第五話 仕方がないじゃないですか

 いやね、今回の旅の中にはさ、そりゃあちょっと『初恋の相手に、また逢えたらいいな』とか、思ってはいたよ?

 可愛い子だったし、きっと綺麗な女性になってるんだろうなってさ。


 でも、五才の頃にちょっといた程度の街だし、何処だかも憶えてないし、再会なんて無謀だから優先順位は低かったんだ。

 再会を思ってはいても、特にそれを望んではいなかった。


 それに会った所で、幼い頃の戯言ざれごとだし、彼女本人も忘れてたりするんじゃないかって。

 いや、憶えていたとしても、『あの頃はねー、はははっ』みたいに、笑い話になんのがオチだよなと。


─── そう思ってたら、コレだよ


「ふぅおおおおッ! アルくんッ! アルくんッ! ふぅおおおおーッ!」


 もうこれ何分経過したんだろう、この全力の頬擦り。

 ちなみに『ふぅおおおッ』で頬擦り、『アルくんッ』で、顔を上げてうるうるのワンセットだ。

 これ、運動量は一見大した事ないように見えるけど、全身で全力を発揮し続けるとか、スタミナ凄いよね。

 当の俺は、二度目のタックルで刈り取られて、倒れた体に乗られて、またがった彼女の足でガッチリと俺の裏腿うらももがロックされてる状態だ。


 理想的な押さえ込みだね。

 ソフィアは剣も魔術もイケるけど、グランド系の格闘もいけんだね、ハッキリと分かったよ。


「……ちょ、ちょっと落ち着いて話そうか?」


 そう言うと、俺の鎧の鳩尾みぞおち辺りに頬擦りしてた顔を上げ、紅潮したソフィアが見つめてきた。


「とりあえずさ、座ってはな……」


「ふおおおッ! アルくんッ! ふぅおおおッ!」


 引っぺがそうと、ソフィアの脇から腕を取ろうとしたが叶わず、仕方がないので腹にくっつく彼女ごとゴロンとうつぶせに返った。


「うげ……アルくん、重いです……」


 腹の下に下敷きになったソフィアがうめき、足と腕のロックを緩めた隙に立ち上がった。


「いいから落ち着けって。モニカって子を助けなきゃだろ? 盗賊団が失敗した事が、もう公爵に伝わってたりしたら、その子が危ない」


「時間が惜しいので! ここから公爵の別荘を、いやもう辺境ごと、吹き飛ばせばいいんじゃないですかね!?」


 そう言って空に向かって、手の平を掲げる。

 途轍とてつもない魔力の渦が出現し、ぶつかり合う空気が放電を始めた。


 とりあえず、後頭部を殴って止めておいた。


「なんで急にそんな投げやりなんだよ! 公爵を消滅させたら、どうやって黒幕だったって、証明するんだよ。それにモニカごと消し飛ばしてどうする!」


「だって、アルくんとくっつけないじゃないですか! やだーッ! 終わらせればいいんですよ、こんなものわ! もうアルくんと離れ離れにされるくらいなら、この国、いや世界など滅びればいいんですよ!」


