第81話
「ただいまー」
もしかしたら、ダイエットに疲れて眠っているのかもしれないと思い、そっと足音を立てないように廊下を歩き、静かに手洗いうがいをしてから、2階の奈々の部屋へと向かった。
扉の前に立って扉を開けようとしたところで、万が一着替え中だったりすると困ると思い直し、コンコンとノックだけはしておく。
すると、部屋の中から何か固いものを落としたような鈍い音が聞こえてきた。なんだか、家を出る前にも同じような音を聞いた気がするなぁ。
「奈々、大丈夫?」
「お、お兄ちゃん?! か、帰ってたんだ?」
少し早口でそう言った彼女の様子は、どこか焦っているようにも見えて、背中に回している手に何か持っているのは明らかだった。
「何か隠し事?」
「ぶっ……ち、違うよぉー?」
「本当に?」
「本当だって!」
「奈々、お兄ちゃんに秘密は無しって約束したよね?」
僕がそう言うと、彼女は表情を歪めた。嫌そうと言うよりかは、罪悪感に胸を痛めている感じだ。
少し卑怯なやり方だけど、奈々の良心に訴えかけるのが一番手っ取り早いからね。
「そ、それは私が引きこもってた時の約束だから……」
「あの時、奈々はなんて答えたんだっけ?」
「……『お兄ちゃんには恥ずかしいところも全部見せる』って言ったかもしれない」
「うん。まあ、恥ずかしいところってのは初耳だけれど、大体はそう言ったよね?嘘だったの?」
わざと俯いて見せれば、本格的に焦り始めた奈々は、体をプルプルと震えさせ始めた。彼女の中で、葛藤が起こっているらしい。
「違うよ、嘘じゃない!でも、これは見せられないの!」
「そっか。じゃあ、お兄ちゃんはもう奈々のお兄ちゃんじゃなくなるからね」
「えっ、どういうこと……?」
「だって、お兄ちゃんには全部見せるんでしょ?見せてくれないってことは、僕はお兄ちゃんじゃないんだよ」
「で、でも、血の繋がりがあるし……家族だし……お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」
自分でも何を言ってるのかよく分からないけれど、奈々には効果抜群だったみたい。目をうるうるとさせて、
元々は奈々が隠し事をしたことが原因とはいえ、さすがに少し胸が痛いなぁ。そろそろ終わらせないと、僕の方が持たないかもしれない。
「奈々、よく覚えておいて」
「…………」
「血の繋がりがなくたって、共通認識さえあれば家族になれるんだ。逆を言えば、血が繋がっていたって、縁を切ることなんて簡単なんだよ?」
「ひっ……!」
僕の言葉に、奈々は小さく悲鳴を上げると、その場で四つん這いになり、床におでこをつけた。いわゆる土下座ってやつだ。
「申し訳ありません!これが例のブツです!」
「これは――――――――カメラ?」
それまで必死に隠していたものを僕に差し出し、「もう隠し事しないから!」と涙目で訴えてくるので、「次したら、実妹から義妹になってもらうから」と言い聞かせておいた。
「あれ、そういうのって自由にできたんだっけ?」
「ん?無理だけど?」
「なんだぁ……」
「どうしてちょっと残念そうなの?」
「だって、義妹ならお兄ちゃんと結婚できるもん!」
「じゃあ、ずっと実妹でいていいよ」
「くそぉぉぉぉぉっ!」
よく分からないけど、すごく悔しがっていた。何か企んでいそうだったし、止めておいて正解だね。
「ところでそのカメラ、どうしたの?」
「お父さんに買ってもらった♪」
「ずるいなぁ」
父さんは奈々に甘い。彼女が引きこもっていた時だって、外に出させようとしていたお母さんと違って「好きにさせてあげよう」と言っていた。
解決したからよかったものの、あのまま奈々が出てこなかったら、父さんと母さんの仲は悪くなっていたかもしれない。
出張の父さんと離れたくないからと、ベタベタ着いていくほど仲良しなのも、それはそれで息子として気分は良くないけれど。
「お兄ちゃんだって、紅葉先輩の家でミルクレープ食べたんでしょ!十分ずるいよ!」
「あれ、どうして知ってるの?」
「はっ?! え、えっと……さっき先輩からメッセージで自慢されちゃって……」
「――――そのメッセージ、見せてくれる?」
「そ、それは……」
オロオロとし始めた様子を見て、僕は確信した。奈々は何かよからぬことをしていたのだろう。そして、それがちょうど手に持っていた一眼レフを使った犯行であることは間違いない。
「あ、ちょっ?!」
「じっとしてて。兄として、妹の悪事の証拠は消しておかないと」
カメラを取り上げ、保存された写真を1枚ずつ確認していくと、見つかったのは僕、僕、僕……そして紅葉とお姉さんの写真。
なんだか話をしているみたいだけど、やたら真剣な顔をしている。
さらに遡ってみれば、僕とお姉さんが話している時の写真まであった。そう言えば、奈々の部屋の向かいはお姉さんの部屋なんだっけ。カーテンも開いていたし、見えてしまっただけかもしれないけれど、どうして写真なんて撮ったんだろう。
「とりあえず、これは消しておくね」
「だ、だめだよっ!」
「どうして?」
「そ、その話はもういいから!とにかく、紅葉先輩に何か作ってあげたんだし、妹にも恵むべきです!」
「そう言われてもなぁ。何を作って欲しいの?」
「では、ウエディングケーキを!」
「チ○ルチョコでいいね」
「私の愛は10円か?!」
本気で怒らせてしまったのか、僕は奈々にカメラをひったくられると、無理矢理部屋から追い出されてしまった。
奈々、反抗期なのかな?これを機に、お兄ちゃん離れしてくれればいいんだけどなぁ。
「ウエディングケーキって、どうやって作るんだろ」
クッ○パッドで調べてみたけれど、普通のケーキのレシピしか載っていなかった。奈々のお願いには答えられそうにないや。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます