第十四話 ぽんこつオニイチャ

「……ほう、これ程とは……。精霊神の加護を受ければ、魔力は跳ね上がるものじゃが……。

─── これは歴代でも随一と言ってよかろう。んん、ただ……なんじゃ、妙に禍々しいのう」


 元々ミィルは金色に輝く妖精だったが、俺のポンコツ魔術の影響で、どこか俺っぽさが入ってしまった。

 戴冠かんたいの儀式を済ませたミィルの魔力は、途方も無く跳ね上がっているのだが、禍々しさも比例して上がっちゃった感じだ。


 光が消えてミィルの姿がしっかりと見える。


 紫色になっていた髪色は、紫がかった黒に近い色に。

 すみれ色の瞳は、やや赤味がかって、目元に強さが現れていた。

 羽はより黒さが増して、光を吸い取ったように艶すら無く、紅い目玉の模様が宙に浮いているかのような錯覚を覚える。

 その自分の姿と、膨大な魔力を確かめた後、ニヤリと笑う口元には鋭い八重歯が光っていた。


─── 悪者か?


 とっとと契約者署名をスタルジャに変えて置けば良かったか……。

 いや、それだとティータニアの目には、止まらなかったし、そのお陰でジゼルは巫女になれるわけだ。

 うーん、成るように成る運命だったって事にしておこう、もう分かんないもん。

 よくは分からなくても、何だかここに全ての出来事が集約されているようにも思える。


「─── どうじゃ? 妖精族の頂点に立つ者の気持ちは……悪いものでもあるまい?」


「んー、そうかも。今なら月の位置くらい変えられそうな気がする♪」


「……多分、マジで出来るし、どんな災害に結びつくか分かんないから止めておこうな。

気分とか変わった所は無いか?」


 うーんと小さく唸りながら、手の平をグーパーすると、周囲のマナが反応して光の粒を振りまいた。


(……マナに触っただけで……精霊を生み出してる……⁉︎)


「変な感じはないよマスター。お腹が空いた気がするくらい?」


「まあ、ここ何日も闘ってたなら、腹も減ってるだろう。後で何か作ってやるよ……って、マスターってなんだよ?」


「んん? だってマスターじゃん、あたしの契約者署名にアルフォンス・ゴールマインって書いてあるし」


 まあ、そうなんだけどさ。

 急にマスターとか呼ばれると、落ち着かないって言うか、慣れてない。

 もしかして、魔力が爆上がりして、俺との契約も強まったとかか?


「まあ……ミィルが嫌じゃないなら、それで良いんだけどさ」


「んふふ♪ マスターのそう言うやさしーとこ、大好き〜☆」


 んん? ものっ凄く色っぽくなってるが⁉︎

 これ、害虫から雌の目に変わってんぞ!


「これは……もしや人と妖精の婚姻が、再び起こるやもしれんのう……ウィリーンとエルデのように」


「いや、ねえから─── 」


「「な、なりませんッ!」」


 何故かアネスとジゼルが、顔を真っ赤にして食い気味で否定に入って来た。

 あー、神聖な妖精の女王だもんな、人間の俺とくっつくとか考えたくもないよな巫女さんなら。


「……おほん。ではジゼルよ、これで妾は女王ではない。其方の肉体に宿る事で、巫女としてアネスに仕える事も出来よう。

─── 普通の娘として生きる道もあるが……どうする?」


「─── お願いします。私を巫女にして下さい!」


「ジゼル……貴女は……。それではずっと私とここに縛られる事になるのですよ?」


「いいの。おかあさんと一緒に、この国の皆んなを守って行きたいの……お願い」


 アネスは複雑なんだろうな、巫女として生きて来た誇りもあるけど、その辛さも知ってる。

 それを愛する娘にさせるのは、反対したいけど、応援もしてやりたい……そんな所か。


 そう言えば、巫女の契約は女王ティータニアが結んだんだよな?


 ちょっと見てみるか……おお、あったあった。

 ホールの中央の凹みの所に、契約が刻み込まれているのが、薄っすらと見えてる。


(……なんだ、別に場所に縛られる項目は、マナ調節の力の代償には、それ程必要でもないじゃん……これなら試しに書き換えてみるか?)


