第五話 仕方がないじゃないですか
いやね、今回の旅の中にはさ、そりゃあちょっと『初恋の相手に、また逢えたらいいな』とか、思ってはいたよ?
可愛い子だったし、きっと綺麗な女性になってるんだろうなってさ。
でも、五才の頃にちょっといた程度の街だし、何処だかも憶えてないし、再会なんて無謀だから優先順位は低かったんだ。
再会を思ってはいても、特にそれを望んではいなかった。
それに会った所で、幼い頃の
いや、憶えていたとしても、『あの頃はねー、はははっ』みたいに、笑い話になんのがオチだよなと。
─── そう思ってたら、コレだよ
「ふぅおおおおッ! アルくんッ! アルくんッ! ふぅおおおおーッ!」
もうこれ何分経過したんだろう、この全力の頬擦り。
ちなみに『ふぅおおおッ』で頬擦り、『アルくんッ』で、顔を上げてうるうるのワンセットだ。
これ、運動量は一見大した事ないように見えるけど、全身で全力を発揮し続けるとか、スタミナ凄いよね。
当の俺は、二度目のタックルで刈り取られて、倒れた体に乗られて、
理想的な押さえ込みだね。
ソフィアは剣も魔術もイケるけど、グランド系の格闘もいけんだね、ハッキリと分かったよ。
「……ちょ、ちょっと落ち着いて話そうか?」
そう言うと、俺の鎧の
「とりあえずさ、座ってはな……」
「ふおおおッ! アルくんッ! ふぅおおおッ!」
引っぺがそうと、ソフィアの脇から腕を取ろうとしたが叶わず、仕方がないので腹にくっつく彼女ごとゴロンと
「うげ……アルくん、重いです……」
腹の下に下敷きになったソフィアが
「いいから落ち着けって。モニカって子を助けなきゃだろ? 盗賊団が失敗した事が、もう公爵に伝わってたりしたら、その子が危ない」
「時間が惜しいので! ここから公爵の別荘を、いやもう辺境ごと、吹き飛ばせばいいんじゃないですかね!?」
そう言って空に向かって、手の平を掲げる。
とりあえず、後頭部を殴って止めておいた。
「なんで急にそんな投げやりなんだよ! 公爵を消滅させたら、どうやって黒幕だったって、証明するんだよ。それにモニカごと消し飛ばしてどうする!」
「だって、アルくんとくっつけないじゃないですか! やだーッ! 終わらせればいいんですよ、こんなものわ! もうアルくんと離れ離れにされるくらいなら、この国、いや世界など滅びればいいんですよ!」
「今度はこっちが追われる身になるわ!」
「それならずっと一緒に逃避行できるじゃないですか! ヤッターっ‼︎」
「アホか! アホなんだな⁉︎」
と、その時、ソフィアが急に俺の後ろを見て、指を指した
俺は身構えながら振り返る ……
「ん? 何も無いじゃ……」
─── ガシッ
「……へ?」
「ふぅおおおッ! アルくんッ! アルくんッ!」
─── 5分後
「はい……もうしません。取り乱してすみませんでした。
おでこから煙をしゅうしゅう出しながら、そこを指でなでつつ、ソフィアは正座をしている。
本気でデコピンをした事で、ややぐったりしつつも、落ち着いたようだ。
『反省はしています』って、何故か限定的なのが気になるが、まあいいだろう。
なんか人型になりたての頃のティフォっぽいなこの子は。
「今から俺たちは公爵の別荘に向かい、モニカを助ける。これは俺の意思だ。ソフィアもその仕事を請け負って来たんだろ?」
「はい。でも、それではアルくんとくっついていられないじゃないですか……」
ソフィアの目に不穏な色がさす。
鼻息が荒い。
「どう、どうどう。そう言うところだ、そう言うところだぞ? また話が進まなくなるからさ、もう少し建設的に考えようか」
ティフォはどうしたんだろう? チラリと見ると、兜が気に入ったのか、ぺたんと女の子座りして『ウフフ』って被ったままの兜をなでている。
深呼吸をしてるのか、兜の中でコホォって響いてて悪者っぽい。
におい嗅がれるのが恥辱だが、今この子まで解き放ったら余計に話が進まなくなるから、とりあえず放置する事にした。
なんか、異様に頭のでっかい骸骨の少女が笑ってる様は狂気の沙汰だが、本人が満足なら今はそれでいい。
「ところでソフィアは、ウィリーの事をエリゼの護衛だと知っていたみたいだけど、そう言うのはギルドって所から予め聞いていたのか?」
「はい。辺境伯の身辺は一通り聞いてますね。誘拐事件となれば、金銭目当てが多いですけど、今回はそれなりに背景がありそうだと思われますので」
「強盗団の事も知ってたよな?」
「事件発生時には、すでにこちらのギルドも動いているんですよ。情報を集めて、強盗団の存在が明るみに出た段階で、彼らの手に負えないと判断したようですね。それで私たちの支部にまで、応援要請が出たんです。
この辺境には、D級の冒険者すら居ません。パダムの率いる強盗団は、難度C級判定の、ある程度有名な強盗団でしたから」
「対象に判定ついてんの分かりやすくていいなそれ。そうか、ギルドの情報網って凄いんだな。」
「ええ、ほぼマールダーの全域に支部がありますからね。それにA級以上の冒険者は、各国境をフリーパスで通れますから、ギルドには情報が多く集まります」
「う……っ、国境かぁ」
はしゃぎ過ぎてたから、あんまり考えてなかった。
俺、身分証みたいの持ってないし、大丈夫なんだろうか。
「アルくんはこれから、どうするつもりだったんですか? 旅をしてるって言ってましたよね?」
「あー……うん」
ソフィアとの関係は、ただの初恋の思いでってだけだ。
それにソフィアには悪いけど、まだ信用はしていない。
今、ここに彼女がいるのは偶然だけど、これからの保証もない。
って言うか偶然にしても出来過ぎだろ。
─── 父さんの手紙の内容からすれば、俺の身分や行くべき場所は、人に知られてはいけないはずだ
どう説明したものか。
まあ、ここは簡単にはぐらかしておこう。
今の所、公爵に用事がある事だけは一致してるし。
「いや、まあ、気ままな旅だよ。途中、メルキア公国に寄れたらなーとか思ってる。イケメンの友達に頼まれててね。国境をいくつも越えるし、身分証もないから難しいかもだけどな」
「メルキアですか、それは長い旅になりますね。この大陸の真ん中ですからね、それにあそこは……いえ、何でもありません」
ん? メルキアでなんか言いかけた?
それを聞こうとしたら、彼女はあっと思いついた顔をして、ニッコニコに笑った。
「それなら、やっぱり国境を抜ける必要がありますから、冒険者登録だけでもしておくといいですよ? 階級が低くても身分証明にはなりますし。多分アルくんの実力だったら、結構上の階級から始められるんじゃないでしょうか?
私の所属支部だったら口利きもできますよ、ある程度は」
冒険者か、これからの長い旅に、情報と足掛かりには魅力アリだな。
この事件が終わったら、ソフィアに同行するのもいいかも知れない。
「ソフィアはどこの支部を拠点にしてるんだ? この事件が終わったら帰るんだろ? 同行できるなら、するのもいいかなぁ」
「あ! 一緒に来ますかアルくん! 私の拠点はこの辺境から、2つ国境を越えたバグナス領の港町ポートメリアなんですよ。いい所なんですよ〜。温泉もありますしね〜♪
まあ、アルくんを見つけられた今、もう天界だろうが地獄だろうが、何処だって一緒に居られればいいんですけどね♡」
うん? ずっと一緒にいるつもり⁉︎
これから長旅だし、込み入った話になりそうだからちょっとなぁ……。
「そう言えば、今までアルくんは何処にいたんですか? ずっと、ずっと探していたんですよ?」
ソフィアの目がうるっとなった。
あの記憶から十二年くらい経つけど、もしかしてあれからずっとか⁉︎
いや、本当になんでこの子、こんなに俺を求めてたんだろ。
あの時、いきなりプロポーズされたのも、未だに謎だし。
まあ、今そこに触れたらまたソフィアを刺激しそうだし、とりあえず置いておく。
里の名前も出せないしなぁ。
「う、うん。転々としてたんだ、父さんと二人で。今度時間があったら話すよ。
あ、そう言えばさ、俺ソフィアに謝らなきゃいけない事があるんだ」
「え? 私に?」
ここは話を反らして、とにかく今は誘拐事件を解決しなきゃだ。
軽い冗談で終わらせられるけど、流れに沿った内容がいいだろう。
「ほら、ガキの頃、首飾りくれただろ? あれさ、大切にしたかったのに、いつの間にか無くしちゃってさ」
「あははは、アルくん、ちゃんと覚えてくれてたんですねー☆」
良かった。
地雷とかじゃなかったか、さて、辺境伯令嬢誘拐事件の話を……
「それにあれを無くす事は、絶対に有り得ませんよ♪」
「…………え?」
─── スッスッスッ
ソフィアが指先で空中に光の印を刻む。
─── シュウゥ……
強制的に俺の鎧が解除され、ズダ袋の中へと戻り、俺は爽やか旅人の格好に戻っていた。
「わ……アルくん、普通の格好も、やっぱりいいですね♡」
「ちょっ、なにこれ、何が起きてんの? え? え?」
鎧が消えただけじゃない、全身に感じた事のない、力の
─── ドクン……ッ
胸元、首回り、背中の数カ所が大きく脈打って、焼け付くような熱を感じた。
思わず
───
「ほら、ここにちゃんとありますよ? 『守護紋』としてちゃんと仕事してますって〜!
それにしても凄い鎧ですよね、アルくんの。耐久性、自動修復は分かりますけど、まだまだ機能満載って感じじゃないですか♪ それに兜を取るまで、アルくんだって、全然気がつきませんでした☆
私とアルくんの、強い
え? 今なんて言った?
そう言えば、あの時……
─── 「けいやく、しよ!」
ああああああ、アレが?
いかん、頭の中が真っ白になって来た!
契約って、およめさんにする約束じゃなかったのか?
「んー? あれ? オニイチャ、ソフィアって神だよ」
「え⁉︎ 知ってたの……?」
「うん。それと契約してるのも、今わかった」
「ええと、今分かったって……どうして分かったの?」
「ものすごい、オニイチャへの、うんめーの強制力が、どわーって始まった」
「へ、へぇ〜。そっか、そう言うやつね、うん。
─── って、はぁっ⁉︎ 神ィッ⁉︎」
神? 聞き間違い?
でも契約って言ってるし、さっきからソフィアの言ってた言葉はどう考えても……
「ふふふ、ティフォちゃんは、何でもわかるんですね? 流石は同じ神さまって、ところでしょうかね☆」
「うん。同じ、神さまフレンド、いぇー」
「いぇー♪ くすくすくす」
ふたりがなんか知らないけど、おきまりのハンドジェスチャーみたいなのを、リズミカルに決めている。
うん。正直おいてけぼりだ。
なんだろ、この孤独感は、おそらくここで繰り広げられてるのは、神さまジョークみたいなやつなんだ。
だって、二人の笑うポイントがいちいちわからない。
と言うか、待て! 今さらっと言ってたけど、ソフィアって本当に
手遊びでじゃれ合ってるソフィアを見る。
さっき紋様が反応してから、彼女の輝きとかが半端ない事になってる。
明らかに俺と彼女の体が共鳴していた。
「ん、そんでソフィアは、一体何の神? オニイチャ、そこすごく気にしてるよ?」
「キャッキャッ……へ、私ですか? しがない『調律の神オルネア』ですよー、キャッキャッ」
おい待て、今なんつった?
