第九話 四十九億年の恋

 闇夜の密林に、白い閃光が点々と突き上げて、至る所から野生生物の狼狽うろたえる声が響いた。

 ヤブをかき分ける雑踏、魔術の放たれる反応音や爆音、そして人々の勇ましい声。


─── それは夜戦場の風景だった


 腐れただれた肉体、または肉体を持たぬ霊体の、不死者の軍勢は次々と黒い霧となって散って行く。

 戦いは圧倒的な展開であった。

 聖なる光を纏った武器や爪で、時に魔術による破壊と浄化で、アンデッドをほふる軍勢。


─── それは人間、獣人、魔獣や魔物


 彼らは種族も戦い方も異なった、かき集められたような、不揃いの戦士達であった。

 しかし、その士気は高く、種族の違いを補い合うようにして共闘している。


 『人獣魔連合』と名乗りを上げた彼らは、アケル南部州とギルドの支援により、破竹の勢いでアンデッドを殲滅しつつ北上を続けていた。

 魔物までもが加わり、人と連携を組むという常識を打ち壊す姿。

 彼らの姿はそんな風に不揃いではあるが、ひとつだけ共通する特徴があった─── 。



─── 朱色のかすり糸で織られた、たすき掛けの帯である



 その帯は古きアケルの先住民の言葉で『一族の誇り』を意味する『パジャルアレスの戦帯いくさおび』と呼ばれている。

 それは種族の異なる彼らが、生まれや育ちを超えて、ひとつの家族である事を意味しているのである。


 戦帯は赤を基調に、縫い付けられた鋳物の紋章が、魔術の反応光を反射して輝いて見える。

 その紋章は【浄化】【戦意向上】【夜魔の瞳】【魔力吸収】など、対アンデッドの夜戦に備えた魔術式を形取ったものであった。

 そして、それらの術印の合間には、髑髏どくろの模様が所々にあしらわれている。


「会長の準備が整った! もう良いだろう、全員村まで撤退ッ‼︎」


─── オウッ‼︎‼︎


殿しんがりは七番隊に任せろッ!」


─── オウッ‼︎‼︎


 黄斑虎族の男が、撤退命令を叫ぶと、森の至る所から戦士達の呼応が上がる。

 直後から光属性の魔術が連続して放たれて、アンデッドの足止めと撤退が始まった。


─── カッ‼︎


 戦士達の撤退する方向に、街ひとつ呑み込むような、巨大な光の柱が天に突き抜ける。

 その荘厳な光景に、感嘆の声を漏らしながら、戦士達は暗闇の森を光の柱に向かって駆けて行った。




 ※ ※ ※




「……と、まあ、こんな感じで良いだろう。後は三日おきにでも、この石板に手を当てて、直接魔力を流し込めば良い。

聖域ノゥファ】の魔術は魔力を食うが、自然界のマナを吸収して、補えるようにしてある。

─── もう、これでアンデッドは近づけない」


 振り返ると、真夜中だと言うのに、この村総出で地にひれ伏していた。

 金毛猿族の村長は、やつれた頰に涙を流して、俺の手を両手で包み感謝を繰り返している。

 この村は若い者が出稼ぎと、都会への納品と買出しに出払っていた為、老人と子供ばかりだった。

 戦う力を持つ者を僅かに残して、ギリギリででもそうしなければ、生活が成り立たないと言う。


 この村に辿り着いたのは夕方だったが、村の現状とアンデッドの動向を聞き、急遽アンデッドの討伐と、この石板の呪物の作成に打ち出した。


─── 北部に近づくにつれ、そんな地域ばかりになってゆく


 アケルギルドのミシェル指揮の下、遠征の様々な準備が整えられ、中央部首都から二週間程での出発となった。


 タイロン達が編み出した魔導印の手ほどきは、獣人達だけでなく、集まった人間族の冒険者達にも分け隔てなく与えられた。

 これで人間も魔術のスピード化を図れるが、それで埋まる程、獣人達の身体能力のアドバンテージは浅くはない。

 獣人族の地位向上は保てるし、人間族にそれを与えたと言う、友好の証ともなる。


─── 魔導印は確かに古い技法で弱点もあるが、どうしてそれ程に、人々から忘れられてしまったのか、本当の所は分からずじまいだ


 短時間での修練だった為に、全員がそれ程多くの魔術を魔導印化出来るようになった訳ではなかった。

 どっちにしろ、高位の魔術は複雑になりすぎる為、正確さを求められる魔導印は、余り向いていない。

