クオリアン・チルドレン

お芋ぷりん

第一章 学園編

プロローグ 異能の覚醒




 視界が暗黒で満たされた空間。音もなければ、他の生物も存在しない。だが、何故か心が安らぐような温かさも混在している。そんな異様な空間に何故自分が居るのか、自分はどうなってしまったのか……。


 よわい七歳にして少し特殊な技能を持つ鳴神なるかみ 宗士郎そうしろうは途方に暮れていた……筈だったのだが、


「へっ? あなた誰……」

「私? 私はアリスティア。神族――貴方達の言う所の神様って奴よ。気軽にアリスちゃん! とか、ティアちゃんって呼んでいいわよ!」

「は、はあ……?」


 ただでさえ謎空間・謎現状にいるというに、突如現れたを名乗る白銀髪の美女が優しいを通り越して近所のお姉さん並みを気軽さで語りかけてきた。


「あら、混乱しているようね。じゃあ待ってあげるから、何故こうなったのか……ゆっくりと思い出してみなさい」

「いや、でも……」

「これは必要な事よ。貴方の為のね」

「は、はい」


 質問しようとした宗士郎は神様の真剣な表情と圧に負けて、宗士郎は自分の身に何があったのか、走馬灯のように渋々思い出していくのだった。





「――はあっ、はあっ、はあっ……!」


 木々が生い茂る山中を高速で移動する子供がいた。その横顔は焦りと恐怖で埋め尽くされている。何故、そこまでに追い詰められているのかは今現在、発生している大地震にあった。


「早くしないとっ!? みんなが危ないっ」


 激しい地響きで揺らぐ大地。地盤が緩んだ事による大木の倒壊。


 それらの危機的状況で、倒れてきた木の太枝や山の大岩を三角跳びの要領で難なく駆け抜けるのは宗士郎だった。


 宗士郎の家は道場を営んでおり、その家の子に生まれた宗士郎は山で特訓と称した遊びに明け暮れるのが日課となっていた。


 それで今日も今日とて日課の特訓をしていたら、突然大地が轟き揺れ動き、地面が割れていくではないか。これが地震だという事は両親から教えられていたのですぐに分かった。


 この状況が災害だと理解する共に、同年代の子供の中では聡かった宗士郎はとある懸念を抱くようになる。


「土砂崩れに巻き込まれたら、いくらなんでも助からないっ」


 山の麓の近くに居を構えている鳴神家。


 地震で地盤が緩み、土砂崩れが起きた際に家で過ごしている家族が危険に晒されてしまう。家族の命が危ないと理解した宗士郎は自分の家に向かって走っている最中だった。


「っとぉ!? 危ないっ、考え事をしてる場合じゃない! 闘氣を循環させないと!?」


 考え事をしていたお陰で集中が途切れ、崩れていく地面に足を取られそうになった宗士郎はそこから抜け出すと同時に、体内に眠る生命エネルギーを〝闘氣とうき〟として練り上げ、地震の中でも走れるように身体能力――主に脚力を強化した。


 この特殊な技能は『闘氣法とうきほう』といい、鳴神家に先祖代々伝わる武術の一つである。これを実行すれば、あらゆる身体能力を向上させる事ができる。


 再び大地を踏み抜くように足に力を込めれば、弾丸のように山中を走り抜けていく。


 やがて山を抜け、人の手が入った林道へと差し掛かる。ここまで来れば、家まで後一分といった所だ。


「っ!?」


 直後、家の方角から吹き飛ぶような鈍い炸裂音が響き渡った。数度に分け、炸裂音が響き渡った後、怒号のような気合が周囲に木霊した。


「この声っ! 父さん……!? でもなんで……」


 考える為に止めた足を再び動かし、地震の最中に響いた父親の声の真意を確かめるべく、宗士郎は地を蹴った。


「――オオオォッ!! チッ、やはりあまり効いてないようだな! 薫子! そっちはどうだ!」

「私は一体倒すのが精一杯よ……っ、柚子葉! お母さんの後ろに隠れているのよ?」

「ひぐっ……ぐずっ、うん」


 林道をさらに下り、ようやく我が家が見えてきた時に宗士郎が見たのは愛する家族の姿と道場の門下生等、そして見た事がないだった。


 若くガッシリとした身体付きの男性――宗士郎の父親である蒼仁そうじんが裂帛の気合で打ち込んだ掌底は異形の生物の芯を捉えていたが、まともなダメージが入っていないように見えた。


