第五話 おい毛玉

 テントの帆布が、薄っすらと外の光を透かせた。

 また、結界にアンデッドが掛かったのだろう、白い閃光が瞬いている。

 密林国アケルの中央部に近づいてから、アンデッドが現れる頻度が上がっていた。


 勇者伝説のお伽話では、魔族が現れたとされる場所は中央部から更に北部の、樹海の中だとされている。

 バグナスを出る前に、ギルドで聞いていた『不死の夜王』の情報でもそうだった。


 これだと中央部は、もう少し深刻な事態になっているのかも知れない。

 そんな事を考えていたら、ようやく眠気を感じて、まぶたが下がって行った。


─── ぎゅっ


「う……ん? ティフォ……?」


 胸元に小さく温かな手の感触が来て、眠りの淵から引き戻される。


─── 目を開けると紅い瞳が覗き込んでいた。


 彼女は四つん這いになって、俺の胸に手を乗せ、真っ直ぐな眼差しで見つめている。

 その顔が近づいて、彼女の薔薇に似た甘やかな香りが鼻をくすぐり、俺の胸がトクンと高鳴った。


「…………ティ……ティフォ……?」



─── オニイチャ、知事が、出動!



 一瞬、何の事か分からなかったが、少し遅れて俺が仕込んでおいた偵察の子蜘蛛達も、糸を引いて一斉に知らせを送って来た。

 それに意識を向けると、突然頭の中に四分割から八分割された、不鮮明な映像が浮かび、頭が混乱しかけた。


「うぅ、これは……子蜘蛛の見てる世界か⁉︎」


 蜘蛛の眼は、複眼を合わせて八つある。

 それらでとらえた複数の動く絵が、重なり合うように、めちゃくちゃな映像が頭に浮かぶ。

 色は緑一色で、コントラストの粗い、潰れかけた映像群だった。


 平衡感覚が激しく乱され、強烈な目眩めまいに襲われた。


 やがて、俺の脳が無理矢理それに合わせ始め、片目を瞑るとそこに一つの映像として再現されるようになった。

 それでも何処か距離感がおかしくて、酔いそうになる。


「ここは……南部ギルドの収容施設か……? しかし何故、急に蜘蛛の視界が…………⁉︎」


「オニイチャ。今はそんなこと、どーでもいい。瞬間転位する、つかまって」


─── ブゥン…………シュッ


「うお……と。ここで何が起きて…………ッ⁉︎」


 収容所の敷地内に転位したのだろう、目の前に鉄格子のはめられた、細長い窓のある無機質な白い建物がある。

 雑草一つない砂利敷きの庭の周りを、高い塀が囲い、その上は巡回路となっているようだ。


─── その庭に、守衛であろう制服姿の人影が、敷地内に点々と倒れていた


 敷地内には、広範囲に魔術を発動させたばかりの、魔力の残りカスが漂っている。


「この魔力の残滓ざんしょうは……。魔術で気絶させられたか……⁉︎」



─── 【着葬クラッド



 俺の体を漆黒の鎧が覆った。


「オニイチャ。─── こっち……」



 ※ 



「─── おや、こんな時間に面会とは……。

やはり貴方がたの権力は、影響力が大きいのですねぇ……」


 廊下の薄ぼんやりとした小さな魔石灯の光、それを逆光にして、目深にフードを被った影が、鉄柵の向こう側に立っている。

 知事はそれを官房の寝台から、薄ら微笑んで眺めると、うらやましそうにそうつぶやいた。


「…………戯言ざれごとを抜かすな、耳にするのも汚らわしい……

─── 魔族の木偶デク人形の声など」


「貴方……いや、貴女はエル・ラトの犬でしょう? 確か……『極光星騎士団』でしたか。

魔術で警備を眠らせるなんて、まるで賊か何かのようではありませんかね?」


「…………腐れた屍人が、言葉を発するなと言っている」


 女の腰から、白い光が湯気のようにゆらゆらと、立ちこめる。

 何の音も無く、女の姿はいつの間にか、鉄柵の内側に立っていた。


「私を糾弾した獣人族からの依頼……では、なさそうですね。貴方達は彼らを見下していますから、手を組むなど有り得ない。

教団が直接、私を消そうとした。そう言う事ですね?」



─── シュラァ……ン



 女はマントの前を開き、光を放つ長剣を抜き放った。

 マントの下の白い軽鎧が、露わになっている。


「ああ、やっぱり極光星騎士団様ではありませんか。背すじにあわ肌が立ちますよ、人を虚ろにせしめる、狂気が漂う邪な剣だ……」


「黙れ……これこそは【聖剣シュレンディール】

─── 神がアルザスにお与え下さった、魔を滅ぼす神聖武器の内の一振……」


 聖剣の言霊が発動した。

 暗い監房に昼の日差しの如き、眩い光が押し広がる。

 官房の壁に知事の深い影が、ぬるりと焼き付けられた。


「……『神が』ねぇ、御冗談を。三百年前に造られた、ただの呪物ではありませんか」


「ふん、貴様ら魔族にとっては、呪物でしかないであろうな。

─── もう我らには、勇者などいらぬのだッ!