 実戦には、せいぜいが初級~中級の魔術、もしくはそれらを混合した合成魔術の一部。


 だからこそ、選別した有効な魔術のみを覚え、足りない部分は個々の助け合いで何とかしようと進めてきた。


 ミシェルは護符に使われる術式に注目して、アケルの先住民達が使用していた絣織かすりおりの戦帯にその技術を組み込む事を思い付いた。

 この分厚い戦帯はかつて戦の時に心臓部を守る、戦士たちの防具として使われていたそうだ。

 そして、各部族ごとにそれぞれの、染色による色分けがされていたと言う。


 全員お揃いの朱色の戦帯が配られ、そこに鋳型で作った、術式の紋章を縫い付けたのだが、その戦帯には髑髏どくろの模様が染付られていた。


 発注したミシェルに『何故、髑髏なのか?』と尋ねたら、古くから続く老舗の工房に、この帯が大量に保管されていた為、ただの偶然だったそうだ。

 ……確かに制作段階から発注していたら、絶対に間に合わない数と日数だった。

 何せ、ベヒーモス率いる魔物軍団まで着けているくらいだし。


 しかし、案の定、獣人達はドクロの意匠に巨人伝説を連想したのか、テンションが振り切れんばかりに盛り上がっていた。

 結局、彼らに『会長』と呼ばせない事には成功したものの、俺の居ない所では皆がそう呼んでいるようだ……。


「後、これを皆で読んで欲しい。字の読める者が無ければ、近くの村を訪ねれば、きっと教えてくれる」


 俺は村長に紙の束をつづっただけの、簡素な本を数冊手渡した。


「……様、これは一体?」


「とりあえず、じゃねぇ。

……それはこれからの獣人族の歩み方と、魔術の扱い方をまとめたものだ。

もし、よく分からなければ、近くの街か中央部のギルドに行けば良い。

それと俺はじゃねえ」


 中央部首都には、ガグナグ河を通じて、様々な新技術が入って来る。

 流石に時間が無くて、製本までは行かなかったが、これは俺とタイロンの手記や日記を、分かりやすく短くまとめたものを『印刷機』で増刷した物だ。


 この遠征に通る街や村に配るにあたり、従来の写本作業だったら、この本の配布は諦めていた所だった事だろう。


─── 人間の進歩は驚異的だ


 農耕、鉄器、貨幣、水車……様々なアイデアが、その後を大きく変えて行ったのだと、セラ婆の授業で習った事がある。

 この印刷機の存在も情報伝達とか、教育とか、大きく世界を変えて行く発明なのかも知れない。

 その時代に生まれた者には、気が付きにくいものだが、大きな変化であれば気がつく事も出来る。


─── 例えば、獣人と人間との歩み寄りだ


 村周辺のアンデッド駆除を終えて、皆が帰ってきた時、人間と獣人が旧来の友人のように寄り添い歩く姿を見ながら、そんな事を考えていた。




 ※ ※ ※




「ああ、それなら実在してましたよ。『巨人ナイジャル』ですよね?」


 村の対アンデッド結界が完成して、皆が安心して眠りに就こうとしている頃、俺とソフィアとティフォは、村の近くの小さな水路の前で話していた。


 魔石灯ランタンの淡い光の中、ソフィアは隣に膝を崩して座り、俺の胸元を指でいじいじしながら上目遣いでそう言った。


「お……おう。そうなのか、獣人達はどうもその言い伝えと、俺の事を被らせてるみたいなんだが」


「そうですね……。共通点は『黒い、ドクロ、獣人族の統一』以外にも、もうひとつ……ありますよ?」


「…………そ、それは……?」


 ソフィアの顔が少し近づいた。



─── 適合者です



 驚いた。


 いや、彼女の言葉にも驚いたけど、なんか表情がいつになく熱っぽい。

 ドキドキが止まらなくなって、反対側を向くと、今度はティフォまで、同じ姿勢、同じ表情で俺の胸元をいじいじして来た……。


「…………て、適合者って、俺と同じって事⁉︎」


「はい。ずいぶんと昔の……話です。精霊族から、神族と魔神族が生まれ、その下にようやく人族を始めとした生物が現れたばかりの頃……」


 何だ? ソフィアの喋り方まで、何だか情感たっぷりな……?

 いかん、内容が入ってこない!


「強力な精霊族のバランスが崩れて……。地上の生命にまで、その影響が……」


「え、影響が……?」


 近い近い近い‼︎ 甘い吐息が頰を撫でてる!