 そして、女性にしては少し長身の刀使い――母親である薫子かおるこはその手に握った青白い刀で宗士郎の妹である柚子葉を背に庇いながら、異形の敵の一体を屠っていた。


「父さん! 母さん!」

「宗士郎かっ、無事だったようだな!」

「よく帰ってきたわね。その様子だと全速力で帰ってきたみたいね」

「うん。土砂崩れの心配をして帰ってきたんだけど、あいつ等は……?」


 宗士郎が異形の生物を見やる。


 明らかに日本の、それも図鑑や古文書にも記載されてなさそうな外見だ。猿でも犬でも猪でもない。


 一体は棍棒を持った小さい子供のような生物、他に少し大きめの図体に筋肉質な肉体の鬼のような生物、古びたサーベルを持ったトカゲのような人型の生物。


「知らん。地震が起きた後すぐに空間が歪んで出てきやがった。あのナリからすると、俺の異世界漫画知識によれば、ゴブリンにオーク、それとリザードマンに似てる」

「あなた、夢見すぎよ……」

「冗談で言っている訳じゃない。空間が歪んだ事といい、変な生物が出た事といい、とっくに常識から逸脱している。なら、逸脱した考えで見るのが正しい。奴らはいわゆる――だ」


 大人で異世界漫画が好きな蒼仁の見解は漫画の中に出てくる『魔物』という生物との事だ。超常現象が起きている今、普通の考え方で当てはめるのは駄目であろう。


「本当なら逃げないといけないのでしょうけど、背中を向けた瞬間、襲われるでしょうね」

「ああ。それに、他の場所へ行って人を殺すかもしれん。俺達全員で協力して倒すしかない。お前達、家内と息子達を頼んだぞ」

「はい! 命に変えても守ります!」


 魔物達はギラつく瞳で宗士郎達を捉えていた。既に獲物としてロックオンしているのが見え見えだが、だからこそ逃げの一手は不味い。


 門下生等が蒼仁を除いた宗士郎達家族を中心に据えて、身体でバリケードを作った。


「父さん! さっきの一撃を見てたけど、父さん一人じゃ無理だよ! せめて俺と母さんと父さん、一人一体で戦うのが良いはずだよ!」


 蒼仁の一撃を食らってピンピンしているオークを見て、宗士郎は三人で戦う事を提案する。だが、大人の正論によって返される事になる。


「バカヤロォッ! 子供が何言っている! 父さんに任せておくんだ!」

「あなた、宗士郎の言う通りよ。攻めが一人、守りが十名弱。一見、有利に見えるけど、あなたが落ちれば一気に不利になるわ」

「…………ッ、宗士郎! お前はあのちっこいゴブリンだ! 勝とうなんて考えるな、できれば倒すくらいの気概でいけ!」

「っ! おす!」


 薫子の援護射撃もあって、宗士郎は戦線に参加する事が決まった。妹の柚子葉が心配そうに宗士郎達を見ているが、大丈夫だと頭を撫でて安心させた。


「薫子はリザードマン、俺はオーク、宗士郎はゴブリンだ。絶対家族全員で生き残るぞ!」

「「応!」」


 蒼仁が声を上げると同時に、宗士郎と薫子はそれぞれの相手と対峙する。


「ギャギャ!」

「正直、意味不明な状況だけど、そっちがやる気ならやってやるぞ!」


 宗士郎の目の前にいるゴブリンは見るからに貧弱な体躯だ。見かけによらない可能性も捨てきれないので、闘氣法で初めから全身を強化した。


 地震による戦いにくさは五分五分……否、強化している宗士郎の方が有利だろう。だが、地震が収まると拮坑するかもしれない。


 それ故に短期決戦。


 宗士郎は強化した身体で一瞬の内にゴブリンへと肉薄すると、腹部に拳を一発叩き込んで、身体を引く際に地面を強めに蹴って砂を巻き起こし、目潰しをした。


「ギャ!? ギャギャ!?」


 突然、身体に走った痛みと目潰しの効果も相まって、ゴブリンは持った棍棒を振り回して錯乱する。


「……はぁぁぁッ、せい!」

「グギャァ!?」


 平静を乱した隙に闘氣を右脚へと集中し、渾身の回し蹴りをゴブリンの側頭部へ放った。悲鳴を上げて地面を転がったゴブリンはピクリとも動かず、気絶したのだと宗士郎は思った。


「よ、よし……! できる、俺も一緒に戦える! ……っ、父さんと母さんは!?」


 少々の不安と緊張していた所為もあって周りを見ながら闘う事ができていなかったが、自分も戦力となれると宗士郎がほんの少し気を抜き、両親の戦闘はどうなったのかを確認する。


「破ッ!」


 闘氣で強化した蒼仁の拳が複数回オークの身体へと打ち込まれる。その威力はダンプカーの直撃と同等だ。それを受けてまだ立ち上がってくるオークは宗士郎からしたら恐怖の対象でしかない。


