第四話 悪者
結果から言ってしまおう。
儀式中に現れた、あの美少女は俺の『
「オニイチャ……好きって言え!」
俺にとって決定打はこのセリフだったが、それ以上の証拠は、後々に本人が語ってくれた。
『成人の儀式』で色々爆発した後、俺たちは取りあえず身体を洗ってから、再度集まって緊急会議を開いた。
だって、誰も納得してなかったもの……。
※ ※ ※
「で、守護神の『幼女』とは何か……だな?』
アーシェ婆が腕組みをしてそう言った。
その瞬間、全員の顔が勢いよく、一斉に謎の美少女に振り返った。
─── ババババッ! ……ポキィッ! ウグゥ……
運動不足のシモンが、振り返る瞬間に首の筋をいわせてのたうち回ったが、誰もそちらを見もしない。
美少女の方が重大事だからか、それとも皆んなの認知力が追いつかないのか……。
なんかもう、老化とか言い始めると、色々ツッコミすら辛いんだこの里は。
─── ふりふりふり……
しかし、『
「いや、あんた『幼女』じゃろ、ツルペタとか、そう言ったくくり的になっ、わははは‼︎」
そう言ったガセ爺は、少女から伸びた触手に掴まれ振り回されて、語尾の「わははは‼︎」のドップラー効果を起こしながら何処かへ飛ばされてしまった。
「あたしは、この件には、かんけーない。あたしはその『幼女』じゃない。
……それより、今はオニイチャの、話する」
飛んで行くガセ爺を、ただ呆然と目で追っていた全員が『あ、それだ』とばかりに向き直る。
「しかし、とんでもない魔力量じゃったのう。それが今は大分抑えられておるが……」
ダグ爺があご
それを聞いたアーシェ婆も
「確かに。あのまま噴き出すのに任せておれば、この里など山ごと消え失せておったやもしれんな。
魔術化したわけでもなく、ただ溢れ出た魔力だけであれだけの規模とは。それも一瞬漏れただけでじゃぞ?……それが
「いや、俺は何もできなかった。……そう言えば、首とか背中とかが急に熱くなって、急に魔力が収まった気がする……」
「うむ、あの規模の魔力を、人類がそう簡単に抑え込めるとは思えん。アルフォンス、脱げ」
アーシェ婆が手をかざすと、俺のシャツが粉々に爆散した。
「ほぉーん、ほぉーん……って、おい、なんじゃその
「「「「…………⁉︎」」」」
「ああ……俺の
せっかちなアーシェ婆に、一番いい服が消し飛ばされた悲しみが、即座に消え失せた。
「胸元……首回り、それから背中に大きく三ヶ所。
これは……呪印? それも古代……いや、神代文字……。
魔術印のようにも見えますが、これはただの魔術式などではありませんよ」
セラ婆が
どうやら俺の体に、何らかの
「こ、これが何だか分かるのセラ婆っ⁉︎」
「……いえ、神代文字によく似てはいるのですけど、これは……
「神……言?」
「ええ。人が最初に使ったと言われているのが神代文字、それは元々神々の残した文字を、人が理解出来るように崩したものなのです。
……いえ、正しくは文字ではなく、神の声そのものが、奇跡によって刻まれ形を成したものが『神言』です」
いや、それは前にセラ婆から習ったけどさ。
ほんの触り程度で『ま、実際に触れる事など無いでしょうから、テストには出しませんよ』って流した話だった。
……それが、俺の体に? なんで⁉︎
「神の言葉は遥かに次元が掛け離れていますので、普通であれば人は聴くことすら叶いません。神の声には、その一音だけでも莫大な情報量が含まれます。
例えば『光よ、在れ』その一言で創造神マールダーはこの世界を創られました。今現在この世界で起きている事全てまでもが、その一言に含まれていたとも言われています。
……だからこそ、この世界はマールダーそのものの意識であり、人はこの世界をマールダーと呼ぶのです」
うん、それも習ったよ?
でもさ、そんなん神話じゃん? 多分どっかの暇な人が考え出したお
テキトーな冗談を言ったり、嘘をついたりするセラ婆は、今まで一度も見たことが無い。
その彼女が真剣に語ってるって事は、これマジだったの……?
