第164話 弾かれた刃

 最後の戦いに参加しない面々は可能な限り王宮の前庭から離れて様子を見ていた。


「……ほんとに手伝わなくてもいいのかね……」


 広い街路に転がっていた戦闘で飛んできたらしい瓦礫に腰掛けると、ツバキが言った。


「俺も兄貴も消耗しすぎている。加勢したところで足手まといになるだけだ」


 ミツヨシは崩れかけた建物に寄りかかっていた。


「それに、アルヴァンは簒奪する刃を持っています。中途半端な戦力を投入しても取り込まれてしまいます」


 パトリシアは淡々と告げたが、その手は固く握りしめられていた。


「だからこそ女王陛下と皇帝陛下、そしてフィーバルのみで戦うのだ」


 サルトビがうなずいた。


「理屈はわかるけどよ……」


 ツバキはいまひとつ納得していなかった。


「見た目の割に小心者なんですね」


 ルシリアが笑った。


「何とでも言ってくだせえや。俺は心配なんですよ」


 ツバキは開き直った。


「皇帝陛下とフィーバルはほとんど手傷を負っておりませんでしたし、女王陛下も望外の幸運に恵まれて万全の状態です。これで勝てねばどうしようもありますまい」


 ワムシュはかぶりを振った。


「勝つわ。カロルは絶対に勝ってくれる。そうすればきっと……」


 イシルダは瞬きもせずに前庭に立つ三人の背中をじっと見ていた。



 前庭でアルヴァンを待つバーニスの傍らには、カロルとフィーバルがいた。

 開け放たれた王宮の入り口の奥に銀髪の青年の姿が見えると、バーニスは金色の指輪がはまった右手を固く握りしめた。


 前庭に出てきたアルヴァンはカロルに目を向けた。


「初めまして、僕はカロル・ロストム・ラグナイル。ロプレイジ帝国の皇帝をやっている者だ」


 カロルはアルヴァンに対してもいつもの態度を貫き通した。


「あなたが帝国の皇帝ですか。僕はアルヴァンと言います」


 アルヴァンもまた丁寧に挨拶した。


「……どうしてだろうね。こうして君と向き合っても君にここまでのことが出来たなんて信じられないのに、僕は君が恐ろしくてたまらない」


 カロルは首から下げたペンダントを握りしめていた。


「あなたほど強い人でも恐怖を感じるんですか?」


 意外そうな顔でアルヴァンが尋ねた。


「もちろんだよ。僕は大切なものを失いたくないからこそ、この力を振るうんだ。恐怖を感じなかったら力を持つ意味がない」


 カロルは苦笑していた。


「アルヴァン、我々はこれ以上おまえの好きにはさせない」 


 白い剣を手にしたフィーバルが言った。


「我らには守りたいものがある。お前を倒して、それを守り抜く」


 バーニスは金色の指輪がはまった右手をかざした。


「そうですか。そちらの事情はよくわかりました」


 アルヴァンは腰に差した漆黒の剣の柄に手をかけた。


「まあ、僕のやることは変わらないんですけどね」


 簒奪する刃が引き抜かれ、アルヴァンの体から黒い魔力があふれ出した。


「では、楽しく行きましょうか」


 アルヴァンは無造作に黒い剣を放り投げてきた。

 漆黒の剣はカロルめがけて一直線に飛んできた。


 カロルは簒奪する刃をかわすと陽光でできた剣を構えた。

 バーニスはフィーバル同様、アルヴァンが転移するのを警戒して投げられた剣を目で追った。


 だが、アルヴァンは転移しなかった。


 彼は注意がそれた隙に左手に出現させたフェイラム伯爵のウルグロースカタパルトでバーニスを攻撃してきた。

 黒い砲弾を放つと、アルヴァンはすぐに投石器を消した。


 両手を空にしたアルヴァンは印相を組み始めた。


「忍術だと! フレドの技か!」


 バーニスはアルヴァンの術に見覚えがあった。


「この術は剣でなくても増やせるので」


 印相を組み終えたアルヴァンが言った。


 一発だけでも絶大な威力を持つ黒い砲弾が次々と分裂してバーニスに降り注いだ。


「バーニス! 大丈夫か!」


 砲撃と忍術の組み合わせにフィーバルは目を見張った。

 そのフィーバルに、アルヴァンは黒い雷を宿す籠手をつけて踏み込んできた。


 アルヴァンが突き出した黒い籠手を、フィーバルは両腕につけた白い籠手で受け止めた。


「残念だったな。ルドリックのタラニスならば剣とともに複製している」


「それは知ってるけど、こっちは出せるのかな?」


 アルヴァンは籠手を出したまま、黒い旋棍を出現させた。