「今度はこっちが追われる身になるわ!」


「それならずっと一緒に逃避行できるじゃないですか! ヤッターっ‼︎」


「アホか! アホなんだな⁉︎」


 と、その時、ソフィアが急に俺の後ろを見て、指を指した

 俺は身構えながら振り返る ……


「ん? 何も無いじゃ……」


─── ガシッ


「……へ?」


「ふぅおおおッ! アルくんッ! アルくんッ!」



─── 5分後



「はい……もうしません。取り乱してすみませんでした。しています」


 おでこから煙をしゅうしゅう出しながら、そこを指でなでつつ、ソフィアは正座をしている。

 本気でデコピンをした事で、ややぐったりしつつも、落ち着いたようだ。

 『反省はしています』って、何故か限定的なのが気になるが、まあいいだろう。

 なんか人型になりたての頃のティフォっぽいなこの子は。


「今から俺たちは公爵の別荘に向かい、モニカを助ける。これは俺の意思だ。ソフィアもその仕事を請け負って来たんだろ?」


「はい。でも、それではアルくんとくっついていられないじゃないですか……」


 ソフィアの目に不穏な色がさす。

 鼻息が荒い。


「どう、どうどう。そう言うところだ、そう言うところだぞ? また話が進まなくなるからさ、もう少し建設的に考えようか」


 ティフォはどうしたんだろう? チラリと見ると、兜が気に入ったのか、ぺたんと女の子座りして『ウフフ』って被ったままの兜をなでている。

 深呼吸をしてるのか、兜の中でコホォって響いてて悪者っぽい。

 におい嗅がれるのが恥辱だが、今この子まで解き放ったら余計に話が進まなくなるから、とりあえず放置する事にした。

 なんか、異様に頭のでっかい骸骨の少女が笑ってる様は狂気の沙汰だが、本人が満足なら今はそれでいい。


「ところでソフィアは、ウィリーの事をエリゼの護衛だと知っていたみたいだけど、そう言うのはギルドって所から予め聞いていたのか?」


「はい。辺境伯の身辺は一通り聞いてますね。誘拐事件となれば、金銭目当てが多いですけど、今回はそれなりに背景がありそうだと思われますので」


「強盗団の事も知ってたよな?」


「事件発生時には、すでにこちらのギルドも動いているんですよ。情報を集めて、強盗団の存在が明るみに出た段階で、彼らの手に負えないと判断したようですね。それで私たちの支部にまで、応援要請が出たんです。

この辺境には、D級の冒険者すら居ません。パダムの率いる強盗団は、難度C級判定の、ある程度有名な強盗団でしたから」


「対象に判定ついてんの分かりやすくていいなそれ。そうか、ギルドの情報網って凄いんだな。」


「ええ、ほぼマールダーの全域に支部がありますからね。それにA級以上の冒険者は、各国境をフリーパスで通れますから、ギルドには情報が多く集まります」


「う……っ、国境かぁ」


 はしゃぎ過ぎてたから、あんまり考えてなかった。

 俺、身分証みたいの持ってないし、大丈夫なんだろうか。


「アルくんはこれから、どうするつもりだったんですか? 旅をしてるって言ってましたよね?」


「あー……うん」


 ソフィアとの関係は、ただの初恋の思いでってだけだ。

 それにソフィアには悪いけど、まだ信用はしていない。

 今、ここに彼女がいるのは偶然だけど、これからの保証もない。

 って言うか偶然にしても出来過ぎだろ。


─── 父さんの手紙の内容からすれば、俺の身分や行くべき場所は、人に知られてはいけないはずだ


 どう説明したものか。

 まあ、ここは簡単にはぐらかしておこう。

 今の所、公爵に用事がある事だけは一致してるし。


「いや、まあ、気ままな旅だよ。途中、メルキア公国に寄れたらなーとか思ってる。イケメンの友達に頼まれててね。国境をいくつも越えるし、身分証もないから難しいかもだけどな」


「メルキアですか、それは長い旅になりますね。この大陸の真ん中ですからね、それにあそこは……いえ、何でもありません」


 ん? メルキアでなんか言いかけた?

 それを聞こうとしたら、彼女はあっと思いついた顔をして、ニッコニコに笑った。


「それなら、やっぱり国境を抜ける必要がありますから、冒険者登録だけでもしておくといいですよ? 階級が低くても身分証明にはなりますし。多分アルくんの実力だったら、結構上の階級から始められるんじゃないでしょうか?