「神言は、神の意思そのものを表す形─── 」
「……そ、それがこの紋様だと? いやいや、まさかそんな……ねぇ? え? ホントに?」
「はい。例えばアルの胸に現れた、この魔法陣のような模様の中の一本の線、この一部分だけでも、人が書き起こす魔導書数千冊分の情報が含まれているとみた方がよいでしょう」
「この要素ひとつで……⁉︎」
「……制御……
「よ、読めちゃうの⁉︎」
それまで食い入るように解読していたセラ婆は、目を閉じてため息混じりに首を振る。
「……いいえ。解読はできません。しかし、ここにある意図は、わずかにですが感じられました。
すみませんアルフォンス、わたくしにはこれが限界です」
「いや! ここまで解っただけでも驚きしか無い……流石はセラ婆だ!」
いや、正直これが何なのか分からなくても、セラ婆すら分からない何かが、俺に起こった事だけは確かだ。
未だ何かをつかみ取ろうと、必死に目を凝らしていたセラ婆が、とうとう匙を投げた所でアーシェ婆が語り出す。
「制御、隠蔽。……つまりこの模様が、アルフォンスの体内で、あの膨大な魔力を制御しておると言う事か……。
しかし何故、神がこやつに関わる? 守護神は神の名がつくとは言え、精霊の最上位種のような存在。
神言が扱える守護神など……聞いた事がないぞセラフィナよ?」
「今までで解っているだけでは、守護神に関わる真の神は『調律神オルネア』とその妹『エルネア』くらいなものでしょう。
真の神の中では、彼女達しか守護神となった存在はありません。そもそもそれだけでもあり得ない事なのですが……。
……しかし、あの魔力量ともなると、それ以上の何らかの神が関わっていても、全く不思議ではありません」
「そう……よなぁ。一瞬だけじゃったが、あれだけの魔力を行使すれば、それこそ世界なぞ
それをあの一瞬で、完璧に制御し、今は
この世界における『真の神』は、創造神マールダー、光の神ラミリア、陰の神ネイ、時の神エイラ、調律の神オルネアとその妹エルネア。
創世記に名を連ねる、この六柱だけだとされている。
『守護神』は調律神の姉妹が生み出した精霊と、そこから別れた神族と魔神族の三種族で、肉体を持たない最上位の霊的存在だ。
そして、動植物を始め、人類は彼らの営みの中から現れた、肉体を持つ下位の霊的存在だと言われるている ─── 。
「じゃあ……『幼女』って、一体……何なの?」
「分からん。全くもって分からん、さっぱりなぁんも浮かばん。アホかってくらい分からん」
気の短いアーシェ婆が早くも匙を投げ出して、不機嫌そうに頭を掻いている。
いや、この人もこう見えてとんでもない魔術の知識を持ってるんだけどね。
セラ婆とアーシェ婆に掛かって分からないとなれば、もう現状どうしようもない。
それ位に、このふたりの知識は半端ない。
残りのガセ爺の知識は世俗的だし、ダグ爺は脳筋だし、シモンは……ハンサムだ。
と、そのハンサムが手を上げて、アーシェ婆に指名された。
「魔力の制御は、体の紋様が原因だとして。アルには他に、何か変化が起きていないのかな?
今は……隠蔽されてるとは言っても、魔力があるのは本当なんでしょ?」
シモンがそう言うと、アーシェ婆がポンと手を打った。
「おお、それだそれ。おいアルフォンスよ、ちょっとそこに残った石柱に、簡単な魔術でも撃ってみい」
「簡単な魔術? あー【
魔力で起こす事象は、エネルギーを加速する発火系が一番楽だ。
【
魔術練習の入門で最初に憶えるやつだ。
石柱なら不燃物だし、
「あの柱の……真ん中辺りにしとくかな。
よーし、じゃあ行くぞ。【
─── タァンッ! シュゴオオオオオォォォッ‼︎ ズドォン、パァンッ‼︎
……ボゥンッボンッボンッボン……ボボボ……
え? んん? いや……ちょっと待って。
……えぇ?
火が……ええ? なんか赤くないよ、真っ黒な火って言うか、真っ黒な
ポカーンとしたまま、振り返ると皆んなは真顔のままで、黒炎に成すがままにされる石柱を見上げていた。
指先に魔力を込めて、術式と対象を意識した瞬間、石柱に爆炎が上がった。
鍵となる魔術名を唱えるまでもなく、そして火の玉が飛ぶ間もなく、軽く焼く程度の威力などでもなく……。
中心部は暗い紫色、周りは漆黒の炎が、断続的に青白い閃光を放って爆発する。
いや、禍々しいのは見た目だけじゃない、もう発してる気配とか、変換された後の魔力の
炎の周りには、その影響か複数の小さな悪霊が青白い筋をたなびかせ、カン高い
「……禍々しいのう。魔神族の使う【
閃光に目を細めながら、ダグ爺が遠い思い出を懐かしそうに呟いた。
石柱は爆炎で半分に崩れ落ち、融点を超え、沸点にすら到達したた石がマグマのように流れ出し、地面に赤い血筋を描き出す。
黒炎は石柱を焼き尽くすと、やがて悪霊の『ヒィーハハハハハ……』と言う
「つ、次は雷撃系じゃ! あの山の木に撃ってみい!」
アーシェ婆が動揺しつつ、遠くに見える小高い山の巨木を指した。
雷撃系魔術の初歩と言えば【
文字通り針のように細い稲妻を生み出して、対象を
対象物がかなり遠いが、大気に働きかければここからでも楽勝だろう。
「……や、やってみる。【
─── ズッダァ……ンッ! ヴゥン……バリバリバババッ!
