第225話

「ごめんね、嘘ついてて」

「いいんだ、アタイに気を遣ってくれたんだろ?」


 本当のことを話してみたら、紗枝さえは意外にもあっさりと受け入れてくれた。

 こういう反応をするとわかっていれば、あの時に嘘をつく必要もなかったんだけどね。


「でも、F級ってのはさすがに驚いたな」

「そう?」

「先生がここに入ってたら、C級くらいだろうなって思ってたくらいだし」

「ああ、それは―――――――――――」


 確かに僕のステータスにはC級が多い。ただ、総合値となるとどうしてもあの一つが足を引っ張るのだ。

 ただ、それを彼女に話す必要は無いだろうと思い直し、「いや、何でもない」と強引に話を終わらせる。


「なんだよ、気になるな」

「紗枝がここに入れたら教えてあげるよ」

「そういうこと言っちゃうか?」

「頑張る理由が増えたでしょ?」


 僕がそう言って微笑むと、紗枝は小さく頷いた後に「なら、また教えに来てくれよ」と頼んできた。


「先生に教えてもらえたら、やる気が出るんだよ」

「そう言って貰えると嬉しいね」

「なら来てくれるのか?」

「報酬次第だね」

「……まったく、現金なヤツだな」


 彼女は呆れ顔を見せるけれど、やっぱり働くからには見返りがないとこちらもやる気が出ないからね。

 とりあえず、一日教える度にりんごジュースを3パックで契約しようと言っておいた。


「そんな安くていいのか?」

「あ、100%のやつだからね?」

「分かった……けど、お父さんに頼めばもっと出せるぞ?」

「確かにそれはありがたいけど、あまり頻繁に教えすぎてお姉さんの仕事を取りたくはないからね」

「そ、そうか……」


 いまいち納得が出来ていないらしい紗枝。僕はそんな彼女の肩に手を添えると、「じゃあ、報酬の代わりに勝負をしよう」と言った。


「勝負?」

「そう。紗枝が春愁しゅんしゅう学園高校に合格出来るかどうかの勝負」

「なんだよそれ」

「もしも合格出来無かったら、お父さんの会社を継ぐことは諦めてもらう」

「まあ、ここに入れない時点で継げないけどな」


 紗枝は「じゃあ、もし入れたら?」と聞いてくる。その当たり前の流れに僕は小さく頷いてから、ハッキリとした口調で伝えた。


「その時は僕が先生を卒業する」

「どういう意味だ?」

「紗枝の先輩になるってことだよ」

「……当たり前のことしか言ってなくないか?」

「あ、バレた?」


 勝負というのは口実で、僕は紗枝が少しでもやる気を出して取り組んでくれればいいなと思っているだけ。

 いっそのこと「じゃあ、受かれたら僕が何でもしてあげるよ」と言うと、「それは危険な香りがするから遠慮しとく……」と断られてしまった。


「まあ、先生の気持ちはよくわかった。アタイもそれに応えられるように頑張るよ」

「うん、応援してる」

「ちゃんと呼んでやるからな、先輩って」


 彼女はそう言うと、「じゃあ、アタイは学校見学をするから」と横を通って歩いていく。

 しっかり下見をしに来てたんだね。初めこそ怖い子かと思っちゃったけど、相変わらず熱心でいい生徒だよ。


「あの子、知り合い?」

紅葉くれはは知らないんだっけ。お姉さんの家庭教師先の子だよ。僕が手伝わされた時に知り合ったんだ」

「へぇ、その割には仲良さげだったわね」

「もしかして嫉妬しちゃった?」

「そ、そういうわけじゃ……」


 図星だったのか顔を逸らしてしまう彼女に、「ただの生徒だから気にしないで」と声をかけつつ頭を撫でてあげる。


「――――――あ、文化祭に来てって誘うの忘れた」

「あ、ちょ……」

「すぐ戻ってくるから、教室で待ってて」


 僕はそう伝えながら、紗枝が歩いて行った方へ向けて走り出す。文化祭みたいな日に来ることも、学園の雰囲気を知るには大切だからね。


「……もう、バカ」


 一人取り残された紅葉が寂しそうにそう呟いた声は、僕に届くことは無かった。

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