第324話

「何だか耳がふわふわします……」


 耳かき&耳フーフーを終えた後、麗華れいかは片耳を押えながらフラフラと立ち上がる。

 僕がその体を支えようと彼女の肩に手を添えると、ちょうど同タイミングで部屋の扉がノックされた。


『麗華、入ってもいいか?』


 男の人の声、麗華のお父さんだろうか。彼女は「あ、ちょっと待ってください!」と何やら焦り始めると、僕の背中を押してウォークインクローゼットの方へと連れていく。


「この中でじっとしていてください」

「え、どうして?」

「どうしてもです!」


 そう言って扉を閉めた彼女は、『もう大丈夫です!』と父親を迎え入れるためにドアを開けに向かう。

 僕は扉の僅かな隙間からこっそりと覗いていたけれど、入室してきたのは麗華を見下ろすような背丈の大男だけではないらしかった。


『麗華、聞きたいことがあるんだ』

『なんでしょう?』

『こちらの二人を知っているか?』


 麗華父がそう言うと同時に開けっ放しのドアから入ってきたのは、紅葉くれは音鳴おとなりさん。

 2人ともメイド服姿が似合ってる……なんてことは置いておくとして、どうして彼女たちがここに連れてこられたのだろうか。


白銀しろかね 麗華れいか、どういうことよ!』

『ウチまで連れてこられたんやけど?』

『え、えっと……それはですね……』


 やはり麗華は焦っているらしい。僕を隠したのもその焦りと同じ原因なのだろう。

 初めから何かがおかしいとは思っていたけれど、もしかすると今朝から彼女は何かを企んでいたのかもね。


『音鳴くんがここで働くという話はもう聞いていた。私も麗華がそうしたいならと承諾した』

『そ、そうですね……』

『しかし、こちらの少女もいるとは聞いていない』


 その言葉には、隠れている僕だけでなく紅葉も驚いていた。話は通っているものだと思っていから。

 そうでないのだとしたら、今の紅葉は勝手に屋敷の中に入り込んで仕事をしている不審者である。捕まえられて当然だ。


『この少女は麗華の友達だろう。以前、リアル脱出ゲームをクリアしてくれた子だということは覚えている』

『そ、それなら解放してくれても……』

『いいや、ダメだ。たとえ友人だとしても、不法侵入は不法侵入。この屋敷のように高価なものが多ければ、警戒度は高くなるのが当然だ』


 紅葉は『私は不法侵入じゃないわよ! 堂々と玄関から入ってきたじゃない!』と叫ぶが、麗華父は聞く耳を持たない。

 これだけの富を集めた身、冷酷にならなければならない場面に慣れているんだろうね


『麗華が知らないというのなら、この子は警察に突き出すことになる。しかし、彼女は音鳴くんのことを知っているのだよ』

『ウチは紅葉ちゃんが来てるなんて知らなかったんやけどね』

『白銀 麗華、それも伝えてなかったの?!』


 紅葉がいい『加減にしなさいよ!』と怒ると、麗華は気まずそうにしゅんとしてしまう。

 どうやらもう逃げ道も言い訳もないらしい。今のやり取りを見て、彼女の計画の内容は大方予想出来たからもう十分だけど。


「麗華、もう誤魔化さなくていいよ」


 僕はそう言いながらクローゼットから姿を現す。それを見た麗華の顔はさらに青ざめたものの、お父さんの表情は相変わらずだった。


「君は瑛斗えいとくんだね」

「はい、こうして会うのは初めましてですね」

「……瑛斗、でいいのかな?」

「あ、こんな格好ですけど一応男です」


 自分がメイド服を着ているのを忘れていた。お父さんもそれ以上は突っ込んで来なかったから良かったけれど、好きで着てると思われてそうだなぁ。


「麗華、全部嘘だったんだね」

「……」

「音鳴さんは壺を壊してないし、借金も増えてない。だから、お父さんがそれを知るはずもない」

「うぅ……」


 初めはうん百万の損害だと言うのに、音鳴さんをクビにしないのは義理か富豪の余裕だと思っていたよ。

 けれど、音鳴さんに会わせてくれなかったり、トイレにまでついてくると言った辺りから違和感を覚え始め、仕事らしい仕事をさせてくれなかったところで勘づいてしまった。


「全部、僕をここに招く作戦だったんだね?」

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