我々の手には行き渡るだけ、この聖なる武器はすでに天与されている。もう魔族など恐るるに足りん! 手始めに、罪深くも人間様に成りすました、薄汚いアンデッドを始末してやる……」


 女騎士が聖剣を腰溜めに構え、知事を真っ直ぐに見据えた。


「ふふふ……流石にこれは分が悪過ぎますね、まあ、いいでしょう。私の代わりなどいくらでも居るのですから」


「…………滅びろ、魔族めがッ!」



─── ギィ……ン



 言霊によって神気をまとった聖剣が、妖しげな輝きを放つ曲刀に、難無く止められていた。

 両手持ちの長剣が、カタカタと震えている。


「……な、何者ッ⁉︎

…………お前は確か、ハリードのスライム襲撃で……!」


「さあ、知らないな……」


「……ハリード太守の件といい、レーシィステップの件といい、お前は何者だ?

─── アルフォンス・ゴールマイン……

貴様、何故これ程までに、魔族と関わりをもって居る」


「なんだ、名前知られちゃってるのかよ。

全部たまたま通りかかっただけだ。今回は重要な参考人が口止めされるのを、阻止しようと思ってな……」


「口止め? 人聞きの悪い……。魔族を滅して何が悪い」


 知事はティフォの凝視に身動きを封じられ、ぱたりと横に倒れた。

 ティフォの仕業であろう、強烈な神気を放つ結界が張られた。


「─── 神気をまとう結界だと⁉︎

貴様ら本当に何者なんだッ! 間怠まだるっこしい! 我らの邪魔をするのなら、まとめて消してくれるッ!

【聖剣シュレンディール】解放‼︎」


─── 更に強い光を放ち、聖剣が鼓動を打つ


 女騎士の目が血走り、眉間ににシワが刻まれ、苦しげに顔を歪ませた。

 全身の筋肉が唸りを上げ、凄まじいエネルギーが聖剣を中心に噴き出し、官房内に強い風が巻き起こる。

 しかし、妖刀はそれでも微動だにせず、刀身を濡らす結露が、わずかに冷気を散らせただけだった。


「……無駄だ。この程度では、お前に俺は抜けない」


「クッ……化物め……!」


 忌々しげに舌打ちをするが、女騎士の両手剣は、アルフォンスが片手で握る夜切に、じわじわと押され始めた。

 女騎士の目が驚愕に見開かれる。


「前回といい、今回といい、教団は何を考えてる。タイミングが良過ぎて、裏があるとしか思えない」


「……ふん、それこそ『たまたま』だ。ラミリア様の御神託に導かれての事」


「それが下々には、真意を伏せられていて、都合良く神の名を語られているだけだ、とは思わないのか?」


「黙れ─── ッ‼︎」


 女騎士は素早く剣を引くと、腰の捻りを腕に伝えて、アルフォンスの腹部へと神速の突きを放つ。



─── シャン……ッ



「……話が通じないな。これだから妄信的な信者は、真理から離れるんだ」


 アルフォンスは柔らかく手首を返して、突き放たれた聖剣の中程から先へと、夜切を滑らせるようにして受け流す。

 刃と刃が離れる瞬間に、下に向けてわずかに力を掛け、突きの勢いを床に誘導した。


「……なッ! ググ……ッ」


 女騎士は、いなされた剣に引っ張られるように、床に向かって前倒しに転倒する。



─── チャキッ



 すぐさま身を起こそうとする女騎士の首に、切っ先が向けられた。


「無駄だと言った。どの道、お前の腕では知事を覆う結界すら破れまい」


(つ、強い……この男、力だけで無く剣技でも遥か先を行っている! 何なんだ全く無駄のない、今のいなしは⁉︎)