私の所属支部だったら口利きもできますよ、ある程度は」


 冒険者か、これからの長い旅に、情報と足掛かりには魅力アリだな。

 この事件が終わったら、ソフィアに同行するのもいいかも知れない。


「ソフィアはどこの支部を拠点にしてるんだ? この事件が終わったら帰るんだろ? 同行できるなら、するのもいいかなぁ」


「あ! 一緒に来ますかアルくん! 私の拠点はこの辺境から、2つ国境を越えたバグナス領の港町ポートメリアなんですよ。いい所なんですよ〜。温泉もありますしね〜♪

まあ、アルくんを見つけられた今、もう天界だろうが地獄だろうが、何処だって一緒に居られればいいんですけどね♡」


 うん? ずっと一緒にいるつもり⁉︎

 これから長旅だし、込み入った話になりそうだからちょっとなぁ……。


「そう言えば、今までアルくんは何処にいたんですか? ずっと、ずっと探していたんですよ?」


 ソフィアの目がうるっとなった。

 あの記憶から十二年くらい経つけど、もしかしてあれからずっとか⁉︎

 いや、本当になんでこの子、こんなに俺を求めてたんだろ。

 あの時、いきなりプロポーズされたのも、未だに謎だし。


 まあ、今そこに触れたらまたソフィアを刺激しそうだし、とりあえず置いておく。

 里の名前も出せないしなぁ。


「う、うん。転々としてたんだ、父さんと二人で。今度時間があったら話すよ。

あ、そう言えばさ、俺ソフィアに謝らなきゃいけない事があるんだ」


「え? 私に?」


 ここは話を反らして、とにかく今は誘拐事件を解決しなきゃだ。

 軽い冗談で終わらせられるけど、流れに沿った内容がいいだろう。


「ほら、ガキの頃、首飾りくれただろ? あれさ、大切にしたかったのに、いつの間にか無くしちゃってさ」


「あははは、アルくん、ちゃんと覚えてくれてたんですねー☆」


 良かった。

 地雷とかじゃなかったか、さて、辺境伯令嬢誘拐事件の話を……


「それにあれを無くす事は、絶対に有り得ませんよ♪」


「…………え?」


─── スッスッスッ


 ソフィアが指先で空中に光の印を刻む。


─── シュウゥ……


 強制的に俺の鎧が解除され、ズダ袋の中へと戻り、俺は爽やか旅人の格好に戻っていた。


「わ……アルくん、普通の格好も、やっぱりいいですね♡」


「ちょっ、なにこれ、何が起きてんの? え? え?」


 鎧が消えただけじゃない、全身に感じた事のない、力の奔流ほんりゅうみたいなものが起こっていた。



─── ドクン……ッ



 胸元、首回り、背中の数カ所が大きく脈打って、焼け付くような熱を感じた。

 思わず鎖帷子くさりかたびらとシャツを脱ぐ。


─── 紋様もんようが反応していた


「ほら、ここにちゃんとありますよ? 『守護紋』としてちゃんと仕事してますって〜!

それにしても凄い鎧ですよね、アルくんの。耐久性、自動修復は分かりますけど、まだまだ機能満載って感じじゃないですか♪ それに兜を取るまで、アルくんだって、全然気がつきませんでした☆ 

私とアルくんの、強いまで隠せるとは、製作者さんは神がかった方ですね!」


 え? 今なんて言った?

⁉︎


 そう言えば、あの時……



─── 「けいやく、しよ!」



 ああああああ、アレが?

 いかん、頭の中が真っ白になって来た!

 契約って、およめさんにする約束じゃなかったのか?


「んー? あれ? オニイチャ、ソフィアって神だよ」


「え⁉︎ 知ってたの……?」


「うん。それと契約してるのも、今わかった」


「ええと、今分かったって……どうして分かったの?」


「ものすごい、オニイチャへの、うんめーの強制力が、どわーって始まった」


「へ、へぇ〜。そっか、そう言うやつね、うん。

─── って、はぁっ⁉︎ 神ィッ⁉︎」


 神? 聞き間違い?

 でも契約って言ってるし、さっきからソフィアの言ってた言葉はどう考えても……


「ふふふ、ティフォちゃんは、何でもわかるんですね? 流石は同じ神さまって、ところでしょうかね☆」


「うん。同じ、神さまフレンド、いぇー」


「いぇー♪ くすくすくす」


 ふたりがなんか知らないけど、おきまりのハンドジェスチャーみたいなのを、リズミカルに決めている。

 うん。正直おいてけぼりだ。

 なんだろ、この孤独感は、おそらくここで繰り広げられてるのは、神さまジョークみたいなやつなんだ。

 だって、二人の笑うポイントがいちいちわからない。


 と言うか、待て! 今さらっと言ってたけど、ソフィアって本当になのか⁉︎


 手遊びでじゃれ合ってるソフィアを見る。

 さっき紋様が反応してから、彼女の輝きとかが半端ない事になってる。

 明らかに俺と彼女の体が共鳴していた。

 

「ん、そんでソフィアは、一体何の神? オニイチャ、そこすごく気にしてるよ?」


「キャッキャッ……へ、私ですか? しがない『調律の神オルネア』ですよー、キャッキャッ」


 おい待て、今なんつった?


「オルネア? オニイチャのけーやく、そーじゃなかったよ?」


「ふふ、そう言えばもう、アルくんも『成人の儀』を受けたはずですもんね。それじゃあ、契約内容も分かっちゃってますよねー。って、えぇ? 契約が違うなんて、そんなハズは……」


 俺は守護神と加護の啓示が刻まれたカードを、ソフィアに差し出した。


「えー、守護神は『幼女』。加護は『幼女の騎士』……。あははは! 何ですかこれ、バグってますね♪ 私も幼かったから、契約が不十分だったんですかねー、あはははは!」


「笑い事じゃねぇッ! この『幼女』ってのはお前かッ!、お前なのかッ⁉︎」


「あははは! そうです、私が幼女です、当時の。あははは……ぷっ、くっ、あはははは! ひーひひひひひ……げほっげほぉっ、ひひひ。ようじょ、幼女の騎士って……あははは!」


─── バチコーンッ


 腹を押さえて転げ回るソフィアの額に、俺は渾身のデコピンを撃ち込んだ。

 神なら耐えられるだろう、きっと。




 ※ ※ ※




 うう、どうして生身の人間に、これ程のダメージが出せるのでしょうか。

 この私が衝撃で意識飛びかけるとか、やっぱアルくんは最高です♪


 でも、はぁ、確かに笑い過ぎでしたね……。

 その前にはしゃぎ過ぎだったようです。


─── 仕方がないじゃないですか


 幼い頃にアルくんが居なくなった後、ほとぼりが冷めたら会いに行こうと決めていたのに、全く行方が掴めなくて……。

 それどころか、やっぱり契約が上手くいってなかったんですね、私の神としての能力まで不安定になってポンコツでしたもの。

 この世に調律の神として、新たな人格で降りて来たと言うのに、運命の人と契約出来たと言うのに……。

 いつまで経っても権能けんのうは高まらないし。


 ただのちょっと可愛いだけの女の子のままでした。

 はい、言い過ぎですね、反省はしてます。

 おごたかぶりは堕天ものですからね。


 冗談はさておき、人の世をポンコツ幼女一人で生きるのは、どれだけ辛かったことか。


 アルくんを探しながら生きる為に、野良犬と残飯を取り合って争ったり、橋の下で寒さに震えて過ごした冬の辛かったこと……。

 何とかアルくんの情報が得たくて、実益も兼ねて冒険者になってはみたものの、やっぱりアルくんの消息は掴めず。

 闇雲に世界を回ってる内に、気がつけばS級冒険者。

 ちょっと有名になってしまったので、顔を隠さなきゃならなくなっていました。


 ……私ちょっと、壊れかけてたのかも知れませんね。


 この十数年間、ずっと彼の名を呟き続けていましたから、自己暗示のように彼の存在が、より強く大きくなってました。


─── で、何の前触れもなく、しかも刃を交えた相手がアルくんだったんですよ⁉︎


 最初は危ない人だと思ってました。

 下着も見られちゃいましたし……///


 荊に髑髏どくろ、全身真っ黒けな鎧に、血の匂いと邪悪で禍々しい魔力。

 戦ってみれば、全く底の見えない剣の技量に、軍神の如き戦況把握、神族と同等の魔術操作☆


 ……あのまま続けていたら、私、負けていたかも知れません。

 彼も何故だか本気じゃなかったみたいですしね。

 てっきり盗賊団のリーダーだと思っていたのに、無償で人助けをしていた上に、勘違いしていた私を怒りもせずに許してくれました。


 それに貴族の娘エリゼが、感情的になった時もそう。


 正直、私はああいう思い上がった人間が嫌いです。

 それを彼は怒る事もなく、責める事もなく説いて、亡き者の想いと共にエリゼの人生すら救いました。

 それを見ていたティフォちゃんの苦しみまで溶かして……。

 正直、惹かれかけてましたよ、アルくんというものがありながら。

 せめて顔を見て、難癖つけて気持ちを落ち着けようなんて思っていたら……


─── それがアルくんだった


 何ですかあれ、めちゃくちゃカッコよくなってるじゃないですか!

 それを鼻にかけもしないし、心までイケメンじゃないですか!

 薄っすらと香る彼の爽やかな柑橘系の香気は、コロンでもつけてるんでしょうか?

 鼻をくすぐる度にドキッとしてしまいます。


「……ィア……ソフィア? 大丈夫か?」


 はう! アルくんが近いです、心配そうに私を見つめてます!

 なんか私、長いこと思い出に浸っていたみたいです♪


「で、契約の更新ってのが出来るってティフォが言ってたんだけど、出来るのか?」


「はい♪ 今すぐしますか?」


「ああ、頼むよ」


 彼には悪い事をしてしまったようです。流石に成人するまで、私にも加護がどう出るか分からないとは言え『幼女の騎士』は彼もショックだったに違いありませんよね……ぷくく。


 ティフォちゃんですか……どこの神かは分かりませんが、あんなに可愛い子と過ごしていたとは、ちょっと少しかなり大規模にハードに妬けてしまいます。

 私だって、ずっと一緒にいたかったのに。


 ここは少し、アドバンテージを得ない事には、やってられませんぜよ?


─── やるっきゃ騎士ナイト


 人生初の、いいえ、二度目の勇気出しちゃいます☆

 私はちょっとうつむいて恥じらう演技を……あれ、本当に顔が熱くなってしまいました。


「私はよいのですけど、ちょっと……」


「え? 何か問題でもあるのか?」


 心配そうな彼の顔もいいなぁ。

 でも、女は度胸です、十年分の距離を埋めてしまいましょう!


「問題……ではありませんが、そ、その、更新するには……。

せ、が必要……なのです///」


 隣のガイコツ少女が、ピクリと反応しましたけど、押し切ってしまえの精神です!


「せ……せっぷん⁉︎ そ、それって、ききき……キスって事だでだだだ……よね?」


「……はい。私はアルくんだったら……その、構いませんけど。

……アルくんがその……イヤでしたら……」


 今の彼の反応、これは初物とみました。

 オイシイです、オイシ過ぎますよ!

 まあ、 かく言う私も初物なんですがね☆


「オニイチャ、そんな話は……」


 ごめんなさいねティフォちゃん、その先は言わせません、私の恋の覇道のためですから。

 ええ、契約更新なんてチョチョイのチョイですよ。キス? 私がしたいからに決まってるでしょーがッ‼︎


─── 【 消 音 】【 金 縛 り 】【 視 界 狭 窄 】!


 相手が何らかの神だと言うのなら、普通の魔術じゃ無理ですからね。

 ここは【神の呪い】で黙らせてしまいましょう♪


 うん? アルくんの妹なのに、なぜ神なのでしょうかね彼女は。

 まあ、そんなこたぁーどーでもイイですよ今は☆


「………………」


「ど、どうした? ティフォ、何か言いかけたよな?」


「……やっぱり、イヤです……か? アルくん……」


 彼の服の裾を掴んで、上目遣いで見つめてみました。

 脈がなければ、冷静に断られるか、適当に応じる事でしょう。


「い! イヤじゃ、な、ないッ!」


 心の中でガッツポーズですよ。

 ここまで反応がいいと、騙している事に、ちょっと罪悪感が……。


 でも、あれ?

 演技のつもりだったのに、なんだか私までドキドキして……涙が出て来てしまいました。


「うれしい……です、アルくん……!」


「お、おう!」


「……アルくんから……してくれますか?」


「お、おう!」


 あれ? 私なんか勝手にしゃべってます。

 と言うか、何をしゃべっているのか、自分でも分かりません……。


「そ、ソフィア……さん」


「ソフィ……って呼んで……ください」


「お、おう! そ、ソフィ、するぞ?」


 はうぅ、聞かないでぇ……私だって初めてですもん。

 これ以上は、何をどうすればいいのか、さっぱりなんですよ〜!


