を引いた件どうかご容赦くださいませ……」


「……こちらも初めて訪れた土地で、勝手が分からずに無茶をしてしまった。許してくれ。

石像にしてしまった彼らは、俺が責任を持って元に戻す」


「イエ、彼らは素行不良によって降ろされた、真祖の名折れ、達にございます。

むしろ大人しくなって、我が主人もお喜びでしょう。

……それに、これだけの腕をお持ちの方が、無闇に手を出すはずもありますまい。彼らの自業自得というものでしょう」


 どうやら予想通り、最初から敵対する気は無かったようだ。

 男はうやうやしく礼を取り、胸に手を当て、視線を下げたまま。

 彼も真祖である事は間違いないが、人である俺達に、おごり昂ぶる様子はなかった。


「しかし、をお持ちでありながら、何故、自らお進みに……なられたのですか?」


「い、いや済まない。これがどういうものかは聞いて無かったんだ。観光みたいなもんだったと思ってくれ……。

─── ん? 何故、俺がを持っていると分かる?」


 男は目を伏せたまま、顔をやや上げて、滑らかに謡うように口上を述べた。


「申し遅れました、私、ツェペアトロフ家当主フロレンス様に仕えております、モンドと申します。

畏れながらその宝剣『プレジチェフルンゼ』は、当家の家宝のひとつ。貴方様がこちらの領地に足を踏み入れた時から、我々にはその気配が分かっておりました。

……が、目的が分かりかねておりましたもので」


「この宝剣にそんな名前があったのか……。これは友人に託されたもので、由来も何も聞いてはいない。

彼からはこの手紙をプリシラという人物に渡して欲しいと頼まれただけだ」


「……失礼、拝見いたします。

─── ッ! やはり、シモン……様……の!!」


 封筒には何も書かれていないが、すぐに彼の物であると分かったようだ。

 ヴァンパイア特有の感覚でもあるのだろうか、モンドは目尻に涙さえ浮かべて、シモンの健在を喜んでいた。


「これは当主の……いや、ツェペアトロフ家に連なる全ての者にとって、最上の喜びにございます。すぐにプリシラ様にお取り次ぎいたしましょう!