 女騎士は目の周りを紅潮させ、わなわなと震えながらも、アルフォンスをにらみつけた。


「─── クッ、殺せ……!」


「いや、お前の命にはこれっぽっちも興味が無い」


「─── どの様なはずかしめにも、私は屈せんぞ!」


「はずかし……め? 何を言ってんだ。早く帰れってんだよ!」


 女騎士は顔を真っ赤にして、マントの前を閉じ、立ち上がると鉄柵へと歩き出す。

 が、数歩で立ち止まり、振り返った。


「─── と見せかけて、背後から私を力づくで……」


「無い。帰れ。早く」


「クッ……憶えていろ! この受けた凌辱は消して忘れんからな!」


「そこは『』だろ! ややこしくなる! 帰れッ!」


 鉄柵をすり抜けた途端に、振り返ってそう言い残すと、女騎士は姿を消した。


「……うーん、ほんとに、めいれーに従ってただけ、みたい。アレの記憶、神だらけ、のーきん、おばかちゃん」


 先程の女騎士が転倒した瞬間に、ティフォの不可視の触手は、女騎士の血を抜いていたようだ。


「……何かティフォ、最近妙に能力上がってないか? この騒ぎだって蜘蛛達より先に勘付いてたし」


「ん、オニイチャの魔力が、あがってる。だからあたしも、せんれんされて、あだるてぃ」


 俺の魔力が上がってる? 本当に?


「自分では自覚無いけどな……?」


「オニイチャは、あたしとソフィとの、きずなを高めてる。それに、夢の中でまで、しゅぎょーしてる、から?」


「あ、ああ……そう言う事か」


 二人との絆と言われて、アレやこれやを思い出して、ドギマギしてしまった。

 そう言えば、少しだけティフォの雰囲気も大人っぽくなったような気がしないでもない。

 それに俺達三人は、旅を続けて行くごとに、少しずつではあるが、確かに能力が高まっている気がする。


「─── そう言えば、蜘蛛の視覚まで、急に繋げられるようになってたなぁ。大分、不鮮明なのが悩ましいけど」


「ん。たぶん、それもオニイチャなら、できるよーに、なる」


「まあ、最近よく蜘蛛達にお世話になってるしなぁ。練習しとくか。使いこなせれば、色々と捗りそうだし、ミトンのくれた力も侮れないな」


 知事に目をやると、結界の中でスヤスヤと眠っていた。

 彼を見るのは初めてだが、これが本当にアンデッドなのかと、外見上では判断がつかない。

 余程、高位なアンデッドなんだろうか?


「結界はのこしておく。このあと、しゅーげきが来ても、だいじょぶ。

あとは、自害とかしないよーに、意識も少し、いじっておいた。もー、かえってOK」


「本当に万能だよな、ティフォは」


「ん。くるしゅーない。『ごほーび』をしょもーす」


 そう言って、ティフォは浮き上がって、俺の兜を外した。

 そのまま、俺の頭の後ろで兜を両手に持ち、俺の頭を抱き抱えるように、顔を近づける。


「はよ、オニイチャから、して?」


「……も、もう。ここは牢屋なんだぞ?」



─── ちゅっ



「ん……んんっ⁉︎」


 唇を重ねてすぐに、小さな舌が侵入してきた。

 思わず引きかけた顔を、両腕で挟まれて、ティフォにむさぼられてしまった。


「─── ほう……。ん、やくとく、やくとく」


 俺に兜をガポッと被せて、そう言いながら床に降りると、そっぽを向きながらつぶやいた。

 よく見ると、彼女の耳が真っ赤になっている。


 いや、恥ずかしそうにされると、こっちまで余計に恥ずかしくなる……。


─── しかし、能力の成長とは、本契約になったら一体どれ程のベースアップになるのだろうか?