 高速で回転する黒いゲメロスはフィーバルの防御をいとも簡単に崩した。


「やっぱり別れた後に奪ったものは使えないんだね」


 アルヴァンは籠手に宿った雷を旋棍にも伝わせてフィーバルに叩きつけてきた。


「君にそれを持つ資格はない」


 陽光の剣を手にしたカロルが割り込み、グランのものだった旋棍を止めた。


「その通りだ!」


 砲撃を切り抜けたバーニスは、動きの止まったアルヴァンめがけて血の大鎌を振り下ろした。


 アルヴァンは最初に投げた簒奪する刃へと転移して真っ赤な鎌から逃れた。


「さっき見たときは大分弱っていたと思うんですが……」


 籠手と旋棍を消して黒い剣をつかむと、アルヴァンはバーニスを見た。


「傷はワムシュに治してもらった。それと、わらわはバルドヒルデの血液を取り込んだのだ。今は普段よりも遙かに調子が良い」


「そうだったんですね」


 アルヴァンはそう言いながらも横合いから伸びてきたフィーバルの白い鎖を剣で弾いていた。


「それ、僕も使おうかな」


 簒奪する刃が震えだした。アルヴァンは竜の言語を使って周囲に魔法陣を展開すると、黒い鎖を出現させた。

 同じような鎖を出されてもフィーバルは動じなかった。


「言ったはずだ。ドラゴンに魔術を授けたのは我々だとな」


 フィーバルの白い鎖はアルヴァンの黒い鎖に巻き付くと、それを強く引いた。

 黒い鎖は明らかに力負けしていた。


「私が鎖でアルヴァンを拘束する! 後は頼むぞ!」


 声を張り上げるフィーバルに対してバーニスとカロルはうなずいた。


「そういえば君の鎖の方が強かったね。じゃあ、こうしようか」


 アルヴァンが軽く腕を振ると、黒い鎖からはバラの蔓が生えだした。黒い蔓は鎖にからみつきながらあっという間に成長し、アルヴァンの鎖をより太く強いものにした。


「ブレンダンのブルーローズだと! まさかこんな使い方が……!」


 白い鎖を上回る力を出す黒い鎖にフィーバルはうめいた。


 フィーバルの鎖が引きちぎられ、アルヴァンの鎖はバーニスたちにも伸びてきた。


「この程度で……!」


 バーニスは両手に血の鎌を構えて蔓が絡んだ黒い鎖を迎え撃とうとした。


「下がれ! それはただの鎖ではない!」


 フィーバルが必死の形相で叫んだ。


「もう遅いよ」


 アルヴァンがそう言ったときには既に蔓が絡んだ黒い鎖が赤い鎌に巻き付いていた。


 そして、黒い鎖に絡みついている蔓には黒いバラの花がついていた。


 黒いバラはバーニスのすぐ近くで一斉に炸裂した。


 だが、バーニスは無事だった。

 二本の光の剣を体に取り込んだカロルによって助け出されていたのだった。


「フェイラム伯爵一家についてちゃんと調べておいてよかった」


 抱えていたバーニスをおろすとカロルは安堵のため息をもらした。


「すまぬ、助けられてしま――」


 礼を言い掛けたバーニスは凍り付いた。


 かつて砦での戦闘で死を覚悟したときと同じ、凄絶なまでの禍々しさを備えた黒い剣が目に入ったからだった。


「面白いことが出来るんですね。これも止められちゃうかな?」


 アルヴァンは陽光を纏うカロルの姿に目を輝かせていた。


「……努力はするよ」


 両手に光の剣を持ったカロルが答えた。


 バーニスはカロルが全力を出すところを初めて目にした。


 手に触れることさえ出来そうなほどに濃密な黒さを纏うアルヴァンの剣と、夜明けをもたらす太陽のようなカロルの剣がぶつかった。


 陽光の剣は簒奪する刃のどす黒い魔力を大きく削った。

 だが、最強の剣帝の剣をもってしても、闇を打ち払うことは出来なかった。


 陽光の剣に押し勝った簒奪する刃は、カロルの左腕を切り落とした。


「カロル!」


 バーニスは慌てて駆け寄った。


「大丈夫、見た目ほどひどくはないよ……」


 右手で左腕を押さえるカロルが浮かべた笑みはいつもと変わらなかった。


「クソッ!」


 フィーバルは白い鎖を振り回したが、アルヴァンは簒奪する刃で鎖をたたき落とした。


「ええと、これだと必要なさそうなんですけど、最後ですし、僕もやってみたいので、ちょっと全力を出しますね」


 そう断ると、アルヴァンは簒奪する刃を地面に落とした。

 黒い剣は地面に吸い込まれていき、王都全体を黒く染め上げた。


「召喚か!」