「…………ッ!!!」


 鍔迫り合いをしていた薫子とリザードマンだったが、サーベルを押し付けてくる力を利用し、薫子が半歩引くとリザードマンはバランスを崩した。そのままサーベルを刀身で流して横薙ぎに刀を振るえば、トカゲの首が胴体に永遠の別れを告げた。


「やっぱり母さんは凄いな……! 俺も母さんみたいな剣士になりたいな……ん?」

「――ちゃん!?」

「柚子葉? どうした……ガッ!?」


 薫子に羨望の眼差しを向けていると、不意に妹の声が聞こえたような気がしてそちらを向く。何か必死に伝えている様子で、それが〝危険が迫っている事を教える為〟だと気付いたのは背中に衝撃と痛みが走った直後だった。


「浅かったのか……っ、身体が動かない……!?」

「お兄ちゃんっ!? 逃げてーーッ!」

「むっ! 宗士郎ッ今行く――っ邪魔をするなぁ!」


 ゴブリンが不敵に笑う。


 貧相な身体付きからは考えられない痛みと〝死ぬかもしれない〟恐怖に宗士郎は腰を抜かし、逃げる事もままならなくなった。


 妹の絶叫が。助けようと奮闘する父の声が、ゴブリンから少しでも離れようと宗士郎を衝き動かす。


「ギャギャギャギャーーッ!!!」


 しかしそれは間に合わず、ゴブリンの笑い声と共に振り下ろされた棍棒に宗士郎は死を覚悟し目を閉じた。


「っ!」


 覚悟した次の瞬間、訪れたのは『痛み』ではなく、『静寂』だった。


「……っ、ああ……!?」

「そう、しろうっ……無事、かしら……」

「ギャ!?」


 いつまで経っても覚悟した痛みは訪れず、不思議に思って見開いた目に映ったのは、か細い身体で宗士郎を庇い、頭部から血を流していた薫子の姿だった。


 宗士郎も棍棒を振るったであろうゴブリンも驚愕していた。それぞれ別の意味でだが、宗士郎は自分の所為で母親を危険に晒した事を現状をもって理解した。


「……母さんっ!? 血が……!」

「これくらい、息子の為を思えば安いものよ。怪我はないようね……無事で良かっ、た……――」


 にこやかに笑い、安堵した表情を浮かべると薫子は崩れるように宗士郎へと覆い被さった。


「えっ……母、さん……? 母さんっ、ねえ母さん!? 母さんッ!?」


 被さってきた薫子は重く、ぐったりとしていた。揺すって呼びかけても反応を示さない母の姿に、宗士郎は混乱と怯えに身体が支配される。


「(俺のっ、所為だ……俺が油断したから母さんが、くそっくそぉ!)」


 宗士郎は自責の念で押し潰されそうだった。自らが招いた油断がよりにもよって自分ではなく、自分を守ろうとした母親に降りかかったのだ。


 ――思い上がっていた。


 自分にも誰かを守れる力があると。だからこそ、父親に共闘を持ちかけた。だが、それは自分の都合の良い自惚れでしかなかったのだ。


 結果、守ろうとした相手に守られて、薫子は頭に殴打をくらって倒れた。


 俺の所為だ、俺が母さんを殺した……と後悔し、自分への怒りが涙となって現れた。自らに大切な誰かを守る力があれば、こんな事にはならなかったと。


「あっ、ぁぁっ……あああぁぁぁぁッ!?」

「ギャギャッギャッギャギャー!」


 ゴブリンが棍棒を宗士郎へと振りかざす。宗士郎は動けなかった。腰を抜かしていたからではない、後悔と懺悔の鎖が宗士郎をその場に縛り付けていたからだ。


 門下生達と家族の呼びかける声も聞こえない。全てを、近寄るもの全てを否定する怒りの根源たる何かが宗士郎を満たしていった。


「ギャギャーーッ! ギャギィ〜〜!?」

「!?」


 自らの罪を受け入れるように宗士郎はゴブリンの棍棒を避けようとはしなかった。むしろ、自らの罪を受け入れるかのように。だが振り下ろされた瞬間、なんの前触れもなく空に広がっていた雲海を吹き飛ばし、天より極光が宗士郎へと降り注いだ。