 ※ ※ ※




「うーん、やっぱり教団は動きましたか……」


 ソフィアは、やや息を弾ませて言った。


 今、俺はテントの中で正座している。

 収容所から帰ると、慌てふためくソフィアの姿があり、事情を話すと『ふたりでいくなんて』と恨み言を言われてしまった。


 状況をなるべく明確に伝えようと、額合わせの記憶伝達をしたら、ティフォの『ごほーび』までバレて散々むさぼられた後だ。

 彼女の息が弾んでいるのは、その為だ。

 ……溶けるかと思った。


 前に夢の世界で、彼女達が『ときめきと、新鮮さが失われる』と言っていたが、間違っていたようだ。

 これに慣れるのは、どう考えても無理だもん……。


「『やっぱり』と、言いますと?」


「知事絡みで、帝国に裁判を挑もうとした矢先です。

少しでも不利なものは消しておきたいでしょうし、彼が魔族と契約している魔物、アンデッドであったとは隠したいはずですもん」


 帝国派への政策に、魔族が絡んでいて、それが強引に行われようとした。

 うん、そりゃあ隠したいよな。


「逆に知事の方がナゾです。それだけの高位なアンデッドでありながら、裏には『不死の夜王』が糸を引いているでしように、何故わざわざ南部を帝国に傾けようなんて……。

アンデッド軍団で、攻め滅ぼす方が手軽じゃないですか?」


「知事のあたま、しぬ直前の、ことばかりぐーるぐる。今は、めいれーに従ってる、だけ」


 アンデッドの多くは、死の間際の想いだけが虚ろに焼き付いている者が多い。

 会話を成立させられるだけの、自我を持たないのがほとんどだ。


 だが、知事は髭犀族族長を籠絡ろうらくし、政治すら行っていた。

 この知性の高さは、超一流の魔導士が自らアンデッドにでもならなければ不可能だ。


「確かにな……回りくどい。

なぁ、知事は死の直前、何を想っていた? いつ、アンデッドになったんだ」


「ん、しんだのは、十年いじょーまえ。さむいあさに、あたまいたくて、しんだ。

その時は、おくにに、かえりたい、それだけ」


 元々、知事は大陸中央の国出身の、出稼ぎだったようだ。

 世界的に経済が輸出入に注目して、流通が盛んになり出した頃、新天地として急開発が進められていたアケルに来たらしい。


 しかし、現実は厳しく、事業が傾き始め苦心していた矢先に、脳の疾患で突然死。

 そこには特に不自然な事は無かった。


 死ぬ間際は、この地に来てしまった後悔と、故郷でやり直したいと言う想いばかりが募っていたそうだ。

 詳細を知ろうにも、死ぬ直前の脳の状態のせいで、記憶がバラバラらしい。


「今従ってる命令ってのは?」


「わからない。知事はなにもかんがえなく、従ってるだけ、よみとれるだけの、記憶になってない。

……ただ、強いもくてきはないっぽい、じょーけん反射? その場その場で、くちさきだけ、うごかす感じ」


 うーん、完全なる操り人形状態だったか。

 目的意識がないとなると、あの知性の高さは、補助的な何かが動いていただけか……?


「……実は結局、そこらのアンデッドと変わらず、生前の想いを単純にこなしているだけかも知れませんね」


「ん? つまり『故郷に帰りたい』って事か」


「中央周辺国は、エル・ラト教を国教にしてる国が多いんです。……知らぬ間に帝国派になってる所が」


「……それでわざわざ、この地を帝国派に?」


「アンデッドですからね、主人の近くは離れられないでしょうし、残された想いを愚直に叶えようとしただけとも取れます」


 うん、魔族が絡んでいる割に、攻め方が甘過ぎるし、知事の取った方法も不確実に過ぎる。

 知事はもしかしたら、死後の方が優秀になってしまった、その自覚もない残念な人なのかも知れない。


「……まあ、憶測で考えるくらいしか出来ないな」


 知事の事はこれ以上、分かりそうにないし、裏にいる『不死の夜王』については、出現したと言う確固たる情報すらない。


 教団の動きに関しても、スライム事件の時は、宗主国タッセルの魔族騒動が起きた直後に動いていたようだし、今回は裁判絡みで動いただけだろう。

 女騎士も脳筋だと判明したから、裏があって動いている訳でもなさそうだ。


 どうしても帝国とか、国家の野望みたいな話を聞いた後だと、難しく考えてしまうなぁ。


「どちらにしても、私達が旅を続けるには、このアケルの北部を通らなければなりません。

アルくんはアルくんの運命を、捕まえる事が大事なんですから」


「ああ、その通りだな……」


 そう、女騎士に言った通り、今までの魔族との絡みは、別に彼らを倒す使命で動いていたんじゃない。

 『たまたま』通りすがっただけだ。



─── この国を救う為に来た訳でもない



 魔術を抜きにすれば、一騎当千と言っても過言ではない、獣人族がこの国にいる。

 その彼らも今は南部だけとは言っても、アンデッドとの闘いが可能になったのだから、彼らの未来は彼らが負う事が望ましい。


 ……今頃、族長達はどうしているだろうか。

 共同事業の計画会議で、喧嘩とかしてなきゃいいけど……血の気が多いからなぁ。




 ※ ※ ※




「おい、聞いたか?」


「ああ、あの商会だろ? すっげぇ勢いで商圏伸ばしてるよな!