「オルネア? オニイチャのけーやく、そーじゃなかったよ?」
「ふふ、そう言えばもう、アルくんも『成人の儀』を受けたはずですもんね。それじゃあ、契約内容も分かっちゃってますよねー。って、えぇ? 契約が違うなんて、そんなハズは……」
俺は守護神と加護の啓示が刻まれたカードを、ソフィアに差し出した。
「えー、守護神は『幼女』。加護は『幼女の騎士』……。あははは! 何ですかこれ、バグってますね♪ 私も幼かったから、契約が不十分だったんですかねー、あはははは!」
「笑い事じゃねぇッ! この『幼女』ってのはお前かッ!、お前なのかッ⁉︎」
「あははは! そうです、私が幼女です、当時の。あははは……ぷっ、くっ、あはははは! ひーひひひひひ……げほっげほぉっ、ひひひ。ようじょ、幼女の騎士って……あははは!」
─── バチコーンッ
腹を押さえて転げ回るソフィアの額に、俺は渾身のデコピンを撃ち込んだ。
神なら耐えられるだろう、きっと。
※ ※ ※
うう、どうして生身の人間に、これ程のダメージが出せるのでしょうか。
この私が衝撃で意識飛びかけるとか、やっぱアルくんは最高です♪
でも、はぁ、確かに笑い過ぎでしたね……。
その前にはしゃぎ過ぎだったようです。
─── 仕方がないじゃないですか
幼い頃にアルくんが居なくなった後、ほとぼりが冷めたら会いに行こうと決めていたのに、全く行方が掴めなくて……。
それどころか、やっぱり契約が上手くいってなかったんですね、私の神としての能力まで不安定になってポンコツでしたもの。
この世に調律の神として、新たな人格で降りて来たと言うのに、運命の人と契約出来たと言うのに……。
いつまで経っても
ただのちょっと可愛いだけの女の子のままでした。
はい、言い過ぎですね、反省はしてます。
冗談はさておき、人の世をポンコツ幼女一人で生きるのは、どれだけ辛かったことか。
アルくんを探しながら生きる為に、野良犬と残飯を取り合って争ったり、橋の下で寒さに震えて過ごした冬の辛かったこと……。
何とかアルくんの情報が得たくて、実益も兼ねて冒険者になってはみたものの、やっぱりアルくんの消息は掴めず。
闇雲に世界を回ってる内に、気がつけばS級冒険者。
ちょっと有名になってしまったので、顔を隠さなきゃならなくなっていました。
……私ちょっと、壊れかけてたのかも知れませんね。
この十数年間、ずっと彼の名を呟き続けていましたから、自己暗示のように彼の存在が、より強く大きくなってました。
─── で、何の前触れもなく、しかも刃を交えた相手がアルくんだったんですよ⁉︎
最初は危ない人だと思ってました。
下着も見られちゃいましたし……///
荊に
戦ってみれば、全く底の見えない剣の技量に、軍神の如き戦況把握、神族と同等の魔術操作☆
……あのまま続けていたら、私、負けていたかも知れません。
彼も何故だか本気じゃなかったみたいですしね。
てっきり盗賊団のリーダーだと思っていたのに、無償で人助けをしていた上に、勘違いしていた私を怒りもせずに許してくれました。
それに貴族の娘エリゼが、感情的になった時もそう。
正直、私はああいう思い上がった人間が嫌いです。
それを彼は怒る事もなく、責める事もなく説いて、亡き者の想いと共にエリゼの人生すら救いました。
それを見ていたティフォちゃんの苦しみまで溶かして……。
正直、惹かれかけてましたよ、アルくんというものがありながら。
せめて顔を見て、難癖つけて気持ちを落ち着けようなんて思っていたら……
─── それがアルくんだった
何ですかあれ、めちゃくちゃカッコよくなってるじゃないですか!