 閃光が宗士郎の身体を包み込み、棍棒で殴り掛かろうとしていたゴブリンは光に触れた瞬間、蒸発するように掻き消えた。


「なんだ……こ、れ……母、さん」


 地面が震え上がるように揺れていた地震もいつの間にか止まっていて、温かな光が宗士郎を眠りへと誘う。


 身体の力がドッと抜け、閉じられてゆく目蓋の間から見える母親である薫子と柚子葉を尻目に宗士郎は意識を手放したのだった。







「あ……」

「どうやら思い出せたようね。そうよ、貴方の所為で母親は傷を負い、その後命を落としたのよ」

「……え?」


 ようやくこの状況になった一部始終を思い出した宗士郎はアリスティアの言葉に耳を疑った。


「今、なんて……」

「貴方の油断が、貴方に力がなかったから、貴方のお母さんは命を落としたと言ってるのよ」

「な、なんでわかるだよ! 頭を殴られただけだ! ちょっと血が出ただけで、生きてるに決まってる!?」

「……何故って? 私が神様だからよ。天界から下界――世界の動きを全て見る事ができる私達にとって、人一人の生死を確認するのは容易い事よ。元々身体が弱かった彼女は程なくして確かに死んだ」


 アリスティアの言葉に覚えがあった宗士郎は痛んだ胸をギュッと掴みながら、神様の言を否定した。


「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーー!? そうだ……これは夢なんだっ、夢だから目が覚めたらまた……ッ!」

「――元通り、優しいお母さんが戻ってくる? ……良い加減、現実を見なさいッ! 貴方が後悔したり、泣き叫んでも貴方のお母さんは一生戻ってこないわ! 昨日と同じ明日が来ないように、過ぎ去った時間はもう元には戻らないのよッ!!!」


 不意に夢から醒させるようにアリスティアのビンタが宗士郎の頬を捉えた。頬から伝わる痛みが……アリスティアの言霊が否応なく、『母さんが亡くなった』という事実を伝えてくる。


「……どうすれば良かったんだ。俺はどうすれば、母さんを助ける事できたんだよぉ……」


 遅れてきた現実に宗士郎は頬を濡らす。何が正解で、何が間違いなのかもわからなくなってしまった。


「さっきも言ったように、いなくなったお母さんはもう戻る事はないわ。だけど、これから訪れようとしているから大切な人達を守る事はできるわ」

「危機? なんの事……」


 アリスティアははたいた宗士郎の頬を愛でるように撫でながら間隔を置いて口を開いた。


「現実でかなり大きな地震が発生したでしょう? 実は何らかの力が働いて空間が歪んで、異なる世界――言うなれば、『異世界』と繋がってしまったのよ」

「異世界……?」

「地震はその副産物ね。そして、異なる世界と繋がった今、遠くない未来に脅威がやってくるの。それは貴方の住む世界に、大切な人達に〝災厄〟を振りまくわ」

「!?」


 アリスティアの真剣な表情から、それが嘘でない事は幼い子供である宗士郎でも十分に理解できた。そしてそれが神様も手を焼く事なのだとも。


「私が直接その原因の場所へ行って、フルボッコにしてあげてもいいのだけど……神様――神族の私が必要以上に、世界に干渉する事は許されないの」

「じゃ、じゃあどうすれば!」

「貴方に私の力の一部を譲渡する。それで貴方は大切な人を守るのよ」

「力? ってわわ!?」


 話に夢中で気にはならなかったが、アリスティアに必要以上に近付いていた宗士郎は彼女が着ている男を確実に悩殺するであろう、欲望の塊のような服から醸し出される美貌と色香にバッと身を引いた。


「今更、色気付いたのかしら? 全く……可愛いわね、気に入ったわ。それで、貴方は力が欲しい? 誰かを守れるだけの力が」

「えと、ええと……」

「大切な人達を守りたいのでしょう!? なら素直に受け取りなさい!」

「っ! は、はい!」


 身体の芯まで響くような神様の声に、宗士郎は思わず直立不動となって頷いた。だが、成り行きで頷いた訳ではなく、宗士郎自身の意思で力を欲しがったのだ。


「貴方は特別。私の力の一部を切り取って、貴方に刻み付ける。この力は貴方の本質に合わせて形を変えるわ」


 アリスティアが宗士郎の両頬に手を当て、宗士郎の額とコツンと合わせる。


「大切な人を失った事を糧としなさい。二度と失わないように自分が守り抜くと」

「うん、俺が……皆を……!」

「君は誰が相手だろうと、自分の持てるすべてを持って守り抜く。自分が悪だと思う者には容赦しないわよね?」

「……俺は容赦しない。それが何者であっても、そいつを斬って必ず守り抜くッ!」


 自らの過ち、後悔、怒り……それら全てを力に変えるように自分自身に、あるいは母親である薫子に誓う。


「貴方の怒りの感情を制御するためにも力を譲渡する事を忘れないで。極限まで感情が溜まると反天ブラウマする事に……まあこれは別にいいわね、いずれわかる事だし。それと副作用で髪の一部が私と同じ白銀になるからわかっておいて」

「? わかった」


 気になる言葉が聞こえたが、いずれわかるという言葉を信じて宗士郎は流す事にした。


「この力はまだ貴方には制御できないかもしれない。だから現実に戻ったら使ってみなさい。といっても時間を止めているし魔物も残っているから生存本能で勝手に使ってしまうと思うけれど。使い方は貴方の魂に刻印したから」

「っ!」


 アリスティアがそういうと同時に、何かが自分の脳裏を駆け抜けた。刹那の内に叩き込まれたようで頭痛を感じ、宗士郎は顔をしかめた。


「でも戻る前に予行練習よ! こうっ、ギュウウン! ズビズバ〜! ドギュン! って感じよ!」

「もっと普通に話してよ!?」


 感覚派の人間のような説明に思わず宗士郎は笑いながら再び説明を求めた。


「一度、力を解放するのよ。最初は私の方で制御してあげるから、ね? また遠くない未来会える機会が来ると思うけど、今の私にできるのはこれだけなのよ……んっ」

「ッ?!!??」


 彼女の唇が宗士郎の唇に吸い付くように重なる。考えていたことが一瞬で霧散するほど衝撃的だった。


「んっ……ぷはぁ、ご馳走さま」

「俺の、俺のファーストキスが……」


 残念な神様にファーストキスを奪われてしまった宗士郎。現実ではないはずなので、おそらくファーストキスではない。断じてない。宗士郎はそう信じる事にした。


「……さあ、力を解き放ちなさい! きっとまた、会えるわ!」


 アリスティアの声がしっかりと聞こえてくる。まさに心に直接訴えかけるかのように


「うん! はぁああああッ!!!! 」


 宗士郎はアリスティアの声に応え、内に眠る力を解放した――――







「んっ、ぅぅぅ? ここは……」

「――お兄、ちゃん?」

「柚子葉?」

「良かっっっっだよぉ〜〜っ! お兄ちゃんが生きて、い゛ぎてだよおぉぉぉ!?」

「わっぷ!? おい、お兄ちゃんは生きてるって。何変な事言ってるんだ」


 目を覚ますとそこは見慣れた天井だった。


 宗士郎は身体を起こすと側で眠るように覆い被さっていた妹の柚子葉が鼻水を垂らしながら大泣きしてきた。


「だっでぇぇっ! おにぃぢゃんがぁ、じんじゃったのかと、思っでぇぇっ!?」

「っ……そうか、やっぱり母さんは…………。ああもうっ、よしよし。俺はちゃんと生きてる、妹を置いて行く兄がどこにいるんだ」

「ずずっ、うん……! あ、お父さん呼んで来ないと! お父〜〜さぁ〜〜ん!」


 泣きじゃくる妹をあやしながら、妹の話をしっかり聞いてやると段々落ち着きを取り戻してきたようで、完全に落ち着いた柚子葉は宗士郎の服で涙やら鼻水やらを拭うと、父蒼仁を呼びに行った。