「えーっと、そいそいっ、そそいそいっ」


「─── あ、ぽんこつオニイチャ、だから魔術がぽんこつだって……」


「おい『ぽんこつオニイチャ』ってなんだよ!

……て、あ……あぁッ⁉︎ そうだった……!」


─── ぼふんッ!


 ジゼルから白煙が噴き上げて、ホールにデカイ煙の輪っかが巻き上がって行った。

 マナがジゼルに向かって流れ出し、脈打つように魔力が膨張している。


「何じゃっ? 其方、一体何をしたッ!」


「え⁉︎ け、契約内容を……書き換えてみただけだよ?

一生、外に出ちゃダメって所、イジれそうだったから」


「何でじゃ? 何で人間のそなたに、古代精霊言語の魔術式をイジれる⁉︎

─── ひっ! じ、ジゼル⁉︎」


 魔力の膨張が止まった。

 もうもうと立ち込める白煙の中、巨大な気配が奥にうごめいているのが感じられる。


「─── はー、ビックリした!

今のって、アルフォンスさんがやったんですか? いきなりは驚くじゃないですか〜♪」


「「「……ッ⁉︎」」」


 ホールに巨大な白い影がそびえ立っている。

 輝く白い毛に覆われた、長大で剛健な体躯、ホールに長く伸びた尻尾。

 ぴょこんと小さな耳に、つぶらな瞳……。


─── そこには巨大な白いイタチが立っていた


 やや間があって、ジゼルは自分の体を見渡し、慌ててキョロキョロしている。

 感情の昂りに反応したのか、周囲には青白い狐火が現れて、フヨフヨと漂い出した。


 ……自分でやっておいてアレだけど、一口に言って、魔力量だけで言えば、S級指定の化物だと思う。

 これ、軍が出動するレベルだよ……。


「─── ちょ……え? なにこれ⁉︎

い、いやぁぁ……ッて、あ、戻れる」


「お、落ち着くんだジゼル! え? 戻れんの?」


 シュウ……と音を立てて、白い光のシルエットが縮んで行くと、元の獣人の姿へと戻っていった。

 ……服は別として。


「え! あッ、きゃああぁぁッ!」


「ご、ごめんッ‼︎」


 慌てて顔を覆って目を閉じている間、アネスが魔術で服を作ってあげている音がした。

 正直に言おう、見てしまった……。


「ぷ……っ、あは、あははははは! 何じゃこれは、本当に契約が変わっておるではないか!

『月に五日は聖地にいる事』じゃと? そこらの人間の仕事より楽になっておるぞ⁉︎」


「「ええっ⁉︎」」


 アネスとジゼルの頓狂とんきょうな叫びが木霊した。


「─── そ、そんな……私の今までの苦労は……」


「……まあ、その、なんだ。契約内容はお互いの利益あってのものだから、よく見直す事も大事って事で─── 」



─── がばっ!



 アネス母娘に抱き着かれた。

 何か泣きながら笑ってるし、結果オーライって事でいいんだろう。


 あまりにグイグイ来るもんだから、三人でステップを踏む感じになって、それを見たティータニアが大笑いしていた。


「何にせよ、これで君達も聖地に縛られる事なく、この地を守っていけるようになったんだ。

これからは母娘と叔母の三人で、色々と楽しんで生き続けたらいい」



─── がぽんっ ……ちゅっ



 アネスに兜を外され、頰に口づけをされてしまった。

 お、お母さん、娘さんの目の前ですって……。


「…………ごめんなさいねぇ、こんな昂ぶった気持ちは初めてで……抑え切れなくなってしまったの……」


「ああっ! おかーさんズルイっ! 私だって……‼︎」


「─── いや、あの……ちょっ! うひぃ」


 両サイドから母娘でキスされ、戸惑うというか、脳の処理が追いついて行かない……。

 髑髏どくろ兜の口からは、桃色の吐息がシュウシュウ出ていた。


 助けを求めて三人娘を見てみれば、ほのぼのした光景を見るかの如く、ただニコニコしているだけだ。

 ……どうしてこういう時は、連携してくれないのか?


