第204話

『よくここまで来たんダナ』


 3つ並んだボタンに歩み寄ると、どこからともなく半分白銀しろかね 麗華れいかの混じったソイツの声が聞こえてくる。

 紅葉くれはは相変わらずボイスチェンジャーの調子が悪いのねと思いつつ、突然始まったルール説明に耳を傾けた。


『今、壁に空いた穴を通してお互いが見えるようになったのは、最後の試練であるをしてもらう為なんダナ』

「……ジャンケン?」

『そう、勝った者だけが脱出出来るんダナ』

「はぁ?! 2人で脱出出来ないってことじゃない!」

『元々2人とも殺される予定だったところを、猶予をもらって生きてるだけなんダナ。やらないなら2人とも今すぐに殺していいんダナ?』

「わ、わかったわよ! やればいいんでしょ?」


 そう言いながら紅葉は壁の穴に歩み寄ると、向こう側にいる瑛斗えいとと相談をすることにする。


「瑛斗、私が負けるわ」

「そんなこと出来ない。僕に負けさせてよ」

「いいえ、これは譲れないの」


 死ぬことは無いと分かっていても、やはりこういうことを言うのには勇気が必要だった。

 でも、彼女はもしもこれが本当のデスゲームだったらと想像すると、やっぱり間違いなくこうするだろうとボタンを押してしまう。


「私はパーを押したわ。瑛斗はチョキを押して」

「……わかった、本当にありがとう」


 瑛斗は諦めたようにそう言うと、穴から伸ばした手で紅葉の頭をわしゃわしゃと撫でてからボタンを押した。

 演出だとわかっているはずなのに、それでも涙が出そうになるのは、彼を心から失いたくないと思えているからだろうか。


『結果が出たんダナ。生き残る人を発表するんダナ』


 その言葉に紅葉は息を飲んだ。自分がパーで瑛斗がチョキ、私が負けてゲームオーバー。結果は絶対にそうだと確信していたのに――――――――。


「じゃあね、紅葉」

「……え?」


 直前に聞こえた言葉で全てを察した。素直に従った振りをして、彼はチョキを押してくれなかったのだ……と。


東條とうじょう 紅葉くれはなんダナ!』


 発表と同時に穴の向こう側から爆発音が聞こえ、瑛斗が居た部屋は砂埃が舞い散る。

 それが止んだ時には天井が崩れ落ちていて、その下敷きになってしまったという設定なのか瑛斗の姿はどこにも見当たらなかった。


「う、嘘っ……」

『嘘では無いんダナ。キミが彼を殺したんダナ♪』

「い、いやぁぁぁぁぁ!」


 あまりにリアルな演出に心が飲み込まれてしまって、半分ほど素で叫び声を上げてしまう。

 つい想像してしまったのだ、本当にこんなことがありえたら自分は……と。


『何はともあれ、脱出おめでとうなんダナ』


 ソイツの言葉と同時に、それまで単なる壁だと思っていた部分がゆっくりと開いて外に繋がった。

 紅葉はよろよろと歩くと、廊下らしき場所に出てくる。そしてキョロキョロと見回し、少し離れた位置にソイツの後ろ姿を見つけてしまう。


「出口まで案内するんダナ」


 そう言って振り向きもせずに歩き出す姿に、紅葉はもしも自分が本当にこの状況になった時のことを考えてみた。

 わけも分からず牢屋に閉じ込められ、大好きな人を失い、何もかもどうでも良くなるようなショックにまみれた自分の前で、犯人は無防備にも背中を晒している。


(最後くらい、白銀しろかね 麗華れいかのシナリオから脱線してやるわ)


 彼女はなるべく足音を立てないように進むと、3mほどまで近付いたところでソイツの背中に飛びかかった。

 恨みを持っている人間が、黒幕を前にして何もしないわけが無い。復讐するのだ、全てを投げ打ってでも。


「だめだよ、紅葉。大人しく出ていかないとさ」

「…………え?」


 しかし、その手が黒いマントに届くより先に、彼女の体は何者かによって捕まえられてしまった。

 後ろから抱きしめるように体を押さえながら、首元に光の反射が均一でないナイフをそっと当ててくるその人物は―――――――――――。


「……あなた、最初からそっち側だったのね」


 今一番会いたいと願っていた相手だった。もちろん、敵としてでなければの話だが。

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