さあ、馬車へお乗りくださいませ。ご案内いたします」


 シモンがどうしてこの街を去ったのかは聞いたことがなかった。

 ただ、モンドの表情と言葉から、彼が愛されていた事だけは分かって、少し安心できた。


 俺達が乗り込むと、馬車は音も振動もなく、流れるように上へと舞い上がる。

 馬車の座席は、四人が向かい合って座る作りだったが、何故か俺の両サイドにソフィアとスタルジャが座った。


 ソフィアは朝からだったからまあ分かるが、スタルジャまでもが至近距離でガン見してくるのは、物凄く困った……。




 ※ ※ ※




 高台の上、真祖の区画は見事の一言だった。


 メルキア公国には四つの公爵家が存在して、順繰りに首長の座を交代している、特徴的な国だ。

 レジェレヴィア公都は、その中でも一番大きな都市であり、力があると言われている。


 メルキアは人間社会では、表向き農業国家となっているが、気候や国土で言えば農業に向いているとはお世辞にも言えない国だ。

 地理的にも『栄光の道』から遠く、貿易での印象は薄い。


 しかし、この高台の街並みはどうだ。


 爵位を持つ家の屋敷はもちろん、一般の真祖の邸宅も、そこらの小さな国であれば王族の暮らしそうな建物ばかりだ。

 それもそのはず、元々研究者肌の多いメルキアの真祖達は、魔術、魔道具、兵器、農具、製薬……あらゆる分野に、数え切れないほどの特許を持つ国なのだから。


「どこ見ても城って感じで、現実感が無いなぁ」


「ええ、かなり古い建築様式ですね。四百〜五百年前の、中央諸国で流行したフィンベルト様式と呼ばれるものでしょう。

元はヴァングルフト様式といった、剛健かつ儀礼的な建築が元で、重厚な直線の建築が……うんぬんかんぬん(早口)」


「なぁソフィ、せっかくなんだし、景色見ようよ。さっきからまつ毛が当たってこそばいんだが……」


「外側の人間の区画もそうでしたけど、建物内の装飾こそが見所でしょうね、楽しみですよコレは(超早口)」


「聞いちゃいねぇ……」


 超至近距離のソフィアから、せめて視線だけでも逃そうと反対側を見れば、ダークエルフスタルジャがこれも至近距離からジッと見上げてる。


「……な、なんだよ。何見てんだオメェ……」


「悪ぃな、ちょっと狭くてな。そっち向いたら目が合っただけだ」


「な、なら……いいんだけどよぉ」


 そっぽ向く彼女の耳が、俺の胸元にぱたっと触れる。

 いや、それ以前に二人用の座席に三人座ってるもんだから、ソフィアとスタルジャは体を斜めに向ける感じで座ってるわけだが……。


 ……両腕に当たってんだよ、ふたりの柔らかいのがさぁ……。

 ああ……またスタルジャがガン見始めちゃったみたいだ……視線がチクチクする。

 何が気に食わなかったのか、そんなに睨まないでもいいじゃない。


 ティフォは膝にベヒーモスを乗せて、わしゃわしゃと撫でながら、外の景色をジト目で眺めてる。

 ああ……俺もそっちでベヒーモス抱きたい。


「皆様、あちらに見えて参りましたのがツェペアトロフ侯爵家になります」


 馬車の窓から、モンドがにこやかに教えてくれた。

 ヴァンパイアの微笑みに救われるとは、何とも平和主義なシモンを思い出すなぁ。


 小高い丘の上に、一際大きな建物が見える。

 装飾過多で荘厳な風合いながら、白で統一されたシンメトリーな建築は、どこか教会を思わせる静謐せいひつさがある。

 鉛色の空の下で、黒っぽく見える針葉樹の色に対比され、白い建物には浮世離れした雰囲気が醸し出されていた。

 ……ある意味、ヴァンパイアの居城に相応しい風景だと思える。


 ただただ美しい街の風景の中、高台の上のヴァンパイア達は、皆穏やかな表情をしていた。

 黒札民のヴァンパイアが、あんなだったただけに、穏やかな彼らの姿は意外に思える。


 ……あー、でもシモンもこんな雰囲気あったっけなぁ。

 黒札民は素行不良とか言ってたし、老成したヴァンパイアは、みんな穏やかなのかもしれないな。




 ※ 




「プリシラ様、こちらがシモン様の─── 」


「あの腰抜けの手下共か。それも人とはな、たかがにえにうつつを抜かすとは、あの虚弱な恥晒しらしい。

─── 虫唾が走るわッ‼︎」


 モンドが慌ててなだめている彼女こそ、シモンの妹のプリシラだ。

 カールした長い銀髪、海の底を固めたような深い青色の瞳、白磁を思わせる白く艶やかな肌。

 まさにシモンの妹だと、一目見て直感した。


 『マールダーの宝石』とうたわれたくそイケメンのシモンとよく似ている。

 彼を女にして、髪をカールさせ、そして……。


─── 八歳くらいまで、縮めた感じの女児だ


 で、山の上から見下してるのかなってくらい高慢ちきにした感じ。

 そんな小さなシモンが、ダンゴムシを見るみたいな目で反り返っている。

 ……思わず笑いが込み上げてしまった。


「ふん、宝剣を返しに来たというのであれば仕方がない。プレジチェフルンゼさえあれば、ど田舎の公爵共と馴れ合う事もあるまい。

……それはそれとして。

─── なんだ貴様の、その禍々しい魔力は」


 プリシラは青い瞳に警戒の光を灯して、俺をジロリと見た。

 椅子に座って足を組み、肘掛に乗せた腕で気怠そうに頬杖をつきながら、吐き捨てるように言う。


 慌ててモンドがたしなめ、俺の事を紹介しているが、話を聞いているのかいないのか、ただこちらを冷め切った目で見ている。


「……モンドから話は聞いておる、そこの男、シモンと長くひと所にいたようだが……。

─── 貴様は何者だ?」


「あー、俺の名はアルフォンス・ゴールマイン。俺の育った郷にシモンがいて、あいつとは親友ってだけだ。

俺がこっちに旅をするってんで、手紙を預かってる」


「そんな事は知っておる……。

貴様は何なのだと聞いておるのだ、貴様……本当に人間か?」


 ああ、そう言えば酒舗で『魔術研究ではこの国随一の』と彼女の評を聞いてたっけ。

 真祖で魔術研究者だけあって、俺の魔力の性質を見抜いているのは当然の事か。

 『超美人』って語選にはいささか疑問が残るが、魔術に関しては評判通り、見た目の幼さでは測れないものがありそうだ。


「プリシラ様、その物言いは無礼で御座いましょう。アルフォンス様はわざわざシリル側の山脈を越えて、シモン様とのお約束を……」


「だまれモンド! 私に口出しをするでないわッ‼︎ 貴様の主人は誰だ!」


「畏れながら、私めの主人はこのツェペアトロフ家当主、にございます」


 わ、モンドさん……ちょい切れじゃないっすか。

 にこやかに細めてた目を開けて、真っ直ぐにプリシラを見つめているだけなのに、そこだけ世界が違うかのような重圧が……。


「チッ! モンド、お前は黙っていろ。私には此奴を検める必要があるのだ、この無礼者めが!

─── おい貴様、アルフォンスと言ったか、兄上……シモンは今どこにいる?」


「さあ、それは俺の口からは言えないな。シモンから預かってきたこの手紙に、居場所が書かれていれば分かるんじゃないか?