「母さんはもう……この家に、この世にいないのか……」


 柚子葉の口にした言葉を聞いて再認識した。やはり、神様であるアリスティアの言っていた事は間違いではなかったのだと。妹の泣き様から見てもそれは明らかだった。


 しかし、信じたくないのが人情というもの。蒼仁がやってきてから、薫子が……世界がどうなってしまったのか宗士郎は聞いてみる事にした。





「宗士郎……」

「っ!」


 そして、蒼仁は柚子葉に連れて来られるがまますぐにやってきた。その顔は少しやつれたように見えて、オーク相手に戦っていた時の頼もしい体躯よりも小さく見える。


 だが、そのひとみの奥に未だ宿る野獣のような鋭さが宗士郎を否応なしに戦慄させる。


「宗士郎……よく無事だったッ」

「え……とう、さん?」


 自分の油断の所為で薫子が死んだというのに、突然熱い抱擁を交わされ、宗士郎は戸惑いを隠せない。


「……父さん、俺を……怒らないの?」

「怒る? 何故だ」

「俺の所為で、母さんは死んだんだろ? 俺が母さんを殺したようなものなのに」

「! お前、知っているのか……!」


 宗士郎が確認を取ると、蒼仁はすぐに柚子葉の顔を見ると顔をフルフルと振った。私は言ってないよと柚子葉が返すと、不思議に思いながらも蒼仁は言葉を続けた。


「ああ、その通りだ。薫子は、お前の母さんはゴブリンに殴られた後死んだ」

「っ!」


 蒼仁の言をもって、宗士郎はアリスティアの言っていた事が本当だったのだとようやく理解した。嘘を言っている様に見えない父の表情に、影を落としていたからだ。


「すぐに逝った訳じゃないが、地震の影響で病院が空いていなくてな。俺が応急処置をしても無駄だった」

「………………」

「遺体は俺が闘氣法を使って防腐処理を施してあるから、まだ残っている。お前が起きてから、埋葬しようと考えていたからな」

「そう、なんだ……っ」

「言っておくが、お前に力がなかったから薫子は死んだ訳じゃないぞ。薫子なら庇う前にゴブリンを両断できた筈だしな」

「はっ? それって、どういう事……?」


 蒼仁はようやく抱擁を解き、宗士郎の目の前であぐらをかくと話し始める。


「なのに何故お前を庇ったか、だ。わかるか……?」

「俺が情けなさ過ぎて、つい身体を張ったとか?」

「違う。薫子は身体が弱いのは知っているな?」

「うん」

「薫子はな、医者から寿命が短いと言われていたんだ」

「えっ!?」


 薫子は武の才能、特に刀術に関しては道場主の蒼仁よりも桁違いに上だったが、いつも家の縁側でのんびりと過ごしていた記憶が濃い。咳もよくしていたし、今の蒼仁のやつれた顔よりも青い顔をしていた。


 今にして思えば、寿命が短い事を裏付けるような挙動が多かったのだ。


「なのに何故庇ったのか。それはな、お前という〝宝〟に強くなって欲しかったからだ」

「俺が、宝……?」

「そうだ。敵を倒して助けた後、自分に教えられる事は少ない。先短い自分が庇って死ぬ方がお前の心の中に信念を穿ち、精神的に強くなれるとな」


 たしかに宗士郎は二度と誰も失わないようにアリスティアから力をもらった。だが、薫子がその事を最初から知っていた訳でもないだろう。


「あの戦い、一瞬の中で薫子は将来を見据えて行動したんだ。今、を元から知っていたような感じだ。全く、本当に敵わないな」

「おかしな状況……何かあったの?」

「お前は寝ていたから知らんか。何せ二週間以上も眠ったままだったからな」

「はあ!?」


 地震が起きて……アリスティアから力を貰ってから既に二週間以上も時が過ぎている。その事に驚愕した宗士郎は素っ頓狂に声を上げた。


「あの変な光にお前や柚子葉が包まれた後、柚子葉は一週間。お前は二週間以上も高熱にうなされていたんだ」

「柚子葉も!? 本当なのか!?」

「うん、でも門下生の人達が看病してくれたんだよ」


 詳しく聞けば、生死の境を彷徨っていたという。自分だけでも驚きなのに、まさか妹までも同じ現象に見舞われているとは露ほどにも思うまい。


 そして、さらに驚きなのが近所に住む子供達が宗士郎達と同様に高熱にうなされていたという事だ。


 大地震の影響で街は半壊。復興もおぼつかない状況の中、子供達が高熱で苦しむ姿に子供達の親は相当堪えたようだ。


 ――おら、そこ! サボるな!

 ――あ、坊ちゃん達目を覚ましたらしいですよ!

 ――なにぃ!?


 蒼仁の説明を整理している中、聞こえてくる声にふと顔を上げると家の中、外に問わず家の修繕が門下生達の手によって行われていた。


 その上、自分達の家の事もあるだろうに炊事洗濯・宗士郎達の看病をしていてくれたのだから頭が上がらない。


「今の日本は普通じゃない。そこかしこにゴブリンのような魔物が出没するようになったんだ」

「!?」

「今でこそ数は少ないが、おそらく数年の内にドッと数が増えるだろう。薫子はそういう所を見越していたんだ」

「そんな……あんな奴等がいっぱいに……」

「後な、その……なんだ、髪が白くなっているのはまあ良い」

「? っ! ほんとだ」


 蒼仁が見ていた辺りに当たりをつけると、髪をぷつんと抜いてやれば、白銀に染まった髪が視界に入る。アリスティアの言っていた副作用という奴だろう。


「それよりもずっと気になっていたんだが、お前が手に持ってるは何なんだ?」

「え?」


 蒼仁に言われて宗士郎はようやく気付いた。右手に感じる手に馴染む感覚と一振りの刀に。


「なんだ、これ……」

「お前が強く握って離さなかった。それは普通の刀じゃない、触れた物をまるで熱したナイフでバターを切るように斬り裂いた。現にお前が光に包まれて倒れた数秒後、突然起きたお前が虚空から引き抜いた刀でオークを真っ二つにした」