 わッ! ティフォまで近いッ⁉︎


「その時、適合者として選ばれ、獣人族を中心に、人々に強さを与えたのが巨人ナイジャルだにゃん」


「…………!?」



─── ガッ!



「な、何を⁉︎ ……そ、そんな急に荒々しく肩を掴むなんて……ご無体だにゃん♡」


「オニイチヤの、ゴムにゃん♡」


「…………最近、熱心にメモ取ってた手帳を見せるんだ……」


 急に二人とも目をそらした。

 ……こいつら、赤豹族の姉妹から、なんか変な事を誤学習したに決まってる。


「…………すー、すひ……すひょろー……」


「吹けねぇ口笛は、吹くもんじゃねえって前にも言ったろ! なぁんか様子が変だと思って見れば、さっきまでの仕草は、全部あの姉妹のパクリじゃねぇか!」


─── ガッ!


 急にソフィアに肩を掴み返された。

 ……やだ、やっぱりこの子、凄い力っ!


「だって! 最近、私、影薄くないですか⁉︎

手数打ってかなきゃ、ラッキースケ……げふんっ、ステキな事が起きないじゃないですか!」


「君のステキは基本、間違いからしか成り立たないのか⁉︎」


「オニイチヤの、どんかん系!」


「うるせぇ! 何だよ『どんかん系』って、それどこで憶えたんだ⁉︎」


「ん? ソフィアのもってた、本」


─── ダッ‼︎


 ソフィアが脱兎の如く逃げ出した。


「ソフィ! お前、その本は止めろと……捨てなさいソフィ!」



─── ………………き こ え ま せ〜ん……



 ダメだ、もう遠くに逃げられてしまった。

 この暗がりでこの足の速さ……なんてぇ権能と奇跡の無駄遣い。


「……はぁ、こういう所だけポンコツなんだよなぁソフィって」


「オニイチヤ、やっと、ふたりきり……だね♡」


 なんか必至に胸を寄せて、ジリジリと近づくティフォにアイアンクローをかけて留める。

 ……これも、例のノウハウ本の入れ知恵か!


「くあっ! オニイチヤ、かんにん!」


「ティフォ……これは悪い病なんだ、忘れなさい!」


 また結界の反応光が、森に輝いた。

 暗い夜の世界に、光のカーテンがそよぐように揺らいで消えていった。




 ※ ※ ※




 気がついたら、走り出しちゃってました。


「…………はぁ、どうして私、こうなってしまうのでしょう……」


 私は彼の事が好きだ、どうしようもないくらいに、好き。

 彼が私をどう思ってくれているのか、それは時折、彼が向けてくれる優しさや、大事にしてくれるのが伝わっているから、分かっているつもりではある。


─── それなのに、この不安は何でしょう?


 それが分かっているのに、赤豹族の姉妹が彼にちょっかいを出しているのを見ていると、急に焦りが出てきてしまう。


「うー、人ってみんなこんなに、好きな人の事で、苦しくなってしまうんでしょうか……」


 化身の私にだって、本体である自身に、その経験がない事くらい分かっている。

 どんなに長く生きて来たと言っても、私は恋をした事が無かった。


 彼を探して必死だった頃、何度かこの『好き』と言う気持ちが、ふつうの女の子と同じではないのではと、不安になった。

 貴族や演劇の役者、そんな輝ける場所にいる男性に、ときめきの声を上げる女の子。

 いつもの道をただ手を繋ぎ、恋人と歩いているだけであろうに、顔一杯、幸福の輝きを見せる女の子。


─── その『好き』の違いくらいは、分かる


 彼を探し求めていた時の『好き』と、今の私の『好き』も、だいぶ変化して来たと思う。

 以前の私は、とにかく彼を求め、焦がれる『好き』だった。

 再会してからは、大人になった彼を知り、共に行動して、もっと好きになってしまった。


─── それが普遍の幸福であって欲しい『好き』へと変わった


 彼は私と、運命を共に背負うと、言ってくれた。

 それは言葉では言い尽くせない、幸せな気持ちにさせてくれた。


 でも、その言葉は私を『好きでいてくれる』と言う事ではないし、彼の私に対する気持ちがどの『好き』なのかどうかも、分からない……。


「はうぅ、だから私はネコ娘どもに、あんな焦りを感じていたのでしょうか……」


 そう呟いて見上げて見れば、森の暗い影に強調されて、吸い込まれそうな程の星空がある。

 転生してから、幾度となく見てきたこの空も、息を呑む程に心惹かれる時もあれば、自分がひとり寂しく、この世に存在しているかのように孤独になる時もある。


「私は……彼に……ただ、好きだと言ってもらいた─── 」



─── こんな所にいたのか



「ふえぇ⁉︎ あ、アルくん? いつからそこに⁉︎」


「ん? 今、後姿を見つけたんだ。

……どうかした?」


 どこまで独り言を呟いていたのか、分からない。

 でも、彼の表情はなんの変わりもなく、いつも通りだ。


「う、あ、あの……私の独り言、聞いてました?」


「いいや? なんか言ってたの?」


「ふわ……あ、何でもないです、何でも!」


 彼は不思議そうに見つめて、首を少し傾げた後、私の隣に並んで星を見上げた。


「……すごく、星が綺麗に見えるなぁ」


「ええ……そうですね……」


「こんだけ見える夜ってさ、なんか感動する時と、怖いって言うか不安になる時ってない?」


「……! アルくんもですか……」


 彼は小さく『うん』と言って、ジッと星空を眺めている。

 私にはその横顔は見えても、表情は見えなかった。

 そうして、ふと二人の会話が止まった時だった───



─── 好きだよ、ソフィ



「─── ………………えっ⁉︎」


 思わず自分の欲求が、幻聴を引き起こしたのかと、変な声を出してしまった。

 彼がこちらを振り返ると、月の明かりに照らされた、はにかんだ彼の表情があった。


「……あっと、いや、その。

前にソフィと運命を共にするって言ったけど、俺の男としての気持ちをさ、ちゃんと言えて無かっただろ?」


「…………………………」


「………………………………」


「ま、間違えだったら、とんでもない……じ、自爆なんだけどさ、もし、ソフィもその……。

俺の事をそう言う意味で、お、おお、想ってくれているなら、ずっと言わなきゃって思ってたんだ」


「…………………………」


「本当はもっと早くに言うべきだったんだろうけど……。

こう、告白しておいて最低だけど、そ、その……ティフォの事とか、君が女神だから寿命がt」


「ごめんなさい」


「…………そ、そう……そうだよね。ソフィと俺とじゃ、つ、釣り合わn」


「何を言っているのか、さっぱり分かりません。もう一度、最初からお願いします」


「えっと、本当はもっと早くに言うべk」


「そこじゃない。一番最初から……」


「………………………… 好きだ」



─── 衝動的に彼の胸に飛び込んでいた



 自分でもどうしようもない幸福感は、ただただ私を衝動的な抱擁ほうように走らせた。

 そうして、胸が締め付けられて、嗚咽が漏れた。


「ふえぇ……ぐすっ、えぐっ……どうして……。

どうして貴方は、いつもそう……ぐすんっ

……いつも私の……一番求めるものをくれるんですか! うわあああぁぁん」


 子供みたいに泣き続けた。

 転生して子供だった時にでさえ、こんな風に泣きじゃくった事なんてなかったのに。


 こみ上げた気持ちが大き過ぎて、きっと変なツボに入ってしまったんじゃないかって。

 自分が神であるとか、超知覚とか、不滅の心だとか……そんなもの、何処にあったのかと言う程に泣いてしまった。


 人はみんな、こんな苦しい思いをするの?


 散々泣いて、優しく背中をトントンしてくれている彼の手に、ようやく気がついた時、私は大切な事を忘れている事に気がついた。


「すきです。……私も貴方の事が、すき……」


 彼は何処か困ったような、でも、やっぱり私の好きな、優しい微笑みを見せてうなずいてくれた。


「……私と貴方の寿命。あと、ティフォちゃんの事……」


「…………うん、ごめん。色々考え過ぎて、答えが出なくて」


 今度は彼が泣きそうな顔をした。

 それが何だかとても嬉しく感じてしまった。


「まず、私の寿命ですが……心配は全くいりませんよ? 私の寿命は使命を終え、私自身が望んだら天界に戻るだけですから。

……その、アルくんと最後までいられます」


「……そっか。なんかすごい先の事なんだろうけど、それで寂しい思いとか、させられないって、そう思っt」



─── ぎゅっ



 言葉が終わるより先に、私は強く抱き締めて、心配症な彼をたしなめた。


「ふふふ……考え過ぎですよ。アルくんらしいし、私は嬉しいですけど」


「はは、バレバレなのかぁ、なんか恥ずかしいなぁ……」


 見上げれば、本当に耳まで真っ赤になってる。

 それだけ、必死で考えてきてくれたんだと、胸が熱くなる。


「……それとティフォちゃんの事ですね」


「…………あ、ああ」


「全く心配いりませんよ?」


「うん……へ?」


 ああ、やっぱりですか。

 アルくんの悩みの種はそこでしたか。


「私は一度も、どちらかを選んで欲しいなんて言ってません」


「え、や、でも、それは男として……!」


「ひとりの伴侶とだけ、添い遂げるのが美徳だなんて、人間の戸籍と財産と血縁問題の、話のすり替えですよ?