「ん、でも今回のオニイチャ魔術、バグが軽すぎ?」


「そう言えばそうだな……。いつもだと、もっと邪悪な何かが起きるんだが」


「え? マスターの魔術って、邪悪なのー?」


 言えない、ドス黒い羽でパタパタ飛び回るミィルに、お前がソレだとは、言えない。

 ジゼルには多少、狐火が飛び交うくらいの禍々しさがあったが、それくらいのものだった。

 ……後で分かる感じの、ヤバイのじゃなければ良いのだが。


「まあ、何にせよ世話になったのう、適合者よ。名は何と言ったか……?」


「ん? ああ、自己紹介がまだだったな。俺はアルフォンス・ゴールマインだ。

適合者って知ってるって事は、やっぱり妖精だからか」


「うむ。神聖に近いからのう、超知覚が備わっておる故、大いなる運命に関わりある事は自然と分かるようになっておる。しかし、そなたは先程の魔術といい、精霊との繋がりといい……懐かしい匂いがするのう」


「……ああ、闇神おんしんアーシェスと癒神ゆしんセラフィナ、炎槌えんついガイセリックが俺の師匠なんだ」


 途端にティータニアとアネスから、ギョッと聞こえて来るくらいに、驚かれてしまった。


「─── 『夜の神』に『朝の神』に、その上『炎槌ガイセリック』じゃと⁉︎

道理で精霊言語の契約など、一瞬で書き換えられるはずじゃ……」


「まあ! 聖剣の創造主のお弟子さんだったのですね! お召しになられた甲冑から、聖剣に似た加護を感じるとは思いましたが、そんなご関係だったとは」


「色々あってね。今はまだ、訳あって話せないが、みんな元気にやってるよ」


 それから話せる範囲で、アーシェ婆達の事を話していたら、突然ティータニアがあごに手を当てて難しい顔をした。


「─── 時にアルフォンス、其方の苗字はゴールマインと言ったな。

そなたはもしやイングヴェイと言う名の者と、何か所縁がないか?」


「んん、まぁいっか。……イングヴェイ・ゴールマインは俺の養父だ」


「やっぱり! あのめ、こんな子までこさえておったか……いや、髪色や目、耳の形も違うが……」


 ん? 色魔? 父さんが⁉︎


「ちょ、ちょっと! 色魔って……こんな子までって何だよ⁉︎ イングヴェイって、剣聖イングヴェイの事だよな? ハイエルフのイングヴェイ……」


「─── ふう、それで合っておる。

養父じゃったか、ならば聞かぬ方が良かろう。その様子じゃと、何も知らぬようであるしのう。

あのバカは元気でやっておるのかの?」


「……父さんなら十年以上前に死んだよ。高齢エルフ特有の病気だった」


 ティータニアは驚いた顔をした後、寂しそうに俯いて、深く静かに溜息をついた。


「ハイエルフとはいえ、人じゃからなぁ……。やはり先に皆、居なくなってしまうものだのう。

と、言う事は、そなたが最期まで看取った家族に相違ないな?」


「ああ、父さんが俺を拾ってくれてから、ずっとふたりで暮らしてたよ。

口下手で物静かだったけど、よく笑いかけてくれる優しい父親だった」


「─── 口下手……物静か……。

想像がつかんが、だとすればそなたの父親として、真っ当な男になったという事じゃな。

なれば彼奴の最期は、そなたのお陰で幸せであった事じゃろう」


 何か物凄く含みがあるけど、父さん本当に何やったんだ⁉︎

 何となくダグ爺から、若い頃はやんちゃしてたって話は聞いた事があるけど……。


「……しかし、この地はまた建国と同じく、かの三柱に救われたと言う事かの」


「ふふふ、そしてやっぱり、人と妖精と精霊が揃わなければ、この国は立ち行かないと言う事ですね」


「ふむ、では妾ももう一働きじゃな。次にこの体で顕現けんげん出来るのは、何年後かは分からんが、その時までゆっくりと魔力を溜め込むとしよう……。

─── ジゼルよ、近う寄れ」


 ティータニアとジゼルの体が重なり合い、ティータニアの魔力も気配も、ジゼルの中に消えて行った。


「─── おっと、忘れておった」


 ジゼルが突然、ティータニアの声で喋り出した。


「そなたに何の礼も返さんとは、妖精の沽券こけんに関わるからのう。

どれ、これならいつかそなたを守ってくれる事じゃろうて─── 」


 そう言って、アネスの体に手をかざすと、彼女の体から銀色の光る粒子が舞い上がる。

 それが小さく集まり、ポトリと俺の手の平に落ちた。


─── 銀色に光る指輪


 それはどこか鼓動を感じる、不思議な力で満ち溢れている。


「アネスとひとつになった聖剣と、この地の想いの詰まったものじゃ。

今は何の力も出せぬが、それをそなたが持ち、様々な事に遭遇する度に成長していくであろう」


「─── 成長する指輪……か

ありがたく貰っておくよティータニア。この地を、ふたりをよろしく頼む」


「ふふふ、なるほど、養父に似て人タラシじゃの♪

任せておけ、もうアネスを泣かせたくはないからのう……。この地を今一度立ち上がらせた暁には、そなたに正式な恩返しをするつもりじゃ」


「いや、礼なんていいよ。指輪も貰ったし」


「阿保、そなたはどれだけの事をしたと思っておる! 小さな事なら小さな礼で良いが、大きな事には大きな礼が必要なものじゃ。

力ある者には、それを受ける義務もあるんじゃからな?