「……俺がやった? 覚えてな――っ!? がぁああ!?」

「お兄ちゃん!」


 父の話を聞き、覚えもないが思い出そうとした直後、不意に頭にカチ割れそうなくらいの痛みが宗士郎を襲った。


「俺がっ、俺がやったのか……っ!? 痛いッ、ぐぁあああ!?」

「しっかりしろ、宗士郎! 柚子葉、門下生達を呼んでこい!」

「う、うん……!」

「っ゛!?」


 徐々に自分がオークを斬った事を思い出してきた刹那、魂に何かが焼き付けられた。



 ………………〈刀剣召喚ソード・オーダー〉………………



「うっ、ソードっ……オーダー?」


 焼き付けられた瞬間に宗士郎は理解した。アリスティアに与えられた力の一端――異能『刀剣召喚ソード・オーダー』のありとあらゆる情報がデータをインストールするかのように脳に流れ込んでくる。


 一言一句違わず、その基本的な性質、活用方法が自らの魂に刻み込まれていく度、頭痛が増す。


 常時痛み続ける頭を抱えて、握っていた刀を視線を落としていると、数秒後には光となって霧散していった。


「うっ……――」


 ついに痛みに耐えきれなくなった宗士郎は崩れるように床へと倒れ込んだ。







「っ」


 静けさの中に虫のリィーリィーと鳴く音が相まって、宗士郎はこめかみを抑えながら身体を起こした。横には座って静かに月を眺めている蒼仁の姿があった。


「起きたか。今は夜だ、もう痛みは平気か?」

「うん、心配かけてごめん」

「いいさ、子供は親に心配かけるものだしな。さあて、飯にするか。といっても男飯しか作れんが」


 立ち上がる蒼仁に宗士郎はその前にしておきたい事……否、しなければならない事を頼む事にした。


「ねえ、父さん。今から母さんの葬式をする事ってできる?」

「宗士郎……起きたお前がそういうと思って、知り合いに無理言って既に準備してある。寝ている柚子葉を起こしてきなさい。薫子を、母さんを弔おう」

「うん……ありがとう、父さん」 


 その日の内に身内だけでささやかながらも葬式が行われた。埋葬する前に宗士郎達は薫子の顔を目に焼き付け、薫子の遺体は〝安らかに眠ってほしい〟という蒼仁の願いの元、鳴神家の近くにそびえ立つ地震の影響を一切受け付けなかった大樹に下に埋葬された。


 宗士郎達兄妹は泣きながら、薫子の好きだった牡丹の花を木の根本にお供えした。


「おがぁ゛ざぁ〜んっ、ぅぅっ、うわぁぁあん!」

「うっ、うぅ母さん……! 俺を守ってくれてありがとうっ。強くなってぜったい……絶対にっ、大切な人達をこの手で守ってみせるからっ……うわあああッ」


 ついに宗士郎達の涙腺の堤防が決壊した。


 今まで我慢して母親の事を口に出さなかった柚子葉も、膝を折って泣きながら礼を言う宗士郎も……今はただ周りの目も憚らずに声を上げて泣いた。


 思いっきり泣き叫んだ後、宗士郎は涙を拭い、薫子の墓標の前で手を合わせ、母親が残していってくれた信念を根底に置いた宗士郎の命の一雫が燃え尽きるまで、永遠とも思える誓いを立てた。







 薫子が亡くなり、悲しみに暮れる暇もなく時は過ぎていった。


 あの地震から既に二週間が経つ。リビングにいた宗士郎は家のテレビで報道されているニュースを見ていた。どうやら二週間前の地震の被害状況がようやく判明したらしい。


「……えっ」


 かなり大きな地震だったので、「復興にも時間がかかったんだろうな」と朝の牛乳を飲みながらぼへ〜っと眺めていると、宗士郎はニュースの内容に驚きを隠せず、思わず牛乳の入ったグラスを落としてしまった。


 パリンッ! とガラスの割れる音がリビングに響き渡った。その音に気付いた柚子葉が慌てて駆け寄ってくる。


「何か割れた音したけど、お兄ちゃん大丈夫!?」


 宗士郎が呆然とテレビを見つめている中、こちらに見向きもしない宗士郎が気になって柚子葉もテレビのニュースに注目した。


『二週間前に日本中を襲った〝日ノ本大震災〟ですが、先程驚くべき新事実が発覚しました。日本国内で起きたとされる地震は世界中の国々でも起きた模様で、地震その影響で発生した津波により、アメリカやイギリス、中国などの主要都市が壊滅状態とのことです……

 〜〜〜〜

 地震の影響で地殻変動が起きたせいなのか、世界中の大陸が日本列島に押し寄せるように集まっている模様!!!

