第83話

「さあ、コスプレ衣装を見せなさい!」


 そう言いながら黒木くろきさんに詰め寄ると、彼は慌てて首を振りながら、「そ、そう言えば!」と私の肩に手を置いた。


紅葉くれは先輩には、ボクが女装している理由をまだ話してませんでしたよね?!」

「ええ、聞いてないわね」

「なら、その話をしましょう!そうしましょう!」

「……話をそらそうとしてない?」

「そ、そんなことないですけどね〜?」


 私は流されるように元の位置に座らせられ、向かい側に腰を下ろした彼は、どこか安心したような表情で話し始めた。



 約400年前のこと。

 ボクの先祖の黒木くろき 三助さんすけは、あるものと言えば米くらいしか挙げられないような、田舎の村に生まれました。

 優しい幼馴染にも恵まれ、裕福ではありませんでしたが、優しい母に厳しいけれど思いやりのある父、決して悪い生活ではありませんでした。

 ですが、彼が17歳になったばかりの時、事件は起こってしまったのです。

 村には毎年、豊作を祝って前年に取れた稲の一部を焼くという儀式がありました。

 それは、村で信じられていた豊穣の神への挨拶のようなもので、その時以外に稲を焼くことは禁止されていました。

 しかし、三助は儀式の前日に、保管されていた稲を全て燃やしてしまったのです。もちろん、わざとではありません。

 彼は積み重ねられた稲の上に横になるのが好きだったのです。しかし、焼かれてしまえばしばらくは貯まらない。最後にもう一度だけ……そんな気持ちでした。

 三助は夜中に稲を置いている小屋に忍び込みました。そして、大好きな稲のベッドを前に、思わず飛び込んでしまったのです。

 夜中ですから、明かりが必要でした。しかし、あの頃の光源と言えば松明の光くらいなもので、それを持ったままだったということが、この事件を引き起こしてしまった原因なのです。

 乾いた稲に松明の火が触れれば、たちまち燃え上がります。三助は何とか着物の袖が焦げた程度で済みましたが、小屋は全焼し、稲は全て灰になりました。

 これだけならなんてことありませんでした。周囲の村との交友もあり、食べ物を譲ってもらうことは可能でしたから、食べもしない昨年の米が無くなったところで、今年のが収穫出来れば問題ないからです。

 しかし、捧げ物の無かった神は怒りました。そして、稲の収穫間近という時期に、村の全ての田を吹き飛ばすほどの台風を招き、大凶作となったのです。

 村のみんなが自分のせいで飢え死にしてしまう。そう心を痛めた三助は、自ら豊穣の神の祠を訪れました。

 そして、神の目の前で土下座をしながら頼み込みました。


『自分はどうなってもいいから、村のみんなには腹一杯食わせてやって欲しい』


 三日三晩、寝ずに頭を下げ続け、4日目の朝に神はようやく頷いたんだそうです。『お前の顔を見飽きた』とも言われたんだとか。

 その後、三助が村に戻ると村には収穫された稲が大量に置いてあった。

 村の人に理由を聞いてみると、台風の日に三助が危ないからと言い聞かせて家に泊まらせた男が、実はどこかの大名だったそうで、そのお礼ということらしい。

 彼が大袈裟すぎると答えれば、大名が本来通るはずだった道で土砂崩れが起こっており、泊まるように言われなければ、自分がその下敷きになっていたかもしれないと話されたと村人は言った。

 何はともあれ、凶作を乗り越えられるだけの米は手に入り、村は飢え死にを免れることが出来ました。

 しかし、神が三助に与えたのは、慈悲だけではなかったのです。


 それから数年後、三助と妻との間に男の子が生まれました。しかし、1歳になってすぐに亡くなってしまいました。

 その後、3人ほど子が生まれましたが、男であった2人は赤子のままこの世を去り、女であった末っ子のみが生き残りました。

 おかしいと思った三助が真っ先に思い浮かんだのは、豊穣の神のことです。前日まで元気に笑っていた息子達が、突然倒れてしまうのですから、そんなおかしなことはたたりとしか考えられませんでした。

 三助はすぐに豊穣の神に聞きました。すると、神はこう答えたのです。


『村の皆を腹一杯にする代償ズラ』


 豊穣の神は、彼の願いを叶える代わりに、黒木家に男が生まれても、すぐに死んでしまう呪いをかけていました。

 今度はどれだけ頼んでも祠の扉は固く閉ざされたまま開くことはなく、呪いは黒木家にとって永遠の足枷となりました。



「今の黒木家は、婿入りしてもらうことで成り立っていたので、三助と同じ血はもうほとんど流れていませんけどね」

「呪いがあるから、女装すれば男じゃないと誤魔化せる……ってこと?」

「はい。三助の少し後の代から、男は20歳になるまで魔除けのために女装をするという風習が続いているそうです。馬鹿らしいですよね」

「ええ、本当にそう思うわ」


 事情を聞いた感想は、迷信を風習として残していることもそうだけれど、それを子供に強要している点が愚かよね。

 そもそも、三助という人の言い伝えだって信じられるようなものでは無いし。何が『ズラ』よ、神のくせになまってんじゃないわよ。


「女装が嫌なら、男の姿で外を歩いてみればいいんじゃない?それで平気だったら、呪いなんてないって証明出来るもの」

「……でも、ちょっと怖くないですか?」

「あなた、もしかして呪いを信じてるの?!」

「呪いっていうか、ズボンで外を歩くなんて初めてで、お尻のラインが見えちゃいそうっていうか……」

「どう考えても男のセリフじゃないわね」


 話を聞く限り、生まれた時から女装して育てられていたみたいだし、きっと風習に毒されちゃったのね。

 私がお手上げとばかりに小さくため息をつくと、黒木さんは「でも……」と少し照れながら呟くように言った。


「でも、女装のおかげで紅葉先輩に勉強を教えてもらえる機会を手に入れましたし、みんなの前で瑛斗えいと先輩に好きだって伝えることだって、違和感があまりない訳ですし……」


 悪い事ばかりではないんですよね。そう口にした彼の表情は、すごく幸せそうに見えた。

 それは、どこからどう見ても乙女の表情で、素直にぶつかって勝てる相手ではないと、思わず悟ってしまうほど綺麗だった。


「そう、なら女装は続けるべきよ。今更私のライバルをやめられても、それはそれで困るものね」


 勝てない……だからこそ、私達は瑛斗を巡って戦略を練るのよ。使えるものは使って、ライバルも敵も踏み台にしてSS級の称号を手にするために。

 一度戦場に立ったなら、恋愛における『死』以外の退場は絶対に許さない。それがS級としてのプライドだから。


「はい!これからもよろしくお願いしますね、紅葉先輩♪」

「ええ、よろしく頼むわ。―――――あ、そうそう」


 私が差し出した手を握ったのを確認して、彼の後ろにサッと回り込むと、膝裏に下段蹴りを叩き込んで膝をつかせ、驚いたような目でこちらを見る可愛らしい悪魔を見下ろしながらニヤリと笑った。


「ねえ、黒木さん。――――――――コスプレは?」

「っ……か、勘弁してくださいよぉ!」

「ふふっ、却下よ」

「ふぇぇ……」


 この後のコスプレ撮影会は、黒木さんが震えながら「靴を舐めるから許して」と言い始めほど衰弱するまで続いたそうな。

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