─── まあ、首を洗ってまっておれ☆」


 そう言ってウィンクをした瞬間、キョトンとしたジゼル本人の表情に戻った。

 しかし、早くもティータニアを受け入れた影響が出たのか、目元を掴んで頭を苦しげに振っている。


「無事、ジゼルと同化したようですね。ティータニアの魔力の器は、それは大きなものです。

普段は顕現こそ出来なくても、貴女の中からしっかりと支えてくれるでしょう」


「うん。あ……凄い、国中の事が精霊達から教えてもらえるんだ……。うぅ、頭が追いつかないよぅ」


「最初のうちは、気分が悪くなる事もありますからね、今はゆっくり休んで慣れる事です」


 ジゼルは『でも』と、残念そうに俺の方を見る。

 アネスはその背中に手を添えて、俺達に深々と頭を下げた。


「この通り、今は娘を休ませてやりたいのですが、皆様はどうかこちらに泊まっていって下さいな。

お礼もお話も、たくさんさせて頂きたいのです」


 三人娘も快諾したので、聖地に泊まって行く事にした。

 アネスは若返って、今はそんなにジゼルと違わないのに、所作とか表情はやっぱりお母さんぽく見えるから不思議だ。


 ミィルが空腹でフラフラしていたので、取り敢えずそっちを何とかしてやらないとな。

 ……妖精って、飯必要無いんじゃなかったっけ




 ※ ※ ※




「─── ああ……こんなに熱くて、肉厚な逞しいモノ、何百年振りでしょう……。

あっ、よだれが垂れてしまいました。

頬張り切れないのが、少し切ないですけど、このはしたないのもまた……」


「こういうのは、はしたないくらいが、良いんじゃないか……今夜くらいは、下品にさ……?」


「ふふ……意地悪ですのね。ああ、でもこの大きくて長いものを、夜空の下で頬張るなんて。

胸がときめいてしまいますわ」


 そう言って、アネスは恥ずかしそうに辺りをキョロキョロした後、両手で掴んだソレへと、愛おしそうにむしゃぶりつく。


「─── バーベキューは豪快なのが良いんだよ。

柔らかい部位を選んで仕込んだけど、あごが疲れるなら、ナイフもあるから」


「アルくん! このお団子みたいなのは、何のお肉なんですか?」


「それはレッドデビルホーンの肩肉と、ミスリルクロスボアのあばら肉のミンチに、ネギ生姜混ぜ込んだヤツだよ。

多少、味もついてるけど、そこの壺のタレを塗って炙ってから食べるといい」


 最初はミィルのために、簡単な食事をって思っていたら、彼女の食欲は想定を遥かに超えていた。


 アネスもジゼルも、この聖地の影響で、ほとんど食事を必要としなかったからか、ここにはささやかな台所しかない。

 急遽、外で炭を起こして、バーベキューにしたら、そのままパーティーへと雪崩れ込んでしまった。

 精霊神の体となったアネスは、食事を摂らなくても良い体ではあるが、匂いにつられて一口食べたら火が点いてしまったようだ。


「ますたー、これ、おぉいひぃねぇ♡」


「それはバグナスの南海沖で漁れた怪魚、ナイトメアパイクだったかな?」


 さっきまで無言でガッついていたミィルが、頬袋をパンパンにしながら、目を細めている。

 こっちのは串に刺さずに、薄く切った切身に軽く香り付けをして、チーズと交互に重ねて焼いてある。

 ミィルには大き過ぎるのだが、魔力で綺麗に切りながら、断面を溢れるチーズと肉汁を目で楽しんではかぶりついていた。

 一体、この小さな体のどこに、それだけの物量が収まるのか、不思議でならない。


「うわぁ、いいなそれ、私も食べよ!」


 伸びたチーズの糸を、あむあむ食べている妖精の姿に焚きつけられ、スタルジャが手を伸ばす。

 体内で休ませていたミィルの影響か、やや肉食寄りになっていたスタルジャは、最近は乳製品にも興味を持つようになっていた。

 ミィルの横に座って、同じくチーズびろ〜んをしながら、ニッコニコで怪魚のチーズ焼きを楽しんでいる。


「皆さん、おはようございます〜♪」


「「「おはよ〜」」」


「あら、ジゼル! もう起きて大丈夫なの?

体の具合はどうかしら?」


 心配するアネスに、ジゼルはニコッと笑い返すと、Vサインを決めてみせた。


「国中の情報を一気に読み込むのは、まだ無理だけど大分慣れて来たよ……。

今は情報をカット出来るようになったから、全然平気♪

─── それより、はぁ〜いいにおい!」


「おう、ガンガン焼いてるから、好きなだけ食ってくれ!

……ドワーフに家畜肉食い尽くされたから、魔獣肉ばっかだけどな」


「わっ、お肉! 懐かしいなぁ、聖地に来てからは、全然お腹減らなかったのに。

う〜スッゴイよだれ出て来てアゴいたい……」


 腹が減らないってのも、どんな感じなんだろうか?