 恥ずかし過ぎてうつむくしか出来ませんでした。

 そんな私の頰に彼の温かい手が添えられて……。



─── ちゅっ



 戸惑うように、唇が優しく重なりました。

 ただ、重ねるだけの初々しいキス。


 それだけの事が、こんなにも幸せに感じるとは……。


 そっと離れて行く彼の体温、とても名残惜しいですが今はこれで充分です。

 何度か人々の暮らしの中で見た、接吻の光景。

 あれの何が良いのか、ずっと分かりませんでしたし、正直興味なんてなかったのに。

 こういう幸せって、あったんですね……。



─── 【 契 約 を 新 た に 受 諾 せ よ 】



 私と彼を強い光が覆って、運命と世界から祝福を受けました。




 ※ 




─── 真っ白だ


 頭の中が、真っ白だ。

 でも、俺の魔力がさらに高まり、身体中に力が満ち溢れてくる。

 これが本当の俺の加護の力なのか?


 ただ、より禍々しい気配になってる気がしないでもないが……。

 横を見ると、俺の魔力が流れて行っているのか、ティフォまで光に包まれて、髑髏どくろの目が白く灯っている。

 魔力が高まり切った時、体から急に力が抜けて、俺は地面に倒れ込んだ。


「……ち、力……が……」


 まだ少し顔の赤いソフィアが、顔を覗き込んで言った。


「急激にエネルギーが高まったので、今はそれに順応しようとしているのです」


「前は……こんな……」


「さらに大きく膨れ上がりましたからね~♪ 無理もありません、人類でこれ程の魔力を持てるとは、肉体の方が想定していませんから。心配ありませんよ~、あなたはそれを担えるからこそ、私との運命に選ばれたのです。少しお休みになれば、大丈夫ですよ」


「……ああ」


 ソフィアの言葉の最後の方は、音が揺らめいて聞き取り辛くなった。

 意識こそ途切れてはいないものの、意識や思考も加護の恩恵に対応し始めたのだろう、モヤモヤしていた。

 ソフィアの顔が視界から離れて、木漏れ日が見える。

 何か話し声が聞こえるが、知覚が追いつかなくて、内容が理解できなかった。


 少し間を置いて、今度は兜を外したティフォが、俺の顔を覗き込んで来た。




 ※ ※ ※




─── ゆるすまじ、クソおんな、ぬけがけだ


 オニイチャの契約更新で、あたしにも凄い魔力が流れ込んで来た。

 ただ、あたしの完全体になるまでには及ばないみたい。


 いや、そんな事はどーでも、よいやっさッ!

 とりあえず、能力が少し高まったから、クソおんなに掛けられた『神の呪い』は力づくで壊した。


「あら、ティフォちゃん。私の呪いを外すとは、貴女も相当高位の神でしたか……ふふふ」


「おい、このクソおんな、よくもオニイチャをけがしたな!」


「穢す? いいえ、それは良いものでした。それは素敵なひと時でした♡ ぶふぅ、至福です☆」


「こーしんに、せっぷんとか、きいたことねーぞ!」


「そうですか? 私には必要だったのです。ずっと孤独だった寂しさを埋めないと、力が出ませんからね、うふふふ」


 そうか、このクソおんなも寂しかったのか……うー、寂しいのは辛い、よく分かる。


「うー、そ、それでも、ぬけがけは……ずるい」


「ティフォちゃん、貴女、妹なのでしょう? 妹は兄とキスする事はできませんよ? 私は一個人として、彼と結ばれただけです」


「ぬッ!? オニイチャとは、妹だと、キスできない……⁉︎」


「ふふ、私の方が先に進める、それだけです」


「─── ティフォは激怒した

必ず邪智暴虐じゃちぼうぎゃくのクソおんなを除かねばならぬと決意した。

ティフォには男女は分からぬ。

ティフォは異界の神である。

触手を振り、オニイチャへのアドバンテージを取り返す……ッ!」


「ちょ……え? ティフォちゃん、何を急に語り出しt」


─── ビッシィッ!


 クソおんなを触手で縛り上げ、樹に巻きつけた。



─── 【 そ こ で た だ 、 み て る が よ い 】



「……ッ‼︎ か、神の呪い……⁉︎」


 クソおんなは、もー動けまい、ここからは、あたしのターン!


「オニイチャ、聞こえる?」


「……ああ」


「けーやく、こーしんできて、よかったね」


「……ああ」


「あたしのこと、好きっていえ」


「……ああ」


 ぜんごふかく、あたしの中にふーいんされし、既成事実の発動が今、ゆるされる!

 それに完全体には届かなかったけど、人とけーやくを結ぶくらいの力は取り戻せた。


「オニイチャ、あたしとも、しよ?」


「……ああ」


「それはティフォと、せっぷん、してもいいってこと、OK?」


「……ああ」


 言質げんちはとったなり、後は、じっこー!


(……ああ、私のアルくんが……待ちなさいそこのタコ娘ッ……契約に接吻など……聞いたことがありませんよ……ッ)


 クソおんなの思念が飛んで来た。

 知るか、あたしはお前のアドバンテージを、みごとに、崩すッ!



─── ンッヂュウウウウウゥゥゥゥ……



 ああ、オニイチャ、あったかい。


(……ちょっ、タコ娘ッ! 吸い過ぎッ! 吸い過ぎですよッ!)


─── ンッヂュウウゥゥ……ズボボボボッ


 オイシイ、オイシイ……オニイチャ……


(ちょっ、コラッ! 内臓出ちゃう! アルくんの内臓が出ちゃうぅ!!)



…………5分後



 ふう、たんのー、した。

 仕上げと行く。



─── 【 我 と の 契 約 を 受 諾 せ よ 、 運 命 を 我 と 共 に 分 か ち 合 わ ん 】



 オニイチャとあたしが、赤い光に包まれた。

 何故か樹上のクソおんなも光ってやがる、いまいましーが、仕方ない。

 クソおんなとも、オニイチャを通してけーやくの縁が出来てしまった。


 でも、アドバンテージはとった!

 そう思った時、フッと、あたしの頭上に影がさした。


「このタコ娘! 覚悟しなさい!」


 あー、クソおんなにも力が回ってたか、呪いが解かれた。

 まーいい、受けてたってやる。


「あいてにふそく、なし。こいやー」




 ※ 




 ようやく頭の中が落ち着いた。

 ぶっ倒れてる間に霧でも出たのか、顔中がなんかベトベトだが、そんな事はいい。


 今まで生きてきた中で、こんなに頭が冴えわたる感覚を味わった事はない。

 思考が進み、感覚が冴え、体から力がみなぎる。


 契約の更新は成功したようだ。


 って、俺、ソフィアと……。

 頭は冴え渡っても、こういう事には強くなれないらしい。

 顔が熱い。


 ソフィアとティフォが、何故か折り重なるように倒れているが、待ち疲れて寝たのかもしれないな。

 生まれた世界は違えど、同じ神様だもんな、仲が良いのは良い事だ。

 ただ、周囲の樹々が倒れて、地面がクレーターだらけになってるのは何故だかは分からない。


 ……そ、それよりも契約の内容だってば!


 余りに色々あり過ぎて、確認が取れなかったけど、確かソフィアは自分の事をティフォに『調律の神オルネアですよー』と言っていた。

 それが本当なら、ソフィアこそが真の神の中で唯一、守護神となった女神オルネアだ。



─── 女神オルネアは、調律者の守護神


─── オルネアの聖騎士は、勇者の受けた加護



 つ、つまり俺は! つまり俺の加護はあの勇者と同じ……ッ⁉︎

 胸が熱く高鳴る。

 幼い頃の夢、憧れ、そして未だ続く情熱が、再び俺の胸を焦がした。


 慌ててカードを取り出して、守護神と加護の欄に目を走らせる。



─── 守護神【触手と美女】


─── 加護【触手と美女の騎士】



 ???……? ……ッ⁉︎


「オッラアアアアァァァッ!

そこの二人、ちょっと起きろやぁッ‼︎」


 生まれて初めて、激怒したかも知れない。

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