俺はただ届けに来ただけだ、面倒ごとは御免被る」


 うん、もう帰りたい。

 シモンの妹だって聞いてたから、穏やかにイケメン談話でもして、きゃっきゃしたかったんだけどな……。


 モンドに手紙を見せ、彼女に渡してもらうと、視線ひとつで封筒を開いて読み始めた。

 ……預かってただけで、全然確かめもしてなかったけど、あれ何かの封印がされてたんだな。

 おそらくプリシラだけに開けられるようになってたのか、そんな感じの術の動きを感じていた。


 シモンにしては厳重だな、そんなに大事な内容なんだろうか……それをこの妹に読ませていいのか?

 シモンが離れてる内に、グレちゃったのかも知れないぞコレ。


 でも、兄を呼び捨てにしてた割には、ガッツリ食い入るように読んでるな。

 あ、本当はいきなり居なくなっちゃったお兄ちゃんに、ヘソ曲げてるだけだったりして!

 だからきっと普段は穏やかで可愛らし───


「─── ふ、あははははははははッ!

腰抜けめ、何処どこぞとは言ってはおらぬが、余程の辺境に隠れ住んでおるようだな!」


 あー、ないかぁ〜。

 これが素かぁ〜。


「しかし、高貴なる真祖のひとりでありながら、居処ひとつも堂々と言えぬとは、さぞかし後ろ暗い場所におるのであろう。

流れ者の掃き溜めか、廃人の肥溜めか、名前すら書かれておらぬが、協力者もおるようだ!」


 ん? 今、ちょっとお兄さん、聞き捨てならない言い方に引っ掛かっちゃったな。


「─── 貴様もそこ出身と言う事は、ろくでもない親に産み捨てられたのか?

その禍々しい魔力、呪詛じゅそに近い物があるものなぁ……あははははは!」


 まあ、両親はどんな人か分からないから、そう言われてもピンと来ないし、魔力の禍々しさは詳細が謎だし。

 腹は立つけど、キレる程でもないか。


「……んじゃ、手紙は確かに渡したぜ。もういいだろ?

宝剣は……アンタに渡しておく方がいいか?」


 本当はこの後に帰ってくる公爵夫妻と対面で渡す予定だったけど、もういいや。

 娘がこれだと、親の方もちょっと怪しいしな。

 モンドに宝剣渡して、とっとと飯でも食いに行こう。


「お、お待ち下さいアルフォンス様、プリシラ様のご無礼、このモンドが代わりお詫び申し上げます!

すぐに別室にておもてなしをさせて頂きます故、何卒、何卒、シモン様のご両親にお話を……」


「あー、まあ、あんたがそう言うならいいけどな。流石に礼儀を欠くにも程があるとは思うが、別に俺には関わりのない事だ。あんたが気にする事じゃない」


 プリシラに聞こえたら、嫌味にも聞こえるかも知れないが、どーだっていいもんね。

 公爵家のおもてなしって言うんだし、いい酒飲めるかな?


 モンドに案内されて部屋を出ようと、向けた背にプリシラの嗤笑ししょうがまとわりつく。


「ハハハハハ! あの腰抜けなど、もう忘れられ掛けておるのだ!

人々に忘れ去られるなど、本当の死ではないか。彼奴もしかばねなら、その地に集まる者達も屍、役立たずの最期に相応しい地ではないか!

それをわざわざ封書でひけらかすとは……ハハハハハ」


 忘れられたら屍か……。

 偶然だろうけどさ、里にいる皆んなは、一線を退いた守護神達なんだよな。


 それも本人達にはなんのいわれもない事で、人からの信仰を断ち切られて、今はあそこにのんびり暮らしてる。

 人の想いでそこに在る存在、その彼らにとっては、忘れられる事はまさに死と同義だ。


 ……この旅が終わったら、俺はダグ爺達に何がしてやれるだろう?

 彼らを人々に思い出させる事か? いや、そんな事はもう、望んでいないんじゃないか……。


 俺、もしかしてダグ爺達になんもお返しできねぇんじゃねぇのか……?

 そう思ったら、何だか物凄く悲しくなって来てしまった。


─── ピシィィィ……ィ……ン


 突如、背後にとんでもない神気が、殺意を伴って膨れ上がった。



─── 黙って聞いていれば……



 慌てて振り返ると、目の前にフワフワと僧服を揺らめかせ、髪を逆立てているソフィアの姿があった。



─── 私の大切な者を傷つけた報い……



 異変に気がついたプリシラは、即座に使い魔の蝙蝠の群れを喚び出し、魔力を両手に集め始めた。



─── 死を以って償いなさいッ!



 アンデッド最上位、ヴァンパイア真祖に対して、調の殺意が牙を剥いた─── 。

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