第327話

「そろそろ本題に入ろうか」


 麗華父、もとい机の上に置かれているプレートに書かれている名前を見るに晋助しんすけさんというらしい。

 彼は102トウフさんから受け取った紙を僕に手渡してから、くるりと背中を向けてイスに腰かけた。


「この紙は……」

瑛斗えいと君が恋愛感情を覚えづらいことは聞いている。しかし、もしかすると麗華と結ばれる相手かもしれないだろう」

「それはつまり、お父さんからして僕は許容範囲内ということですか?」

「それを今から行うテストで判断するのだよ」


 紙面に目を落としてみれば、それはテストを受けるかどうかについて問われた契約書。

 テストの内容については、絶対に口外しないということを約束するものでもあるらしい。


「愛娘には苦労をかけたくないと思っている。だからこそ、春愁しゅんしゅう学園高校に通わせたのだよ」

「高ランクで卒業すれば、いい企業に入れたり、御曹司とのお見合いの声がかかるらしいですね」

「そうだ。しかし、麗華に選んだ人がいるなら話は変わる。たった一人の娘には、愛を諦めさせたくない」


 晋助さんが言うには、麗華が好きな人と結ばれることは応援したいと思っているが、相手は最低限頼りになる存在である必要があるとのこと。

 これから行われるテストは、それを確認するためのものらしい。難しいものじゃないといいんだけどなぁ。


「あの、小さい字で『事故による怪我や死亡に関して一切責任を負いません』って書いてますけど」

「こういう契約書には大体書いてあるだろう?」

「そんな危険なテストなんですか?」

「いや、私とおしゃべりするだけだ」

「死亡はないということですよね?」

「過去にこのテストを受けたとある男が、ここで暴露した自分の性癖を102トウフに拡散されて社会的に死んだことがある」

「あ、そっちの意味ですか」


 そういうことなので、とりあえず102トウフさんには廊下で待っていてもらうことにした。

 追い出す途中で「性癖暴露するんですか?」と聞かれたけれど、既にスマホの準備をされていたので無視を貫き通しておく。


「麗華もしばらく外で待っていてくれるかな?」

「分かりました」


 晋助さんに言われて扉に向かう麗華は、「頑張ってくださいね」と微笑んでくれる。

 結婚がどうこうについてはまだ答えは出ていない。けれど、このテストには受かっておきたかった。

 麗華に相応しくないとお父さんから言われてしまえば、本人も本気で気持ちを伝えられなくなるだろうから。


「では、始めようか」


 扉が閉まってから数秒後、サインをしておいた契約書から目を離した晋助さんは、真っ直ぐにこちらを見つめながらそう口にした。

 会話の内容は何気ない世間話でいいらしい。僕はとりあえず、最近近所で野良猫を見かけなくなった話をしてみる。


「君は猫派なのか」

「犬も好きですけど、やっぱり猫ですね」

「私は犬派だ。その中でもトイプードルが好きだ」

「あ、だから番犬がトイプードルなんですね」

獰猛どうもうだが、私にはよく懐くのだよ」


 それから、僕はあのトイプードルたちとの出会いの話を聞かされた。

 実は元々はあのトイプードルたちの親が番犬だったらしい。歳をとってからは世代交代をし、今は別荘で甘やかされながら暮らしているんだとか。


「犬派なら合格だったんだがな」

「そんな簡単なテストだったんですか」

「しかし、君は犬も好きで猫はもっと好きと答えただろう? 浮気の傾向が見られるな」

「こじつけ過ぎませんか?」

「息子になる男は犬派がいいのだよ。共に犬の散歩ができるからな」

「麗華の愛を諦めさせたくないって言ってましたけど、意外と自分の意見も入れるんですね」

「犬派だけは譲れん!」


 ここまで頑なに拘られてしまえば、僕にはもう手も足も出ない。まさか能力や想いではなく、犬派か猫派が重要だったとは。

 今からでも変えられるかな。いや、それは猫派としての僕のプライドが許さないね。


「でも、犬の中なら僕は秋田犬が好きですね」

「ほう。どこが好きか聞かせてもらえるかな?」

「耳ですね。あの触り心地は癖になります」

「……なるほど。私は君を見誤っていたようだ」


 晋助さんは何やらウンウンと頷きながらそう言うと、契約書にハンコを押して短いため息をついた。


「これで1つ目のテストはクリアだ」

「秋田犬、好きなんですか?」

「2番目に好きな犬種だ」


 晋助さんとはなかなか気が合いそうだ。僕はそんなことを思いながら、次に待ち受けるテストの内容説明に耳を傾けるのであった。

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