第25話

「お兄ちゃん!明日は体育がある日だよね?」


 夜ご飯を食べ終わった後のお風呂が湧くまでの時間、部屋でくつろいでいるところへ奈々なながやってきた。

 ベッドで横になっていた体を起こそうとしたけれど、勢いよく飛び込んできた彼女にまた押し倒されてしまう。


「奈々、危ないよ。頭打ったらどうするの?」

「えへへ〜♪」

「ちゃんと反省してる?」

「してます!すんごくしてる!」


 ブンブンと首を縦に振る奈々。これ以上振られても頭が取れちゃいそうだから、T〇SHIのコルセットに免じて許してあげることにした。

 まあ、実際は彼女の膝がボクの太ももをグリグリっとしてきて痛かった程度だし、怒るつもりもなかったけど。

 こんなキラキラした笑顔見せられたら、お兄ちゃんとしては許す以外の選択肢は残ってないよね。


「それで、体育がどうかしたの?」

「私も明日体育があるんだけど、体操服を学校に忘れてきちゃったの。だから、貸してくれない?」

「忘れてきたのは着れないの?」

「今日も使ったから、明日には汗臭くなってると思う。そんなの着たら、みんなに嫌がられちゃうよ……」


 確かに1日教室に放置された体操服はかなり臭う。それはつまり、体育をしている時もその臭いが付き纏うということ。

 場合によっては、脱いだ後も髪や下着に臭いがうつってしまうかもしれない。そんなリスクのあるものを、妹に着せるなんて絶対にできない。

 この悲しそうな顔を彼女のクラスメイトにまで見られることを想像すると胸がズキンと痛む。奈々のお兄ちゃんとして、妹の未来も守ってあげないとね。


「体育は何時間目にあるの?」

「4時間目だったと思う」

「僕が5時間目だから、お昼休みには返しに来てね」

「貸してくれるの?!ありがとうお兄ちゃんっ!」

「うぅ……苦しいよ……」


 余程嬉しいのか、奈々は僕のことを強く抱き締めてくる。こうして僕にベタベタと甘えてくるのは、少し将来のことが心配になるけれど、正直嬉しいとも思ってしまう。

 二人で助け合いながら暮らしていく兄妹だからね。仲良くしたいと思うのは普通でしょ?口も聞いてくれない、目も合わせてくれないなんてのよりかは、こっちの方がずっといい。


 ただ、その仲の良さについて、ひとつだけ困ることがあるんだよね。

 それは、あまり長時間甘えさせると、奈々のリミッターが外れそうになること。あまり僕に触れていると、ブラコンな彼女は気持ちが昂ってしまうらしい。

 かつて本気でスポーツをやっていた奈々に比べて、僕は男女差というものがあってもなお力が弱い。

今のように覆いかぶさられた状態で迫られれば、押し返すことはまず不可能だと思う。

 だから、最近はなるべく気をつけていたはずなんだけど――――――――――。


「ねぇ、お兄ちゃん……?」


 体操服を貸すかどうかを悩んでいたこともあって、うっかり離れさせるのを忘れてしまった。


「昔みたいにちゅーして欲しいなぁ♪」

「昔と今は違うからダメだよ。そういうのは好きな人としなさい」

「私、お兄ちゃんが一番好きだよ?二番も三番も居ないけど……」

「じゃあ、四番は?」

「お兄ちゃんかな♪」


 どうして一番の僕と四番の僕に差があるのかは分からないけれど、とにかく奈々の要求を受け入れることは出来ない。

 恋愛について無知な僕でも、幼少のキスと高校生のキスの違いくらいは分かるからね。それに、奈々が望んでいるのは兄妹としての意味じゃないと思うし。


「どうしてもダメ?」

「上目遣いで聞いてもダメだよ」

「だめなの……?」

「目を潤ませてもダメなものはダメ」

「……だめにゃ?」

「可愛くなってもダメだから」

「…………むぅ」


 何をしても揺らがないと悟ったんだろう。奈々は僕の上から退くと、ぴょんとベッドから飛び降りた。

 そしてスカートの裾を綺麗に直すと、こちらをくるりと振り向きながら「それなら……」と笑顔を見せる。


「お兄ちゃん、キスの代わりに――――――して!」

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