倫理とか抜かしてるのは、権力を持った一部の宗教が発端です」


 ああ、ストレート過ぎましたかね?

 彼から『ザックゥッ』てオノマトペが聞こえたような……。


「それとも何ですか、どちらかを選んだら、残りは切り捨ててもOKってくらい、軽い気持ちで天秤にかけてるってんですか?

それにタッセル王国とか獣人族の多くは、一夫多妻が多数派を締めてますけど、あれは全て不義理ですか?」


「いや! それはないし、そうじゃない!」


「そうでしょう? だって人を愛するのに、ひとつの視点だけで決めたルールを当てはめるのは、横暴じゃないですか。

人の運命はそれぞれでしょう?。

同時期に同じくらい、大切な人ができたり、寄り添われる事もあるでしょう。

─── 出し抜くような不義理はいけませんが、当事者同士が必要とするならば、愛の数は関係ありません!」


 あれ? 私、早口でアルくん責めてるだけになってません?

 でも、ここは正直な言葉を伝える方が、後先に変な歪みを作らないような気がします!


「私にはティフォちゃんも大事なんです。ティフォちゃんの事、私も大好きなんですよ」


 今、ティフォちゃんの名前だしたら、彼はピクんってした。

 本当に大事なんだなぁ。

 だから、こんなに必死な顔で……。


「私と彼女、一番も二番もなく、貴方の持てる愛で、二人とも幸せを分かち合わせて欲しいんです。

……きっと彼女もそう言うと思います」


 彼は苦笑しながら、溜息をついた。


「ティフォにも同じ事、言われたよ。もう知ってるだろうけど、初めての迷宮の時」


 そう、私はあの時の記憶を彼から受け取っている。

 それにあの後、彼がよくバグナスの海岸で考え込んでいるのも見ていた。


「私は臆病なんです……。貴方が悩んでいるのを知っていて、私が話せば少しは楽にさせてあげられた話なのに、貴方の気持ちを確かめるのが怖かった……」


「……俺こそ、色んな事を勝手に悩んで、何も片付かないまま動くのを怖がってたんだ。

リックと色々話してさ、無理に進めないで、今を大事にして行こうって思ってたんだよ。

でも、二人の気持ちを考えて、もう少し早く話せば良かったなぁ」


 本当に正直な人だなぁ。

 ……だから私も正直になろう。


「アル、私は貴方の事を、男性として好き。貴方といつまでも一緒がいい。

その長い時間を、貴方が愛し、貴方を愛する人とが共にいるなら、私達はより幸せになれるんじゃないでしょうか……?」


「…………ありがとう。正直、恋愛について、今かなりのカルチャーショックを受けてるけど、これからはひとりで抱えずに、ふたりと一緒に考えたい。……いいかな」


 そうだ、次はティフォちゃんと三人でしっかり話そう。


「ふふふ、はい。恋愛は一人でするものではありません、そうしましょう♪

……あ、でも、私は四十九億年で初めての恋ですから、あの手この手は楽しみたいです」


「…………………………ラッキー何とやらには、偏り過ぎないように頼むよ。あれは心臓に悪い」


 すごく長い間があったのが気になりますが、事にしておきましょう。

 クククク……♪


「……ん、何か企んでる?」


「そ、そんな事、あるわけないじゃないですか! さ、帰りましょ♪

ティフォちゃんが心配しちゃいますよ!」


 ……ぬふふふ、心臓に悪い?


─── 何言ってんですか、その反応がご馳走なんじゃないですか!


 初めての恋ですもの、見聞きして来た知識を、試したいと思うのはポンコツかしら?

 深い安心感と、甘酸っぱい気持ちは別腹なのですよ。


 あ、でも、正しくは初恋とは違うのかも知れない。

 最初に彼を好きになった時から、長い長い空白をおいて、もう一度惚れ直したのだから。



─── 初恋は実らない方がいい



 ふふ、もうクリアしてたじゃないですか。

 人のジンクスなど、ナンボのもんじゃいって感じですよ!


 ……この時の私は、大きな運命のうねりの始まりを前に、ただそう思い込んでいた───

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