 下手すると『食べる』って行為のために、人生の大きな時間を使ったり、場合によっては機嫌にも関わるしな。


 ドワーフ達も保護されてる間は、ほとんど酒以外口にしなかったらしいし、その酒すら極たま〜にだったそうだ。

 当初は不貞腐れたりしてたけど、しばらくすると皆んな大人しくなってたって言うから、食欲が無いと悟りに近づくのかも知れない。


「そんじゃ、まあ、皆んなそろった所で、乾杯でもするか」


「「「はーいっ!」」」


 上等なワインを開けて、全員がグラスを片手に集まった。

 アネスに音頭を頼むと、えらく恐縮していたが、どう考えても彼女が一番の功労者に違いない。

 恥ずかしそうに頰を染め、目を閉じて色々と思い返しているようだ。


「……まずは、シリルの再起に。

そして、この聖地の新たな三百年の安寧に。

ジゼルの巫女就任と、ミィルの女王就任。

ふふふ、色々あり過ぎてニヤけてしまいますね。

─── そして、私を解放して下さった、全ての皆様のために……乾杯」


「「「かんぱーいっ!」」」


 アネスは数百年振りの酒に、うっとりとして喜び、ジゼルは久し振りの肉料理と、初めてのワインにはしゃいでいた。

 何しろジゼルにとっては初めての酒だし、すぐに酔っ払うのではと心配していたが、流石は獣人族……ザルだった。


「うふっ、うふふふふふふふ♪」


 ……むしろ、母親たるアネスの方が、さっきから笑い続けていた。

 それとなくセーブさせようと思ったが、ワインボトルをがっちり持って、離そうとしない。


 ミィルも散々食べて転がっていたと思っていたら、いつの間にかまた肉を焼き始めた。

 その横では酔っ払ったスタルジャが、エルフ語とダルングスグル語のちゃんぽんな、童謡のようなものを歌っている。


 途中、ジゼル達のストックしていたハーブを借りに台所へ向かうと、ソフィアも鼻歌交じりについて来た。


 何だかソフィアも機嫌がいい。

 酒精に当てられたのか、少しだけ赤味のさした頰が、艶々していて思わず見惚れてしまった。

 俺の視線に気が付いたソフィアは、くすくすと笑いながら、俺に身を寄せた。


「楽しそうだなぁソフィ」


「フフ、最近お料理が楽しくて♪

でも、気分が良いとしたら、アルくんのおかげですよ。

……アネスさんを救ってくれて、ありがとうございます」


「んー? どうしてソフィがお礼を言うんだ」


 俺の問いに微笑んで、少し首を傾ける。

 整ったエメラルドの瞳を潤ませて、どこか熱っぽい表情をみせた。


「巫女としてのアネスさんの今までは、何処か私達神の背負う姿勢に似てるなぁって。

……そう思ったからこそ、感情移入してしまったんでしょうね。彼女の半生を聞いていたら、すごく悲しくなってしまって……」


 そう言ってソフィアは、俺の胸に額をつけて、胸元の服をきゅっと握った。

 薄暗い台所の片隅で、ふたり寄り添う。

 外からは皆んなの楽しげな声が、小さく聞こえている。


「制約があるのは、時に怖くて苦しい事もあるんです……よ?

それを貴方が救う姿を見て、何だか少しだけ勇気がもらえた気がするんです」


 制約か……。

 ソフィアにも神としての制約があるんだもんな、今だって本当は俺に話したくても話せない何かがあるんだろう。