品薄で一部じゃあ高騰続き、この前なんかマスラ王国のオークションで白金貨六十枚の高値がついたってよ」

(※白金貨1枚=10万円相当、約600万円)


「はあッ⁉︎ 定価は白金貨三〜四枚だったろ? 何でそんな暴騰してんだ⁉︎」


「ローデルハットの商会が発表したんだよ。『この魔道具は我が魔術王国にもない新しい技術だ』てな。魔術先進国がそう言うんだから、あれは本物って事だ」


 密林国アケル中央部、商業の街の酒舗で、商人風の男二人が熱心に話している。

 彼らだけではなくて、この街に着いた時から、至る所でこの噂話を耳にしていた。


─── どうやら南部産、魔術付与の魔道具が、爆発的に売れているらしい


「……族長達、頑張ってんなぁ」


「逞しいですよね、もうここまで話が来てるどころか、遠い他国まで商圏を伸ばしているみたいですし……楽しそうです♪」


「お爺様達は、元々色んな国に獣人族のネットワークがあるんです。

アル様が授けて下さった、魔術付与の魔道具が、人間族にも求められてるなんて……。

私、アル様とずっと一緒がいい……なぁって」


 ユニが麦酒のタンブラーに口元を隠して、モジモジしながら言った。

 この子は姉のエリンに比べておしとやかだが、何処かあざとい所があるなと、最近分かってきた。


「いやー、俺も参加出来るなら一丁噛ませて欲しいよ! 最近いい話がなかったからよ!」


「お前んとこの店じゃあ無理だろ! 今や飛ぶ鳥落とす勢いなんだぜ?

それに獣人族の合同商会なんだから、人間の俺たちゃあ相手にもされねぇよ『商会』には!」


─── ブフゥッ!


 思わず飲みかけていた麦酒を吹き出した。

 盗み聞きにも関わらず、つい、俺は彼らに尋ねてしまった。


「……ちょっ、あんたら、今なんて言ったんだ? 何商会だって⁉︎」


「お、何だ兄ちゃん、あんたも気になってんだろ『アルフォンス商会』!

でも、無理無理、人間は客にはしても、仲間になんかしてくれねぇよ!

特に中心の赤豹族と頬白熊族は、人間嫌いで有名だからな、残念だったな兄ちゃん! がはははははは‼︎」



─── アルフォンス商会?



 そう言えば商会名を決める会議の時、婦人会のリタさんに、工房に呼ばれてて参加しなかった。

 会議を終えて酒盛りしてる族長達に、どうなったか聞いたら、目を一斉にそらされたっけ。

 ……てっきり決まらなかったんだと思ってたけど、こういう事だったか!


「うむ、やはりいい名前だ。お爺様達は偉大だな!」


「うん、これで世界中の同志達に、アル様のお名前が響きわたるもんね!」


 確か商会の登録は、主要部族の族長五人の連名で出してたから、俺の席はないとは思うが……。


「そうそう、アル様、ギルド出張所の一般用掲示板は見ました?」


「……一般用? ああ、伝言板のやつか。見てない」


「「会長就任おめでとうございます♪」」


 は? 会長? 何だそりゃ?

 赤豹姉妹がニッコニコしてるが……?


「伝言板半分くらいの大きさで、力強く書いてありましたよ? 『アルフォンス様、会長就任決定、至急モテナセ』って」


 ……そう言えば換金しに行った時、外に人だかりが出来てたけど、アレか⁉︎

 あー、確かに獣人が多かったから、妙には思ってたけど、掲示板があるのは気がつかなかった。

 みんなでかいんだよ、獣人族って!


 って言うか何? 獣人族ってギルドの掲示板で連絡やり取りしてんの⁉︎


「社長は五人いるんだろ? 会長なんて要らないじゃないか……」


「この場合の会長職は、業務監督、最高議長……そんな所だ。特にやる事はないと思うぞ?

やったなアル様! 流石はあたしの良人だ!」


「「「待ちなさい(待って)(おい毛玉)!」」」


 エリンが言った瞬間、彼女以外の女性陣全員が立ち上がった。


「……エリンちゃん。貴女は案内役であって、アルくんとはなんでもないの。いいかしら? 

あ な た は、アルくんとは 何 で も な い のです。

それとも貴女、私の剣の錆びとして、ずっと着いてくるおつもりかしら……?」


「あたしだって、いまは『妹』で、がまんしてるというのに……。あたしが『妹』なら、おまえは、オニイチャの服についた『毛玉』だ!」


「お姉ちゃん、物には順番があるの。まずは妹の私から、アル様のものとなる権利があるの」


─── シャーッ! がるるるる……


 ものすごいメンチの切り合いになってる……。

 俺は救いを求めて、タイロンの方を見るしか無かった。


「…………ああ、そこの。川エビを頼む。生きたままでは出せないか? 無理か……じゃあいい……」



 タイロンはマイペースだった。

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