天空から雲を突き破り、闇よりも黒い柱が巨木に突き刺さった。
世界が閃光で白に塗り替えられた直後、仄暗い半透明の球体が、巨木ごと山頂の一部を包み、内部に黒い稲妻の嵐を呼ぶ。
数秒遅れて衝撃波が届き、俺たちの髪や服を揺らす。
轟音でショック死したのだろう、真上から俺の近くに事切れた鳥達がぼとぼと落ちてきた。
もの凄く申し訳ないのだけど、今は正直それどころじゃない……。
漆黒の雷球は最後に巨大な
そこには山頂にスプーンで
「今度は【
「ちょ……丁度よい! そこに落ちとる鳥に【
またも思い出に浸るダグ爺を
さっき落ちてきた鳥達は、物の見事に絶命しているが、死んで間も無くなら魂も近くにいるだろう。
魔物系のは、もう魔石を残して黒い霧になって消えてしまったが、魔獣なら死体が残ってる。
外傷も少ないし、これだけ新鮮なら肉体の再生を加速させて、魂を引き戻し【
目の前の一番大きな、オオタカの魔獣の死体に、魔術のイメージを集中させる。
「今助けてやるからな! 【
オオタカを中心に、その地面へと黒い光の魔法陣が現れ、青白い光の柱が上がる。
─── ビキッ! グチュッ、グチュルル……
思わず全員が顔を
焦げ茶ベースだったオオタカは、黒光りする羽根へと染め上がり、全身の筋肉を
やがてゆっくりと起き上がったオオタカが、眉間に禍々しいシワを寄せてまぶたを開く。
……なぁんか、粘液が体の表面にいっぱいだ!
「ギシャアアアアアッ!」
おかしいな、確かオオタカって「ピィ」みたいな澄んだ声だった気が……。
「……【
唖然とする俺達を他所に、セラ婆が対アンデッドの即死魔術をかけた。
「グール化していましたね。かわいそうに……」
「おお? 何じゃ何じゃさっきから! どデカイ音が響いとったが、何か起きたんか? うははは‼︎」
妹の触手に、どこまで飛ばされていたのか、いたる所に擦り傷をこさえたガセ爺が戻って来た。
「……丁度良い。アルフォンスよ、ガイセリックの手当をしてやるがよい」
手当て。
この流れでアーシェ婆のこの言い方、回復魔術の初歩【
【
効果に関して色々気にかかる所だが、ガセ爺なら大丈夫のはずだ……多分。
「ガセ爺、ちょっと動くなよ。【
「おお、すまんの! わは……うおッ⁉︎」
ガセ爺が青白く発光した。
瞬時に傷は全て消え、すぐに光も消えたが、特に問題がないように思える。
これでさっきのオオタカみたいに、目光らせてヨダレだらだら始めたら、気の毒過ぎてアレだ。
「お? 何じゃ? 急に目がよく見えるようになりおったぞ? うん? 肩も軽いし……何じゃ酒が、抜けておる! こりゃあ飲み直さんとな! わははは‼︎」
「その……なんだ、ガイセリックよ。そなた何か身体に変化はないか? 良くない方向で」
アーシェ婆が恐る恐ると言った感じで尋ねる。
「なんじゃ儂の心配をするなんざ珍しい事もあるもんじゃ! 良くない方向? なんもありゃせんよ、むしろ身体が軽くなったくらいじゃ!
……んん? アーシェスよ、お前さんそんなにシミがあったのか、目が良くなってようやく気がついたわ! わはは……あ、あつぅい‼︎」
アーシェ婆の
ガセ爺はジョボボと浴びて、なすすべなく床を転げている。
「こほん。……あー、アルフォンスよ。ここまで使った魔術は、いつも通りに放ったと言う点は相違ないか?」
「あ、ああ……。むしろいつもより抑え気味にしてたくらいだ」
「ふむ。たかが【
【
それも無詠唱なのは、今まで通りとして、魔術名の宣言すら必要なくなったのではないか?」
「………………うん」
「まあ、あれだ。
詰まる所、控え目に言ってお主は……。
─── 『悪役』という感じだな」
「悪者いやあああああああッ‼︎‼︎」
俺の叫びがラプセルの空に木霊した。
※ ※ ※
と、まあこんな感じで、魔術に関しては意識するだけで発現出来るようになったんだ。
見た目も威力もえげつない、邪神みたいになっちゃったけどね……。
でもね、こんなのはほんのちょっとの問題だったんだ。
魔術なんて使わなくてもまあ、生きてはいけるし。
自分の人生を賭けてまで旅を始める事になったのは、様々な事実が発覚したからなんだ。
─── この後にね
『【アルフォンス・ゴールマインの懺悔】より』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます