第504話
部屋に入ってから数分、
ただ、一体どうやっているのか分からないが、ガタガタと震えた本棚も、ユラユラと揺れた証明も、何事も無かったかのやうに今はピクリとも動かなかった。
ポケットの中のスマホは定期的に震えていると言うのに、未だに
(これは作戦失敗かな)
僕は心の中で諦めの言葉を呟くと、とりあえず罠のことは忘れていつも通り過ごすことにした。
何も降り掛かってこないのなら、何も起こっていないのと同じだろうからね。
仲直りの作戦立て直しは、麗華が見せたいと言っていたものを見てからにしよう。
「ふふ、これが見せたいものです!」
彼女はそう言いながら、ベッドの下に隠していたクーラーボックスを引っ張ってきた。
ボックス自体は特に何の変哲もないよくあるやつに見えるけれど、問題は中身だろうか。
りんごジュースでも入ってたら……って、僕たちに渡すものじゃないって言ってたからそれはないかな。
「開けちゃいますよ?」
「うん、何が入ってるのか見せて」
「……これです!」
麗華が深呼吸を挟んでからケースを開けると、ウィーンという機械音と共にボックス内の底が
それと共に両手を広げるかのようなフォルムで左右に伸びた小さめの台には、片やフォークとお皿、片やシャンパンとワイングラスが乗っている。
見た目に反したお高そうな機能に驚いたことはもちろんだけれど、僕がもっと驚いたのは中央の大きな台へ乗せられた主役的存在。
プロが作るものには見劣りするものの、気持ちが込められたことが伝わってくる手作りの大きなチョコレートケーキだった。
中心に絞られたチョコホイップの上に乗っているのは、よく『お誕生日おめでとう』なんてことが書かれているホワイトチョコレートの板。
そこに書かれている言葉を見て、僕も紅葉も誰に向けて作られたものなのかを理解した。
「もしかしてこれって……」
「は、はい。瑠海、許してくれるでしょうか……」
チョコペンの『ごめんなさい』の文字は、お世辞にも売り物になるほど綺麗とは言えない。
しかし、昨日の喧嘩の後、密かにこれを作っている姿を想像すれば、自然と胸が温かくなった。
今日、ずっとニコニコしていたのは、不安げな顔になってようやく分かった目の下のクマを隠すためだったのかな。
そんなことを思いつつ、僕は麗華の手を強く握りながら大きく頷いて見せた。
「大丈夫、瑠海さんにも気持ちは伝わるよ」
「本当ですか……?」
「あの人は無表情だけど、人の心はあるでしょ。まあ、こんなもの使わなくても、目を見て謝罪するだけで十分だと思うけど」
「と、
「僕たちも一緒に謝ってあげるから」
「ええ、お嬢様なら謝る時も堂々としていなさいよ」
「お二人共……ありがとうございます!」
僕たちの言葉に今度は笑顔で涙を零し始めてしまった彼女を慰めつつ、僕たちは瑠海さんを探そうとクーラーボックスを引いて部屋を出る。
そして偶然にも階段の前で鉢合わせ、麗華が予定通りケーキを渡して頭を下げると、意外にも向こうからも二本のミサンガを渡された。
「その、縁結びの神社が売っているもので……片方にはもう私の願いを込めておきました」
「ちなみに、どんなお願いをしたんですか?」
「……お嬢様と一緒にいたい、と」
「ふふ、それならミサンガは一本でよかったですね」
仲直りのハグをしながら、「私も同じお願いですから」と口にする麗華と、相変わらずの無表情をほんの少しだけ赤らめる瑠海さん。
僕はそんな微笑ましい光景を眺めつつ、麗華にはきっと伝えることがないであろう情報を、ボソッと口にして忘れることにするのであった。
「瑠海さん、麗華のこと見守ってたからケーキのことは事前に知ってたはずだよね」
「当たり前よ。ここで鉢合わせたのも、きっと計算のうちだわ」
「結局、喧嘩はしてても2人とも1秒たりとも嫌いになんてなってなかったってことかな」
「そうね。1秒でも長いくらいよ、きっと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます