第6話
「ごめん、名前思い出せなくて」
「……は?」
そのやり取りの直後、目の前の彼女から何やらひしひしと怒りを感じる。思い出せないだけだし、そんなに怒らなくてもいいのに。
「私の名前が思い出せない?S級の私の名前が?」
「山田さんだっけ?」
「……あ?」
「き、木下さん?」
「……ふざけてるの?」
「信夫かな?」
「もはや誰よそれ!」
バン!と机が叩かれる。その音に周りで騒いでいたクラスメイト達も一瞬静かになって、またざわざわと騒ぎ始めた。
目の前の彼女は怒りからか、それとも注目を浴びたからか、顔を真っ赤にして僕を睨んでいる。
「
「あっ、そう言えば聞いた気がする」
忘れちゃってごめんねと謝ると、彼女は「あ、謝るなら許さないこともないけど……」と目を逸らした。
許してくれるなら良かった。いきなり大きな音出すから、カツアゲでもされるんじゃないかと思っちゃったよ。
「それで何の用?」
「え?」
「来たからには用があるんでしょ?休み時間も長くないし、早めに教えてくれると助かるなと思って」
僕がそう言うと、彼女は少しオロオロとした後、思い付いたように言った。
「あなた、学校のことで困ってるんじゃない?」
「まあ、これから困るかもしれないかな」
売店がどこかも分からないし、移動教室なんてどうやっていこうか迷っていたところではある。
「なら、私が案内してあげるわよ!ね?いいでしょ?いいって言いなさいよ」
「いや、それは別にいいかな」
「その『いい』じゃないわよ!さっきの握手と言い、あっさりと断られると困るのよ!」
もしかして、彼女は糖分が足りていないのだろうか。だからずっと怒っているのかもしれない。
僕はカバンに手を突っ込むと、中から『ミルク飴』を取り出して包みを開いた。
「ほら、これ食べると落ち着くよ」
「食べると落ち着く?危険な匂いがするわね……」
彼女が訝しげな視線を向けてくるので、飴の匂いを嗅いでみる。特に危なそうな匂いはしない。
「大丈夫、美味しいから食べて」
「そこまで言うなら……って、どうしてあなたに食べさせてもらわなきゃならないのよ」
口に入れてあげようと思ったのに、それが不満だったらしい。糖分不足もここまで来るといちゃもんつけたがりの人みたいになっちゃうんだね。
「いいから食べて。紅葉のためだから」
「よ、呼び捨て!?あなた、F級のくせにS級の私に……んぐっ!?」
うだうだと話が長いから、無理矢理口の中に押し込んであげた。これで少しは落ち着いてくれると思う。
「ちょっと、あなたこんなことして……あっ、おいしい……」
カリッと言う音と共に、紅葉の表情が緩まった。飴の中に凝縮していたミルクの甘みが広がったのだろう。あの瞬間は僕も好きだからよくわかる。
「外側は固められたミルクの甘みが舐める度に感じられて、中央のトロッとした甘さがさらに口の中を幸せでいっぱいに……」
「でしょー?」
僕が得意げに胸を張ってみせると、彼女は「こんなの、どこで売ってるのよ」と聞いてきた。
「売ってないよ、僕の手作り」
「て、手作り!?︎︎ これを、F級のあなたが……?」
「うん、昔からお菓子を作るのが好きなんだ。良かったらもうひとつ食べる?」
僕がそう言って包みに入ったままのを差し出すと、紅葉は少しの間何かと葛藤していたようだが、やがて「有難くいただくわ」と受け取った。
「家族以外に食べてもらうのは初めてなんだ」
「は、初めて……?」
「そう、だから喜んで貰えて嬉しいよ」
僕がそう言って頬を緩めると、彼女は飴を口に放り込んですぐにカリッと噛み砕く。そして口角を上げた。
「ふふ、初めてなのね……」
「そんなに気に入ってくれたなら、また作ってこようか?」
「そうね、F級がそんなに私に貢ぎたいというのなら、仕方なく受け取ってあげるわ」
「妹に作るついでだから、もしかしたら余らないかもしれないけど」
「そ、そうなの?わ、わかったわ……」
どこか残念そうに肩を落として、席に戻っていく紅葉。やっぱりそこまで悪い人では無さそうだ。
飴をあげると喜んでくれるみたいだし、餌付けをしているみたいで少しだけ楽しい。また今度、別のものでも作って食べさせてあげようかな。
そんなことを思いながら微笑んでいると、ようやく戻ってきた
「仲良くなれそうな方は見つかりましたか?」
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