 バーニスはカロルを守ろうとフィーバルと並んで前に出た。


「あれとは違いますよ」


 アルヴァンが言った。


 いったん広がった黒い影は見る見るうちに縮んでいき、ついには小さな水たまりほどの大きさになってしまった。


 そして、アルヴァンの足下にできた黒い水たまりからは簒奪する刃が奪ってきた全ての力が混じり合った剣が出てきた。


 闇そのものが剣の形になったようなそれは、アルヴァンの手の中に収まった。


「……フィーバル、言いにくいんだけど、少し時間を稼いで欲しい。それと、その白い剣をバーニスに渡してくれ」


 カロルが言った。


「……長くは持たないぞ」


 フィーバルは白い剣を置くと険しい顔で前に出た。

 バーニスは白い簒奪する刃を手に取った。


「全員で来た方がいいと思うけど」


 闇の剣を構えたアルヴァンが言った。


 フィーバルは雄叫びを上げながら突撃した。

 左手から伸びた白い鎖が闇の剣を縛ろうとしたが、フィーバルの鎖はアルヴァンの剣の力に耐えきれず、触れたそばからボロボロと崩れていった。


 それでもフィーバルは立て続けに鎖を繰り出して少しでも長く時間を稼ごうとしていた。


 アルヴァンはそれに対して無造作に剣を振っただけだった。


 だが、闇の剣の一振りで放たれた絶大な魔力は、王都の堅牢な建物を冗談のように崩壊させ、王都を取り囲む分厚い防壁を打ち砕いてもなお止まらなかった。


 フィーバルはアルヴァンがたった一振りでもたらした惨禍を呆然と見ていた。


「そろそろ攻撃してもいいかな?」


 フィーバルはアルヴァンの質問には答えず、全身全霊を込めて出した、極太の白い鎖を叩きつけた。

 もうフィーバルには時間を稼ぐことなど出来はしない。


 一撃を入れてから倒されるか、一撃も入れることなく倒されるか、ふたつにひとつだった。


 フィーバルの鎖は、簒奪する刃ですらなくなったアルヴァンの剣を止めることに成功した。


 しかし、フィーバルの全力を持ってしても闇の剣をほんの少しの間止めておくことしかできなかった。

 白い鎖は、闇の剣に砕かれた。


「……時間は稼いだぞ、カロル、バーニス!」


 フィーバルは自分が役目を果たしたことをわかっていた。


「十分だ。助かったぞ、フィーバル」


 バーニスは、カロルの力と自分の力を白い剣に込める時間を稼いでくれたフィーバルに礼を言った。


「これは貸しだからね」


 カロルが笑った。


「返しきれそうにないな」


 バーニスは苦笑した。手に持った白い簒奪する刃は、血と陽光が混じり合った赤い光を宿していた。


「それがあるなら全力でやっても大丈夫そうですね」


 アルヴァンは闇の剣を両手でしっかりと握りしめて笑っていた。


「お前が全力を出そうとも、我々が勝つ」


 バーニスもまた、赤い光を放つ白い剣を両手で構えた。


 全てを破壊する闇の剣と全てを照らす光の剣が振り抜かれた。

 光と闇の衝突は一瞬で決着した。


 バーニスの剣は砕け、アルヴァンの剣も光に溶けていった。


 しかし、闇は消えていなかった。

 アルヴァンの手には元の姿に戻った黒い簒奪する刃があった。


「……そっちの剣も凄かったけど……こっちが本物ですから」


 砕け散った白い欠片を見ていたアルヴァンが言った。

 流石のアルヴァンも疲労の色が濃かったが、その目には未だに歓喜が宿っていた。


 フィーバルの闘志もまた、失われてはいなかった。


「まだだ! まだ終わってはいない!」


 武器はもうなかったがフィーバルはアルヴァンに立ち向かっていった。


「これを使え!」


「後は任せたよ!」 


 最後の力を振り絞り、バーニスは血の剣を、カロルは光の剣を作りだしてフィーバルに託した。


 フィーバルが受け取った二本の剣と、アルヴァンが持つ簒奪する刃がぶつかりあう甲高い音が王都に響きわたった。


 アルヴァンは空を見上げた。

 その視線の先には、弾き飛ばされた黒い剣があった。


「僕の負けかな?」


 アルヴァンは光の剣と血の剣を持つフィーバルに尋ねた。


「その通りだ、相棒」


 フィーバルは二本の剣でアルヴァンを斬り伏せた。


 くるくると回りながら落ちてきた簒奪する刃は、倒れたアルヴァンの傍らに突き刺さったのだった。

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