 微かに震えている彼女の背中が、何だかいつもより小さく感じて、思わず抱きしめていた。


「辛い制約なら壊してしまえばいい。壊せないなら、制約に掛からない所まで、進めてしまえばいい。

解決策はいくらだってあるはずだ。

─── 俺がそばにいるから、一緒に考えよう」


「……ッ! ─── はい!」


 胸に顔を埋めた、彼女の肩が震えている。

 泣いているのかと思ったら、くすくすと笑いを堪えているようだ。


「……どした?」


「フフフ、でもアルくんが強引に制約突破したら、私も禍々しくされちゃうのかなって。くすくす」


「邪神オルネアと髑髏どくろ騎士か……。もしすっごい活躍したとしても、絵本には出来ねぇよなぁ、子供が眠れなくなる」


 そんな事をいって笑いながら、皆んなの元へ戻ると、スタルジャの歌にぐらぐら揺れるアネスと目が合ってしまった。


「はら、あるふぉんす様は、この会の主役なのに、オルネア様とどこへシケ込んでいたのれすか?

ムフフ、いけない人れすね〜☆」


「シケ込むとか言わないの、主役でもないしな。ハーブ借りに行ってただけだ。

……そう言えば、聞くタイミング逃しちゃってたんだけど、ティータニアの事を『叔母さま』って呼んでたよな?」


「そうれす! わらくしの、母上は初代シリル王の母、妖精女王エルデ。

おばさまは、そのいもーと君であらせられるのれす……ドヤァッ」


 シリル建国は今から二千年程前の話だ。

 となると、ここにいるアネスは、少なくともそれくらいの年月を生きてるって事になる。


「あれ? 妖精ハーフの寿命は人間の二〜三倍だったよな、アネスは長生き過ぎないか?」


「へっへぇ〜♪ それは最近の王族の話れす。みーんな、とっくに妖精の血はうすれてますかられ? わらくしはその点、元祖妖精ハーフなのれすよ……。

あれ? 遠回しにばばー扱いしてます?

てきとーなこといってると、嫁ぎまふよ?」


「ああ、そうか。王族を総称して妖精ハーフって呼んでるけど、直接妖精の血が入ったのは昔の話だもんな」


「む〜か〜しぃ〜? まぁた、ばばー呼ばわりしましたれ? あたまに来ました、もう嫁ぎます、つつがなく嫁ぎますよわらくしは!」


 精霊神のからみ酒とか、生きた心地しねぇなおい。

 アネスは『むふ〜よめいりよめいり』とか繰り返して、グリグリと顔を押し付けている。


「……それにれすねぇ、もう、母娘そろって、ぜーんぶ見られてしまいましたから、責任をとってもらわないとダメなんれすよ?」


 はははと笑いながら、さりげなく【睡眠キャスグ】の魔術を重ねがけしているが、ことごとく跳ね除けられている。

 何だこのベラボーに高い異常耐性は……。


 その後もパーティーは続き、ソフィアまで酔い乱れて散々だった。


 俺はと言うと、端の方で気配を消して、ベヒーモスを膝に乗せてチビチビやるしかなかった。

 この時ほど、ベヒーモスに癒された事はない。


─── この日、シリルの歴史に残る事件が起きていたのを知らず、俺達は楽しんでいた

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