 〜〜〜〜

 二日前に自衛隊が調査隊を結成して、可能な限り調査してまわったところ生存者は見込めず、生存している可能性は絶望的であるとされています。さらに驚くべき、いえ対処すべきなのが! 壊滅した土地に人間と思えない物体、いえ生物が住み着いているようですっ! 壊滅した土地の一部が空間が歪んでおり、その空間を通ってきたのでは? と専門家は公言しています! 同時期に日本中の子供達が火や風を操るなどの力に目覚めているらしく、国は対処に追われています!』



「なんだ、これ……これがアリスティアの言っていた事、なのか……?」


 宗士郎はニュースを聞いた瞬間、アリスティアが言っていたことを思い出した。


 地震の影響で空間が歪み、異世界と繋がったという事。未曾有の危機が訪れた際、大切な人を守れるよう宗士郎に力を授けた事。


「……ということは地球の神々が危機に備えようと俺と柚子葉も含めて、日本中の子供達に力を渡したって事なのか……?」


 引っかかることもあるが実際、柚子葉にも宗士郎とまた別の異能が備わっている事がわかっている。蒼仁はまだ妹の異能に気付いていないようだが、バレるのも時間の問題だろう。


「お、お兄ちゃん? これって……」

「柚子葉、今から話す事は嘘じゃない。聞いてくれ」


 心配そうに見てくる柚子葉を前に宗士郎はある決意をした。母親の墓標の前でした誓いの言葉を胸に……


「俺は光の中で神様と会った。遠くない未来に訪れる脅威に備える為、大切な人を守る為に力を渡された。俺は母さんの残してくれた信念に報いないといけない」


 柚子葉は最初、冗談だろうと思って話半分に聞いていたが、自分にも思う部分があったのか、やがて聞き入るように真剣に耳を傾け始めた。


「あの日の魔物もわんさか湧いて出るだろうな。だからこそ、俺達は授かった力を制御しなければならないと思う。だから、みんなを守れるように父さんに修行をつけてもらおう。 とても、辛いやつをな……はは」


 宗士郎が脅しの意味も込めてそう話すと、


「えぇぇ! あの地獄をまたっ……ガクガク」


 柚子葉は幽霊でも見たかのように震え上がった。幼い頃に一度だけ行った修行が余程、辛く果てしない物だと思い出したのだろう。


「それが、俺達のように大切な人をなくしてしまった人を増やさない為に出来ることだと思うんだ……」


 しかし、柚子葉はその事を承知で頷いた。


「っ! お、お兄ちゃん! 私……が、頑張るよっ! 私にも守らせて、お兄ちゃん達をっ!」

「ああ、俺達は強くなる。もう二度とっ、絶対に大切な人を失ってたまるか……っ!」


 震えていた柚子葉が宗士郎を見ながら、大切な人を守るために、確固たる決意を表明した。





 日々、宗士郎達が己を鍛えているさなか、さらに新たな情報がもたらされた。


 一つは魔物の発見に加えて、異種族の発見だ。


 人間とは思えない生物は度々日本に現れては被害をもたらした。知能は低く、言葉を発せないことから『魔物』とされ、自衛隊が対処しているとのことだ。


 そして、歪んだ空間から人間の身体に動物の特徴を持つ耳や尻尾など付いている事から『異種族』の者とされた。


 何故か彼らと言葉が通じるらしく、自衛隊が向かった所、ある種族は温和な性格をしており何もされなかったが、別の種族は軽蔑の目で見られ攻撃されたりもした。


 この奇異な状況に政府は対応に困っているようだ。


 二つ目は日本各地にて、謎の結晶体が見つかったとのことだ。


 関連性が高いとされる異能が発現した子供達の身体とその結晶体を研究者達が解析した所、子供達にも結晶体と同様に未知のエネルギーを内包した臓器が見つかった。


 異能は子供達、各々の心の本質に応じて千差万別に違ってくることから、研究者達はそのエネルギーをクオリア……。結晶体を感覚結晶クオリアクリスタル……。そしてその臓器の名前を感覚臓器クオリアオーガンと命名した。


 このクオリアという新エネルギーは、日本の文明を根底から覆した。少しずつだが新エネルギーを利用した乗り物、機械などが運用されるようになった。


 また異能に目覚めたのは、光の柱に囲まれた子供だけに限り、日本全体の子供達の約3割以上を占めている事が政府の調査により判明したのだ。


 子供達が謎の結晶体、感覚結晶と同じエネルギーを持つ感覚臓器を持つことから人々は、異能に目覚めた子供達をこう呼んだ――






 〈クオリアン・チルドレン〉




 と……




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