それを鼻にかけもしないし、心までイケメンじゃないですか!
薄っすらと香る彼の爽やかな柑橘系の香気は、コロンでもつけてるんでしょうか?
鼻をくすぐる度にドキッとしてしまいます。
「……ィア……ソフィア? 大丈夫か?」
はう! アルくんが近いです、心配そうに私を見つめてます!
なんか私、長いこと思い出に浸っていたみたいです♪
「で、契約の更新ってのが出来るってティフォが言ってたんだけど、出来るのか?」
「はい♪ 今すぐしますか?」
「ああ、頼むよ」
彼には悪い事をしてしまったようです。流石に成人するまで、私にも加護がどう出るか分からないとは言え『幼女の騎士』は彼もショックだったに違いありませんよね……ぷくく。
ティフォちゃんですか……どこの神かは分かりませんが、あんなに可愛い子と過ごしていたとは、ちょっと少しかなり大規模にハードに妬けてしまいます。
私だって、ずっと一緒にいたかったのに。
ここは少し、アドバンテージを得ない事には、やってられませんぜよ?
─── やるっきゃ
人生初の、いいえ、二度目の勇気出しちゃいます☆
私はちょっとうつむいて恥じらう演技を……あれ、本当に顔が熱くなってしまいました。
「私はよいのですけど、ちょっと……」
「え? 何か問題でもあるのか?」
心配そうな彼の顔もいいなぁ。
でも、女は度胸です、十年分の距離を埋めてしまいましょう!
「問題……ではありませんが、そ、その、更新するには……。
せ、
隣のガイコツ少女が、ピクリと反応しましたけど、押し切ってしまえの精神です!
「せ……せっぷん⁉︎ そ、それって、ききき……キスって事だでだだだ……よね?」
「……はい。私はアルくんだったら……その、構いませんけど。
……アルくんがその……イヤでしたら……」
今の彼の反応、これは初物とみました。
オイシイです、オイシ過ぎますよ!
まあ、 かく言う私も初物なんですがね☆
「オニイチャ、そんな話は……」
ごめんなさいねティフォちゃん、その先は言わせません、私の恋の覇道のためですから。
ええ、契約更新なんてチョチョイのチョイですよ。キス? 私がしたいからに決まってるでしょーがッ‼︎
─── 【 消 音 】【 金 縛 り 】【 視 界 狭 窄 】!
相手が何らかの神だと言うのなら、普通の魔術じゃ無理ですからね。
ここは【神の呪い】で黙らせてしまいましょう♪
うん? アルくんの妹なのに、なぜ神なのでしょうかね彼女は。
まあ、そんなこたぁーどーでもイイですよ今は☆
「………………」
「ど、どうした? ティフォ、何か言いかけたよな?」
「……やっぱり、イヤです……か? アルくん……」
彼の服の裾を掴んで、上目遣いで見つめてみました。
脈がなければ、冷静に断られるか、適当に応じる事でしょう。
「い! イヤじゃ、な、ないッ!」
心の中でガッツポーズですよ。
ここまで反応がいいと、騙している事に、ちょっと罪悪感が……。
でも、あれ?
演技のつもりだったのに、なんだか私までドキドキして……涙が出て来てしまいました。
「うれしい……です、アルくん……!」
「お、おう!」
「……アルくんから……してくれますか?」
「お、おう!」
あれ? 私なんか勝手にしゃべってます。
と言うか、何をしゃべっているのか、自分でも分かりません……。
「そ、ソフィア……さん」
「ソフィ……って呼んで……ください」
「お、おう! そ、ソフィ、するぞ?」
はうぅ、聞かないでぇ……私だって初めてですもん。
これ以上は、何をどうすればいいのか、さっぱりなんですよ〜!
恥ずかし過ぎてうつむくしか出来ませんでした。
そんな私の頰に彼の温かい手が添えられて……。
─── ちゅっ
戸惑うように、唇が優しく重なりました。
ただ、重ねるだけの初々しいキス。
それだけの事が、こんなにも幸せに感じるとは……。
そっと離れて行く彼の体温、とても名残惜しいですが今はこれで充分です。
何度か人々の暮らしの中で見た、接吻の光景。
あれの何が良いのか、ずっと分かりませんでしたし、正直興味なんてなかったのに。
こういう幸せって、あったんですね……。
─── 【 契 約 を 新 た に 受 諾 せ よ 】
私と彼を強い光が覆って、運命と世界から祝福を受けました。
※
─── 真っ白だ
頭の中が、真っ白だ。
でも、俺の魔力がさらに高まり、身体中に力が満ち溢れてくる。
これが本当の俺の加護の力なのか?
ただ、より禍々しい気配になってる気がしないでもないが……。
横を見ると、俺の魔力が流れて行っているのか、ティフォまで光に包まれて、
魔力が高まり切った時、体から急に力が抜けて、俺は地面に倒れ込んだ。
「……ち、力……が……」
まだ少し顔の赤いソフィアが、顔を覗き込んで言った。
「急激にエネルギーが高まったので、今はそれに順応しようとしているのです」
「前は……こんな……」
「さらに大きく膨れ上がりましたからね~♪ 無理もありません、人類でこれ程の魔力を持てるとは、肉体の方が想定していませんから。心配ありませんよ~、あなたはそれを担えるからこそ、私との運命に選ばれたのです。少しお休みになれば、大丈夫ですよ」
「……ああ」
ソフィアの言葉の最後の方は、音が揺らめいて聞き取り辛くなった。
意識こそ途切れてはいないものの、意識や思考も加護の恩恵に対応し始めたのだろう、モヤモヤしていた。
ソフィアの顔が視界から離れて、木漏れ日が見える。
何か話し声が聞こえるが、知覚が追いつかなくて、内容が理解できなかった。
少し間を置いて、今度は兜を外したティフォが、俺の顔を覗き込んで来た。
※ ※ ※
─── ゆるすまじ、クソおんな、ぬけがけだ
オニイチャの契約更新で、あたしにも凄い魔力が流れ込んで来た。
ただ、あたしの完全体になるまでには及ばないみたい。
いや、そんな事はどーでも、よいやっさッ!
とりあえず、能力が少し高まったから、クソおんなに掛けられた『神の呪い』は力づくで壊した。
「あら、ティフォちゃん。私の呪いを外すとは、貴女も相当高位の神でしたか……ふふふ」
「おい、このクソおんな、よくもオニイチャをけがしたな!」
「穢す? いいえ、それは良いものでした。それは素敵なひと時でした♡ ぶふぅ、至福です☆」
「こーしんに、せっぷんとか、きいたことねーぞ!」
「そうですか? 私には必要だったのです。ずっと孤独だった寂しさを埋めないと、力が出ませんからね、うふふふ」
そうか、このクソおんなも寂しかったのか……うー、寂しいのは辛い、よく分かる。
「うー、そ、それでも、ぬけがけは……ずるい」
「ティフォちゃん、貴女、妹なのでしょう? 妹は兄とキスする事はできませんよ? 私は一個人として、彼と結ばれただけです」
「ぬッ!? オニイチャとは、妹だと、キスできない……⁉︎」
「ふふ、私の方が先に進める、それだけです」
「─── ティフォは激怒した
必ず
ティフォには男女は分からぬ。
ティフォは異界の神である。
触手を振り、オニイチャへのアドバンテージを取り返す……ッ!」
「ちょ……え? ティフォちゃん、何を急に語り出しt」
─── ビッシィッ!
クソおんなを触手で縛り上げ、樹に巻きつけた。
─── 【 そ こ で た だ 、 み て る が よ い 】
「……ッ‼︎ か、神の呪い……⁉︎」
クソおんなは、もー動けまい、ここからは、あたしのターン!
「オニイチャ、聞こえる?」
「……ああ」
「けーやく、こーしんできて、よかったね」
「……ああ」
「あたしのこと、好きっていえ」
「……ああ」
ぜんごふかく、あたしの中にふーいんされし、既成事実の発動が今、ゆるされる!
それに完全体には届かなかったけど、人とけーやくを結ぶくらいの力は取り戻せた。
「オニイチャ、あたしとも
「……ああ」
「それはティフォと、せっぷん、してもいいってこと、OK?」
「……ああ」
(……ああ、私のアルくんが……待ちなさいそこのタコ娘ッ……契約に接吻など……聞いたことがありませんよ……ッ)
クソおんなの思念が飛んで来た。
知るか、あたしはお前のアドバンテージを、みごとに、崩すッ!
─── ンッヂュウウウウウゥゥゥゥ……
ああ、オニイチャ、あったかい。
(……ちょっ、タコ娘ッ! 吸い過ぎッ! 吸い過ぎですよッ!)
─── ンッヂュウウゥゥ……ズボボボボッ
オイシイ、オイシイ……オニイチャ……
(ちょっ、コラッ! 内臓出ちゃう! アルくんの内臓が出ちゃうぅ!!)
…………5分後
ふう、たんのー、した。
仕上げと行く。
─── 【 我 と の 契 約 を 受 諾 せ よ 、 運 命 を 我 と 共 に 分 か ち 合 わ ん 】
オニイチャとあたしが、赤い光に包まれた。
何故か樹上のクソおんなも光ってやがる、いまいましーが、仕方ない。
クソおんなとも、オニイチャを通してけーやくの縁が出来てしまった。
でも、アドバンテージはとった!
そう思った時、フッと、あたしの頭上に影がさした。
「このタコ娘! 覚悟しなさい!」
あー、クソおんなにも力が回ってたか、呪いが解かれた。
まーいい、受けてたってやる。
「あいてにふそく、なし。こいやー」
※
ようやく頭の中が落ち着いた。
ぶっ倒れてる間に霧でも出たのか、顔中がなんかベトベトだが、そんな事はいい。
今まで生きてきた中で、こんなに頭が冴えわたる感覚を味わった事はない。
思考が進み、感覚が冴え、体から力がみなぎる。
契約の更新は成功したようだ。
って、俺、ソフィアと……。
頭は冴え渡っても、こういう事には強くなれないらしい。
顔が熱い。
ソフィアとティフォが、何故か折り重なるように倒れているが、待ち疲れて寝たのかもしれないな。
生まれた世界は違えど、同じ神様だもんな、仲が良いのは良い事だ。
ただ、周囲の樹々が倒れて、地面がクレーターだらけになってるのは何故だかは分からない。
……そ、それよりも契約の内容だってば!
余りに色々あり過ぎて、確認が取れなかったけど、確かソフィアは自分の事をティフォに『調律の神オルネアですよー』と言っていた。
それが本当なら、ソフィアこそが真の神の中で唯一、守護神となった女神オルネアだ。
─── 女神オルネアは、調律者の守護神
─── オルネアの聖騎士は、勇者の受けた加護
つ、つまり俺は! つまり俺の加護はあの勇者と同じ……ッ⁉︎
胸が熱く高鳴る。
幼い頃の夢、憧れ、そして未だ続く情熱が、再び俺の胸を焦がした。
慌ててカードを取り出して、守護神と加護の欄に目を走らせる。
─── 守護神【触手と美女】
─── 加護【触手と美女の騎士】
???……? ……ッ⁉︎
「オッラアアアアァァァッ!
そこの二人、ちょっと起きろやぁッ‼︎」
生まれて初めて、激怒したかも知れない。
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